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四季折々に、挨拶を。
そして誰もいなくなった 11.
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話し声も聞こえないまま、海月は逆の階段から教室に向かった。足音がしないように脱いだ革靴は昼休みにでも置きに行けばいい。翔悟と涼華に知られることなく海月は教室のドアを開いた。
「みーっづき!」
「うわあっ」
「あはは、ビクッた? 治ったよー」
同じように軽やかに笑っているはずなのに、どうしてか凪沙がいつもより頼もしく思えた。
「おーい。海月ー」
「……あ、そ、そなんだ」
そのまま机にスクールバッグをかけ、座った。
「なんかあったのー?」
「別に?」
「嘘」
海月なんかあったでしょ、と続けた。その言葉に数人のクラスメートが顔を見合わせる。
「あ、あのさ、海月」
声をかけたのはクラスの学級委員長である風花だ。以前海月が翔悟とすれ違い、その後の体育の授業で倒れる直前海月に話しかけていた。
「風花ちゃん……どしたの?」
「……ごめん。机の中のやつしか、捨てられなかった」
「え……」
差し出した手の中にはカミソリと画鋲、そして紙。
「──ありがとう……」
「え、いんちょ何それ?」
「あ……えと……」
「……海月、行くよ」
凪沙は強く海月の手を引き、教室から連れ出した。しれっと海月の革靴も持ってきている。
「ちょ、凪沙っ」
陸上部であり短距離を走る凪沙は加速が早く、運動量はほとんど帰宅部に近い海月はすぐに息が切れる。週に一回は近くのプールに泳ぎに行っていたが、運動部には敵わない。
「流奈ーっ!!」
絶叫するのに近いほどの大きな声だ。
「え、流奈?」
「久しぶりですね、海月」
「……え、なんで体育館裏?」
「いえ、呼び出しを受けまして。休む前からあってその度に手紙は焼却していたのですが、あまりにしつこいのでいっそばっさりと」
変わらない口調と、変わらない外見、変わらない笑顔。
「ほら、話してよ!」
「え……で、でも」
「……海月、痩せましたか? 少しやつれてません?」
「…………」
──食欲が無い。それだけなのに、体重は落ちる。
「ったく、深海先輩と喧嘩でもしたのー? 夫婦喧嘩は犬も食わないってのに」
「凪沙の口からことわざが……雪が降りますね。今日折りたたみしか持ってないんですよ、やめてください」
「け、喧嘩はしてないけど……」
──そう、喧嘩はしていない。ただ、私が一方的にちょっとだけ距離を置いてるだけ。
「……ちょうど、二人がいない時だったんだけど」
***
「……は?」
「な、凪沙……」
ニヤニヤ顔はどこへ行ったのだろう、凪沙には表情がない。これが真顔というものだと挿絵で辞書に書いてありそうなほどの『真顔』だ。
「え、何そいつ。先輩とか関係ないし。むしろ深海先輩も何? 海月ほっといて何やってんの? 不倫も浮気も文化じゃないんだけど」
「凪沙、落ち着いてください。ただ単に顔が近づいていたというだけで、浮気と決めつけるには早計です」
「いや、顔近づくって何? 何してんの?」
「例えばですが……」
流奈は凪沙の耳に口を近づけ呟いた。
「こういうのですね」
「……不覚にもちょびっとドキドキしてしまった」
「え……!?」
「冗談だし。……で。どーしよっか」
ちらりと目を向ければ、そこには虚ろな目がある。
「こーら、そんな目しないの」
「…………」
全てを無くしたような目だ。ある意味で、海月にとって翔悟は──いや、やめよう。そう思い、凪沙は少し上にある海月の頭を撫でた。
「んー……今日、私の家に来ませんか?」
「……へ?」
思わず海月が顔を上げた。
「実は帰国したのは私だけで、親はいないんです。秘書や組員の半数ほどは同行していますから、邪魔されもしません」
「やったー!!」
「え……でも」
「今日は弓道部がないので一緒に帰れます。あ、着替えは心配しないでください」
微笑んでいる流奈の目はきらきらと輝いている。
──逃げて、いいのかな。
翔悟を避けてしまうことが自分の中でどうしても『逃げ』だと感じてしまう。それが本当にそれなのかは分からない。けれど、滲み出てくる罪悪感が最後まで邪魔をする。
「いーじゃん、女子会女子会!」
「……深海先輩には、私から言っておきます。充電がなくなったとでも言えばいい」
目の前に用意された逃げ道に、足を踏み出したら。
──避けてしまったら。
「っ……」
不意に、海月の脳裏をまたあの光景がよぎった。隠されたものの中にはまだどこにあるか分からないものもあり、翔悟とのお揃いのものが大半だ。
また──そう、また、大切な何かを奪われるのかもしれない。その何かは翔悟になってしまうのかもしれない。
「ごめん、ちょっと考えるね……」
「そうですか。じゃあ、昼休みに教えて下さい」
「うん」
──ああもう、またぐちゃぐちゃ。
「……あ、ううん」
「何ですか?」
「……久しぶりだね、女子会」
「……そうですね」
──でも。
──まだ壊されてないものを、感じたい。
「みーっづき!」
「うわあっ」
「あはは、ビクッた? 治ったよー」
同じように軽やかに笑っているはずなのに、どうしてか凪沙がいつもより頼もしく思えた。
「おーい。海月ー」
「……あ、そ、そなんだ」
そのまま机にスクールバッグをかけ、座った。
「なんかあったのー?」
「別に?」
「嘘」
海月なんかあったでしょ、と続けた。その言葉に数人のクラスメートが顔を見合わせる。
「あ、あのさ、海月」
声をかけたのはクラスの学級委員長である風花だ。以前海月が翔悟とすれ違い、その後の体育の授業で倒れる直前海月に話しかけていた。
「風花ちゃん……どしたの?」
「……ごめん。机の中のやつしか、捨てられなかった」
「え……」
差し出した手の中にはカミソリと画鋲、そして紙。
「──ありがとう……」
「え、いんちょ何それ?」
「あ……えと……」
「……海月、行くよ」
凪沙は強く海月の手を引き、教室から連れ出した。しれっと海月の革靴も持ってきている。
「ちょ、凪沙っ」
陸上部であり短距離を走る凪沙は加速が早く、運動量はほとんど帰宅部に近い海月はすぐに息が切れる。週に一回は近くのプールに泳ぎに行っていたが、運動部には敵わない。
「流奈ーっ!!」
絶叫するのに近いほどの大きな声だ。
「え、流奈?」
「久しぶりですね、海月」
「……え、なんで体育館裏?」
「いえ、呼び出しを受けまして。休む前からあってその度に手紙は焼却していたのですが、あまりにしつこいのでいっそばっさりと」
変わらない口調と、変わらない外見、変わらない笑顔。
「ほら、話してよ!」
「え……で、でも」
「……海月、痩せましたか? 少しやつれてません?」
「…………」
──食欲が無い。それだけなのに、体重は落ちる。
「ったく、深海先輩と喧嘩でもしたのー? 夫婦喧嘩は犬も食わないってのに」
「凪沙の口からことわざが……雪が降りますね。今日折りたたみしか持ってないんですよ、やめてください」
「け、喧嘩はしてないけど……」
──そう、喧嘩はしていない。ただ、私が一方的にちょっとだけ距離を置いてるだけ。
「……ちょうど、二人がいない時だったんだけど」
***
「……は?」
「な、凪沙……」
ニヤニヤ顔はどこへ行ったのだろう、凪沙には表情がない。これが真顔というものだと挿絵で辞書に書いてありそうなほどの『真顔』だ。
「え、何そいつ。先輩とか関係ないし。むしろ深海先輩も何? 海月ほっといて何やってんの? 不倫も浮気も文化じゃないんだけど」
「凪沙、落ち着いてください。ただ単に顔が近づいていたというだけで、浮気と決めつけるには早計です」
「いや、顔近づくって何? 何してんの?」
「例えばですが……」
流奈は凪沙の耳に口を近づけ呟いた。
「こういうのですね」
「……不覚にもちょびっとドキドキしてしまった」
「え……!?」
「冗談だし。……で。どーしよっか」
ちらりと目を向ければ、そこには虚ろな目がある。
「こーら、そんな目しないの」
「…………」
全てを無くしたような目だ。ある意味で、海月にとって翔悟は──いや、やめよう。そう思い、凪沙は少し上にある海月の頭を撫でた。
「んー……今日、私の家に来ませんか?」
「……へ?」
思わず海月が顔を上げた。
「実は帰国したのは私だけで、親はいないんです。秘書や組員の半数ほどは同行していますから、邪魔されもしません」
「やったー!!」
「え……でも」
「今日は弓道部がないので一緒に帰れます。あ、着替えは心配しないでください」
微笑んでいる流奈の目はきらきらと輝いている。
──逃げて、いいのかな。
翔悟を避けてしまうことが自分の中でどうしても『逃げ』だと感じてしまう。それが本当にそれなのかは分からない。けれど、滲み出てくる罪悪感が最後まで邪魔をする。
「いーじゃん、女子会女子会!」
「……深海先輩には、私から言っておきます。充電がなくなったとでも言えばいい」
目の前に用意された逃げ道に、足を踏み出したら。
──避けてしまったら。
「っ……」
不意に、海月の脳裏をまたあの光景がよぎった。隠されたものの中にはまだどこにあるか分からないものもあり、翔悟とのお揃いのものが大半だ。
また──そう、また、大切な何かを奪われるのかもしれない。その何かは翔悟になってしまうのかもしれない。
「ごめん、ちょっと考えるね……」
「そうですか。じゃあ、昼休みに教えて下さい」
「うん」
──ああもう、またぐちゃぐちゃ。
「……あ、ううん」
「何ですか?」
「……久しぶりだね、女子会」
「……そうですね」
──でも。
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