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21.カフスボタン

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 隣国エンリッシュで始まった『新聞』という文化は、主に政治政策について流布ためのものだった。

 でもこの絶対貴族制のフランツ王国では、市民の娯楽を提供するものへと姿を変えていった。

 アランの新聞は週一回のペースで発行され、一部1リーフで買うことができる。

 新聞社、といっても集合住宅の一室を借りて執筆、編集全てを行っている。社員はアランただ一人。
 記事はアランが書いたもの以外に、投稿されたものも載せている。

 耳にした与太話を適当にまとめ投稿しているうち、アランに目をかけてもらえるようになった。
 稼ぎが無くて飢えているときに、何度か仕事をもらったこともある。

 アランは私の大事な友人であり恩人だ。

 だから好意的に接してよ、ウィル。

「民間人に王子暗殺未遂この件について協力を要請する必要はあるのか。精度と精確さが求められる案件だ。」

「僕だって民間人なんだけど…」

 アランの新聞社の前に付いても尚アランの協力を厭うウィル。

「アランの推理力は凄いんだよ。
 新聞に載せる小説のネタとして未解決事件を扱ってたら、その推理がたくさんの事件解決の決め手になったんだから。」

「そいつが、事件の黒幕だったんじゃないか?」

「んー、警察も最初そう思ったみたいでアランを聴取しにきたんだけど、逮捕される寸前でアルセーヌ副所長(その当時は副所長じゃなかったんだけどね)に潔白と認めてもらえたんだ。
 それ以来、何度も警察に頼られる凄い人なんだよ。」

「それも優秀な少年助手がいればこそなんだけどね。
 待ってたよ、クー。」

 言い合う声が聞こえたようで、アランがドアを開け出迎えてくれた。
 いつもの様に私の頭を撫でようとアランが手を伸ばしてきたところに、すっとウィルが体を割り込ませる。

「クーの友人であるウィリアムだ。よろしく願う。」

 高圧的な調子で自己紹介し、背に私を庇う素振りをみせる。何故。

 アランは少し面倒くさそうにため息を付き、「ども。」と短く会釈した。

 忙しかったのか、痩せ気味の頬がさらにコケたように見える。まだ20代後半なはずなのに、壮年にも見えなくもない。

「頼まれていた人物を探しておいた。」

 ゴチャゴチャと積み重ねられた書類と書類の隙間に置かれた椅子に座るよう促される。
 本人的には整理してあるつもりらしい。どれも大切な資料だとか。
 座ると紙の束が迫ってくるようで少し緊張する。
 隣に座るウィルに肩が触れ、ウィルも圧迫感を感じてかビクッとした。

「サイモン・テルム、19歳。指定された日の二週間後に行方不明届けが出されている。
 ゲラン地方で御者の仕事をしていたが、王都での仕事が見つかったと家族に話していたそうだ。住むところが決まったら連絡する、と家を出たきり行方がわかっていない。

 雇い主は貴族で、機密保持のため職場の正確な住所は誰にも伝えていないらしい。」

「雇い主が貴族…サイモン・テルムは平民だよね?特別な技術でも持ってたの?」

「いや、そうでは無いようだ。人手が急に必要になったからだと家族は聞いている。」

 急ぎの…汚れ仕事を任せるため…とするとサイモン・テルムはもう消されてる可能性が高いな。

「仕事の話を持ってきたの貴族の手がかりはあるの?」

「紋章は付けてなかったそうだが、サイモン・テルムの父親が見たそうだ。
 賃金の前金を受け取るときにカフスボタンに十字の印があったと言っている。」

 そう言って袖口の留め具を指す。自分の袖口を見ると確かにボタンがあって、今まで気にしたことも無かったが何やら細かい飾りが彫ってある。

 小鳥だ。

「ウィル…これって、リオンヌ家の紋章だよね。
 私が着てて良いものじゃ………」

「………………いや!良いんだ。クーはそれを着て。」

 返答までに間があったから、ウィルもカフスボタンに紋章が付いてることを知らなかったんだ。
 だから出会ったばっかりの平民にお下がりを気軽にくれてたんだね。うんうん。

 でもそのおかげで王子の信頼を得れたのだとしたら、結果良しとしよう。

「えーと、十字の紋………ということは教会が貴族を騙ったってこと?」

「いや、ピエモタリ地域の紋章だ。」

 ウィルがいつも以上に低い声で呟く。

「インテア国の東にある、ピエモタリの紋章も十字。
 そしてド・ブロイ家の起源はピエモタリだ。」

 王位継承権第3位のド・ブロイ家。

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「そうですか、カフスボタンに十字の紋ですか…」

 アランの調査を聞くこの男、茶色の髪にヘーゼル色の瞳がよく映えている。
 切れ長の目をしており、唇は薄いがかなり整った顔をしている。

 ジャック・ド・ポリニャック。

 ソフィア様の婚約者で、婚約破棄の対象者。
 参考になるかとポリニャックに関する話をたくさん聞かされた。
 とても意地悪で酷いやつだけど、たまに優しいと。
 ソフィア様、本当はポリニャックのこと好きなんじゃ無いの?と思ってしまうほど、話は尽きることが無かった。

 本当は王子に報告するつもりだったけど、あいにく体調が悪く寝込まれているとか。

「とても興味深い報告、殿下に伝えておきます。」

 何だろう、この人。
 口調は柔らかいけど、さっきから鳥肌が立って仕方ない。すぐに逃げ出したい気分だ。
 目が笑ってない訳じゃない。狩りで兎をいたぶって殺している様な目だ。

 報告が終わったから退室しようとた時、ポリニャックに止められた。

「…クーさん。もう一つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」

 思わず生唾を飲み込んでしまう。何も後ろめたいことはないはずだ。

「ソフィア・ロスチャイルド嬢と何度か会っていますね。
 婚約者として、要件を聞かせてもらえますか?」

 後ろめたいこと、ありました。
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