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本編
11. ケーキ(1)
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昼食にパンを食い千切りながら工房の整理をしていると、雪かきを終えた男が戻ってきたらしい音がした。
「随分かかったね。ご飯食べた?」
声だけかけると、「まだだ」と返事が来る。
足音が近づいてきて、振り返ると工房の入り口に男が立っていた。
不思議なことに出て行ったときと服装が変わっていた。
「どうしたのその格好」
「……ああ、相手の趣味だ」
「相手?」
何のこっちゃ。この森に他に住人がいただろうか。
近づいてよく見てみると、外の寒さに耐えられそうにない薄着である。質の良さそうな高襟のシャツに、質の良さそうなスカーフに、質の良さそうなベストに、質の良さそうなズボンに、質の良さそうな靴。……私の語彙力では『高そう』としかわからない。
「どこ行ってきたの?」
雪も土もまったくついていない靴を見て質問すると、男は「友人のところだ」と答えた。
「友だち?」
「ああ。それより、ここに書かれているもので足りないものは?」
男はフリルの袖からちょこんと出た指先でつまんだ紙を差し出してきた。これまた白くて滑らかで上質な紙だ。受け取って開くと、何やら食材のリストである。字ががたついていて読みづらいが……。
「卵、牛乳……砂糖? 何これ」
「ケーキの材料だそうだ」
「えっ」
思わず顔を跳ね上げると、男は特別なことなど何もないといった表情で言葉を続けた。
「作り方を聞いてきた。作るか?」
「うんっ、うん!」
「なら、足りないものを準備しろ。流石に今日は無理だろうが」
「わかった。ええとね、多分大体揃ってるよ。バターもまだ凍らせたものがあるはずだし……あっでも牛乳はないや……」
保存が利かないから、牛乳は街に行かないと買えない。でも冬に森を抜けるのは危険だ。
しょんぼりしていると男が「大丈夫だ」と言った。
「そうだろうと思って、牛乳だけはもらってきた」
「! そうなんだ」
気分が浮上する。それならできるはず!
「ていうか砂糖が必要なんだね。多いね」
「甘いからな」
「そうなんだ! うわあ楽しみ。あっこれの他には? 何かある?」
「そうだな、スポンジを焼くための型が必要だ」
「焼くの!? 型ってどんな? うちの窯でできる?」
「そうか、形から教えるか」
男は私を居間のテーブルの方へ誘った。その仕草は服装のせいか急にとても洗練されて見えて、思わずぎょっとしてしまった。
「?」
「……何でもない。というか元の服は」
男はピシッと固まった。
「………すまない。忘れてきた」
「えっ。せっかくあんたのサイズに合わせてあげたのに」
「悪かった」
「……まさか雪かきまで忘れてないよね?」
「それは終わってる」
ならいいか。
どんな友人に会ってきたのかはやはり気になるところだが、あまり話したそうにも見えなかったのでやめておいた。やめてはおいたが……。
……この冬に牛乳を分けてくれる魔王の友人。
「ぶふっ」
酪農家の魔族、というフレーズが思い浮かんでしまって何だか猛烈に可笑しかった。主夫な魔王もいることだし、それは気が合うだろうな。
「随分かかったね。ご飯食べた?」
声だけかけると、「まだだ」と返事が来る。
足音が近づいてきて、振り返ると工房の入り口に男が立っていた。
不思議なことに出て行ったときと服装が変わっていた。
「どうしたのその格好」
「……ああ、相手の趣味だ」
「相手?」
何のこっちゃ。この森に他に住人がいただろうか。
近づいてよく見てみると、外の寒さに耐えられそうにない薄着である。質の良さそうな高襟のシャツに、質の良さそうなスカーフに、質の良さそうなベストに、質の良さそうなズボンに、質の良さそうな靴。……私の語彙力では『高そう』としかわからない。
「どこ行ってきたの?」
雪も土もまったくついていない靴を見て質問すると、男は「友人のところだ」と答えた。
「友だち?」
「ああ。それより、ここに書かれているもので足りないものは?」
男はフリルの袖からちょこんと出た指先でつまんだ紙を差し出してきた。これまた白くて滑らかで上質な紙だ。受け取って開くと、何やら食材のリストである。字ががたついていて読みづらいが……。
「卵、牛乳……砂糖? 何これ」
「ケーキの材料だそうだ」
「えっ」
思わず顔を跳ね上げると、男は特別なことなど何もないといった表情で言葉を続けた。
「作り方を聞いてきた。作るか?」
「うんっ、うん!」
「なら、足りないものを準備しろ。流石に今日は無理だろうが」
「わかった。ええとね、多分大体揃ってるよ。バターもまだ凍らせたものがあるはずだし……あっでも牛乳はないや……」
保存が利かないから、牛乳は街に行かないと買えない。でも冬に森を抜けるのは危険だ。
しょんぼりしていると男が「大丈夫だ」と言った。
「そうだろうと思って、牛乳だけはもらってきた」
「! そうなんだ」
気分が浮上する。それならできるはず!
「ていうか砂糖が必要なんだね。多いね」
「甘いからな」
「そうなんだ! うわあ楽しみ。あっこれの他には? 何かある?」
「そうだな、スポンジを焼くための型が必要だ」
「焼くの!? 型ってどんな? うちの窯でできる?」
「そうか、形から教えるか」
男は私を居間のテーブルの方へ誘った。その仕草は服装のせいか急にとても洗練されて見えて、思わずぎょっとしてしまった。
「?」
「……何でもない。というか元の服は」
男はピシッと固まった。
「………すまない。忘れてきた」
「えっ。せっかくあんたのサイズに合わせてあげたのに」
「悪かった」
「……まさか雪かきまで忘れてないよね?」
「それは終わってる」
ならいいか。
どんな友人に会ってきたのかはやはり気になるところだが、あまり話したそうにも見えなかったのでやめておいた。やめてはおいたが……。
……この冬に牛乳を分けてくれる魔王の友人。
「ぶふっ」
酪農家の魔族、というフレーズが思い浮かんでしまって何だか猛烈に可笑しかった。主夫な魔王もいることだし、それは気が合うだろうな。
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