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本編
いないことがおかしく思える程に
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今日も海月は同じ電車に乗った。同じ電車、同じあの男の先輩。しかし、海月は昨日美容院で髪を切った。これまでと違う顔に当たる感触。くるくると弄びながら昨日と違う音楽──今日はボカロを聴いた。
「…………」
「ふたばー、ふたばー」
今日もまた会話はない。目の前にいる彼の読んでいる本はまた変わっている。今日は薄い水色だ。
ちらりとまた視線が向けられる。
「…………」
「えー本日は神奈川……」
海月は音楽に熱中しているのか気付かなかった。
ふ、と彼が笑ったことに。
***
「今日は雨ですから、体育はドッジボールのようですね」
それには暗い雲が立ち込めている。窓に叩きつけてくるような強い雨も降っており、これでは幅跳びはできない。
「またか……」
体育はバレーボールとバドミントン、水泳以外苦手な海月は今日も憂鬱だ。もっとも海月が勝利に貢献することはなく、上に飛んできたボールをはたき落としキャッチされることなく外野へ回っていくだけではあるが。
「確かに好きだけどさぁ、飽きるんだよねぇ」
ガッツポーズをすることなく凪沙は机に伏せた。
「矛盾してない?」
「えっ、うそっ」
周囲からの呼び名は、『美少女三人組』。
──それぞれ個性は激しく主張しているが、可愛いことに変わりはない。というのが男子の意見だ。
確かに三人は目を惹く。
「まぁいいや、今日は五限でしょ。一限なんだっけ?」
顔だけを流奈に向け呟く。しかし答えたのは流奈ではなく海月だ。
「英語。小テストあるんだよ、英単語だって言ってたじゃん」
海月達の学年では学力の推移を小テストによってはかる取り組みを行っている。月に一回行われる通称『中テスト』では三十分ほどのテストを行い補習も行う。
「え、嘘! 先生何も言ってなかったじゃん!」
今度こそ凪沙は顔を上げた。
「それは爆睡してたら分からないでしょうね」
そしてまた流奈は鼻で笑っている。入学当時から中テスト連続満点を誇る流奈はテストの日程を自分のスマートフォンにも保存しているほどだ。
「うぅっ、冷たいよ海月! お母さんはそんな風に育てたつもりはないわ!」
いつものように漫画のような台詞だ。
「あなたの娘だったら私、死にたくなりますよ」
うえぇ、と言わんばかりの顔。
「ひどいーっ!」
「それにその言い方だと私が凪沙の娘みたいじゃん……」
「嫌そうに言わないでよ、ひどいなぁっ」
いつもの電車、いつもの人、いつもの友達。
少しの変化はあれど、それは変わらない。
「そういえば海月、今日もいましたか?」
思い出したように流奈が呟いた。今日も例の彼は海月と同じ電車に乗ったようで、海月は首を縦に振る。
「うーん……どっちかって言うと、いない方がおかしい気もする」
「一種のストックホルム症候群ですね」
「え、えと、ストック?」
名前も完全に言えないまま凪沙がこてんと首を傾げる。
「……これだから脳筋は。どんなに異常な状態……まぁ、監禁されて犯人と常時一緒にいるなどの状態でも、そのうちに犯人に同情心や好意を抱くという症候群のことです」
眼鏡を押し上げながら言った。
「え、海月、その先輩のこと好きなの?」
「…………」
「……あ、なんかごめん」
「墨で塗りつぶしてあげようか」
書道部ならではの脅しだが、凪沙は一番国語が嫌い、それも書写は大嫌いなのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言えたものだとよく流奈は思っている。
「やめてえぇ!」
これもまた、日常。しかし、少しの変化の兆候がすでに現れていることは、誰も知らない。
「…………」
「ふたばー、ふたばー」
今日もまた会話はない。目の前にいる彼の読んでいる本はまた変わっている。今日は薄い水色だ。
ちらりとまた視線が向けられる。
「…………」
「えー本日は神奈川……」
海月は音楽に熱中しているのか気付かなかった。
ふ、と彼が笑ったことに。
***
「今日は雨ですから、体育はドッジボールのようですね」
それには暗い雲が立ち込めている。窓に叩きつけてくるような強い雨も降っており、これでは幅跳びはできない。
「またか……」
体育はバレーボールとバドミントン、水泳以外苦手な海月は今日も憂鬱だ。もっとも海月が勝利に貢献することはなく、上に飛んできたボールをはたき落としキャッチされることなく外野へ回っていくだけではあるが。
「確かに好きだけどさぁ、飽きるんだよねぇ」
ガッツポーズをすることなく凪沙は机に伏せた。
「矛盾してない?」
「えっ、うそっ」
周囲からの呼び名は、『美少女三人組』。
──それぞれ個性は激しく主張しているが、可愛いことに変わりはない。というのが男子の意見だ。
確かに三人は目を惹く。
「まぁいいや、今日は五限でしょ。一限なんだっけ?」
顔だけを流奈に向け呟く。しかし答えたのは流奈ではなく海月だ。
「英語。小テストあるんだよ、英単語だって言ってたじゃん」
海月達の学年では学力の推移を小テストによってはかる取り組みを行っている。月に一回行われる通称『中テスト』では三十分ほどのテストを行い補習も行う。
「え、嘘! 先生何も言ってなかったじゃん!」
今度こそ凪沙は顔を上げた。
「それは爆睡してたら分からないでしょうね」
そしてまた流奈は鼻で笑っている。入学当時から中テスト連続満点を誇る流奈はテストの日程を自分のスマートフォンにも保存しているほどだ。
「うぅっ、冷たいよ海月! お母さんはそんな風に育てたつもりはないわ!」
いつものように漫画のような台詞だ。
「あなたの娘だったら私、死にたくなりますよ」
うえぇ、と言わんばかりの顔。
「ひどいーっ!」
「それにその言い方だと私が凪沙の娘みたいじゃん……」
「嫌そうに言わないでよ、ひどいなぁっ」
いつもの電車、いつもの人、いつもの友達。
少しの変化はあれど、それは変わらない。
「そういえば海月、今日もいましたか?」
思い出したように流奈が呟いた。今日も例の彼は海月と同じ電車に乗ったようで、海月は首を縦に振る。
「うーん……どっちかって言うと、いない方がおかしい気もする」
「一種のストックホルム症候群ですね」
「え、えと、ストック?」
名前も完全に言えないまま凪沙がこてんと首を傾げる。
「……これだから脳筋は。どんなに異常な状態……まぁ、監禁されて犯人と常時一緒にいるなどの状態でも、そのうちに犯人に同情心や好意を抱くという症候群のことです」
眼鏡を押し上げながら言った。
「え、海月、その先輩のこと好きなの?」
「…………」
「……あ、なんかごめん」
「墨で塗りつぶしてあげようか」
書道部ならではの脅しだが、凪沙は一番国語が嫌い、それも書写は大嫌いなのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言えたものだとよく流奈は思っている。
「やめてえぇ!」
これもまた、日常。しかし、少しの変化の兆候がすでに現れていることは、誰も知らない。
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