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29 魔術都市で裏競売にかけられます
しおりを挟む「ここか」
人気のないじめじめとした薄暗い裏路地へと入り、伝えられていた歩数分きっかり進んだところで、リーゼは目の前の壁を叩いた。すると立ちはだかっていた赤煉瓦の壁面が横へと移動して、瞬く間に地下へと続く階段が現れる。
(……暗いな)
道半ば程にある古びた燭台に立てられた蝋燭の明かりだけを頼りに、リーゼは壁に手を這わせながらゆっくりとその階段を降りていった。
以前、地下迷宮に挑んだ時に遭遇した仕掛け扉のことを思い出しながら、まさかあの時と同じように閉じ込められることはないだろうな、と行き止まりの踊り場にひっそりと佇む簡素な扉の前に立つと眉を顰めた。
看板などは特に掛けられておらず、術も施されていない普通の扉だ。
(ここが本当に魔術の材料を取り揃えているという店なのか?)
リーゼは僅かばかり不安に駆られながらも慎重に扉をノックした──が返事はない。
「すみません、購入したいものがあって来たのですが」
リーゼが扉に向けてそう声をかけると、キキキと建て付けの悪い音をさせながらそれは動いた。ゆっくりと一人でに開いていく扉の邪魔にならないようにリーゼは僅かに後退りする。
「お邪魔します」
中へと入るや否や、ツンと鼻腔をかすめた甘ったるい妖しげな香りに眉間に皺が寄った。
店内はどこか裏路地に似た雰囲気で、全体的に湿っぽくて薄暗い。商品が並べられている棚を眺めながら、リーゼは半ば警戒しつつ店の中を進んでいった。
人の手の形をした木の根、瓶詰めされた何かの臓器、束ねられた黒い被毛。得体の知れない不気味な品々が雑多に陳列されていて、その全てに値段の表記がない。
リーゼは隅に飾られていた頭蓋骨のあるはずのない瞳と目があったような気がして、すっと棚から視線を戻した。
「すみません」
勘定台は奥まった場所にあった。そこには男が一人座っていて、リーゼが声をかけると待っていたかのように顔を上げた。
「いらっしゃい。禁術や呪術に手を染めていないような別嬪さんが、一体何の用があってこんな所に来たんだ?」
「……お使いだ。欲しいものがある」
不躾にじろじろと品定めするかのように全身を眺めてくる売人の視線から逃れるように、リーゼは顔を背けた。今は術を施し、黒髪黒目と地味な相貌で正体をごまかしているが、魔術の精通者ともなると見破られる可能性がある。
リーゼのその姿に、ただでさえにやついた目元をさらに弓形にさせた男は、台の上に置かれている頭蓋骨の頭をひと撫ですると「何が欲しい? 言ってみな」と尋ねてきた。
リーゼは視界の端でその様子を捉え、わずかに背筋を凍らせながらも「油絵具と羊皮紙が欲しい」と冷静に告げる。
「なんだ? 絵でも描くのか? そんなもの画材屋で買えばいい」
「知り合いの魔道士に頼まれてここに来た。セイランと言えば話は通じると聞いている」
嘲笑するようにそう言った売人にリーゼが依頼主の名を出すと、男は手を止めた。それから「へぇ、セイランの知り合いか」と、数本歯の抜けた口元を面白そうに歪めて、再びリーゼの姿を記憶に焼き付けるように見つめてくる。
その視線に居心地の悪くなったリーゼは、再び顔を背け、空咳をすることで催促をした。
「分かった、少し待っていてくれ」とようやく男は腰を上げて裏に目的の物を取りに行く。
「ほら、これがお望みの品だよ」
売人は戻ってくると台の上に薄っぺらい紙と一つの大きな瓶を置いた。待っている間、近くにあった様子のおかしい振り子時計の不規則な秒針に頭を悩ませていたリーゼは気を取り直して、男の持ってきた品を眺めた。
油絵具というには黒の一色しかなく、羊皮紙と言うには黄ばみが濃いそれに、窺うような目つきで男を見つめた。
「これが本当にセイランの望んでいるものなのか?」
「ああ、間違いない」
紙を触ると、羊皮紙にはないゴツゴツとした手触りがしてリーゼは首を傾げた。一体どんな生き物の皮を剥いで作ったのかなど聞いたところで裏目になりそうで、手早く勘定を済ませようと男に見せつけるように財布を取り出した。
銀貨を数枚取り出したところで「桁が二つ違うぞ、嬢ちゃん」と、呆れたように手を振られてしまった。仕方なくリーゼは鞄の中から金貨を数枚取り出すと勘定台の上に置いた。
店を出て、地上へ上がり、裏路地を抜けるとようやく透きとおった空気を肺に収めることができてリーゼは深く息をついた。急いで出てきたため、丸めた羊皮紙と油絵具の瓶を今さら鞄の中へと収めながらリーゼは形のいい眉間に刻まれた皺を指で揉みほぐした。
(早く戻らなければ)
お使いをお願いしてきた主が、今か今かとリーゼの帰りを待ち望んでいることだろう。
『完成するまで二日はかかりますからね、急いで買って帰ってきてくださいよ』と何かの具材を鍋で煮立たせ、その湯気に丸眼鏡を曇らせた今回この街でお世話になっている勇者一行の魔道士──セイランに口酸っぱく言われていた。
帰路につこうと足を踏み出したリーゼだが、最後に一度振り返って裏路地を眺めた。赤煉瓦の壁は何事もなかったように来た時と同様、ただの壁として存在している。
『この禁術にはあと一つ材料が必要なんだが、セイランは既に良いものを見つけたようだな』
店を出る前、そう含みを持たせて言っていた売人の言葉だけが、リーゼに多少の気がかりとして残っていた。
しかし、先を急がなければいけないリーゼは、その懸念を頭を振ることで払拭するとようやく足を進めた。
◇◇◇
掛けられた魔術によって自ら舵を取った船が行き着いた先は、リーゼが救いの旅の最中で一度訪れたことのある街だった。
獣人の住む村、シャトンの山を下ったところにある波止場から出港した帆船は、五日間の船旅を経て、この有名な魔術都市ベルハーツへと着港した。
以前は王都から陸続きのこの街に数日かけて馬車で訪れたリーゼであったが、本来の船の持ち主──アベルが獣人の子どもたちを連れ去った後、足取りを隠蔽するためか、はたまた船の方が人目につかずに運びやすいからか、今回はその海路を使って訪れることとなった。
「なんだよ、お出迎えがねぇじゃねぇか」
用心しながらそれぞれ船を降り、久しぶりに地上を踏んだカインとリーゼであったが、人気のないその場所の様子に唖然として立ちすくんでしまった。
今は使われていないのか、錆びた船や千切れた網などが乱雑に転がり、廃れた様子の港は閑散としていて、てっきり手始めとばかりに戦闘になると構えていた二人は肩透かしをくらう羽目になった。
「すでに作戦が失敗したと報告がいっているのかもしれない」
「ああ……だけど拍子抜けだな。あんだけ派手にやっといて、上手く行かなかったら即撤退って虫が良すぎるんじゃねぇか?」
鞘に収まったままの剣の柄を納得いかないというようにコツコツと指で叩くカインを尻目に、リーゼは錫杖を腕輪の形に戻した。そのまま苛立った様子のカインの横を通り過ぎ、一先ず港を出ようと街の方に向かって進んでいく。
「おいリーゼ、どこ行くんだ」
「私はまだ許していない。話しかけるな」
後頭部に投げられた問いかけに対して、リーゼはそう静かに吐き捨て、一蹴した。
ただでさえ苛立っていた男は、更にむしゃくしゃするというように眉間に皺を寄せると「お前ほんっとに可愛くねぇな! いや俺にはどんなお前も可愛く思えちまうから、もう負けみてぇなもんなんだけどさ!」と声を荒げた。
寂れた港内に大きな声が轟き、驚いた海鳥がバサバサと羽を散らしながら飛びたつ。
魔術都市ベルハーツにはその名の通り、たくさんの魔術師や魔道士が生活している。変わり者として有名な彼らだが、好き勝手、さまざまな色や造形の家を建てている割には、街並みはどこか整然としていた。
街の中心には魔術で動いている背の高い時計塔がある。時間になると鐘を鳴らして知らせてくれるその塔はこの街の観光名所だと以前訪れた時に教えてもらった。
他にも御者を使わずに目的地まで運んでくれる馬車や、人が近づくと一人でに沸き立つ噴水など、ところどころにこの都市特有の魔術を駆使して街を発展させた様子が垣間見られた。
(間違えたな)
リーゼは石畳で舗装された道を歩きながら、一つだけ自分に落ち度があったことを痛感していた。
道行く人々の視線が痛い。ちらちらと通りすがりに見てくるこの街の人たちは、まず物珍しそうにリーゼの頭を眺めて、それからどんな人物か確認するかのように顔を覗いてくる。
街に並んだ家の屋根と同じように、黄や紫、そして赤と魔術師たちはみんな奇抜な髪の色をしていた。
「なぁ、俺たちかえって目立ってねぇか?」
後ろを歩いていた男も同様に視線を浴びたのだろう。大股で隣に追いついてきては、リーゼの肩にさりげなく腕を回すとそう耳打ちしてきた。
リーゼはそれに答えることなく男の腕を自分の肩から外した。
隣からチッと舌打ちが漏れ聞こえてきたが無視をする。
リーゼが目指していた目的地は、街の中心地から少しだけ離れた郊外に存在していた。喧騒を嫌う彼らしくひっそりとした住宅地に建てられていて、そして変わり者の彼らしく鮮やかな青色の外観をした大きな家がそこにはあった。
玄関に備え付けられていた呼び鈴を鳴らすと、すぐそばに鎮座している魔獣の置き物から「はい、どちら様? 今忙しいんですけど」と声が伝わってきた。
「セイラン、私だ」
「はぁ、"わたし"なんていう名前の知り合いは存じ上げませんが」
「おい、屁理屈言ってんじゃねぇ。扉を開けろ、クソ魔道士」
「まぁ! 輩を連れているんですか? どうしましょう、さらに家に上げたくなくなってしまいましたね」
苛ついたままの気持ちをぶつけるようにカインが後ろから暴言を吐いたので、リーゼは肘で男の腹を打った。
「痛ぇな」と言う割に固い腹筋が肘を跳ね返してきて、全然効いてなさそうな雰囲気だったので少しだけ恨めしく思ったリーゼであったが、今はそれどころではない。
気を取り直すと「セイラン、リーゼだ。入れてくれ」と魔獣の置き物に向かってお願いをした。
「はいはい、分かっていますとも。少し揶揄っただけです。そこで待っていて下さい」
数分経ち、ようやく扉が開いた。中から水色の髪に丸眼鏡をした細身の男の顔がのぞき「いらっしゃい、その様子だとどうやら倦怠期は終わったようですね」と出会い拍子に冗談を言われる。
リーゼはセイランのその揶揄いを聞き逃すことが出来ずに「いや、続行中だ。今も仲違いしている」と腕を組んでそっぽを向いた。
「一方的にな」と後ろから呆れたように言ってくる男に対してふたたび肘打ちをお見舞いしながら「久しぶりだな、セイラン。元気だったか?」と微笑んだ。
しかし挨拶を受けたはずのセイランは、丸眼鏡の中の細い目を限界まで見開くと、次に訝しげに目を細める。
「いや、あなたたち。本当にどちら様ですか?」
その言葉にそこでリーゼは相貌を術を施して変化させていたことを思い出した。この街では適さないどころか、却って目立つ黒髪黒眼の二人組はきっと街で一際浮いていただろう。
リーゼは自分の失態をふたたび嘆いた。
「ここが一番片付いている部屋なのですが」
そう言って通された客間でさえ、部屋の隅には本が乱雑に積み上げられていた。
魔道士の中でも生粋の魔術追随者なセイランは、どうやらこの広い家の中の大半を本や魔道具で埋め尽くしているらしい。
以前この街に訪れた際には他所者は立ち入り禁止とばかりに一歩たりとも入らせてもらえなかった彼の城の中をリーゼは興味津々といった様子を隠しもせずに視線を動かして眺めた。
途中、廊下の壁に飾られていた杖に手を伸ばすと「術が発動するかもしれないので気をつけて下さい」と注意を促され、リーゼは慌てて手を引っ込めた。
カインが転がっている箱を意図せず蹴り上げたことに対しても「ああ、それ、呪術の類いのものなので跳ね返されたくなければ丁重に扱ってください」とセイランが平然と言ってのけるものだから肝を冷やすこととなった。
三人が囲む客間のテーブルには不揃いのティーカップが三客並べられていた。
中には茶色い液体が淹れられていて、リーゼはセイランがそれに口をつけたところで自分もようやく一口飲んだ。口当たりからして何の変哲もないただの紅茶で、ほっと胸を撫で下ろす。
「さて、獣人の子どもの拉致事件については分かりました。そのことに関係があるかは分かりませんが、近々この街のある場所で裏競売が予定されています」
「裏競売?」
獣人の子どもが攫われそうになったこと、首謀者が用意した船がこの街に行き着いたこと。リーゼは順を追ってセイランに説明した。
全ての話を聞き終えた後、少しの間黙り込んで何かを考えていたセイランは、丸眼鏡の位置を指で直すとそう告げた。
「ええ、そうです。倫理感などへったくれもない裏も裏の競売です。違法に入手した珍しい物品や希少な生き物たちを商品にして、身分を隠して参加した金持ちや貴族たちに互いに金で叩き合わせます。そして一番高く金を積めたものにその商品を売ると言った道徳心の欠片もない売買会場です」
「それに子どもたちは出品される予定だったって言うのか?」
リーゼが身を乗り出してそう聞くと、セイランは困ったように眉を下げて「断定はできませんが、可能性はあるでしょう」と悲痛そうに言った。
「裏競売の話はたびたび耳にしますが、時には人魚や獣人などの"人種"も競売にかけられると聞きます」
「胸くそ悪ぃ話だな」
カインが嫌悪を滲ませた声色で吐き捨てるように言った。リーゼも瞼を閉じ、胸に当てた手をぎゅっと握り締めることで込み上げてくる怒りに耐えた。
「そこでなのですが、もしその実態を突き止めたいのであれば一つ提案があります」
話し合いの場に僅かな沈黙の時間が流れた後、セイランが告げた言葉にカインとリーゼは揃って顔を上げた。
淹れてもらった紅茶はとうに冷えている。リーゼはそれでもティーカップに口をつけ、喉を潤すために一口飲むと、それから「何か策があるのか?」とセイランに向かって尋ねた。
「ええ」とセイランがにっこりと目を細めて頷く。
「会場に潜入すれば良い話です」
「おい、ふざけんなよ」
セイランの提案に怒りをあらわにしたカインがテーブルを拳で叩く。ガチャンとティーカップが音を立てて浮き上がり、リーゼは小さく肩を揺らした。
「ふざけてはいませんよ、一番手っ取り早い方法でしょう」
「危険すぎんだろ。てめぇは万が一にも権力者を敵に回す可能性があるってことを分かっちゃいない」
その言葉にリーゼの胸の内に陰が差した。
どこか分かっているような口振りでそう宣った男に対し、心が冷えていく感覚がする。
リーゼは姿勢を正すと「では、私がやろう」と淡々とした口調で告げた。
その瞬間、勢いよくリーゼの方へと振り向いたカインは怒りに目元を釣り上げた。
「あ?! なに言ってんだ、尚のことダメに決まってんだろ! お前を危険な目に合わせたくなくて俺は……」
「俺は、何だ?」
続きを促すように視線で訴えかけると、カインは口をつぐんだまま気まずそうに顔を逸らした。そんな男の様子にリーゼは瞼を閉じる。
「とにかくリーゼがやるって言うなら俺がやる。お前はここで待ってろ」
「……え?」
そう言って立ち上がったカインに、リーゼも慌てて席を立った。
「そう言ってくれると思ってましたよ! 待ってくださいね、今取り次いでくれそうな方の住所を書きますから!」
「待ってくれ、セイラン」
玄関に向かう男とペンを手にしようとする男のどちらを止めればいいか悩む隙もなく、リーゼはカインの後を追った。
大股で歩いていく男の後を走って追いかけて、その手を掴む。
「カイン!」
「何だよ、話しかけてくるなって言ったのリーゼだろ」
そういうわけではないとリーゼは首を振る。
リーゼが何を言いたいかなど分かっているくせに誤魔化すように茶化した言葉を吐く男が許せなかった。
「……私は言っただろう。船の上で、お前のしがらみも共有させてくれ、と。一人で背負う必要はないと」
リーゼの心の憂いごとはどんな手を使ってでも暴くくせに、カインを取り巻くしがらみは共有してもらえない。
王都から戻った男が何か隠し事を胸に秘めていることはリーゼには分かっていた。それが大したことではないと、心配するようなことではないと言われようが納得がいくはずがない。
カインがリーゼのことをいつだって助けてくれるように、リーゼもカインのことを守ってあげたいと思っている。
「カイン、お願いだ」
「……待ってくれ、リーゼ」
ぎゅっと祈るように男の手を握った。
苦い顔をして歯を食いしばるカインにそのまま追い縋るようにリーゼは身を寄せた。
しかし、その時、「書き終えましたよ! ではカイン、一先ずこの住所を訪ねてもらえますか?」とセイランが玄関までやってきてしまった。
「あれ……お邪魔でした? わぁ!」
「カイン!」
セイランが掲げていた手から住所の記された紙を抜き去ったカインはそのままリーゼの手も解き、玄関の扉を開けた。リーゼは去りゆく背中に向けて男の名前を叫んだ。
その悲痛な声色に一瞬だけ歩みを止めたカインであったが、しかしそのまま外へと出て行ってしまう。
目の前で閉じられた扉にリーゼは目を固く瞑った。
いつもは空気なんてものを読まないセイランもこの時ばかりは黙って気配を消していた。
リーゼはふたたび目を開くと、男が出て行った扉を睨みつけて叫んだ。
「カインなんか知るか! もう勝手にしろ!」
隣で様子を伺っていたセイランの肩が、その怒号にびくりと震えた。
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