東の娘は姫巫女代理

カイリ

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顔合わせ、なのです

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「お。あんたが姫巫女代理の嬢ちゃんか。オレは、ロジエン=カーティス。聖騎士だ。よろしくな」

 聖殿関係の上層部が集う間から、控えの間へと移動すると、簡素な木のテーブルを前に座る大柄な男が立ち上がった。
 きりりとした男らしい容貌に、友好的な笑みが浮かぶ。
 よく日に焼けた小麦色の肌、筋肉で隆起した胸板は一見して鍛え抜かれているとわかる。彼の寒色で纏められた装束は動きやすさを重視したもののようで、大神官のいる間を守る聖騎士たちと違い、装飾の類いを省いたものだ。

(熊みたいな男のひと・・・・おっきい)

 眼を丸くしてまじまじと見入っていると、後方で嘆息する気配がした。

「年頃の女性が、そのように異性を見るものではありません」
「!は、はいぃ、すみませんっ」
「あっははは。何だ、ヴィ。口うるさい母親みたいだな?」

 二人のやり取りを見るとロジエンはジュイスに軽口を利いた。
 シュナはぎょっとするが、彼はただ、肩を竦めただけだ。

「・・・・その口うるさいわたしも巫女代理の一行に加わります。よろしく頼みますよ」
「そうか。そりゃあ、大変だな、嬢ちゃん」
「ロジエン。仮にも姫巫女の代理を務める存在です。そのような呼び方は相応しくありませんよ?」
「公の場では気を付けるって。そう硬いこと言うなよ」

 からからと笑うロジエンに背を叩かれても、ジュイスは目を伏せて嘆息するのみである。
 ・・・・どうやら二人は顔見知りのようだ。

「んー?もうひとりはまだ来ておらんのか?」

 伝達はすでに届いているはずじゃが、と姫巫女が額に片手をかざし、室内を見回す。

「もうひとり?」

 片眉を上げ訝るロジエン。

「あなたとわたしの他に、占者がつくことになりました」
「ほお?そりゃまた・・・・まあ、分からんでもないが」

 こちらを改めて見やったロジエンが何を思ったのか想像出来て、シュナは小さく唸った。
 そこへ音を立てて扉が開け放たれる。

「しゃぁーせんっ!!遅れましたぁ!!」

 勢いよく走りこんできた少年が、肩を大きく上下させながら頭を下げた。

「!!?」
「いや、でもですね?これでも連絡聞いて全速力でかっ飛ばしてきたんですって!!」

 騒がしく主張する、十代初めほどの少年の様子にはあっけに取られるしかない。

「・・・・きみの言い分はそこまででいい。姫巫女と巫女代理の前です。落ち着きなさい」
「はいっす!あ、おれ、先視の一族で占者のユール=エンディっていいます!」

 冷然と告げるジュイスに怯むことなく、少年は元気に自己紹介をした。
 ところどころはねた茶色い髪をした彼は、くりくりとした目とぷっくりとした唇の、大変かわいらしい顔立ちをしている。

(わぁ・・・・女の子でも通用しそう)

 自分以外何やら見栄えのする人間たちばかりのようだ。

「ふふ、楽しい一行となりそうだのう」
「・・・・先が思いやられそうですが?」

 微笑む姫巫女の隣りでジュイスが眉根を寄せる。

「ま、にぎやかでいいじゃないの!楽しく行こうな?嬢ちゃん」
「は・・・・はい」

 シュナが頷いたところで、姫巫女に促され一同は席に着いた。

「代理の役目を担うにあたって、改めて紹介を頼む。ジュイス、そなたからじゃ」
「はい。――――わたしは聖殿神官のヴィルレイ=ジュイス。巫女代理に必要な知識・礼儀を備えるために同行します。よろしくお願いします」
「帝国出身、独身20歳。恋人、奥さんはいないって言わなくていいか?」

 ロジエンの茶々入れに、ジュイスが白い眼を向ける。

「出身や年齢を言う必要が?それに神職者には恋人も伴侶もなくて当然ですが?」
「いや、そう言った方がおもしろいかと思ってな」
「――――ロジエン、次はあなたですよ?面白さは必要ありませんので、簡潔に」
「ははは、相変わらず淡白な反応だな。んー、嬢ちゃんには名乗ったばかりだが、聖騎士のロジエン=カーティスだ。護衛担当。ヴィ、っと、こちらに見えるジュイス神官と同じく帝都出身だ。ちなみに年は22。気楽な独身生活満喫中だ!」

 帝都・・・・とシュナは呟く。

「帝都は、西大陸で一番大きなデ・ロア帝国の都市のことじゃ。世界でも類を見ないほど華やかな都じゃぞ?」
「・・・・姫巫女さまは、行かれたことがあるんですか?」

 姫巫女は聖殿奥深くに留まっているという印象を持つシュナが疑問を口にすると、彼女は微笑んだ。

「いや。遠見の力を使って見た。行くのはこれからじゃ。色々なものを、国を、人を、この目で直に見る。ようやっとそれが叶う」

 双眸を輝かせる彼女は、外の世界への憧れと期待に満ちている。
 何年この地に滞在したのかは分からないが、よほどこの時を待ち焦がれていたのだろう。
【東の果て】以外の世界をあまり知らないシュナにも、その気持ちが少しだけ分かるような気がして、口元が緩む。

「たのしみ、ですね?」
「うむ!」

 二人のやり取りが終わると、三人目のお付きの少年に視線が集まる。

「!えーと、名前はさっき皆さんに言いましたが、ユールといいます。先視の力で、【隙間】から溢れた闇の眷属との遭遇を回避!とか、代理さまが滞りなく役目を終えるように道筋を見るよう仰せつかってます!頑張りますのでお願いします!――――っと、いま13歳で、里に彼女います」
「!」
「おお!やるじゃねえか、ぼうず」

 ロジエンの大きな手が少年の髪をぐしゃぐしゃと乱す。

「むう。外に出てから妾も早急に良き相手を探さねばの」

 閉じた扇を口元にあて、年下に先を越されたわと呟く姫巫女の声を聞きながら、シュナは13・・・・と呟く。

(島では、15歳以上じゃないと見咎められるのに・・・・外の世界は、進んでる・・・・)

 自己紹介から一転して、恋人の話に花が咲く場に、ジュイスの冷ややかな声が響いた。

「話が脱線してますよ。巫女代理、皆はまだあなたの名を知りません。名乗っていただけますか?」
「!シュナ=イオリです。えっと、【東の果て】から外へ出たのは今回が初めてで、色々とご迷惑をおかけしてしまうかもです。よろしくお願いします!」
「頭は下げなくていいです」
「あう・・・・すみません」

 無意識でまた頭を下げそうになるシュナを、ひんやり目線でジュイスが射る。
 これより先の礼儀指導がどんなものになるのか、と考えるまでもない。

(うぅ・・・・鬼のような指導入りそう・・・・)

「さて、これより妾はこの地を離れるが、このシュナが聖域の八方に点在する神殿を巡り、神力を滞りなく流れさせる。皆には、シュナが代理としての役目を無事務められるよう尽力してもらう事となる。よろしく頼んだぞ?」

 三人が姫巫女に敬礼し、慌ててシュナもそれにならった。
 姫巫女はシュナを見つめ、双眸を和ませる。

「何か妾に聞きたいことはないか?」
「・・・・では、あの、わたしはどうしたら役目を果たせるのですか?」
「八つの神殿にはそれぞれ姫巫女の神力を宿した宝珠が置かれておる。それにただ触れるだけでいい」
「触るだけ、ですか?」
「うむ。宝珠には姫巫女の神力が宿る。が、八点を結び世を守る障壁とするには、神力を巡らせる必要がある。代理たる娘に宿る神力は流れを作り、点を線と成す。源となるほどの神力はないが、次代が定まるまでの間を見守れるのは、そなたのみ。役目を終えた妾には務まらぬゆえな」
「次代さまが定まる、というのは・・・・」
「聖殿の聖水盤に、その姿が映るのじゃ。世代交代を告げる時、光る水面には絶えず波紋が浮かぶ。今がまさにそうじゃ。聖水盤が光り始め、およそ一年ほどで次代が定まるとされておる」

 一年・・・・。
 シュナは、祖母の優しい笑顔を思い浮かべた。

(おばあちゃん・・・・一年、会えないんだ・・・・)

 寂しがるだろう――――シュナ自身も、寂しくなると思う。

「・・・・あの、祖母に手紙を出してはいけませんか?」
「手紙――――か」

 ちら、と姫巫女の視線がジュイスに向かう。

「そうですね・・・・聖殿内の構造・仕組みその他、役目に関する詳しい内容を外部に漏らすことがなければ、特に問題はないかと思います。事の次第を知らせる使者に託すと良いでしょう」

 ぱっと破顔するシュナに、姫巫女が手をポンと打ち、提案する。

「そうじゃ!妾がそなたの祖母に届けよう」
「えっ」
「妾は間もなく外へ出る。行き先はまだ決めておらぬのだ。【東の果て】にも興味があるゆえ、その役、引き受ける」

 最高位の巫女に手紙を届けさせる!?
 とんでもない、とシュナは首を振る。

「ひ、姫巫女さまに、恐れ多くてそんなことお願いできません!」
「何を言う。ここを出れば、妾はもう姫巫女ではない。――――ただの、17の娘じゃ」

 ふふ、と嬉しそうに笑みをこぼす彼女の顔は、年相応の少女のものだ。
 思わず目を奪われていると、ロジエンが後押しするように言った。

「せっかくの巫女のご厚意だ。無にすることはないさ」
「!は、はい。で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
「うむ!」

 すると、ジュイスが扉の外にその旨を伝え、少しすると筆記道具一式と一見して上質と知れる薄く紋様の入った紙が運び込まれた。
 シュナが手紙を書く間、姫巫女は身支度の為席を外し、お付きを務める三人は部屋の端で役目についての必要事項について話し合う。
 ペン先が滑らかに動く紙に感嘆しながら、今自分がいる場所と事情により一年【東の果て】から離れること、農園の手入れなどで無理をしないこと、夏場の暑さに気を付けるように、肌寒くなってくる晩秋から冬場は温かくして過ごすようにと記す。

(あー・・・・あと、ノギサキさまには、もう少しお待ち頂くようにお願いしておいてね、と・・・・)

 ノギサキは、シュナの住む土地の名士である。由緒ある古い家柄で、早くに亡くなったシュナの両親と親しくしていた人物だ。
 彼と、両親は昔とある約束を交わしていて、つい先日それが正式に定められたばかりだった。

(事が事だから、きっと分かってくれる、よね?)

【東の果て】の民にとって約束、は重要視される。
 それが大きな物事であればあるほどに。
 果たせないならば初めから交わさない。
 それを違えたとあっては、島に残る祖母に、心無い事を言う人間も出てくるはずで、少しだけ不安になる。

(ノギサキさまは穏やかな方だから、きっと、大丈夫だよ)

 自分自身にそう言い聞かせていると、ペンを持つ手が止まっているのに気づいたのだろう。

「書き終えたのですか?」

 すかさず飛んできたジュイスの声に飛び上がりそうになる。

「は、はい!もうすぐですっ」

 最後に自分の名を記し、インクが乾くのを待つと封筒にいれ、封をした。

 手紙は身支度を終えた姫巫女へと渡された。
 聖殿の転移門前に立つ彼女を見送る為、聖殿の主だった人間たちが集う。
 巫女付きの侍女ひとり、護衛を務めた騎士がひとり。二人を従えた彼女は、周囲を見回し掛けられる声に応え手を振り、聖殿へと向き直ると身を屈め、優雅に一礼した。
 最後に薄桃の双眸が、シュナの姿を捉えると笑みに細められた。預かった手紙を見せ、たしかに届けるとその唇が動く。
 シュナがお願いしますと下げた頭を上げる頃、姫巫女の姿は、地面に描かれた魔法陣の放つ光の中に薄れて消えた。

 見送りに集まった人々が聖殿の中へと戻って行く。
 シュナは最後に彼女が告げた言葉を思い出していた。

『妾はこの場に十年住まうが、その間、名を呼ばれた事がない。忘れてしまいそうじゃった妾の・・・・私の名は、エリサ=フィールズ。縁があれば役目を終えた後、出会えるやもな。その時は、エリサと呼んでくれ。――――ではな、シュナ』

 花のようにほころんだ顔はとても印象的だった。
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