10 / 35
10.公爵男子 ウィリアム 5
しおりを挟む
「氷で殺されたのではないとすると、ボワッソ氏は何で殺されたか。
それはアスコルビットという物質だと考えます。」
「確かに左腕には注射のような痕があり、その付近から抜き取った血からは高濃度のアスコルビットが検出された。」
アルセーヌ副署長もこれに同意する。
「アスコルビットは血液と混じると黄変色素を生産することが知られています。
この遺体において、体の各箇所で黄色の変色が見られることからもアスコルビットが使われたと見て間違いないでしょう。
しかし問題は投与された量です。
多量に投与された場合は即死ですが、少量ならば死亡までに数時間程度かかります。
即死の場合、心臓が停止し血液は循環しません。
しかし遺体をみると全身に黄変が見られることから投与は多量だったと考えられます。
即死量を全身に行き渡らせるため、氷が使われました。」
クーがボワッソの左腕腕を少し持ち上げる。脇部分は他の箇所と異なりピンク色をしていた。
「遺体の一部が凍傷を起こしていることからも、生存中に氷がこの部分に置かれていたと推察できます。
発見現場の状況を警官が書いた絵とも一致します。
犯人が氷を使った目的は何か?
それは遺体の血液を冷やすためだったと推察されます。
血液の温度が下がればアスコルビットの反応速度も下がり、多量に投与されていても死亡まで時間がかかります。
死亡した時刻は犯行があった時間と同じと考えられていますが、この推論が正しければ犯人は死亡時刻よりもっと前に、犯行に及んでいます。」
「さっきからベラベラと!!!証拠は、証拠はあるのかね!!!
アスコルビットが全身に運ばれたという証拠が!!!」
吠えた署長にアルセーヌ副署長が答える。
「全身に黄変が見られるのがその証拠では?」
「もともとそういう肌色だったのかも知れんぞ。
血液検査した訳ではないだろう!!!」
「………警察では注射今近くしか検査してませんが…」
ほれ見ろと署長が鼻で笑う。
偉そうにしているが、捜査不十分で咎められるのは署長である。
「今から検査します。遺体から血を抜き取りますがよろしいですか?」
尋ねられたボワッソ弟は、緊張した表情でコクリと頷いた。
「こんな所で検査なんてできるわけ無いだろ!!!
子供の遊びではないんだぞ!!!」
「これを使います。」
クーは抱えた鞄から小さな紙の束を取り出した。
出したのはリトマーという苔の成分を染み込ませたリトマー紙と呼ばれるものだ。
酸性ならば赤に、塩基性ならば青に変化する便利な物だ。
通常の血液は中性のためリトマー紙に付けても色は変化しないが、アスコルビットは強い酸性であるため、血液中に含まれていれば赤色を示すはずだ。
鞄より注射器を取出し、迷いのない手付きでクーは遺体の左右の手足など各末端部位から血を抜き取った。
それをそれぞれ試験管に移し蓋を閉め丈の長い靴下に入れた。
そしてそれをグルグル振り回し始めた。
「血液の成分を分離しています。血液中の赤い成分は他の成分より重いため、振り回すことで二層に分かれるのです。」
しばらくしたところでクーと交代し、腕も使ってグルグル振り回した。どうかうまく行きますように。
他の人が静かに見守る中、振り終えた試験管の中身は上が透明、下は赤色の層に分かれていた。
上の透明な液にそれぞれリトマー紙浸すと、瞬時に色が変わった。
「赤だ……」
どれも酸性を示した。誰ともわからないため息が聞こえる。
「アスコルビットは注射器を使って体内に投与されています。
複数箇所刺されていますがどれもきちんと血管に入っているため、医学に通じた人物が何度かに分けてアスコルビットを投与したと考えられます。
その人物は注射やアスコルビットの容器を入れた鞄を持っていたでしょう。」
そういってクーの持つ医療従事者特有の大きな鞄を指す。
「現場から走り去る人物が目撃されています。大きな鞄をコートに隠すため腰を屈めて。
当日は雨が降っていました。雨で滑りやすくなっている石畳を走ることができる若い男性……」
視線をボワッソ弟に合わせる。
「軍でも医療用にアスコルビットを保有しています。
劇薬であるため、その使用量はノートに記入することになっていますね。
先程確認してもらったところ、内容量と使用量に大きな差が見られたそうです。」
ボワッソ弟はすぐには答えなかった。
しかし何かを決断するような顔つきになると、しっかりした声で答えた。
「兄を殺すために使ったなど、かけるわけ無いじゃないか。」
大きなため息をついたあと、自分に聞かせるような小さなつぶやきが聞こえた。
「あと数日あれば……………彼女に会いたかった。」
それはアスコルビットという物質だと考えます。」
「確かに左腕には注射のような痕があり、その付近から抜き取った血からは高濃度のアスコルビットが検出された。」
アルセーヌ副署長もこれに同意する。
「アスコルビットは血液と混じると黄変色素を生産することが知られています。
この遺体において、体の各箇所で黄色の変色が見られることからもアスコルビットが使われたと見て間違いないでしょう。
しかし問題は投与された量です。
多量に投与された場合は即死ですが、少量ならば死亡までに数時間程度かかります。
即死の場合、心臓が停止し血液は循環しません。
しかし遺体をみると全身に黄変が見られることから投与は多量だったと考えられます。
即死量を全身に行き渡らせるため、氷が使われました。」
クーがボワッソの左腕腕を少し持ち上げる。脇部分は他の箇所と異なりピンク色をしていた。
「遺体の一部が凍傷を起こしていることからも、生存中に氷がこの部分に置かれていたと推察できます。
発見現場の状況を警官が書いた絵とも一致します。
犯人が氷を使った目的は何か?
それは遺体の血液を冷やすためだったと推察されます。
血液の温度が下がればアスコルビットの反応速度も下がり、多量に投与されていても死亡まで時間がかかります。
死亡した時刻は犯行があった時間と同じと考えられていますが、この推論が正しければ犯人は死亡時刻よりもっと前に、犯行に及んでいます。」
「さっきからベラベラと!!!証拠は、証拠はあるのかね!!!
アスコルビットが全身に運ばれたという証拠が!!!」
吠えた署長にアルセーヌ副署長が答える。
「全身に黄変が見られるのがその証拠では?」
「もともとそういう肌色だったのかも知れんぞ。
血液検査した訳ではないだろう!!!」
「………警察では注射今近くしか検査してませんが…」
ほれ見ろと署長が鼻で笑う。
偉そうにしているが、捜査不十分で咎められるのは署長である。
「今から検査します。遺体から血を抜き取りますがよろしいですか?」
尋ねられたボワッソ弟は、緊張した表情でコクリと頷いた。
「こんな所で検査なんてできるわけ無いだろ!!!
子供の遊びではないんだぞ!!!」
「これを使います。」
クーは抱えた鞄から小さな紙の束を取り出した。
出したのはリトマーという苔の成分を染み込ませたリトマー紙と呼ばれるものだ。
酸性ならば赤に、塩基性ならば青に変化する便利な物だ。
通常の血液は中性のためリトマー紙に付けても色は変化しないが、アスコルビットは強い酸性であるため、血液中に含まれていれば赤色を示すはずだ。
鞄より注射器を取出し、迷いのない手付きでクーは遺体の左右の手足など各末端部位から血を抜き取った。
それをそれぞれ試験管に移し蓋を閉め丈の長い靴下に入れた。
そしてそれをグルグル振り回し始めた。
「血液の成分を分離しています。血液中の赤い成分は他の成分より重いため、振り回すことで二層に分かれるのです。」
しばらくしたところでクーと交代し、腕も使ってグルグル振り回した。どうかうまく行きますように。
他の人が静かに見守る中、振り終えた試験管の中身は上が透明、下は赤色の層に分かれていた。
上の透明な液にそれぞれリトマー紙浸すと、瞬時に色が変わった。
「赤だ……」
どれも酸性を示した。誰ともわからないため息が聞こえる。
「アスコルビットは注射器を使って体内に投与されています。
複数箇所刺されていますがどれもきちんと血管に入っているため、医学に通じた人物が何度かに分けてアスコルビットを投与したと考えられます。
その人物は注射やアスコルビットの容器を入れた鞄を持っていたでしょう。」
そういってクーの持つ医療従事者特有の大きな鞄を指す。
「現場から走り去る人物が目撃されています。大きな鞄をコートに隠すため腰を屈めて。
当日は雨が降っていました。雨で滑りやすくなっている石畳を走ることができる若い男性……」
視線をボワッソ弟に合わせる。
「軍でも医療用にアスコルビットを保有しています。
劇薬であるため、その使用量はノートに記入することになっていますね。
先程確認してもらったところ、内容量と使用量に大きな差が見られたそうです。」
ボワッソ弟はすぐには答えなかった。
しかし何かを決断するような顔つきになると、しっかりした声で答えた。
「兄を殺すために使ったなど、かけるわけ無いじゃないか。」
大きなため息をついたあと、自分に聞かせるような小さなつぶやきが聞こえた。
「あと数日あれば……………彼女に会いたかった。」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
73
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる