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外山リキ その5
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外山リキ その5
断罪王現象。それは、ある日突然、普通の社会人が社会不適合者になってしまう現象である。
この現象により社会不適合者になってしまった人々を国は『断罪者』と名付けた。
イズミに別れを告げた俺は家に帰って夕飯の支度をする。
「お兄ちゃん、もしかして泣いてるの?」
「今、玉ねぎを包丁で切ってるからな、今日はマキの好きなカレーだぞ」
「いいよ、別に無理しなくても...さっき、遠くからお兄ちゃんの怒る声と、女の人の泣き声が聞こえてきた...」
「田舎は本当に狭いよな...」
「ごめんね、私が外で働ければ、お兄ちゃんはもっと自由に生きることができたかもしれない...」
「そんなことねぇよ...マキはマキのペースで生きていけばいいんだ...」
夕食のカレーを食って、俺はすぐに寝た。
妹のマキはまだ、テレビゲームをしている。
夜中にインターホンが押された音が室内に響き渡る。
俺はとりあえず、布団から出て、玄関に向かう。
「お兄ちゃん、怖い...」
「ああ、こんな夜中に、いったい何事だ?」
玄関の扉を開けると、そこには右手から血を流しているイズミがいた。
イズミの足が裸足であることを確認した俺はすぐに、イズミに家の中に入るように指示する。
「リキ君...ごめん、わたし、失敗しちゃった...」
「わかってる...わかったから...ごめんな...俺があんなこと言ったから、こんなことに...」
イズミはおそらく、義父の殺害に失敗して、返り討ちにあったのだ。
何者かによってインターホンが何度も連打される。
「お兄ちゃん、何コレ...うるさい...」
「マキはどっかに隠れてろ...」
「たぶん、私の義父さん...きっと私のこと殺しにきたんだと思う...」
「そりゃ、そうだろうな、先に手を出したのがイズミなら、正当防衛が成立する...だからイズミは義父に殺されててもおかしくない...」
「ごめん、リキ君を巻き込んじゃって...」
俺は護身用に台所に置いてあった包丁を手に持って、玄関に向かう。
「リキ君、ダメだよ...リキ君が人殺しになっちゃう...」
「さんざん、俺に殺人教唆しておいて、よく言うよ...!」
俺は玄関の扉を少しだけ開ける。
玄関の前には左腕から血を流しているイズミの義父と思われる人物が立っていた。
「なんの御用ですか、こんな夜中に?」
「義理の娘が、あなたのおうちに入っていくのを見ましてね...」
「ケガ、されているようですが、救急車呼びますか?」
「いえね、このケガ、さっき言った義理の娘にやられてしまいましてね...」
「救急車呼びますか?」
「いえ、救急車はあとで自分で呼びます、それより、中にいますよね、イズミが」
「いたらどうするんですか?」
「たくさん教育した後に、警察に突き出します」
「教育って、どんな教育ですか?」
次の瞬間、イズミの義父の拳が俺の顔面に直撃した。
急な痛みとめまいに俺は姿勢を崩してしまう。
イズミの義父が俺の家の中に不法侵入してくる。
「イズミ...やっぱり、ここにいたのか...ダメじゃないか、いきなりお義父さん刺して、しかも他人の家にお邪魔するなんて...イズミがもう悪さしないように、ちゃんと教育してあげるから、一緒に家に帰ろう、お母さんも心配しているよ」
「嫌、嫌よ、私、もう、これ以上、お母さんのためにアンタに汚されるのは嫌!」
「汚すなんてひどい言い方は、よせよ、血は繋がっていなくても、僕とイズミは家族なんだ、家族だからイズミは僕と『仲良く』しなきゃいけないんだよ!」
俺はめまいに襲われながらも、イズミの義父のもとに向かう。
しかし、途中で転倒してしまい、手に持っていた包丁が床に音を立てて落ちる。
「なんだ、この音は...そうか、この男、僕のことを殺そうとしてたのか...なら、この男を殺しても、僕の正当防衛が成立するな」
「やめて...リキ君は関係ないの、お願いだから殺さないで...」
「名前呼びとは...なるほどね、イズミを、親を殺そうとするような悪い子にしたのはこの男か...」
俺は自分の身を守るために、床に落とした包丁に手を伸ばす。
しかし、イズミの義父が包丁の柄をつま先で蹴る。
つま先で蹴られた包丁は押入れのあるほうに滑っていく。
イズミの義父が両手で俺の首を絞めてくる。
「お義父さん、おねがい、もうやめて!」
イズミの義父はイズミの言葉を無視して、俺の首を絞める両手に力を入れる。
次の瞬間、俺の首を絞めるイズミの義父の両手から、急に力が抜けていく。
イズミの義父が姿勢を崩し、そのまま、俺と一緒にうつむけに倒れていく。
そして、うつむけに倒れた俺とイズミの義父を見下ろしていたのは、包丁を両手で持った妹のマキだった。
「マキ...お前が、イズミのお義父さんを、殺したのか...?」
「押入れの中から、全部見てた...お兄ちゃんが殺されそうになってたから、どうしようって思ってたら...押入れの前に包丁が、あったから...」
「そ、そうなのか...た、助かった...」
「今度は...私がお兄ちゃんを守ってあげたよ...」
「お、おう、ありがとな...」
イズミの義父に覆いかぶさられていた状態から、脱した俺は、あえてこのことを警察に連絡しなかった。
妹のマキは断罪者(社会不適合者)ではないので、人を殺してしまった以上、死刑になる確率が高いからだ。
俺はそのへんの事情をイズミに説明して、シャベルで土を掘ってイズミの義父の死体を庭に埋めた。
こうすれば、マキの生活と将来はなんとか守れる。
もちろん、警察にバレなきゃだが。
次の日、俺はイズミを病院に連れてって、負傷した右腕を医者に診てもらった。
右腕を包帯で巻かれたイズミはとりあえず、自宅に帰った。
俺は何事もなかったかのように、朝食を作り、食べ終えると、作業所に向かった。
作業所での勤務を終えた俺は、いつもの橋を渡る。
橋の上にはやっぱりイズミがいた。
「どうだった...?」
「お義父さんは、行方不明ってことになった...お母さんも警察にそう報告したみたい...」
「そっか、このまま警察にバレないといいな」
「うん、そうだね」
「リキ君の妹は元気?」
「うん、相変わらず家に引きこもってるよ、口には出さないけど、多分、相当落ち込んでる...」
「ごめんね、わたしのせいで...リキ君の妹が人殺しになっちゃって...」
「ほんと、その通りだよ...でも、俺の家の場所、よくわかったな」
「うん、外山って名字、かなりめずらしいから...それで、話は変わるんだけどさ、私になにかできることはないかな?」
「タイムマシン買ってくれ、それが無理なら、もう一度、リンクセンター石間に行って、断罪者(社会不適合者)から正常な状態になって、ここに帰ってきなよ」
「いいの、それだけで?」
「うん...」
この先の人生を考えると正直キツイ。
結局、俺がイズミと関わったせいで、イズミが家に来たせいで、俺の妹は人殺しになってしまった。
これでもう、俺と妹は一生、警察の目を気にしながらビクビクオドオドしながら生きていかなくちゃいけない。
それでも、俺は生きている。
俺は妹が人を殺してくれたおかげで、こうして生きている。
こうして、イズミと話せている。
イズミが俺のことを好きじゃないのもわかってる。
だから俺は今回の件を恩に着せて、イズミを思い通りにするつもりはない。
今はこうして、元気な状態でイズミと話せればそれでよかった。
今日も橋の下を汚い川が流れている
次回予告 竹田マサタカ その1
断罪王現象。それは、ある日突然、普通の社会人が社会不適合者になってしまう現象である。
この現象により社会不適合者になってしまった人々を国は『断罪者』と名付けた。
イズミに別れを告げた俺は家に帰って夕飯の支度をする。
「お兄ちゃん、もしかして泣いてるの?」
「今、玉ねぎを包丁で切ってるからな、今日はマキの好きなカレーだぞ」
「いいよ、別に無理しなくても...さっき、遠くからお兄ちゃんの怒る声と、女の人の泣き声が聞こえてきた...」
「田舎は本当に狭いよな...」
「ごめんね、私が外で働ければ、お兄ちゃんはもっと自由に生きることができたかもしれない...」
「そんなことねぇよ...マキはマキのペースで生きていけばいいんだ...」
夕食のカレーを食って、俺はすぐに寝た。
妹のマキはまだ、テレビゲームをしている。
夜中にインターホンが押された音が室内に響き渡る。
俺はとりあえず、布団から出て、玄関に向かう。
「お兄ちゃん、怖い...」
「ああ、こんな夜中に、いったい何事だ?」
玄関の扉を開けると、そこには右手から血を流しているイズミがいた。
イズミの足が裸足であることを確認した俺はすぐに、イズミに家の中に入るように指示する。
「リキ君...ごめん、わたし、失敗しちゃった...」
「わかってる...わかったから...ごめんな...俺があんなこと言ったから、こんなことに...」
イズミはおそらく、義父の殺害に失敗して、返り討ちにあったのだ。
何者かによってインターホンが何度も連打される。
「お兄ちゃん、何コレ...うるさい...」
「マキはどっかに隠れてろ...」
「たぶん、私の義父さん...きっと私のこと殺しにきたんだと思う...」
「そりゃ、そうだろうな、先に手を出したのがイズミなら、正当防衛が成立する...だからイズミは義父に殺されててもおかしくない...」
「ごめん、リキ君を巻き込んじゃって...」
俺は護身用に台所に置いてあった包丁を手に持って、玄関に向かう。
「リキ君、ダメだよ...リキ君が人殺しになっちゃう...」
「さんざん、俺に殺人教唆しておいて、よく言うよ...!」
俺は玄関の扉を少しだけ開ける。
玄関の前には左腕から血を流しているイズミの義父と思われる人物が立っていた。
「なんの御用ですか、こんな夜中に?」
「義理の娘が、あなたのおうちに入っていくのを見ましてね...」
「ケガ、されているようですが、救急車呼びますか?」
「いえね、このケガ、さっき言った義理の娘にやられてしまいましてね...」
「救急車呼びますか?」
「いえ、救急車はあとで自分で呼びます、それより、中にいますよね、イズミが」
「いたらどうするんですか?」
「たくさん教育した後に、警察に突き出します」
「教育って、どんな教育ですか?」
次の瞬間、イズミの義父の拳が俺の顔面に直撃した。
急な痛みとめまいに俺は姿勢を崩してしまう。
イズミの義父が俺の家の中に不法侵入してくる。
「イズミ...やっぱり、ここにいたのか...ダメじゃないか、いきなりお義父さん刺して、しかも他人の家にお邪魔するなんて...イズミがもう悪さしないように、ちゃんと教育してあげるから、一緒に家に帰ろう、お母さんも心配しているよ」
「嫌、嫌よ、私、もう、これ以上、お母さんのためにアンタに汚されるのは嫌!」
「汚すなんてひどい言い方は、よせよ、血は繋がっていなくても、僕とイズミは家族なんだ、家族だからイズミは僕と『仲良く』しなきゃいけないんだよ!」
俺はめまいに襲われながらも、イズミの義父のもとに向かう。
しかし、途中で転倒してしまい、手に持っていた包丁が床に音を立てて落ちる。
「なんだ、この音は...そうか、この男、僕のことを殺そうとしてたのか...なら、この男を殺しても、僕の正当防衛が成立するな」
「やめて...リキ君は関係ないの、お願いだから殺さないで...」
「名前呼びとは...なるほどね、イズミを、親を殺そうとするような悪い子にしたのはこの男か...」
俺は自分の身を守るために、床に落とした包丁に手を伸ばす。
しかし、イズミの義父が包丁の柄をつま先で蹴る。
つま先で蹴られた包丁は押入れのあるほうに滑っていく。
イズミの義父が両手で俺の首を絞めてくる。
「お義父さん、おねがい、もうやめて!」
イズミの義父はイズミの言葉を無視して、俺の首を絞める両手に力を入れる。
次の瞬間、俺の首を絞めるイズミの義父の両手から、急に力が抜けていく。
イズミの義父が姿勢を崩し、そのまま、俺と一緒にうつむけに倒れていく。
そして、うつむけに倒れた俺とイズミの義父を見下ろしていたのは、包丁を両手で持った妹のマキだった。
「マキ...お前が、イズミのお義父さんを、殺したのか...?」
「押入れの中から、全部見てた...お兄ちゃんが殺されそうになってたから、どうしようって思ってたら...押入れの前に包丁が、あったから...」
「そ、そうなのか...た、助かった...」
「今度は...私がお兄ちゃんを守ってあげたよ...」
「お、おう、ありがとな...」
イズミの義父に覆いかぶさられていた状態から、脱した俺は、あえてこのことを警察に連絡しなかった。
妹のマキは断罪者(社会不適合者)ではないので、人を殺してしまった以上、死刑になる確率が高いからだ。
俺はそのへんの事情をイズミに説明して、シャベルで土を掘ってイズミの義父の死体を庭に埋めた。
こうすれば、マキの生活と将来はなんとか守れる。
もちろん、警察にバレなきゃだが。
次の日、俺はイズミを病院に連れてって、負傷した右腕を医者に診てもらった。
右腕を包帯で巻かれたイズミはとりあえず、自宅に帰った。
俺は何事もなかったかのように、朝食を作り、食べ終えると、作業所に向かった。
作業所での勤務を終えた俺は、いつもの橋を渡る。
橋の上にはやっぱりイズミがいた。
「どうだった...?」
「お義父さんは、行方不明ってことになった...お母さんも警察にそう報告したみたい...」
「そっか、このまま警察にバレないといいな」
「うん、そうだね」
「リキ君の妹は元気?」
「うん、相変わらず家に引きこもってるよ、口には出さないけど、多分、相当落ち込んでる...」
「ごめんね、わたしのせいで...リキ君の妹が人殺しになっちゃって...」
「ほんと、その通りだよ...でも、俺の家の場所、よくわかったな」
「うん、外山って名字、かなりめずらしいから...それで、話は変わるんだけどさ、私になにかできることはないかな?」
「タイムマシン買ってくれ、それが無理なら、もう一度、リンクセンター石間に行って、断罪者(社会不適合者)から正常な状態になって、ここに帰ってきなよ」
「いいの、それだけで?」
「うん...」
この先の人生を考えると正直キツイ。
結局、俺がイズミと関わったせいで、イズミが家に来たせいで、俺の妹は人殺しになってしまった。
これでもう、俺と妹は一生、警察の目を気にしながらビクビクオドオドしながら生きていかなくちゃいけない。
それでも、俺は生きている。
俺は妹が人を殺してくれたおかげで、こうして生きている。
こうして、イズミと話せている。
イズミが俺のことを好きじゃないのもわかってる。
だから俺は今回の件を恩に着せて、イズミを思い通りにするつもりはない。
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