【本編完結済】僕はあんたのΩじゃない!

とかげになりたい僕

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一ノ瀬紅羽の場合

1話

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 男が好きなわけじゃない。
 だって、それは“普通”じゃないから。
 けれどたまたま、本当にたまたま出会った男に「抱けよ馬鹿野郎!」と酔った勢いで言ってしまったわけだ。

 始まりは、今日の仕事終わりに入った一通のライン。大学三年から付き合っていた彼女に『別れましょう』と言われ、自棄酒の意味も込めて一人居酒屋で飲んでいた。
 そこで、同じく一人で飲んでいた名前も素性も知らない男に愚痴り、その流れでなぜかホテルにチェックインしてしまったのだ。

「本当にいいんですか?」

 “ソウ”と名乗った男は、その一重の目を細めて、ベッドに腰掛ける僕の顎を右手で軽くすくってきた。同じくらい呑んでいたはずなのに、ソウは全く酔った様子もなく、その真っ黒な瞳に映る僕だけが耳まで真っ赤だ。

「ん……。も、いい、も、やだ……」

 そんなソウにすがるように、僕は彼のシャツをきつく両手で握りしめ、ゆっくりと目を閉じた。

 二十六年生きてきて、初めての彼女だったのだ。
 大事にしようと思って、手を繋ぐことから始めて、勇気が出なくてキスだってなかなか出来なかった。セックスなんて緊張も相まって一度も出来ず、気づけば付き合いだして五年。
 そりゃあ、別れを切り出されて当然だ。
 でも僕だって色々考えてた。考えてたんだ。
 結婚しようって言い出すために、給料三ヶ月分の指輪も用意した。式も上げるために貯金だってしてきた。将来、小さくてもいいから家を持って、βはβらしく、質素に、堅実に、生きていく予定だったんだ。

「ん……っ、くるし……」

 塞がれた唇から酸素を求めようと、一旦こちらから少し離れる。小さく笑ったソウが「キス、したことないんですか?」と唇を舐めてきた。

「ある……、けど、こんな、の、したことない……っ」
「それは勿体ないです。クレハさん、こんなに可愛いのに」
「かわ……!?」

 可愛いなんて言われたことないし、自分をそう思ったことすら当然ながらない。そんな言葉は女性に言うものだとばかり思っていた。

「可愛いですよ。キスだけでこんなトロトロになるのも、欲しくてたまんないって顔してるのも」

 くちゅ、と音がして、軽く唇を吸われた。それに声が漏れてしまうのが恥ずかしくて、僕は「キス、も、いい、から」と口元を袖で隠して視線を反らす。

「それじゃ、キス以上しちゃいましょうか」

 半分面白がるように言うソウが、僕をベッドに縫いつける。経験のない僕は、されるがままに蛍光灯の明かりの元に、大して鍛えてもいない薄い身体を曝け出した。
 対するソウは上半身だけを脱ぐと、その長い指先で、僕の胸の突起を軽く摘んだ。腰にびくりと痺れが走り、自分の意思とは反対に身体が大きく跳ねる。

「ひうっ」
「いい反応しますね」
「ひぁっ、ああんっ」

 そのまま親指と人差し指でコリコリとこねられるたび、びくびくと腰が小さく跳ねる。それがまるで、自分からソウに腰を押しつけるような動きになって、自身の先端から溢れる先走りがソウのズボンに染みを作っていく。

「や、これ、よごしちゃう、からっ」
「クレハさんって真面目ですよね。こんな時でも俺の服を心配するとか」
「ふ……、ぐっ……」

 だってここ洗濯出来ないじゃないか。そんな恥ずかしい染みを作ったまま出歩くつもりか? なんて考える間に、ソウは僕の両足を持ち上げると大きく開かせてきた。
 誰にも、当たり前だけど自分でも見たことない場所を見られる形になり、僕は「な、ななな、何!?」と雰囲気も何も構わずに足をバタつかせた。

「何って……。クレハさん、初めてですよね? 解さないと」
「解すってどこを!? どうやって!?」

 少し酔いが冷めて冷静になった僕を余所に、ソウは手のひらに透明の液体をたっぷりと垂らしてから「ここ」と尻の穴に指を突っ込んできた。
 感じたことのない圧迫感に「んぷっ」とさっきまで呑んでいた酒が迫り上がってくるのを感じる。

「やっぱβって濡れないんですね。これ挿入はいるかな……」

 ぐちゅぐちゅと指を軽く抜き差しされ、中を軽く擦られる。その感じたことのない感覚に呑まれるのが怖くて、僕は必死に手元の枕を引っ掴んだ。

「べ、β、は、そんなとこ、で、きもちよく、ならない……!」
「なりますって。んー、ここかな」
「ふあっ」

 グリッとある場所を軽く押され、一段と強く身体が跳ねる。目の前がチカチカして一瞬だけ視界が白くなった。
 けれど続けて襲いかかる波に意識を引っ張られて、僕の口からは涎とともに嬌声が零れ始めた。

「ひっ、あ、ああっ、ふあああっ」
「クレハさん、こっちのが才能あるんじゃないですか」
「や、あっ、そんなこと……っ」

 クチュクチュと響く厭らしい音が、自分の尻から出ているものだなんて認めたくない。けれども、襲いかかってくる快楽は確かに僕を攻め立てていて、ドロドロと溢れる先走りは腹に薄い水溜りを作っている。

「うん、だいぶ解れたかな。ちょっと枕貸してください」
「ふぇ……?」

 中をぐりぐりと擦られる感覚がなくなり、そこで指を抜かれたのだと理解した。僕は言われるままに、引っ掴んでいた枕をよたよたとソウに渡す。βの僕でも、後ろでこんなんなるんだなと少し感慨に浸っていると、腰を軽く浮かされ、下に枕を差し込まれた。

「……へ?」

 そのまま両足を持ち上げられ、尻あたりにぬるぬるとした熱をあてがわれる。経験のない僕でも流石にわかった。

「ま、って……! やっぱり」
「誘ってきたのはクレハさん、ですよ」
「ぁ」

 ずぷずぷと肉壁を掻き分け入るように、指とは比べ物にならない質量の塊が中へと押し込まれていく。内蔵を押し上げるそれに息が出来ず、僕は「ひ、いっ」と小さく悲鳴を上げた。

「クレハさん、息して」
「はっ、はあっ……」

 息ってなんだっけ。どうやってしてたっけ。そもそも、吸うって意識してやるもんだっけ。

「ひぐ……っ、や、はっ」
「クレハさん? クレハさん!?」

 苦しい。苦しくて、つらい。
 それもこれも恋をしたからだ。
 なら僕はもう、恋なんてしないし、恋人なんて作らない。
 涙なのか、それとも酸欠からなのか。霞む視界と頭の中で、元カノが『別れましょう』と冷たく言い放つのが見えた、気がした。
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