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14.フラグは立たない

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 キュレット様は幼いときに両親を亡くしたらしい。
 ザントライユは四代前の当主が戦争で功績を上げたため王より爵位をもらったという。そのため領地は無く、親族に取られることもなく爵位はキュレット様が引き継ぐこととなった。

 幼きキュレット様は父の同僚であり、親友であったオーギュスト・ド・ベル様に引き取られることになった。
 しかしベルは、キュレット様を養子にすることは無かった。

 亡き親友の忘れ形見キュレットを幸せに見守り続けるにはどうするか。
 養子にすると、いずれ嫁に行ってしまう。ならば、と自分の息子と結婚させればいいのでは。

 そんなベルの思いつきが、この美しく鍛え抜かれたキュレット様の悩みの種だった。
 婚約者と会うと知るやアシュレー様はすぐにキュレット様と会う段取りをつけてくれた。今日はキュレット様とアシュレー様の部屋でお茶会である。

 「婚約者であるピエール様は、とても素晴らしい方です。…とても私が釣り合うとは思えないのです。
 オーギュスト様は私のためを想って計画してくれているので、婚約破棄をお願いすることができないでいます。」

 釣り合わない?
 ははは、ご冗談を。

 毎年、秋の収穫祭の余興として開かれている武闘会。誰でも参加できるが、これまでは軍の猛者が優勝してきた。

 しかし去年は、軍に所属していない小柄な謎の仮面剣士が優勝したのだ。前年優勝者に圧倒的な技量、力量で勝利を収めた。
 舞っているような美しい剣技に都民は魅了された。

 その剣士こそ、キュレット様だというのだ。
 
 婚約者であるピエールは近衛兵。王子の身辺警備を任されたエリートかもしれない。
 だがキュレット様にかかれば赤子の手をひねるくらい簡単に倒せるだろう。「いえ、倒しませんけど…」
さすがキュレット様。ツッコミも素早い。

 とにかく、キュレット様が言えないのであれば息子ピエールから婚約破棄してもらえばいい。
 それを私が誘導すればいいのだ。
 あの無口そうな衛兵と会話が生まれるか疑問だがやるしかない。

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 宮廷で使われる食材を卸している店の調査にでかけた。
 昔からある卸店のようで、建物は大きく歴史を感じる。
 ウィルがみたら興味を持ちそうな建物だった。構造物について饒舌に語るので、建築に興味があるに違いない。
 だがそんなウィルは、今日は来ていない。他にずらせない仕事があるとアシュレー様から伝言を受け取った。きっとまたこっそり出かけようとして、見つかったに違いない。
 王子との面会以降、それまでのご無沙汰が嘘のようにひっきりなしに研究所に来ている。仕事大丈夫かな?と思っていたがやはり駄目だったのか。 

 そんなウィルのことは早々に頭から消えさり、断熱膨張の式について考えることにした。しばらくして赤毛の衛兵、キュレット様の婚約者が待ち合わせ場所に現れた。
 
 前回は王子との面会があったから緊張して観察しなかったが、熊を青年にしたような男臭い顔立ちをしている。だが醜くは無く、精悍という言葉がぴったりだ。がっしりとした体格で服の上からも盛り上がった筋肉がよくわかる。
 ピエール・ド・ベルは私の姿を認めると見習い兵の服を投げてよこす。私がそれを着たのを確認すると、何も言わず業者の建物に向かう。

 …相手が無言を決め込むから、こちらもつい挨拶しそびれてしまった。
 唖然とした一瞬にもう建物の中に消えている。

 急いで追いかけると、従業員らしい人物を問い詰めているところだった。従業員はかわいそうな程青褪めている。

「で、で、では店主に確認をとっ、とってきますので…」
「すぐに店主のところに案内しろ。」

 悲鳴なのか返事なのかわからない声を上げ従業員は建物の奥に走っていった。間髪を入れずピエール・ド・ベルが追いかける。
 従業員は奥にある部屋の一つに飛び込んだ。

「て、店長っー!逃げてくださいっっ!」
「逃げる、とは何かやましいことがあるのか。」

 その部屋にいた人物は、書類から顔を上げてこちらを見やる。どうやらこの人が店主のようだ。

「なんだね、君は。突然現れて、衛兵といえども失礼じゃないか。」

「シャルル殿下の食事に異物が混入していた。意図的に混入された可能性がある。知ってることがあれば素直に吐いてもらおう。」

「なんの事か見当もつかんな。君たちの失敗を被せるつもりなら迷惑極まりないからやめてくれ。
 商人は信用が第一なんだ。商品には絶対の自信を持っている。」

「今、口を割らないつもりならこちらにも考えがある。後日連行するからそのつもりでいろ。」

 そう吐き捨てるとピエール・ド・ベルは部屋から出ていく。店主から重いため息が聞こえる。

 もう帰るつもりなのか、こちらを振り向くことなくずんずん足を進めている。

「ちょっと、待ってください!!」

 ずんずん進むピエール・ド・ベルの前に回り込み手を広げる。やっと立ち止まってくれた。

「どうしてそんな態度なんですか?そんな乱暴に聞くから異物混入について、何も証言得られなかったじゃないですかっ」

「打ち合わせ通りだろう。店主に会って事件との関わりを聞く。で、答えなかったから今日はもう終わっただけだ。
 あとで拷問でもなんでもすれば素直に吐くはずだ。

 宮廷の料理人にも、保管にも問題は無かった。だとしたら入庫の段階で異物が入ったとことになる。
 どうせ犯人なんだ。証言を取るだけでなく身柄を拘束しておけば手間が省ける。」

「まだ犯人だなんて決まって無いですけど。根拠にかけます。」

「うるさいな。ガキは黙ってろ。」

 こいつっ!口を開いたかと思えばなんだこの言い草!!
 キュレット様、こいつの素晴らしい点がどこか理解できません!!!

 私だけでもう少し店主に話を聞こうとした時、怒鳴り声が響いた。

「コノヤロウ!!!大店だと思って、うちらみたいな小さな店を見くびってんのか?!量をちょろまかして利益あげてんだろ!!!」

「言いがかりはやめて、きちんと代金を払え!!!」

 この店は他にも問題が降ってきたみたいだ。
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