公爵さまの家宝

カイリ

文字の大きさ
上 下
6 / 9

取り残されました

しおりを挟む
婚儀を見届ける所か、破談の原因になるなんて、そんな馬鹿なっ。
 衝撃に頭ががんがんする。
 ああ、そっか。侍女の不始末で公爵家の家宝が失われただなんて、アッシュフィールド侯爵家側だって強くは出れないのかも。

「ひとまず現状は把握できたようだね」

 すっと椅子から立ち上がると、彼はあたしの傍らをすり抜けた。

「ジェラール。令嬢をお通しして」

 背後でそんな声が聞こえた。
 茫然としたまま肩越し振り返ると、扉の向こうから焦ったような声が答えた。

「!しかし」
「いいから。————令嬢は明日にも発たれる。別れを惜しむ時間くらい許されるよ」

 開かれた扉からお嬢様が姿を見せ、あたしを見るなり駆け寄ってきた。

「ラズ!」
「お嬢様……!」
「無事?どこも傷つけられていない?」

 柔らかな手に頬を包まれた。
 間近に見える青い瞳が潤んで見える。
 心配して下さったんだ。
 思わずじーんと感じ入る。

「は、はい。大丈夫です」
「良かった……」

 ほっと安堵の息をつくお嬢様の後ろ、リファリスと名乗った人が部屋から出て行くのが見えた。
 扉の外にいるかもしれないけど、とりあえず席を外してくれたらしい。
 お嬢様は椅子に座るようあたしを促すと、向かいの席に座った。

「宝玉の話は聞いていて?」
「……はい」
「あなたが飲み込む所を私は見ていないけれど、偽りであなたをここへ留める理由がない以上、本当の事なのでしょう。……こんな事になってしまって、ごめんなさい」

 目を伏せ、すまなさそうな顔をするお嬢様に頭を振った。

「そんな。お嬢様の所為じゃありません。あたしの方こそ」
「でも……あなたは、ラズではないでしょう?」
「!」

 気づいてたの!?
 いや、気づかれないのが不思議だとは思ってたけど。
 そんな様子これっぽっちも感じなかったのに。
 じっと見つめられて、誤魔化しが通じないのがわかって、頷いた。

「……いつからお気づきだったんですか?」
「休暇から戻った時」

 初めっからですか!
 いや、そりゃあ、バレない方がおかしいって思ってましたけど。

「よく似ているけれど、ふとした仕草とか表情がラズとは違って見えた。ティータイムは特に。あなたはラズより美味しそうにデザートを食べるもの。きらきらした目で」

 そこで少しだけお嬢様は微笑んだ。
 うっ。
 ラズよりがっついてたって事かな……。
 それにしても、気づいてたのならどうして知らない振りをなさってたんだろ?

「あなたはラズの姉妹?」
「……はい。すみません。あたしは妹のティコといいます。い、入れ替わりはあたしがラズに提案して」

 ラズへの心証を悪くしないよう、弁解するあたしの言葉をお嬢様は片手で制した。

「理由は言わなくてもいいわ。本当は、全て知っているの。ラズが傍を離れた理由も。私は……ラズに私よりも優先させる人ができた事に嫉妬をしたの。だから、少し困らせようとした。でも、意地悪が過ぎたのね。本当の事を話そうと思った時、あなたがラズとして現れた」

 ————えっ。
 じゃあ、ラズが姿をくらます必要はなくて、あたしが身代わりとしてここへ来る必要も、なかった?
 まさかの事実に打ちのめされて、茫然とするあたしの手をお嬢さまの手が包み込んだ。

「気まぐれに悪戯心で知らない振りをした私にも責任があるわ。必ず、私が取り出す方法を見つけて迎えに来るから。それまで信じて待っていて」

 青い瞳が真摯にこっちを見つめてくる。
 けど、お嬢様。
 穏便に宝玉を取り出す方法って本当にあるんでしょうか?
 お嬢様に両手を包まれて強く握りしめられながら、あたしは現実を受け入れられなくてただ呆けていた。

 翌日、城から遠ざかっていく馬車が見えなくなるまで窓に張り付いて見送ったあたし。
 ああ、本当に一人取り残されちゃったよぉ……。

 ::::


 幾ら考えても、結論は一つしかでなかった。

 ――――逃げよう。

 取り出す方法何て、そんなの身体切り開く以外にないじゃない!
 黙ってそんな未来を待つつもりは毛頭ない!!
 問題は、どうやってここから抜け出すかだけど。
 扉の前には見張りがいるし、窓から外へに出るにはこの高さだ――――命がけになる。

「……普通のロープじゃ、足りないか」

 窓から下を覗き込んで、ごくんと喉を鳴らした直後、小さく笑う声がした。

「また逃げ出す算段でもしているの?」
「!」

 喉から心臓が出そうになった。
 振り返れば、さっきまで部屋にいなかったはずの人がいる。

「リ、リヒャリスさんっ」
「惜しい、リファリス。けど、言いづらいならリフでいいよ」
「い、いつからここに?」
「ついさっき。ノックはしたよ」

 考え込んでたっていっても、この距離に近づかれるまで気づかなかったなんて。
 影が薄いわけじゃないのに、気配を消すのが上手いとか?
 いきなり核心ついてくるし、油断できない。

「な、何かご用ですか?」

 いつでも逃げられるように身構えるけど、彼は気にした様子もなくにこりと笑う。

「状況説明の続きをしに」

 は?
 状況説明ってあれで終わったんじゃ?
 あの説明の他に何があるっていうの?

「ぼけっとしてないで、さっさとこっちに来い」

 リヒャ、じゃなくて、リフさんの向こうから、つっけんどんな物言いが飛んでくる。
 黒髪の目つきが鋭い人――――この人も確か、ご使者の人だった。
 威圧感が半端ない。

「一度に詰め込んでも混乱するだけだと思って、時間を空けてみたんだけど、正直、あまりのんびりと構えてられなくて」

 リフさんに丸いテーブルへと促されて、警戒しながらもとりあえず椅子に腰かけた。
 向かいの席に座ると、リフさんは話し始める。

「まず、今回の婚礼は政略的なものでなく、他に求められる理由があっての事だった。花嫁になるはずだった令嬢に資質が見込まれての話でね」
「……資質、ですか?」
「そう。公爵家の家宝はそれに不可欠だった。予定してた所有者とは違う人間――――つまり君が所持することになったわけだけど」
「だからといって、貴様が公爵家に迎え入れられるわけではないからな」
「……は?」

 はあああ?
 冗談じゃないっ。
 あたし、それなりに分相応ってものを知ってるつもりだよ。
 そんな可能性、砂粒ほども考えちゃあいませんっ。

「あたしの望みは、ポンターギュへ無事に帰る事だけです!」
「……ジェラール、少し控えていろ」

 リフさんが窘めるように横目で見ると黒髪の人は、何か言いたげな顔をしつつも低く「はい」と答え、数歩下がった。

「————気分を悪くさせてすまない。ただ、言い方は悪いけど彼の言う通り、それによって君が公爵家に縛り付けられる事はないんだ。家宝を取り出せた後は、望み通り帰郷できる」
「そ、それなんですけど、取り出す方法っていうのは」
「現在魔道医に探ってもらってる」

 魔道医?
 あたしが怪訝な顔になってたのか、リフさんはああ、と呟く。

「ポンターギュにはいないだろうけど、サージェスには魔力を用いて治療を施す医者がいるんだ。呪術の解除や魔法で負った傷の治療とかね」

 ……ここにきて、かつて魔女がいた得体の知れない国ならではの単語が。
 現在も魔法とか、あるんですか?
 ホウキで空飛んだり、指先から火を出したりとか?
 微妙な表情をしていると、彼は微苦笑した。

「ぴんとこないかもしれないね。だけど、君を傷つけて取り出すような真似はしないから、安心していいよ」

 信じて、いいのかな?
 魔法を使うお医者に取り出してもらうっていうのも、正直、不安が残るんですが。
 
「……あなたはそうでも、公爵さまはどうなんですか?」

 大切な家宝を平民の中にいつまでも置いておけないとかって、人知れずばっさりやったりしないって言い切れる?
 じぃっと見返せば、リフさんは瞬きの後、安心させるように笑んだ。

「僕は公の意向に沿って動いてる。同じ考えだと思ってくれていい。間違ってもディザレード公側の者が君を害することはない。————この名に懸けて誓う」
 
 ……ポンターギュの田舎町で育ったあたしにはよく分からないんだけど、サージェスでは名前に懸けての誓いってそんなに信用度高いのかな?
 うーん……あたしには、いまいち説得力に欠けるっていうか。
 少し考えて、おもむろに聞いてみる。

「あなたの好物って何です?」
「……ラタの芽、かな」

 不思議そうな顔をしつつも答えてくれた。
 ラタの木の新芽ね。
 早春に収穫できる山菜の王様。
 うん、うん。衣をつけて揚げると最高に美味しいよね。
 あれはあたしも好き。
 
「それじゃあ、天地の神様に誓って下さい。今の言葉が嘘偽りなら、一生ラタの芽は食べないって!」

 好物を一生食べられないなんて辛すぎるに決まってる。
 あたしだったら打ちひしがれて立ち直れない。
 天地の神様への誓いは最上級の約束なんだよ、フォンでは。
 破れば必ず報いを受ける。
 サージェスでもきっとこれは有効だよ。
 じっと返事を待つけど、沈黙された。
 ん?
 ジェラールって人の渋い顔は基本定型なんだろうけど。
 リフさんが緩みかけた口元をさっと引き結んだような……?
  
「……それで君は安心できるの?」
「好物を断つ苦しみは耐えがたいです。かなり信用できます」
 
大きく頷くとリフさんは口元を押さえて「そう」と横を向いた。
数秒そのままだった彼は、改めてこっちに向き直ると神妙に頷く。

「嘘偽りなく天地の神に誓う。背けば、ラタの芽は生涯口にしない」

 誓いましたね?
 確かに聞きましたよ!
 望む答えが貰えてとりあえず満足する。

「これで僕の言葉を少しは信用して貰えた?」
「はい」
「それじゃあ、その上で君に頼みたいことがある」

 ん?
 頼み事?

「宝玉を取り出すまでの間、君に協力してもらいたいことがあるんだ」
「協力、ですか?」

 しがない田舎娘に何をしろと?

「特殊な務め、なんだけど」

 意味深に聞こえるそれが、想像の範疇を大きく超えてるなんてこと、この時のあたしにわかるはずもなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

【完結】私が貴方の元を去ったわけ

なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」  国の英雄であるレイクス。  彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。  離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。  妻であった彼女が突然去っていった理由を……   レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。      ◇◇◇  プロローグ、エピローグを入れて全13話  完結まで執筆済みです。    久しぶりのショートショート。  懺悔をテーマに書いた作品です。  もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

皇后はじめました(笑)

ルナ
ファンタジー
OLとして働く姫川瑠璃(25)は誰かに押されて駅の階段から落ちてしまう。目覚めると異世界の皇后になっていた! 自分を見失わず、後宮生活に挑む瑠璃。 派閥との争いに巻き込まれながらも、皇后として奮闘していく。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

大事なのは

gacchi
恋愛
幼いころから婚約していた侯爵令息リヒド様は学園に入学してから変わってしまった。いつもそばにいるのは平民のユミール。婚約者である辺境伯令嬢の私との約束はないがしろにされていた。卒業したらさすがに離れるだろうと思っていたのに、リヒド様が向かう砦にユミールも一緒に行くと聞かされ、我慢の限界が来てしまった。リヒド様、あなたが大事なのは誰ですか?

後宮の絵師〜皇妃?いいえ、私は虹の神になりたいのです〜

まさな
ファンタジー
 百合漫画をこよなく愛していた私は、なぜか古代中華風の世界に覚醒してしまった。後宮の女官、玲鈴(レイリン)として、面倒な上官にこき使われつつも百合を描くことに腐心する私は、いつの間にか、時代に影響力を持つようになり、さらに面倒な事に巻き込まれていくのでした。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...