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6.公爵男子、ウィリアム 1
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蒸し蒸しとした昼下がりにリオンヌ公爵家でウィリアムは憤慨していた。
「そんなことあるはず無いだろ!何かの間違いだ!!!」
怒鳴り声に目の前の家政婦アメリがビクッと身をすくめる。
「ですが……警察の方がニコラ・ボワッソ殺害の件で逮捕するとトマス・カレン教授をつれて行ったんです。」
「それだと教授が犯人みたいな言い方だろ!」
教授宅の家政婦が面会を求めていると言われ、会うなりありえない話を聞かされた。
トマス教授には4年前に基礎物理学の個人講義の際に知り合った。慈愛に満ちた温かい人柄で、その後も機会を見つけ教授の研究所を訪れている。
年々増すモフモフさに最近では教授は、森の精なんじゃないかと想像したこともある。
だから、警察に逮捕されるなど信じれるわけがなかった。
「その方がカレン教授を逮捕したのでは無いのですよ。
すべきことは何か考えなさい、ウィリアム。」
姉も、使用人から事情を聞きやってきた。
相変わらず周囲を支配するようなオーラを出している。事実支配する立場であるのだが。
「あなたは一旦教授宅へ戻り、警察の方が来たら対応して下さいませ。一人では大変だと思うのでうちの者をつけますね。
……万一教授が戻られなかった場合は、給与は我が家が補填し、他への紹介状を作成し公爵家の印を押しておきますわ。ご安心くださいませ。」
家政婦アメリは何度も頭を下げながら教授宅へ戻っていった。
そうか、彼女は雇用主である教授が逮捕され、自分の生活が心配だったのか。姉の見事な手配にぐうの音も出ない。
「姉さん、トマス教授が人を殺すはずがない。」
あら、と首を傾げ答える。
「罪が無いなら、救えばいいじゃない。」
…なんとなくどこがで聞いたことのあるような言い回しだが、思い出すのはあとでいい。
「これから外に出ます。時間がかかるかもしれません。その間に急を要する案件が来ましたら、代わりに目を通してもらえたら助かります。」
「わかりました。くれぐれも無理はなさらないで下さいね。」
14歳になった3年前から公爵領の仕事の一部を任せてもらっている。手元の書類を整理し、急務が無いことを確認したあとハンチングを被って外に出た。
まずは警察へ行き事件の内容について詳しく知ろうとしたが。
「関係者以外に教えることはできません。」
残念そうに受付の者が答える。くそっ……仕方ない、彼等も職務を遂行しているだけなのだ。
深く息を吐き焦りを鎮める。
一度、トマス教授の家に行ってみよう。
教授の生まれは他国だが、20年ほど前に研究のためフランツ王国に来たと聞く。
簡素だが大きい研究所の隣に小ぢんまりとしたトマス・カレン宅。ノックすると先程の家政婦が慌てて扉を開ける。
こちらの顔を見てギョッとする。
「先程は知らせに来ていただいたのに、失礼な態度を取ってしまい大変申し訳ありませんでした。」
「頭を上げてください。言葉が足りない私が悪かったのです。
そういえば…帰ってすぐに警察の方が見え、アスコルビットを教授から受け取らなかったかと聞かれました。」
「アスコルビット…ですか?」
「聞いたこともないと答えると、警察の方は研究所も探されました。見つからなかったようで、後日礼状を持って次は、大規模捜索をするとおっしゃっていました。」
研究所の器具を破壊してまで調べる気だ。教授の実験装置を壊させてなるものか!
聞きなれない物質、アスコルビットについて調べるため図書館に向かう。そこで司書にアスコルビットに関する文献がないか問う。
「アスコルビットですね、少々お待ち下さい。………4件あります……が、いま他の方が閲覧中です。」
こんな時に限ってか!運に見放されているのだろうか。
駄目だ、教授の恩に報いるためにも諦めては駄目だ。
「お願いです、案内してください。急いでいるんです。」
「ですが………どうか図書館内では騒ぎを起こさないで下さいよ。」
渋々と司書が文献の場所に案内してくれる。
その先にいたのは一人の少年だった。
栗毛色の、12、3歳だろうか小柄で日に焼けた肌をしている。
指で文字を追い、時折ノートに文章を書き写している。
司書が少年に事情を説明する。
少年はこちらを振り向きニッと笑った。
「こちらの三冊でしたら見終わったのでどうぞ。あと一冊も少し待っていただけたら終わります。」
「それで構わない。助かるよ。」
司書は揉め事にならなかったことに、ホッとした顔をして受付へ戻っていった。
少年近くの空いた席に座り、文献をめくる。
専門書特有の言い回しで内容はわかりにくい。ひたすらに『アスコルビット』の文字を探してゆく。時間がかかりそうだ。
「こちら、終わったので読みますか。」
少年が残りの文献も持って来てくれる。お礼を言って受け取る。
この少年は何者だろうか。身なりからして富裕層には見えないが、文献の内容がわかるほどの知識があるようだ。この幼さで?
公爵家の自分でさえ、13歳のときにやっと科学を学び始めたというのに。
少年と目線が絡む。髪より濃い茶色の瞳がほんの僅か細められる。
「お急ぎなんですよね。もし良かったらアスコルビットに関する記述がどこか教えましょうか?」
この少年の存在は怪しいが、時間がない今この申し出は助かる。こちらの目的は話せないが利用させてもらおう。
「アスコルビットを人間に使ったらどうなるか、どんな症状が出るが、どこで手に入るのか、が知りたい。」
「それでしたらこちら、アスコルビットでの事故について書かれた記述は、人体への影響について考察されてますよ。
そしてこっちに製造方法が書いてあったかと…」
ふむ、ふむふむ。
………ふーむ。アスコルビットは樹脂の製造、義歯製造などで使われるらしいが、それによる事故も数多くあるようだ。
皮膚に付着すると次第にしびれ、患部は徐々に壊死していくらしい。誤って飲んだ場合は昏睡し、死亡に至ることもあったようだ。
ふと気がつくと、少年はまだ近くにいた。
「もしかして、トマス・カレンさんのお知り合いですか?ニコラ・ボワッソの件について調べているんでしょう?」
「貴様、なぜそれを知っている!ニコラ・ボワッソの事件にアスコルビットが絡んでいることは誰も知らないはずだ。警察に行ったって教えてくれないぞ。」
とっさに逃げられないよう少年の腕を掴む。しかしあまりの細さに折れそうで、思わず離してしまう。
少年は握られた腕を痛そうに擦るが逃げる素振りは見られない。それどころか怪訝な顔でこちらを見返してくる。
「あなた、いいとこのお坊ちゃんでしょ?警察に握らすお金渋ったからじゃないですか。」
「……それは賄賂を渡せば情報を警察が垂れ流す、と言っているように聞こえるが。」
「そうですよ。警察だって、下っ端は給料高くないから生活は厳しいもんです。」
あたりまえ、と言う顔の少年に唖然とする。こんな年端もいかぬ様な子供が知るほど、警察の腐敗は進んでいるのか。
「…そもそも、お前は何者なんだ。なんの目的でこの事件について調べている。」
「え?僕を怪しんでいるんですか?
証拠の無い正義感は悪質だなー」
「お前、それわざと聞こえるように言っているだろ。」
「そうですよ。だから証拠探しに行きましょう。」
そう言って少年はニッと笑った。
「教授が犯人でない証拠は探しに行くが、こんな子供とは行かない。」
「よく間違われるけど、これでも16歳になったんです。僕は新聞記事を書くためにこの件について調べています。
僕はクーと呼ばれていて、新聞社のアランさんに聞いてもらえばわかりますよ。」
さ、行きましょう!と文献を戻しに行ってしまう。この少年に話の主導権を握られてしまったようで焦る。
ちよっと可愛い顔してるからって、調子にのるなよ!
慌てて小さい背中を追った。
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アシュレー嬢の弟、ウィリアム視点になります。
クーと出会うきっかけになった事件の話です。
「そんなことあるはず無いだろ!何かの間違いだ!!!」
怒鳴り声に目の前の家政婦アメリがビクッと身をすくめる。
「ですが……警察の方がニコラ・ボワッソ殺害の件で逮捕するとトマス・カレン教授をつれて行ったんです。」
「それだと教授が犯人みたいな言い方だろ!」
教授宅の家政婦が面会を求めていると言われ、会うなりありえない話を聞かされた。
トマス教授には4年前に基礎物理学の個人講義の際に知り合った。慈愛に満ちた温かい人柄で、その後も機会を見つけ教授の研究所を訪れている。
年々増すモフモフさに最近では教授は、森の精なんじゃないかと想像したこともある。
だから、警察に逮捕されるなど信じれるわけがなかった。
「その方がカレン教授を逮捕したのでは無いのですよ。
すべきことは何か考えなさい、ウィリアム。」
姉も、使用人から事情を聞きやってきた。
相変わらず周囲を支配するようなオーラを出している。事実支配する立場であるのだが。
「あなたは一旦教授宅へ戻り、警察の方が来たら対応して下さいませ。一人では大変だと思うのでうちの者をつけますね。
……万一教授が戻られなかった場合は、給与は我が家が補填し、他への紹介状を作成し公爵家の印を押しておきますわ。ご安心くださいませ。」
家政婦アメリは何度も頭を下げながら教授宅へ戻っていった。
そうか、彼女は雇用主である教授が逮捕され、自分の生活が心配だったのか。姉の見事な手配にぐうの音も出ない。
「姉さん、トマス教授が人を殺すはずがない。」
あら、と首を傾げ答える。
「罪が無いなら、救えばいいじゃない。」
…なんとなくどこがで聞いたことのあるような言い回しだが、思い出すのはあとでいい。
「これから外に出ます。時間がかかるかもしれません。その間に急を要する案件が来ましたら、代わりに目を通してもらえたら助かります。」
「わかりました。くれぐれも無理はなさらないで下さいね。」
14歳になった3年前から公爵領の仕事の一部を任せてもらっている。手元の書類を整理し、急務が無いことを確認したあとハンチングを被って外に出た。
まずは警察へ行き事件の内容について詳しく知ろうとしたが。
「関係者以外に教えることはできません。」
残念そうに受付の者が答える。くそっ……仕方ない、彼等も職務を遂行しているだけなのだ。
深く息を吐き焦りを鎮める。
一度、トマス教授の家に行ってみよう。
教授の生まれは他国だが、20年ほど前に研究のためフランツ王国に来たと聞く。
簡素だが大きい研究所の隣に小ぢんまりとしたトマス・カレン宅。ノックすると先程の家政婦が慌てて扉を開ける。
こちらの顔を見てギョッとする。
「先程は知らせに来ていただいたのに、失礼な態度を取ってしまい大変申し訳ありませんでした。」
「頭を上げてください。言葉が足りない私が悪かったのです。
そういえば…帰ってすぐに警察の方が見え、アスコルビットを教授から受け取らなかったかと聞かれました。」
「アスコルビット…ですか?」
「聞いたこともないと答えると、警察の方は研究所も探されました。見つからなかったようで、後日礼状を持って次は、大規模捜索をするとおっしゃっていました。」
研究所の器具を破壊してまで調べる気だ。教授の実験装置を壊させてなるものか!
聞きなれない物質、アスコルビットについて調べるため図書館に向かう。そこで司書にアスコルビットに関する文献がないか問う。
「アスコルビットですね、少々お待ち下さい。………4件あります……が、いま他の方が閲覧中です。」
こんな時に限ってか!運に見放されているのだろうか。
駄目だ、教授の恩に報いるためにも諦めては駄目だ。
「お願いです、案内してください。急いでいるんです。」
「ですが………どうか図書館内では騒ぎを起こさないで下さいよ。」
渋々と司書が文献の場所に案内してくれる。
その先にいたのは一人の少年だった。
栗毛色の、12、3歳だろうか小柄で日に焼けた肌をしている。
指で文字を追い、時折ノートに文章を書き写している。
司書が少年に事情を説明する。
少年はこちらを振り向きニッと笑った。
「こちらの三冊でしたら見終わったのでどうぞ。あと一冊も少し待っていただけたら終わります。」
「それで構わない。助かるよ。」
司書は揉め事にならなかったことに、ホッとした顔をして受付へ戻っていった。
少年近くの空いた席に座り、文献をめくる。
専門書特有の言い回しで内容はわかりにくい。ひたすらに『アスコルビット』の文字を探してゆく。時間がかかりそうだ。
「こちら、終わったので読みますか。」
少年が残りの文献も持って来てくれる。お礼を言って受け取る。
この少年は何者だろうか。身なりからして富裕層には見えないが、文献の内容がわかるほどの知識があるようだ。この幼さで?
公爵家の自分でさえ、13歳のときにやっと科学を学び始めたというのに。
少年と目線が絡む。髪より濃い茶色の瞳がほんの僅か細められる。
「お急ぎなんですよね。もし良かったらアスコルビットに関する記述がどこか教えましょうか?」
この少年の存在は怪しいが、時間がない今この申し出は助かる。こちらの目的は話せないが利用させてもらおう。
「アスコルビットを人間に使ったらどうなるか、どんな症状が出るが、どこで手に入るのか、が知りたい。」
「それでしたらこちら、アスコルビットでの事故について書かれた記述は、人体への影響について考察されてますよ。
そしてこっちに製造方法が書いてあったかと…」
ふむ、ふむふむ。
………ふーむ。アスコルビットは樹脂の製造、義歯製造などで使われるらしいが、それによる事故も数多くあるようだ。
皮膚に付着すると次第にしびれ、患部は徐々に壊死していくらしい。誤って飲んだ場合は昏睡し、死亡に至ることもあったようだ。
ふと気がつくと、少年はまだ近くにいた。
「もしかして、トマス・カレンさんのお知り合いですか?ニコラ・ボワッソの件について調べているんでしょう?」
「貴様、なぜそれを知っている!ニコラ・ボワッソの事件にアスコルビットが絡んでいることは誰も知らないはずだ。警察に行ったって教えてくれないぞ。」
とっさに逃げられないよう少年の腕を掴む。しかしあまりの細さに折れそうで、思わず離してしまう。
少年は握られた腕を痛そうに擦るが逃げる素振りは見られない。それどころか怪訝な顔でこちらを見返してくる。
「あなた、いいとこのお坊ちゃんでしょ?警察に握らすお金渋ったからじゃないですか。」
「……それは賄賂を渡せば情報を警察が垂れ流す、と言っているように聞こえるが。」
「そうですよ。警察だって、下っ端は給料高くないから生活は厳しいもんです。」
あたりまえ、と言う顔の少年に唖然とする。こんな年端もいかぬ様な子供が知るほど、警察の腐敗は進んでいるのか。
「…そもそも、お前は何者なんだ。なんの目的でこの事件について調べている。」
「え?僕を怪しんでいるんですか?
証拠の無い正義感は悪質だなー」
「お前、それわざと聞こえるように言っているだろ。」
「そうですよ。だから証拠探しに行きましょう。」
そう言って少年はニッと笑った。
「教授が犯人でない証拠は探しに行くが、こんな子供とは行かない。」
「よく間違われるけど、これでも16歳になったんです。僕は新聞記事を書くためにこの件について調べています。
僕はクーと呼ばれていて、新聞社のアランさんに聞いてもらえばわかりますよ。」
さ、行きましょう!と文献を戻しに行ってしまう。この少年に話の主導権を握られてしまったようで焦る。
ちよっと可愛い顔してるからって、調子にのるなよ!
慌てて小さい背中を追った。
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アシュレー嬢の弟、ウィリアム視点になります。
クーと出会うきっかけになった事件の話です。
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