光る骨の剣

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第1章 勇者の未亡人

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 雪は完全に雨に変わったが、しかしこれでは冷たい霧に常時包まれているような状態であった。体温が、奪われてゆく。その中を二人は、歩き続けていく。
 この感じは夢に似ている、とミコシエは思った。いつ、夢のぬかるみに落ちても不思議ではない程……時々見える影法師も、木々か、岩か、動かぬもの言わぬ獣なのか……ふと、あの親しさをミコシエは感じることがある。夢の魔物の気配だ。こちらの世界にまであいつらが出てこようとしているのか、それともミコシエが夢の世界に半ば足を踏み込んでいるのか。何にしても、いつ来たっていい。ミコシエには妙な決意があった。幾度となく刃を交えてきて、今迄負けたことはないのだ、と。しかし、勝ったこともまたないのだ。あの奇妙な、もやを断ち切ったかの手応え。手応えのなさ。すぐ逃げ散らせたこともあったし、かろうじて追い払ったということもあった。だけど、いつもあるのは、やつらが消え去った後のあのだるさ。勝利の高揚感などまるでない。それにやつらは、またやって来るのだ。姿かたちを微妙に変えたり、戻したりしながら、幾度も……いやそれとも、毎度違う魔物に遭遇しているのか。
 いつからだろう? ミコシエは思う。
 こうやって私は、勝ちでも負けでもない戦いを戦いながら、ただ年を取っているのではないか……戦いはもとより覚悟していた。戦い、傷付き、旅の果てに倒れ伏すことも……ああ、だが、これもやつらの作戦なのかもしれない。これがやつらの戦法なのかもしれない。
 平らな土地を、何処までも何処までも……剣を振り、鈍い手応えを覚えながら、何度も、何度も……霧の中に、やがて虚しい徒労感をかかえ倒れた私を、やつらはとどめを刺すでも喰らうでもなく、嘲笑いさえせずにただじっと見つめているのだ。……静かだ。何もない。これが死……これが私の望んだ死なのだろうか……雨……雨は何処へ行ったのか。あの雨の向こうに私は……
 女の息切れが、後ろの方で聴こえているのにミコシエはいつしか感づいていた。いや、それはこの数日ずっと間近で聴こえていたものだ。平ら、ではない。何かが湾曲していくイメージが浮かぶ。そう思った途端、ミコシエは起伏につまづいて倒れた。影が覗き込む。
「大丈夫?!」
 そこにはレーネの顔があった。
「立てる……?」
 レーネがミコシエの手を引いてくれる。一体どうしたのだろう私は、とミコシエは思う。
「熱でもあるのかしら?」
「いや、少しぼうっとしていただけだ」
「起伏が多くなってきたわね。気をつけて」
 峠の中心部に入っているのだ。当然のことではあった。ミコシエは立ち上がり、歩き出す。
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