43 / 70
本編
小話 夕菜と嶺のお話 夕菜side:2
しおりを挟む
「……ごめん」
「……そっか」
今泣いてしまったら、もう止めようがなくなりそうで、それでも泣きたい衝動は抑えられなかった。
「……え、ごめっ……泣く程嫌だった?」
「ちっ、違うっ」
「じゃあなんで……とりあえず、どっか座る?」
慎ましげに手を引かれ、着いた先は公園。小さな子供やたむろしている中学生もいなくて、どことなく寂しげだ。
「で……なんでか、言ってくれたら嬉しいんだけど」
その理由は、何年前かにさかのぼる。
あの時、私はまだ勉強熱心な中学二年生で、遅くまで誰もいなくなった教室で毎日勉強していた。そのせいかいつも成績は良くて、深海には負けるけどいつも学年トップの十人の中には入れていた。
その日も、遅くまで教室に残っていた。
問題集を解いていた私は、どうしても解き方がわからない連立方程式があって、その解答を少しだけ見ようとロッカーへ行った。
その時だった。
「え、絶対お前星野のこと好きだろー」
「んなわきゃねーっつーの!」
突然聞こえて来たうちのクラスの男子の声。自分の苗字に否が応でも反応してしまったんだ。
「あんな奴っ、好きになんかなるわけねーしっ!」
密かな憧れは孤独な涙とともに崩れ去った……それだけのはずだったのに。
「なーなー星野、知ってる? 深海に彼女できたんだって」
「……そ、なんだ」
何回も何回も話しかけてきた。ノートを写させてくれとか、シャーペンの芯が欲しいとか、何かにつけて何回も。それでも────。
「夕菜、知ってる? 最近ね、男子たちで、女子に近づいてその女子が好きになるかどうか賭けるっていうゲームがあるらしいよ? ……林田君、気をつけたほうがいいんじゃない?」
「ゲー、ム……」
あぁ、そうなんだ、ゲームなんだ。
私は、楽しむための、ただの駒。そのうち捨てられる。
それが分かってしまった瞬間に、憧れは完全に捨てたはずだったのに──女子とは、いや私とはつくづく面倒なもののようで、今でも完全に捨てきれていない。
あの『好きになんかなるわけない』の言葉が、ずっとこびりついている。
「……ゲーム、か」
「え?」
あのゲームが今もあるなら、私は最後の犠牲者だろうか。よりにもよって卒業式の日に、好きな相手に嘘の告白をされて、こんなに嗤えるようなことはあるだろうか。
「……星野?」
「ん、何?」
いつのまにか引いた涙は、どこに行ったんだろう。
きっと、諦めてどこかへ行ったんだろう。
「……何考えてる?」
「大したことじゃないよ」
「嘘つけ」
「今この状態で嘘なんか、なんでつくの」
「俺にばれたくないから。考えてること」
──図星だ。
「なあ、何考えてんだよ?」
「……知ってた?」
「えっ?」
「私ね、中学二年生のとある日で、放課後に勉強することやめたの。……十月九日」
紅葉が始まりそうな、綺麗な銀杏だった。
「…………」
「……『好きになんか、なるわけない』」
「っ……!!」
「……ね、なるわけないんでしょう? ……あのゲーム、まだあったんだね」
「っ、ゲームなんかじゃないっ!」
「どっちにしても、もうどうでもいいよ……ごめんね、重くて。私は、『好きになんかなるわけない』なんて、言えないから」
「っ星野っ!」
焼けた鉄の棒を押し付けられたみたいに胸が痛いのに、涙は出なかった。
どうしてか、深海が羨ましかった。
「……そっか」
今泣いてしまったら、もう止めようがなくなりそうで、それでも泣きたい衝動は抑えられなかった。
「……え、ごめっ……泣く程嫌だった?」
「ちっ、違うっ」
「じゃあなんで……とりあえず、どっか座る?」
慎ましげに手を引かれ、着いた先は公園。小さな子供やたむろしている中学生もいなくて、どことなく寂しげだ。
「で……なんでか、言ってくれたら嬉しいんだけど」
その理由は、何年前かにさかのぼる。
あの時、私はまだ勉強熱心な中学二年生で、遅くまで誰もいなくなった教室で毎日勉強していた。そのせいかいつも成績は良くて、深海には負けるけどいつも学年トップの十人の中には入れていた。
その日も、遅くまで教室に残っていた。
問題集を解いていた私は、どうしても解き方がわからない連立方程式があって、その解答を少しだけ見ようとロッカーへ行った。
その時だった。
「え、絶対お前星野のこと好きだろー」
「んなわきゃねーっつーの!」
突然聞こえて来たうちのクラスの男子の声。自分の苗字に否が応でも反応してしまったんだ。
「あんな奴っ、好きになんかなるわけねーしっ!」
密かな憧れは孤独な涙とともに崩れ去った……それだけのはずだったのに。
「なーなー星野、知ってる? 深海に彼女できたんだって」
「……そ、なんだ」
何回も何回も話しかけてきた。ノートを写させてくれとか、シャーペンの芯が欲しいとか、何かにつけて何回も。それでも────。
「夕菜、知ってる? 最近ね、男子たちで、女子に近づいてその女子が好きになるかどうか賭けるっていうゲームがあるらしいよ? ……林田君、気をつけたほうがいいんじゃない?」
「ゲー、ム……」
あぁ、そうなんだ、ゲームなんだ。
私は、楽しむための、ただの駒。そのうち捨てられる。
それが分かってしまった瞬間に、憧れは完全に捨てたはずだったのに──女子とは、いや私とはつくづく面倒なもののようで、今でも完全に捨てきれていない。
あの『好きになんかなるわけない』の言葉が、ずっとこびりついている。
「……ゲーム、か」
「え?」
あのゲームが今もあるなら、私は最後の犠牲者だろうか。よりにもよって卒業式の日に、好きな相手に嘘の告白をされて、こんなに嗤えるようなことはあるだろうか。
「……星野?」
「ん、何?」
いつのまにか引いた涙は、どこに行ったんだろう。
きっと、諦めてどこかへ行ったんだろう。
「……何考えてる?」
「大したことじゃないよ」
「嘘つけ」
「今この状態で嘘なんか、なんでつくの」
「俺にばれたくないから。考えてること」
──図星だ。
「なあ、何考えてんだよ?」
「……知ってた?」
「えっ?」
「私ね、中学二年生のとある日で、放課後に勉強することやめたの。……十月九日」
紅葉が始まりそうな、綺麗な銀杏だった。
「…………」
「……『好きになんか、なるわけない』」
「っ……!!」
「……ね、なるわけないんでしょう? ……あのゲーム、まだあったんだね」
「っ、ゲームなんかじゃないっ!」
「どっちにしても、もうどうでもいいよ……ごめんね、重くて。私は、『好きになんかなるわけない』なんて、言えないから」
「っ星野っ!」
焼けた鉄の棒を押し付けられたみたいに胸が痛いのに、涙は出なかった。
どうしてか、深海が羨ましかった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる