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6話

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 先にシャワーを浴びればいいと言われ、半ば押し込まれる形で浴室に放り込まれた。十三とさは最初に言った通り何もしてくることはなく、むしろ待ってる間に、僕のYシャツやら下着やらを洗濯乾燥機に放り込んで、スーツをハンガーにかけ、軽くスチームアイロンをかけてくれた。
 用意してくれたタオルで頭を拭いて、それから貸してくれたスエットの上を着込む。本当は下も履こうと思ったのだけど、下着は明日じゃないと乾かないし、地肌に着るのは抵抗があったから、仕方なく下は何も履いていない。

「あの、シャワー、ありがと……」

 ベッドに寝転びスマフォを弄っていた十三が「あぁ、はい」と身体を起こして、そして僕を見て固まった。

「……なんで履いてないんですか」
「だ、だって乾いてないし。そのまま履くのは、その、嫌かと思って」
「嫌っていうよりですね、はぁぁぁ……」

 十三は深いため息をついて、それから顔を両手で隠して俯いた。たまに指の隙間からこちらを見ては、またため息をひとつつく。

「……はぁ。俺、シャワー浴びてくるんで、先寝てていいですよ。あ、ベッドは先輩が使ってください」

 有無も言わさないペースで用件を矢継ぎ早に残して、十三はタオルと下着を持って浴室に行ってしまった。聞こえてきた水音に、これでしばらくは十三は戻ってこないだろうと胸を撫で下ろす。
 ベッドを使えばいいと言ってくれたが、一応家主はあいつなのだ。あいつを差し置いて僕がベッドで寝ていいものか。いや、家主が言うんだからいいのか?
 そうだ、いっそのことジャンケンで決めればいいじゃないか。

「ナイスアイディアだぞ、僕」

 ならあいつが戻ってくるまで起きてないとな。とりあえずはベッドに上がり、壁に背を預け、膝を抱えて座る。
 中を見回せば、部屋の中心には小さな机。隅には小さな本棚と、ニ段構えの収納ボックス。壁にはウォークインクローゼット、バス・トイレは別だ。羨ましい。
 だけど、あまり生活感が感じられないのは、必要最低限のものしか置いてないからだろうか。

「僕の家とあんま変わんないなぁ」

 抱えた膝に顔を埋めて、目を閉じる。
 自分の家ではないけれど、会社よりも心地がいいこの空間のせいか、疲れがどっと押し寄せてきた。

「……先輩、まだ起きてたんですか」
「んー」

 膝に埋めていた顔を上げる。僕が履かなかったスエットのズボンを履いて、髪を気怠そうに拭く十三の姿が見える。こうして見ると、確かに十三は顔立ちも整っているし、体格もいいし、身長もあるしで、αなのだと改めて認識させられる。
 ま、それはいい。

「ジャンケン」

 掲げるように右手を突き出し、僕は「じゃーんけーん」と軽く右手を振った。

「ちょっと先輩、話が見えな」
「ぽん!」

 突き出していた手を開くのもなんだか億劫で、握りしめたままで勝負に挑んだ。
 十三は僕を止めようとしたのか、手を開いた状態、いわゆるパーを出していて、つまるところ、僕は負けた。

「……ふ。十三、ベッド使えよ」
「話が全く見えませんが、お断りします。ほら、布団かぶって」
「先輩命令だぞ! ベッド使えったら!」
「それ、さっきのジャンケンに意味がなくなりますよね? あと先輩、その格好、中見えてるんですよ……」
「ぁぇ……?」

 言われて自分の姿を冷静に見据えてみる。
 スエットの上を着ているとはいえ、そんなに丈があるわけじゃない。膝を抱えて座る僕。目の前にはそんな僕を見おろす十三。

「……ぁ」

 十三からは、抱えた膝の合間から僕の一番恥ずかしい部分が丸見えになっている。そう自覚した途端、体温が急に上がっていくのを感じた。

「な、なし! やっぱり僕がベッド使うから、十三は下で……」

 慌てて布団を引き上げ下半身を隠そうとしたのに、十三が片膝を乗せて布団を引っ張れないようにしてきた。そのまま両手を壁について、僕を逃げられないようにしてくる。

「ジャンケンに勝ったの、俺ですよね。なら先輩も一緒に寝ましょう?」
「や……、でもほら、狭い、し」

 シングルサイズのパイプベッド。マットレスを敷いてあるとはいえ、お世辞にも柔らかいとは言えない。こんなとこに男二人は流石に無理があるだろ!?

「そんなに狭くないですって。先輩が俺の抱き枕になってくれれば」
「ぼ、僕に綿なんて入ってない……!」
「綿……」

 両手をつく十三が小さく吹き出した。

「先輩、くくくっ、あんま笑わせないでくださいよ……っ」
「わ、笑うなよ! 僕は真剣に」

 ムッとして、下から十三を睨みつけようとした時、額に何か柔らかいものがあたるのを感じた。
 僕の視界が十三の明るい茶髪で埋め尽くされ、そこから見える薄く微笑む姿に、また心臓が大きく高鳴った。

「先輩、キスしていいです?」
「い、今まで聞いてこなかっただろ……」
「何もしないってていで誘ったので、一応確認をしようと思いまして」

 そう言う間にも、十三は僕の額、髪、耳に、軽く唇を触れさせてくる。そのたびに、身体が小さく震えて、腰あたりにびくびくとした何かが走る。

「僕が……、まだ元カノ好きだって言ったら、どうするんだよ……」

 本当は、もうほとんど、何も残っていないんだけど。最後に一緒に過ごしたのは、確かそうだ、一ヶ月以上も前だったし。それさえも会社帰りに少し会って、駅まで送り届けただけだ。
 思い出せば思い出すほど、僕と彼女は、そんなに一緒にはいなかったのだと感じて、なんだかそれが無性に悲しくて、悔しくて、僕からは自然と涙が出てきた。

「先輩……」
「ち、ちが、これは違くて」

 弁明しようとする僕を、十三の腕が優しく包む。何も着ていない十三の胸元に顔を埋めれば、そこはすぐに僕の涙で濡れてしまった。

「先輩、俺言いましたよね。俺は失恋の隙に付け入る最低なやつだって。だから、先輩も俺のこと利用すればいいんです」
「十三……っ」

 僕も腕を伸ばして、そのしっかりした背中に手を回した。そうして十三の暖かさに包まれて、僕は改めて、この十三颯介というやつに惹かれているのだと自覚してしまった。
 でもごめん。僕はまだ、やっぱり怖いんだよ。長くいたって、結局別れは一瞬だから。
 だから今は、まだお前を利用する立場でいさせてほしい。
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