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13.お嬢様の望むがままに
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リオンヌ家の馬車に揺られながら考えていた。
シャルル殿下の笑顔、優しい言葉、柔らかな手。
「ねぇ、ウィル。どうしてアシュレー様は王子と結婚したくないか知ってる?」
「えっ!俺と結婚したい?
うちは貴族制に反対だから身分に関係なく結婚可…
「そんなこと聞いてない。」
ウィルが変だ。仕事で疲れているんだろうか。
王子と会っているときは平常運転だったのに、馬車に乗って二人になった途端、目に見えて緊張しだした。
普通逆だろ。
やはり婚約破棄についてもっと情報を集めないと。
注意点を確認しながら実験(婚約破棄)を進めないと結果を考察することもできない。
とは言っても相手は一国の王子だ。すべての情報はもらえないだろうけど、問題点くらいなら教えてもらえるかも。
そういえばアシュレー様の相手に驚きすぎて、ソフィア様やキュレット様の話を聞きそびれたな。
婚約相手は誰なんだろう………
そんな事を考えているうちに馬車は大きな屋敷へ到着した。リオンヌ邸宅だ。
女学校で少し耐性がついたと思っていたが、流石公爵家…絵画だけでなく建物の床や柱に至るまで威厳があり力を感じさせる。
住む世界が違う……
この貴族の世界に私が踏み込んでいいのかな……
客間ではアシュレー様が待っていてくれた。その笑顔は私を認めてくれているようで、萎縮していた体の力が抜ける。
会うのは二回目なのに、会って得られる安心感半端ない。流石高位貴族恐るべし。あれ?馬車の中でも貴族と一緒だった気がする。
うん、アシュレー様がすごいんだな。
ウィルは挨拶を済ますと自分の部屋に籠もってしまった。疲れていただろうに付き合ってくれて、相変わらず真面目なやつ。
今度会ったら肩もみして労おう。
男装のままアシュレー様と話をするのはまずいので隣の部屋で着替えを済ませると、お茶とお菓子が用意されていた。
お茶………緑茶ではない、紅茶だ!!!海外から少量しか入手できない高級な飲み物!!!
力いっぱい匂いを嗅ぐ。緑茶とは違う鼻の奥で感じる甘い香り。高そう。
そして、だ。白くフワフワなお菓子が紅茶の隣に並んでいる。未知なるお菓子に対する胸のトキメキを抑えきれず手を触れる……全然フワフワじゃなかった。
でもすっごく軽い。
少し齧ると甘さが口の中で溶けていく。
この不思議なお菓子はメレンゲという名前だとアシュレーさまが教えてくれた。
紅茶を飲む。甘い香りの中にじんわりとした苦味。
次にまたメレンゲを齧る。
甘~~~
こぶし3つ程もあったメレンゲをあっという間に食べ尽す。
あれ、こんな貪り食って良かったんだっけ?
無作法過ぎる行動。礼儀を重んじる貴族なら許せないような行動だ。
目の前の椅子にはアシュレー様がフフフと笑いながらこちらを見ていた。
怒りが一周回ったんだろうか。
「無作法ですが、幸せそうに食べるので許しましょう。それにお礼をしようと思ってましたので、喜んでいただけたよう良かったわ。
それで、シャルル殿下とはいかがでしたか?」
「それが………暗殺未遂の犯人を探すことになったようで。」
「そうですか。危険なこともあるかもしれませんか、どうぞよろしくお願いしますね。」
暗殺、という言葉を出しても動じない。やはり想定通りなのか。
婚約破棄は建前で本当の目的は暗殺の解明、なんてことはないはず。アシュレー様クラスだと婚約破棄なんて軽々しく言えないだろうし、犯人探しなら本職の適任者がいるはずだ。
とすると婚約破棄までのストーリーはアシュレー様の中では計算済みだろう。
その中で私をどう動かすのかわからないけど、やっぱり最初の疑問に行きつくのだ。
どうして婚約破棄したいのか?
「シャルル殿下は可愛らしくて優しい、そんな方だと私は思っています。婚約者として不満はありません。
ですが…この婚約は私が決めたわけではありません。
私は、私の人生を自分で決めたい。」
私の疑問に答えるようにアシュレー様は語りだす。
「我儘な願いだとわかっています。でも何も手を打たず後悔はできないのです。
三ヶ月後には結婚の準備が始まります。それまでにシャルル殿下のお気持ちを確認したいのです。」
身分やお金があっても、自由は手に入らない。良かれと思って用意された道が幸せとは限らないのか。
思い切って性別を捨てた5年前の日を思い出す。伯父から隠れ生き延びるためでもあったけど、勉強の自由を手にするための選択でもあった。
それに協力してくれた人がいたから、今ここにいる。
「わかりました。引き続きシャルル殿下に接触し、信頼を得られるよう行動したいと思います。」
「お願いします。
それと、ソフィア様とキュレット様についても情報を差し上げます。婚約破棄をしたい理由については御本人達から説明してもらうべきだと思いますが、口を閉ざすようなら暴露させる方法を伝授しますわ。」
お、おぅ。アシュレー様の黒い部分がチラッと見えた。
「まずはソフィア・ロスチャイルド様。
ロスチャイルド家は平民ながらも投資により莫大な富を得て、その財産はフランツ王国を凌ぐとも言われています。
お相手はジャック・ド・ポリニャック様。フランツ王国宰相の長男でいらっしゃいます。」
ジャック・ド・ポリニャックはとても賢いらしく、19歳にして既に政治に関わっているらしい。将来はシャルル殿下の側近になるのは間違いないとのこと。
ポリニャック家は侯爵だが、莫大な富を持つロスチャイルドと縁を結ぶための婚姻らしい。
「キュレット様のお相手はピエール・ド・ベル様。
シャルル殿下の近衛兵を勤めていらっしゃるので、本日お会いになられたかもしれません。」
ピエール・ド・ベル。聞き覚えがある。
「…ピエール・ド・ベル様って、赤毛の方ですか?」
そして無愛想な。
「確かに、ピエール・ド・ベル様はお父様のオーギュスト・ド・ベル様に似た赤い巻毛でいらっしゃいます。強面で口数の少ないところもそっくりのはずですわ。」
間違いない。次に対峙するのはキュレット様の婚約者か。ボロン鉱の調査に行く衛兵を、王子がそう呼んでいた覚えがある。
次なる無理課題に一瞬心が重くなるが、そこは流石のアシュレー様。
「ウィリアムのために用意してあったんですが…
よろしければ、メレンゲもう一つ召し上がりません?」
微笑みを浮かべ白い幸せのお菓子を差し出すのだった。
シャルル殿下の笑顔、優しい言葉、柔らかな手。
「ねぇ、ウィル。どうしてアシュレー様は王子と結婚したくないか知ってる?」
「えっ!俺と結婚したい?
うちは貴族制に反対だから身分に関係なく結婚可…
「そんなこと聞いてない。」
ウィルが変だ。仕事で疲れているんだろうか。
王子と会っているときは平常運転だったのに、馬車に乗って二人になった途端、目に見えて緊張しだした。
普通逆だろ。
やはり婚約破棄についてもっと情報を集めないと。
注意点を確認しながら実験(婚約破棄)を進めないと結果を考察することもできない。
とは言っても相手は一国の王子だ。すべての情報はもらえないだろうけど、問題点くらいなら教えてもらえるかも。
そういえばアシュレー様の相手に驚きすぎて、ソフィア様やキュレット様の話を聞きそびれたな。
婚約相手は誰なんだろう………
そんな事を考えているうちに馬車は大きな屋敷へ到着した。リオンヌ邸宅だ。
女学校で少し耐性がついたと思っていたが、流石公爵家…絵画だけでなく建物の床や柱に至るまで威厳があり力を感じさせる。
住む世界が違う……
この貴族の世界に私が踏み込んでいいのかな……
客間ではアシュレー様が待っていてくれた。その笑顔は私を認めてくれているようで、萎縮していた体の力が抜ける。
会うのは二回目なのに、会って得られる安心感半端ない。流石高位貴族恐るべし。あれ?馬車の中でも貴族と一緒だった気がする。
うん、アシュレー様がすごいんだな。
ウィルは挨拶を済ますと自分の部屋に籠もってしまった。疲れていただろうに付き合ってくれて、相変わらず真面目なやつ。
今度会ったら肩もみして労おう。
男装のままアシュレー様と話をするのはまずいので隣の部屋で着替えを済ませると、お茶とお菓子が用意されていた。
お茶………緑茶ではない、紅茶だ!!!海外から少量しか入手できない高級な飲み物!!!
力いっぱい匂いを嗅ぐ。緑茶とは違う鼻の奥で感じる甘い香り。高そう。
そして、だ。白くフワフワなお菓子が紅茶の隣に並んでいる。未知なるお菓子に対する胸のトキメキを抑えきれず手を触れる……全然フワフワじゃなかった。
でもすっごく軽い。
少し齧ると甘さが口の中で溶けていく。
この不思議なお菓子はメレンゲという名前だとアシュレーさまが教えてくれた。
紅茶を飲む。甘い香りの中にじんわりとした苦味。
次にまたメレンゲを齧る。
甘~~~
こぶし3つ程もあったメレンゲをあっという間に食べ尽す。
あれ、こんな貪り食って良かったんだっけ?
無作法過ぎる行動。礼儀を重んじる貴族なら許せないような行動だ。
目の前の椅子にはアシュレー様がフフフと笑いながらこちらを見ていた。
怒りが一周回ったんだろうか。
「無作法ですが、幸せそうに食べるので許しましょう。それにお礼をしようと思ってましたので、喜んでいただけたよう良かったわ。
それで、シャルル殿下とはいかがでしたか?」
「それが………暗殺未遂の犯人を探すことになったようで。」
「そうですか。危険なこともあるかもしれませんか、どうぞよろしくお願いしますね。」
暗殺、という言葉を出しても動じない。やはり想定通りなのか。
婚約破棄は建前で本当の目的は暗殺の解明、なんてことはないはず。アシュレー様クラスだと婚約破棄なんて軽々しく言えないだろうし、犯人探しなら本職の適任者がいるはずだ。
とすると婚約破棄までのストーリーはアシュレー様の中では計算済みだろう。
その中で私をどう動かすのかわからないけど、やっぱり最初の疑問に行きつくのだ。
どうして婚約破棄したいのか?
「シャルル殿下は可愛らしくて優しい、そんな方だと私は思っています。婚約者として不満はありません。
ですが…この婚約は私が決めたわけではありません。
私は、私の人生を自分で決めたい。」
私の疑問に答えるようにアシュレー様は語りだす。
「我儘な願いだとわかっています。でも何も手を打たず後悔はできないのです。
三ヶ月後には結婚の準備が始まります。それまでにシャルル殿下のお気持ちを確認したいのです。」
身分やお金があっても、自由は手に入らない。良かれと思って用意された道が幸せとは限らないのか。
思い切って性別を捨てた5年前の日を思い出す。伯父から隠れ生き延びるためでもあったけど、勉強の自由を手にするための選択でもあった。
それに協力してくれた人がいたから、今ここにいる。
「わかりました。引き続きシャルル殿下に接触し、信頼を得られるよう行動したいと思います。」
「お願いします。
それと、ソフィア様とキュレット様についても情報を差し上げます。婚約破棄をしたい理由については御本人達から説明してもらうべきだと思いますが、口を閉ざすようなら暴露させる方法を伝授しますわ。」
お、おぅ。アシュレー様の黒い部分がチラッと見えた。
「まずはソフィア・ロスチャイルド様。
ロスチャイルド家は平民ながらも投資により莫大な富を得て、その財産はフランツ王国を凌ぐとも言われています。
お相手はジャック・ド・ポリニャック様。フランツ王国宰相の長男でいらっしゃいます。」
ジャック・ド・ポリニャックはとても賢いらしく、19歳にして既に政治に関わっているらしい。将来はシャルル殿下の側近になるのは間違いないとのこと。
ポリニャック家は侯爵だが、莫大な富を持つロスチャイルドと縁を結ぶための婚姻らしい。
「キュレット様のお相手はピエール・ド・ベル様。
シャルル殿下の近衛兵を勤めていらっしゃるので、本日お会いになられたかもしれません。」
ピエール・ド・ベル。聞き覚えがある。
「…ピエール・ド・ベル様って、赤毛の方ですか?」
そして無愛想な。
「確かに、ピエール・ド・ベル様はお父様のオーギュスト・ド・ベル様に似た赤い巻毛でいらっしゃいます。強面で口数の少ないところもそっくりのはずですわ。」
間違いない。次に対峙するのはキュレット様の婚約者か。ボロン鉱の調査に行く衛兵を、王子がそう呼んでいた覚えがある。
次なる無理課題に一瞬心が重くなるが、そこは流石のアシュレー様。
「ウィリアムのために用意してあったんですが…
よろしければ、メレンゲもう一つ召し上がりません?」
微笑みを浮かべ白い幸せのお菓子を差し出すのだった。
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