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山下テツヤ その5
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山下テツヤ その5
断罪王現象。それは、ある日突然、普通の社会人が社会不適合者になってしまう現象である。
この現象により社会不適合者になってしまった人々を国は『断罪者』と名付けた。
背後から先輩に抱きしめられてから数時間後。
俺は放心状態のまま、部室のクッションで横になっていた。
身支度を終えた先輩が俺に話しかけてくる。
「コンビニでコーヒー買ってくる、だって自販機で買うより値段が安い」
先輩はそれだけ言ってコンビニを出た。
部室のドアが開いて、外の風が部室の中に入ってくる。
急に寒くなった俺は、床に脱ぎ散らかした衣服を急いで身に着ける。
ようするにそういうことだ。
先輩はどうやら、キョウジの死体を埋めたお礼のつもりで、俺を『慰めて』くれたらしい。であるからにして、俺はしばらく放心状態だった。
先輩がコンビニ袋を手に持って部室に帰ってくる。
コーヒーを飲みながら先輩が俺に話しかけてくる。
「あの日、彼氏に振られたこと思い出して、また死にたくなって、自分の部屋でまた、自分の手首をカッターナイフで切り裂こうとしたのよね...」
「ほう」
「そうしたら、部屋の天井にできた黒いシミからね、先生が出てきた...」
「うん」
「先生は...桜原カエデは私に、魔法の力をくれるって言ってくれた。相手を自殺させることができる、魔法の力。私は最初、全然それを信じてなかったから、気晴らしに先生と契約した...それで、後から先生から、先生を裏切ったときに発生するリスクについて説明を受けた、その時点じゃ、全部ウソだと思ってたから、適当に聞き流してたわ...」
先輩がコンビニで買ってきたコーヒーの味は、甘い。
「それで、私、別れた彼氏の家に言ってね、復縁を迫ったの、でもダメだったわ...」
「それで、わたし、ついカッときて、その彼氏に、先生と契約して、もらった魔法の力を試しに使ってみたの、そしたら、その彼氏、急に意味不明なことを言って、自分の体にライターで火をつけたのよね、わたし、彼氏を助けようと思って、頑張ったんだけど、火が私の左足に燃え移ってパニックになって、彼氏の家を出た」
「それが...例の火災と、やけどの原因」
「うん、私はそれから、初めて先生が言っていたことが本当だったってことに気付いた...それで、今日、その魔法の力が狂撃波動だったってことも...先生は初めて会ったとき言っていたわ、裏切ったら、いつでも私のことを殺せるって...」
「なんか大変なことになっちゃいましたね...」
「さっき、先生から何を聞いたの?」
「ん?なんか、多分、どっかの住所...」
「先生、後輩に待ってるって言ってたよね...」
「うん...」
「絶対に先生に会いに行っちゃだめよ...部長命令」
この超能力研究部に入って『部長命令』などという言葉を初めて聞いた。
そもそも、この超能力研究部は非公式の部活なのだ。
それはともかく。
あの、桜原カエデとかいう女のせいで、先輩は変わってしまった。
でも、桜原カエデが先輩に力を与えたせいで、俺は先輩とヤれた。
それでも、これ以上、先輩がカエデの脅威におびえている姿は見たくない。
心の中のもう一人の自分が俺に警鐘を鳴らす。
先輩がヤらしてくれたのは、あくまで、キョウジの死体を片づけたことに対するお礼であって、俺に対する純粋な好意ではないのだから、勘違いするな、と。
そして冷静に考えれば、俺は先輩の殺人行為に加担したのだから、ただの犯罪者だ。
先輩が殺したキョウジの遺体を部室の床下に埋めた、ただの犯罪者だ。
もう逃げ場なんてどこにもない。
このまま先輩と同じ秘密を共有して一生後ろめたさを感じまま堕落していくのも悪くない。
先輩と同じ秘密を共有して共依存の関係になるのは、むしろ望むところだ。
それでも俺は、この先の長い人生、先輩にずっと笑顔で生きてほしかった。
先輩がもう二度と自分を傷つけずに済むような、世界で生きてほしかった。
でも、その世界にはおそらく、俺はいない。
人を殺し、その証拠隠滅をした。
この事実が忘れられ、過去の思い出になってしまえば、先輩はもう二度と俺には振り向いてくれないだろう。
それでも、俺は先輩に幸せになってほしかったから、部室を出た。
何かを察した先輩が俺の制服の袖をつかむ。
先輩の目は俺に行くなと言っている。
俺ごときに依存している先輩なんて、やっぱり俺の知っている先輩じゃない。
俺は先輩を安心させるために口を開く。
「コンビニで食いものを買ってくるだけですから」
もちろん嘘だ。
俺はそれだけ言って、校舎に戻り、科学部のドアを開いた。
科学部の部室には俺と先輩と同じく授業をサボってなにか作業をしている野村がいた。
野村は科学部の部長でテストの成績は毎回トップ5に入っている。
わかりやすく言えば、勉強がめちゃくちゃできる不良である。
「野村、爆弾作れるか?」
漫画やアニメならともかく、先進国ではまず、発せられることのない俺の言葉に、野村の表情が固まる。
野村は全校生徒の女子達から見たら目がつぶれると評判のスマイルを俺に見せ、口を開く。
「僕に作れないと思っているのか?」
野村の言葉に俺は思わず、心の中でガッツポーズをとってしまう。
「でも、なんで、爆弾を?理由がつまらん場合は絶対に作らんぞ」
俺は野村に全部話した。
桜原カエデのせいで、先輩が人を二人も殺してしまったこと。
狂撃波動のこと。
俺が先輩が殺したリンクマスターの死体を部室の床下に隠したこと。
先輩とヤったこと。
先輩の明るい未来のために、俺がカエデを殺そうとしていること。
俺は真剣に野村に話した。
信じてもらえる保証はほぼなかった。
俺の話を聞いた野村は腹を両手で抑えて爆笑していた。
次に、机を両手で何度も叩いて爆笑していた。
「わかった、爆弾は作る、ただ一つだけ条件がある」
「条件?」
「爆破実行日に僕も同行させることだ」
「別にいいけど、死んでも文句言うなよ」
「あほ、死んだら文句も言えん、ただお前の話がホントなら、桜原カエデは人知を超えたバケモノだ!僕はずっと待ってたんだ、こーゆう、非現実的なイベントをなァ!」
野村の自分の命も顧みない、その探求心に、俺は感服した。
次回予告 山下テツヤ その6
断罪王現象。それは、ある日突然、普通の社会人が社会不適合者になってしまう現象である。
この現象により社会不適合者になってしまった人々を国は『断罪者』と名付けた。
背後から先輩に抱きしめられてから数時間後。
俺は放心状態のまま、部室のクッションで横になっていた。
身支度を終えた先輩が俺に話しかけてくる。
「コンビニでコーヒー買ってくる、だって自販機で買うより値段が安い」
先輩はそれだけ言ってコンビニを出た。
部室のドアが開いて、外の風が部室の中に入ってくる。
急に寒くなった俺は、床に脱ぎ散らかした衣服を急いで身に着ける。
ようするにそういうことだ。
先輩はどうやら、キョウジの死体を埋めたお礼のつもりで、俺を『慰めて』くれたらしい。であるからにして、俺はしばらく放心状態だった。
先輩がコンビニ袋を手に持って部室に帰ってくる。
コーヒーを飲みながら先輩が俺に話しかけてくる。
「あの日、彼氏に振られたこと思い出して、また死にたくなって、自分の部屋でまた、自分の手首をカッターナイフで切り裂こうとしたのよね...」
「ほう」
「そうしたら、部屋の天井にできた黒いシミからね、先生が出てきた...」
「うん」
「先生は...桜原カエデは私に、魔法の力をくれるって言ってくれた。相手を自殺させることができる、魔法の力。私は最初、全然それを信じてなかったから、気晴らしに先生と契約した...それで、後から先生から、先生を裏切ったときに発生するリスクについて説明を受けた、その時点じゃ、全部ウソだと思ってたから、適当に聞き流してたわ...」
先輩がコンビニで買ってきたコーヒーの味は、甘い。
「それで、私、別れた彼氏の家に言ってね、復縁を迫ったの、でもダメだったわ...」
「それで、わたし、ついカッときて、その彼氏に、先生と契約して、もらった魔法の力を試しに使ってみたの、そしたら、その彼氏、急に意味不明なことを言って、自分の体にライターで火をつけたのよね、わたし、彼氏を助けようと思って、頑張ったんだけど、火が私の左足に燃え移ってパニックになって、彼氏の家を出た」
「それが...例の火災と、やけどの原因」
「うん、私はそれから、初めて先生が言っていたことが本当だったってことに気付いた...それで、今日、その魔法の力が狂撃波動だったってことも...先生は初めて会ったとき言っていたわ、裏切ったら、いつでも私のことを殺せるって...」
「なんか大変なことになっちゃいましたね...」
「さっき、先生から何を聞いたの?」
「ん?なんか、多分、どっかの住所...」
「先生、後輩に待ってるって言ってたよね...」
「うん...」
「絶対に先生に会いに行っちゃだめよ...部長命令」
この超能力研究部に入って『部長命令』などという言葉を初めて聞いた。
そもそも、この超能力研究部は非公式の部活なのだ。
それはともかく。
あの、桜原カエデとかいう女のせいで、先輩は変わってしまった。
でも、桜原カエデが先輩に力を与えたせいで、俺は先輩とヤれた。
それでも、これ以上、先輩がカエデの脅威におびえている姿は見たくない。
心の中のもう一人の自分が俺に警鐘を鳴らす。
先輩がヤらしてくれたのは、あくまで、キョウジの死体を片づけたことに対するお礼であって、俺に対する純粋な好意ではないのだから、勘違いするな、と。
そして冷静に考えれば、俺は先輩の殺人行為に加担したのだから、ただの犯罪者だ。
先輩が殺したキョウジの遺体を部室の床下に埋めた、ただの犯罪者だ。
もう逃げ場なんてどこにもない。
このまま先輩と同じ秘密を共有して一生後ろめたさを感じまま堕落していくのも悪くない。
先輩と同じ秘密を共有して共依存の関係になるのは、むしろ望むところだ。
それでも俺は、この先の長い人生、先輩にずっと笑顔で生きてほしかった。
先輩がもう二度と自分を傷つけずに済むような、世界で生きてほしかった。
でも、その世界にはおそらく、俺はいない。
人を殺し、その証拠隠滅をした。
この事実が忘れられ、過去の思い出になってしまえば、先輩はもう二度と俺には振り向いてくれないだろう。
それでも、俺は先輩に幸せになってほしかったから、部室を出た。
何かを察した先輩が俺の制服の袖をつかむ。
先輩の目は俺に行くなと言っている。
俺ごときに依存している先輩なんて、やっぱり俺の知っている先輩じゃない。
俺は先輩を安心させるために口を開く。
「コンビニで食いものを買ってくるだけですから」
もちろん嘘だ。
俺はそれだけ言って、校舎に戻り、科学部のドアを開いた。
科学部の部室には俺と先輩と同じく授業をサボってなにか作業をしている野村がいた。
野村は科学部の部長でテストの成績は毎回トップ5に入っている。
わかりやすく言えば、勉強がめちゃくちゃできる不良である。
「野村、爆弾作れるか?」
漫画やアニメならともかく、先進国ではまず、発せられることのない俺の言葉に、野村の表情が固まる。
野村は全校生徒の女子達から見たら目がつぶれると評判のスマイルを俺に見せ、口を開く。
「僕に作れないと思っているのか?」
野村の言葉に俺は思わず、心の中でガッツポーズをとってしまう。
「でも、なんで、爆弾を?理由がつまらん場合は絶対に作らんぞ」
俺は野村に全部話した。
桜原カエデのせいで、先輩が人を二人も殺してしまったこと。
狂撃波動のこと。
俺が先輩が殺したリンクマスターの死体を部室の床下に隠したこと。
先輩とヤったこと。
先輩の明るい未来のために、俺がカエデを殺そうとしていること。
俺は真剣に野村に話した。
信じてもらえる保証はほぼなかった。
俺の話を聞いた野村は腹を両手で抑えて爆笑していた。
次に、机を両手で何度も叩いて爆笑していた。
「わかった、爆弾は作る、ただ一つだけ条件がある」
「条件?」
「爆破実行日に僕も同行させることだ」
「別にいいけど、死んでも文句言うなよ」
「あほ、死んだら文句も言えん、ただお前の話がホントなら、桜原カエデは人知を超えたバケモノだ!僕はずっと待ってたんだ、こーゆう、非現実的なイベントをなァ!」
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