旅を終えた勇者一行の元神官は、騎士様に裏切られたのでもう一度旅に出る。

ヨイヅクメ

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12 砂漠の町で商人をします

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「あの……ごめんなさい! 僕の妻だなんて言ってしまって」

 目抜き通りでの一連の騒動を終えたリーゼは、店仕舞いをした後、サリームと共に彼の家へと戻ってきていた。
 商品を袋へと仕舞いながらもどこか憂うような表情していたサリームだったが、玄関をくぐるや否や申し訳なさそうにそう言い、リーゼに向かって頭を下げてきた。

 砂漠にある住居特有の日干しレンガを積み上げて建てられた家の中は、外の猛暑を感じさせないくらい冷んやりとしていて涼しい。
 リーゼは顔を覆っているベールを外すと「気にするな」と、およそ半日ぶりに声を出した。

「でも、世界を救った大神官のリーゼさんを自分の妻扱いするなんて不敬にも程があるんじゃ……」

 実際には『元神官』であるのだが、訂正するには少々事情が込み入り、リーゼが気まずい思いをすることは確実なので黙っておく。

「私を助けるための方便だろう、謝るのは私の方だ。それに、私を妻と宣言したことであなたに変な噂が付き纏うことの方が心配だ」
「僕のことは全然いいんです! で、でも変な噂って?」

 リーゼは今年二十五歳になった。しかし日焼けした顔の中に僅かにあどけない表情が残したサリームはまだ十八歳の青年で、リーゼは「私を妻にしたことで、今後あなたが背の高い年上の女性が好みだと町に広まらないだろうか」と綺麗な白い髪を梳かしながら言った。

「私は女性にしたら背が高いからな。あなたと変わらない」
「いや、そんなことは全然いいんです。むしろそうかもしれないっていうか……」

 今だごにょごにょと小声で何かを言い続けているサリームにリーゼは「ならこの話は終わりだ」と、微笑みながら言い終止符を打った。


 料理が置かれた石のテーブルを二人で囲んで座った。砂漠の町イスワンでは、暑さに腐らずに日持ちする干物料理が主に食卓へと並べられる。
 平たく固いパンをヤギ乳に浸して柔らかくして食べるといいとサリームに教わり、リーゼはそれに倣った。

「誰かと一緒に食事をするなんて久しぶりだから嬉しいです」

 乾燥した地で育つ根菜を丸齧りしながらそう言って笑ったサリームに、目を伏せてスープを飲んでいたリーゼも微笑んだ。

 サリームは行商人の父と二人で暮らしているようだった。
 しかし、珍しいものを探し求め、世界中に足を運ぶ生粋の商人気質な彼の父は、久しぶりに帰ってきてもサリームに店で売る用の荷を預けると、すぐにまた行商の旅へと出発してしまう。
 おかげでリーゼは不在である彼の父の居室の寝床を借り、ありがたく寝泊まりさせてもらっている訳だが、それを聞いてしまうとこの町を離れる時に少し心苦しくなるような気がした。

「僕にも契約魔獣ペットがいるといいんですけど」
「試したことはあるのか」
「……はい、何度も。でもいつも失敗に終わってしまって……」

 召喚士が魔獣と契約を結ぶことは簡単なことではない。
 まずこの遥か古代から悠久の歴史を持つ砂漠の町、イスワンの血を引いてることを絶対条件とした。
 この町の血を持つものは召喚士としての洗礼を十二歳の時に受けさせられ、それから研鑽を積み上げることになる。
 頃合いになるとここから少し離れたところにある遺跡まで赴き、その中で召喚陣を張り、魔獣との意思疎通が取れるとようやく契約が結ばれる。

「サリームにはたくさんお世話になった。もしかしたら私にも手伝えることがあるかもしれない、もう一度試してみないか?」

 リーゼは飲み干したスープの器に匙を下ろすと、その綺麗な碧色の目元を綻ばせながら顔を傾けた。透き通るような白い髪が彼の頬へと流れる。
 その様子を真正面から見てしまったサリームは日焼けさせた頬を赤くさせ、声が出せなくなり、頷くしかなかった。




 ◇◇◇





 翌日、二人はバクータに乗って砂漠を進み、召喚の儀を行うために古代遺跡・セメンティスまで訪れていた。
 遥か古代の人々が反り立つ大きな崖に穴を開け、岩を切り崩して成形したとされるその場所は、天井は見上げるほど高く、遺跡の中はとても広かった。

 リーゼは以前にも一度この場所を訪れたことがあった。巨大な魔蛇が遺跡の中に巣を作り、町のおさに討伐を依頼された時だ。勇者一行の三人は今のリーゼ達と同じようにバクータに乗って古代遺跡へと赴いた。
 後に仲間となる召喚士ハンスとも協力し、歴史のある遺跡を壊すことなく無事に魔蛇を捕獲することが出来た。
 この場所には古から多くの魔獣や神獣が埋葬されてきたと言われていて、その数多の獣達の墓であるこの遺跡は今では神聖な空間を自ら生み出し、言わばパワースポットとなっていた。
 そんな聖域を気に入ってしまった巨大な魔蛇は遺跡の中を棲家として踏ん反りかえっていたので、当時勇者一行に気絶させられた。ハンスはそのまま希少種魔獣であったその魔蛇と契約し、今では彼の契約魔獣ペットとなっている。



 サリームは遺跡の真ん中に立つと、ナイフを片手に持ち陣を張りはじめた。
 祭壇の上からは魔竜と戯れている太陽のような髪をしたイスワンの始祖、セメンティスの巨像が見守っている。
 彼は遥か昔に初めて人と魔獣を繋いだとされる人物で、今でもイスワンの人々からの信仰は厚かった。
 圧迫するような緊張感に、リーゼも静かに息を呑む。
 手つきが覚束ず、拙いながらもしっかりと張られていくサリームの召喚陣にリーゼは素直に感心した。

(何が足りないのだろうか)

 額に汗を浮かべながら陣を張り終えたサリームは、一杯の酒を飲み干し、ナイフで親指の先を切ると、溢れ出した血を召喚陣の真ん中へと塗りつけた。

 そして呪文を唱え──




「……やっぱりダメみたいです」

 サリームは何も現れなかった陣を前にして、リーゼを見ると申し訳なさそうに笑った。





 ◇◇◇




 サリームが遺跡の中の陣を片付けると、二人は揃って外に出た。

 古代遺跡には魔獣や神獣を弔うため、遺骨と一緒に数多の宝や貴重品が埋葬されている。
 そのため警備が手厚く、槍を持った護衛たちが遺跡の周りを囲っているため、声の出せないリーゼは俯いているサリームを慰めるように彼の肩を撫でた。

(彼に足りないのはきっと……)


 二人が遺跡の入り口でバクータに跨り、帰路につこうとすると護衛の一人が走ってきて、仲間の護衛たちに何かを報告した。
 その慌ただしい様子にリーゼは耳を傾け、しばらく彼らの話を聞くとどうやら「盗賊らしき奴らが近くに潜伏している」と、情報を周知させたようで数人の護衛たちが持ち場を離れて遺跡の外へと駆けていった。

「最近多いみたいです……町にもよく出入りしてるって。昨日の男たちももしかしたら一味かもしれませんね」

 サリームも聞いていたようで、彼の言葉にリーゼは頷いて肯定した。
 正体を隠している自分に今はできることはない。当然誰かが危害を加えられそうになったら、身を挺してでも守ろうとは考えているが、今、中途半端に介入して場を掻き乱したり、サリームを危険なことに巻き込んだりすることは避けたかった。

(私が行くと言ったらきっとこの子はついてくるだろう)

 それにこの町には勇者一行の召喚士ハンスがいる。彼は強く頼りになるから大丈夫だ、とリーゼは逸る気持ちに蓋をして、バクータに歩を進めるよう首を叩いて指示を出した。




「サリーム」

 町へと戻るため、砂漠を渡っていたリーゼは周りに人がいないことを確認するとサリームに話しかけた。

「……はい、なんでしょう?」
「もしかしてあなたは召喚獣を自分の手元へ置くことが怖いのか?」

 帰る道中、口数が少なく落ち込んでいた様子のサリームだったが、リーゼの言葉に意表をつかれたように目を見開いた。
 以前ハンスが言っていたことをリーゼは思い出したのだ。
 ハンスは召喚獣をひとしきり撫でながら『こいつらはね、自分で主人を選ぶんだよ。感覚が鋭いから人間の機微に気づいて、自分に自信がない奴のところには絶対にこないの』と、リーゼに笑って教えてくれた。

「前にハンスが私に教えてくれた。召喚獣は幸せにしてくれる飼い主の前にしか現れないと。そういう気概がある者だけに契約する資格があると」
「……リーゼさん」
「怖いのか?」

 リーゼが微笑んで問いかけると、サリームは諦めたように項垂れて「……はい」と申し訳なさそうに笑った。

「僕、ただでさえ臆病で、いつだって自分のことでいっぱいいっぱいなのに、契約魔獣ペットなんて飼う資格あるのかって……思ってしまうんです」

 優しい子だなと罪を打ち明けるように告白したサリームにリーゼは思った。
 たしかに彼は自分に自信がなく、いつもどこか怯えたようにしている。しかし、その反面、彼は真面目で優しく困った人に手を差し伸べる勇気を持っていた。
 最初に砂漠で会った時にリーゼに手を貸してくれたことも、宿を探そうとした時に家に招待してくれたことも、彼の優しさであることをリーゼはちゃんと知っている。
 それに昨日、サリームの強さの片鱗を見た。
 男に掴まれたリーゼを助けるために、震えながらも声を上げて立ち向かってくれた彼のことを臆病者なんて思わない。 
 決して召喚獣と契約する資格がないなんて思わない。

「大丈夫だ、サリーム。あなたならきっと、あなたの元へとやってきた子を幸せにしてあげられる」

 リーゼの言葉にサリームは俯いて涙を流した。
 リーゼはそれを見ないようにして、バクータに乗りながらゆっくりと砂漠を歩いた。





『絶対に幸せにしてやる。誰よりも。もういらないってくらい幸せにしてやる』

 シーツに包まれた白い世界で、男がリーゼに誓った言葉を思い出した。
 その時初めて見た男の涙に、リーゼも『私もあなたを幸せにする』と、手を伸ばしその涙を拭い、誓ったのだ。


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