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27.王子、街に出る 4

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 王政に対する不満をぶちまけられた王子は哀しそうに俯いた。

 透き通るような白い肌に、長い睫毛が濃い影を落とす。
 憂いを帯びた瞳は微かに揺れている。
 風が揺らした髪が陽の光を反射してキラキラ輝く。

 くそぅっっ!可愛すぎる!!!

 綺麗な人は得だ。非難し辛い。

「簡単に謝ることのできる立場で無いことを、今日ほど悔やんだことはないよ。」

 いつもより低く、でもはっきりと芯を持った声で王子が話し出す。

「それでも、他の領民は王都の民より酷い…国への税金の他に領へも税を納めているらしい。」

 らしい、じゃ無くてその通り。他領では殆んどの人が借金を抱えている。天候が悪い年の冬は生活の為に、どの家でも子供を売る。妻を売る家だってある。
 働いても働いても、税金を払うだけでみんな精一杯なんだ。

「第三身分である労働階級に増税を求めたのは貴族達だ。
 自分達の負担を減らすため、選択権の無い都民に増税を押し付ける。
 今の王にはそれを止めるだけの力が無い。
 この国は上位貴族によって動かされている。
 都民の生活を守れなくて何が王だ…

 ………先程会った親子が言っていた羊毛の値上がり。何故、羊毛の生産量が増えないか知ってる?」

「羊が増えないからでしょう?
 冬はエサが足りなくなるから次の年に必要な羊以外は屠殺する。親が増えなければ子も増えない。
 だから羊毛の生産も上がらないと思います。」

 これは羊だけで無くどの家畜にも当てはまる。家畜が増えないから肉の供給量も平民達には極わずか。値段も馬鹿高く、ほとんど食べたことは無い。

 王子は微笑みでその考えを肯定してくれた。

「この国の農業は、主に三圃式農業と呼ばれる手法で行われている。冬穀、夏穀、休耕地の順で畑を利用しているんだよ。

 他の国ではね、休耕期間の代わりにカブやジャガイモを生産する輪作式農業が広まりつつあるんだ。

 これがこの国でも行えれば、冬期の飼料が賄えて家畜を減らす必要が無くなる。
 羊毛の生産量が増える、食肉だって手に入り易くなる筈なんだ。」

「そんな好都合な手法があるなら、何故この国では広がらないんですか?」

「輪作を効率的に行うには広範囲での農地管理が必要になってくる。

 しかし国による干渉を嫌って輪作式農法に反発している存在がある。」

「…貴族………」

 王子は小さく頷く。

「この国は広い。辺境から王都まで軍で10日、情報を伝えるだけでも3日かかる。
 王の部隊だけでは広い国土全体を護ることなどできなかった。

 そこで、それぞれ有力な家に有事の際には各々の判断で出軍し国を護ってもらうことにした。
 その代わり各家に統治権と爵位を与え保護することになった。
 それが『貴族』だ。

 時と共に貴族の影響力は肥大し、王の決定すらも覆すまでになった。」

 本当は国民の為にあるはずの権力なのに、貴族じぶん達の都合の良いように、法を、国を動かしている。

「しかし、王国としての治安のため『貴族』は必要だった。

 だが、もし馬よりも速い移動手段ができたら?

 情報を話すと同時に伝えることができたら?」

「………自動車と電気通信…」

 最新の科学発明の名を挙げると、王子は冷酷なまでに美しい微笑みを浮かべる。

 この人は王位継承権第一位。
 何事もなければ次の王となる人。

 この人は解ってる。
 自分の言葉の意味も、影響力の大きさも。

 だからこそ、この話の先が恐ろしい。事の重みに足元が沈む様な感覚がする。
 王子は容赦なく言葉を紡ぐ。
 
 「自動車であれば休憩しなくても走り続けることができるようになるだろう。いずれ速度もずっと速くなる。
 電気通信もまだ数キロ先に限られた文字数しか送れず効率良くはない。だが瞬時に情報を送れるようになるに違いない。

 技術が発達し、生活が変わる。
 環境も情勢も、戦争の方法ですら変わるだろう。

 それでも『貴族』は必要だろうか?

 敵が攻めてくる情報を素早く得て、すぐに駆けつけることができたら国境周辺に過剰な権力なんかいらない。
 特定の家を守る必要なんかない。

 貴族だから優秀、ではない。優秀だから貴族とも限らない。
 身分に囚われず、真に優れた者が統治すべきだ。


 そう、『貴族』はいずれいらぬ存在となる。

 そして………」

 その言葉の先を聞くことはできなかった。

 重たい衝撃を感じると同時に視界を黒い影で塞がれる。
 気がつけば王子と共に黒い布の下にいた。
 暗くてはっきりとは見えないが、王子はあまり驚いていない。

「殿下、何者かに襲撃を受けています。退路を確保するまでしばしお待ちください。
 大丈夫だから慌てるな。」

 最後の言葉は私に向けられたようだ。布の下から顔を出すとピエールがいた。
 王子の話に夢中で気が付か無かったが、いつの間にか護衛が十人程度に増えている。

 パァンッ!
 弾けとぶ乾いた音がした。

 銃だ。
 
 王子がお忍びで街に出ていることが反王子派にでもバレたのかもしれない。
 この綺麗な王子、敵は多そうだ。市民とか、貴族とか、貴族とか、貴族とか…

 パンッ!パンッ!パンッ!パパパパァンッ!!!

 めっちゃ打たれてる!
 慌てるな?!無理!無理!!!

 銃の弾は小さい。小さいから集中応力が大きくなる。お腹に当たりでもしたら内蔵を破壊しながら貫通しちゃう。その先に待っているのは死だ。

 上に被っている布の重みと感触から鎖が編み込まれているのがわかる。少しは弾を防げるだろう。
 王子はすっぽりと全身が布にかくれているけど、私は体半分くらい出てる。
 慌てて王子の方に身を寄せて隠れようとするけど、他の護衛がしっかりと布を掴んで王子を守るから私の入る隙間がない。

 弾、当たるって!!!

 慌てる私に再びピエールが話しかけてくる。

 「相手の武器はおそらくフリントロック式。発砲回数は多いが命中率はとても低い。当たることは無い。
 数でもかぞえて落ち着いてくれ。」

1,2,3,4,5,6,7,8,9………

1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20……21………

「こちらは9人、敵は21人で倍以上の人数いるけど……。」

「………大丈夫だ。」

 ピエールさん、声がすごい硬いのですが。

 敵は周りをぐるりと取り囲み、物陰に隠れながら狙撃してくる。王子の護衛の数名も銃で応戦しているが、こちらは身を隠すところもなく圧倒的に不利だ。

 人の壁で王子を守りつつ、ジリジリと移動している。
 退路を確保するため護衛数名が敵の包囲網に突進し戦闘を繰り広げている。

「うっ!!!」

 近くの護衛が撃たれたみたいだ。護衛達にも少し焦りが広がった。

 その時だった。

「たぁーー!!!」

 女性の叫び声がした。悲鳴と呼ぶには気合が入りすぎた声。
 遠くて顔は見えないが、貴族の侍女みたいな服装だ。

 隠れて撃っていた敵の一部で木の棒を振り回している。……振り回されてると言ったほうがいいかも。

 でも敵は突然の少女出現にたじろいだのか発砲数が激減している。

 少女が何者か解らないが、この好機を逃すまいと皆走り始めた。
 私も布から出て必死に走る。

 敵も逃すまいと集中砲火を再開。足元で銃弾が跳ねる。

「やめなさいーーーっ!」

 うわっ、あの娘こっちに走ってくる!
 銃撃に巻き込まれるのが怖くないのかな。

 木の棒を投げ捨て、ポケットから何か包を取り出した。挑発する様に投げる構えを見せた。
 それを見た敵陣は明らかに動揺した。完全に発砲が止んでいる。


 謎の少女のおかげで無事、王子は帰路についた。

 包囲網から脱出する際、「お嬢様、どうか落ち着いて!」と言う声が聞こえた。

 あの少女は敵の関係者?
 アシュレー様と同じくらいの年頃にみえる。
 振り返ると、少女とはっきりと目が合った。

 あの少女の声をどこかで聞いた覚えがある。
 でもそれがどこか思い出せない。

 彼女は何者だろうか。


 答えは数日後に女学校にて判明した。

 冷たい視線でこちらを見下す令嬢。

「ジュリエット・メディンヌ…」 

 
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