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四季折々に、挨拶を。

そして誰もいなくなった 1.

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 ──「大丈夫」。
 ──「ごめん」。
 ──「ううん、なんでもない」。
 ──「何にもないよ?」。

 そんな言葉を言った事に、激しく後悔した。
 言っていればこんなことにはならなかったのか、と。

「っ、痛いっ!」
「……あんたが悪いんじゃん。自業自得だよ、あはは!」

 ──「ねえ誰か、助けて」。
 叫びは、声にできないままで。

***

「海月ちゃーん!」
「あっ、涼華先輩! どうかしましたか?」

 海月は転入生である東雲しののめ涼華すずかと仲良さげに話している。それを翔悟が見つめていた。
 最近不運なことが続いているが、大丈夫だろうか、と。
 凪沙が足を骨折し、入院し始めてしまったり、流奈が半年間の留学──実際はに行ってしまったりと、彼女の周囲の人間が現在はあまりいない状況だ。

「あのね、ライブ行けることになったの!」
「そうなんですか? おめでとうございます!」

 涼華は二年ほど前に白血病を発病し、一年分留年した後海月達の通う三日月学園に転入してきた。
 ボブカットの黒髪を揺らす、眼鏡っ娘。凪沙と流奈を足しで二で割ったような外見だ。

「……あ、ごめん。深海君、待ってるんだったね」
「いえ、そんな。ライブ、楽しんできて下さいね」
「もっちろん!」

 この時は、誰も予想していなかった。
 のちにこの涼華が、大波乱を呼ぶことなど────。



「え、何、これ……?」

 翌日。現在中学生である海月と高校生である翔悟とは下駄箱の場所が違う為、海月は今一人で教室に向かう為上履きに履き替えようとしていたが、しかし。
 上履きの中に入っている一枚の紙が、それを阻んだ。

「……え」

 『独りじゃ何も出来ない愚図』と書かれたその紙が、ぴらりと落ちた。
 頭が、がんと動かなくなる。
 震える手でそれをスクールバッグに押し込み、海月は下駄箱を後にした。
 ──誰にも言えない。
 凪沙は病院に、流奈は現在海外だ。そして翔悟は最近高等部の生徒会が忙しいらしく、一緒に帰れない日々が続いている。

「く、すり……っ」

 そんな海月の背を、一人見つめている人間がいた。

「……海月ちゃん? 大丈夫?」
「はい……」
「朝からちょっときつかったかな? 季節の変わり目だからしょうがないかな」
「はい……」
「辛くなくなったら、でいいからね。一時間目は数学でしょう? 先生には言っておいたからね」

 微笑している保健室の教師は、カーテン越しの海月に気付かない。

「……はい」

 独りじゃ何も出来ない愚図。
 病気ぶりっ子。

「違う……!」

 ぐす、と膝を抱えた。
 どうしようもなく、不安が募っていった。
 そして翌日も、その翌日も、またその翌日も、手紙は増えていった。そんな中海月の叔母である悠里が有給休暇の消化を始め、会社自体の休日と重ね合わせることで二週間程こちらに滞在することになったり──つまり海月が元の家でまた暮らすことになった──と、翔悟と離れる機会が続いた。
 海月は、悠里だけに学校のことを話した。

「っ、そんなことっ……」
「…………」
「す、ストレスとかは? 大丈夫なの? メニエールとか……翔悟君忙しくて凪沙ちゃんも流奈ちゃんもいないんでしょう?」
「抑えては、いるよ……」

 元の面影が薄れかけている海月の姿を見た瞬間、悠里は海月の身に何か起こったことを既に察していた。

「抑えてるって……薬で?」
「……うん」
「……翔悟君に言ったの?」
「…………」

 ふる、と首を振った。

「どうして……」
「手紙……翔悟のことも、書かれてたから」
「……そう」

 もちろん、翔悟の悪口ではない。
 別れろ。似合わない。不釣り合い。深海君が可哀想。挙げていてはキリがない。

「……何かあったら、すぐに言いなさい。辛かったら相談していい。……それから」

 犯人が分かったら、絶対に────。

「分かった……っ」
「うん」

 そして、地獄の日々が始まった。否、地獄への階段を降りる日々が始まろうとしていた。
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