夢色のろうそく

moca

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夢色の蝋燭

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昔むかし。ここではないところ。

生き物の見る夢を使って色鮮やかな蝋燭を作る職人がおりました。

赤い色ひとつとっても、鮮やかな唐紅からくれないもあれば橙がかった柘榴ざくろや、黒みを帯びた蘇芳すおう、秋に色づく紅葉もみじ、色鮮やかな薔薇そうび躑躅つつじ

この世には様々な『赤』があるように、生き物それぞれその時々の夢の質や量で色が変わるこの不思議な蝋燭は、ひとつとして同じ色はありませんでした。

蝋燭を作ることは、職人にとって生活の一部です。
今日も朝から黙々と作業を始めます。

先ずは夢を選別し、ほんの少し。必要な分を切り取ります。ここで欲張ってはいけません。夢を沢山切り取ってしまうと、その生き物に良くない影響が出てしまうからです。

切り取った夢は更に細かくし、基となる特殊な蝋燭と一緒に溶かしていきます。両方が溶けて混ざり合うと、夢の質や量によって様々に色付いていくのです。

溶かしては垂らして待つ、溶かしては垂らして待つ。を繰り返し、幾重にも層を作りながら様々な色彩の蝋燭を形成していき、最後に形を整えて完成です。
固まる時にできる色の濃淡や上下の層に染み出す具合を含めて、狙った通りの色を出すことは職人の腕の見せどころでありました。

そんな職人にも弟子がひとりおりました。

弟子は朝晩の食事の準備に食材の買い出し、部屋の掃除や汚れ物の洗濯など、職人の身の回りの世話をこなしつつ、空いた時間には教えを乞い、寝る間際の時間ぎりぎりまで己の技術を磨くような、とても働き者で真面目な弟子でした。

幾千の色の蝋燭を生み出し、良い弟子にも恵まれ、順風満帆に見えた職人にも最近大きな悩みがひとつありました。

どんなに選別に気を使っても、何通りもの配分を試しても、どうしても思ったみどり色を出すことができません。
毎日毎晩。時には寝食を忘れて作業を行う事もありましたが、どれも良い結果は生まれませんでした。

グチャグチャッ!!

「くそっ。どうして出ない。」

「師匠。もう何日も作業が続いております故、腹にものを入れて少々横になってはいかがでしょうか。英気も養わねば枯渇いたします。このままでは身体を壊して倒れてしまいます。」

「うるさい!お前に何がわかるっ!」

バチンッ!

「…ううっ。師匠……。」

とうとう健気に支える弟子にさえ当たるようになっていきました。

「……ああ、そうだ。おい。お前の夢を出せ。まだ試していなかったはずだ。」

「私のですか!?…わかりました。寝床の準備をしてまいります。少々お待ちを…」

「そんなものはいらん。ここで今すぐ寝ろ!」

「うぅっ…せめて敷くものだけでも…。」

「師匠の言うことが聞けないのか!言う通りにしろ!」

「…わかりました。では失礼いたします。」

蝋燭や夢の欠片が飛び散る汚れた作業場の湿った土間に横になれと命じられた弟子は、暫く居心地悪そうに身じろいでいましたが、とうとう覚悟を決めてごろりと横になり、目を閉じました。
日頃からの疲れも手伝ってか、しばらくすると弟子からはすぐにくうくうと規則正しい寝息が聞こえてきました。

「よし。始めるか。」

弟子に手をかざした師匠は、ブツブツと何やら不思議な呪文を唱えだします。

するとどうでしょう。

弟子の身体から白っぽい湯気のようなものが出始めたかと思うと、湯気はやがて色付きはじめ、波打つオーロラのようにキラキラとした緑色に光りだしました。

「…ほう。こいつは思った以上に素晴らしい。」

師匠は、黒色に鈍く光るハサミを懐から取り出すと、弟子から出ている緑色のカーテンをザクザクと乱暴に切り取っていきました。

弟子の夢の欠片をひとかけら混ぜることでできたのは、あの日から思い描いていた色鮮やかな翠色でした。

「ああ。これはなんて美しい色なんだ。」

師匠はその日から取り憑かれたようにその色ばかりをつくるようになってしまいました。

その度に弟子の夢の欠片をつかって。

健気な弟子はいつも快く応じていました。
夢の欠片を採られる度に、自らの夢を失っていく事に気付いていても。。。

とうとう弟子は蠟燭職人になることを諦め、弟子を辞めると言い出しました。
弟子の眼からはいつしか希望の灯火が消え、代わりにあるのは虚空を覗いたような深くて暗い闇。

あの頃のキラキラした弟子はそこにはいませんでした。

何が原因かなんて一目瞭然でした。ことの重大さにようやく気がついた師匠はすぐさま弟子に休養をとらせました。
ようやくその日から弟子の夢を盗る事をやめたのです。

それでも師匠の新しい色への欲求は止まるものではありませんでした。試行錯誤の末、辿り着いたのは自分の夢の欠片を混ぜることでした。

ただし、容易ではありません。

だって、自分自身の夢を切り取るには自分自身が夢を見ている間でなければならないのです。
何度も失敗を繰り返すうちに、微睡む間に呪文を唱えることで自分自身の夢の欠片を切る事ができるようになっていきました。

師匠の夢は深みのある灰がかった黄赤色でした。この色もまた師匠の心を拐かしました。

「あははははは!いいぞ!この深い味わいの柿渋色。もっと。もっとだ!」

やがて師匠は自分の夢を切り取り続けた事で心と体を完全に壊してしまいました。

暫くの間。
誰かになんといわれようと何に対しても少しも情熱が湧かず、生きていても死んだような自分をどうしようもできなくて、毎日毎日自問自答しました。

そこまでしてようやく自分のしてきた事の罪深さを、身を以て知ることができたのです。


あれからしばらくたって。
仲良く休養から明けた二人は、弟子の提案で今まで通り生き物の夢をもとに蝋燭を作っていくことにしました。
今までと違うのは、そこに師匠の夢の欠片と弟子の夢の欠片を混ぜることでした。
ただし、ほんの一つまみ。


複雑に混ざりあってできた最初の蝋燭は
見るものによって色を変え発色する
それは見事な玉虫色でした。





玉虫色の蝋燭ができたのははじめの一度きり。
同じ色は二度とできることはありませんでした。





いつかあの色を作ろう。
二人は今でも手を取り合い、色鮮やかな蝋燭を作っているということです。
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