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9.公爵男子 ウィリアム 4

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 火葬場についた時、すでに遺体は炉に入れられていた。
 しかしまだ火は着けられておらず、作業員に一時中止してもらった。
 そこに慌てた様子の管理官が駆けつけてくる。

「どうしたんだ?!何故作業を止めている!
 この遺体はすぐに焼くようにと言っただろ!!」

「私が止めるように言いました。」

「しかしっ!………君は、何者なんだ?」

 名乗らずチラッとだけ公爵家の紋を見せる。
 身なりと家紋から、管理官は貴族を相手にしていると気がついたようだ。

「この遺体はまだ検証が必要であるにも関わらず、焼却の依頼が出されているのです。
 依頼書をもう一度確認すれば、どこかに不備が見つかるはずです。」

 管理官は狼狽え返す言葉に悩んでいる。

 火葬場での許可を取ると息巻いたが、今は正当な手段を踏む時間はない。
 最初の態度からすると、この管理官は署長に買収されているようだ。

 金で買収された人間を買収するには、さらなる金を積むより効果的な方法がある。
 
「巧妙に偽造された依頼主のサイン、曖昧な指示の記述。そこにあなたのサインがある。
 遺体を焼却してしまったら戻すことはできない。
 そして明らかになる、依頼書の不備。

 責任を取らされるのは、あなたですか?」

 青褪める管理官。
 こう言えば、この件に関わると仕事を追われる事も容易に想像つくはずだ。
 
 懐から一枚の書類を取り出し管理官に見せる。
 それは教授の家政婦用に作成した推薦状だ。まだ彼女の名前は書かれていない。

「遺体調査に必要なので、ここで確認させてもらいたい。
 部屋を一つ貸してもらえますか?

 もちろん、焼却前の遺体で頼みますよ。」

 管理官はコクコクと頷き、ボワッソの遺体を炉から出す指示をする。
 そして普段は遺体の安置に使っている部屋を空けて、使わせてもらえることになった。

 一人になった瞬間に、フーッと肩から息を吐き出した。
 なんとか上手くいったようだ。
 姉の駆使する人心掌握術を真似てみたが、いつも平然と使いこなす彼女はやはり只者ではない。

 ボワッソの遺体が運ばれると同時に副署長達が案内されてきた。
 クーも一緒である。火葬場の管理官と交渉する間、外で待ってもらっていたのだ。

 その他に男性が二人同行している。
 三十代後半くらいでがっしりとした体格の男性がボワッソの弟だろう。
 もう一方は壮年で白いヤシック教会の衣装を纏っていた。

「お待たせしました、ド・リオンヌ氏。こちらは亡くなったボワッソの氏の弟、ニース・ボワッソ氏。
 事件の現状をお伝えすると快く同行してくださった。
 そしてこちらは私の旧友、シモン・オルレアン。ヤシック教会の神父をしている。」

 オルレアン神父を連れてきた理由を明言しなかったが、恐らく証人としてだろう。
 教会は貴族制度とは完全に別の組織で、対立することもしばしばだ。
 しかし今回のように貴族同士の揉め事において中立な立場と言えよう。
 アルセーヌ副署長の配慮に感謝だ。

 オルレアン神父といえば、ヤシック教会のナンバー3のはず。そんな方と友人とは、流石アルセーヌ副署長。
 類は友を呼ぶというのだろうか、二人とも紳士的な風貌の下に、簡単には籠絡できない強さが見える。

 それでは、とこの場を設けた説明を始めようとすると一人の太った男が入ってきた。
 トルマ・コンセート警察署長、その人だ。

「君たち、何をしているのかね!!!
その遺体は速やかに焼却するよう指示が出ているはずだぞ!!!」

 教授に目をつけたのは他の貴族かもしれないが、こいつがきちんと職務に忠実であれば、教授が逮捕されるなんて事にはならなかったはずだ。
 文字通り私腹を肥やした姿に怒りを感じるが、交渉中は冷静にと自分に言い聞かせる。

 自己紹介をしてから説明を始める。

「昨晩、ロナサス通りのニコラ・ボワッソ氏が死体となって発見されました。
 遺体の近くに氷が落ちていたことから、トマス・カレン教授が、氷で撲殺したとみて警察に逮捕されました。
 しかし、いくつかの点で疑問があり、この場を借りて殺害方法について検証したいと思います。」

「リオンヌの若造がしゃしゃり出おって。領地に戻って身辺整理でもしとれ!!!」

 こちらが公爵家のものと知って尚この態度。
 どうやら彼の中ではリオンヌ家の没落は決定事項らしい。

「コンセート君、気に入らないなら直ぐに立ち去りたまえ。君には真実など必要ないのだろうから。
 時間がもったいない、続けてくれないか。」

 オルレアン神父がブヒブヒうるさい署長を黙らせる。

「ではボワッソ氏の遺体を確認します。」

 副署長が頷き許可を出し、クーと共に遺体にかけられた布を外す。

 遺体の顔には苦しんだ表情は見られなかったが、常日頃しかめっ面だったのか、眉間に深いシワが刻まれていた。
 その上額に小さなかすり傷があった。

「ここを氷で殴打したと警察は考えているのですが、しかし組織は凹んでおらず、この傷が直接の死因になったとは考えにくい。」

「しかし!!!発見当初はもっと赤かったぞ!!!」

「…………死斑。」

 クーがつぶやく。

「死ぬと血の流れが無くなるので血は低いところにたまり、それが体の外からでも見られる現象。でもそれは死後数時間なら死体の方向を変えると消えてしまう。
 現場で氷が見つかったのなら死んでからそんなに時間が経っていないということだから、うつ伏せで顔に溜まった血が死体の移動で消えてしまったんだ。」

「誰だね!!!こんな子供を連れてきたのは!!!
遊びじゃないんだぞ!!!!」

 署長が怒りの矛先をクーに向け掴みだそうとする。

「この子は私の従者だ。触ることは許さない。」

「こんな子供がか?さては買ったのか。まぁ、趣味は悪くないが。」

 なにか勘違いしていやらしい笑みをクーに向ける。

 気に入らない。
 こんなヤツすぐに首にしてやろう。
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