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第九話 【英雄】 1
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ギルドルグはこの局面において、冷静にこの戦いを分析していた。
ピースベイクとダズファイルの戦いは、贔屓目に見てもピースベイクの劣勢だ。彼以上に強い兵士がこちらにいない今、ピースベイクの敗北はエルハイムの敗北だ。
他はといえば、国境警備軍の面々は霧の悪鬼たちを一人数体は相手取る戦闘に移行している。
悪鬼たちの問題は、先ほどまでの戦いと同様に、数で押し切られてしまうおそれがある、ということだ。人間ではない魔物であり、一体を切り捨ててもいつの間にか新たな悪鬼が顕現している現状を見るに、数の劣勢は揺らぎそうにない。
宝狩人として培ってきた経験が、彼に警鐘を鳴らしている。
逃げてしまえと。ここで人が死のうが、お前には関係のないことだと。あの洞窟での遭遇と同じように。逃げてしまうのが一番だろうと。
そうだ。この場さえ切り抜けてしまえばあとはどうとでもなるだろう。自分だけが悪鬼たちと戦闘状況に入っていない今、今逃げてしまうのは容易い。
多少夢見は悪くなるが、命あっての物種だ。国境のいさかいは、国境警備軍が処理すべきだろう。
自分を無理やり納得させる。
実際には一秒にも満たない僅かな時間だが、ギルドルグは永遠とも思えるような時間を立ち尽くした。
そして。
「いやぁ。だめだな」
たどり着いたのは、たった一つのシンプルな解答。
ダズファイルの目的がエルハイムの滅びなら。
ギルドルグの目的は。ギルドルグ・アルグファストの目的は、エルハイムの守護にある。
宝狩人としての自分は引き続き警鐘を鳴らし続ける。その警告を振り払うように、ギルドルグは頭を振った。
「親父が救った国だ。親が守ったものを、子はずっと守っていかなけりゃいけねぇ」
そして思い出した。
彼の母が没する直前に、彼へと残した遺言を。
何故忘れていたのかも分からない。英雄の妻の、愛する息子への願い。
「どれだけ世界が残酷でも、世界が貴方を見捨てても。貴方は世界を見捨てないで」
生きて。
最後の遺言には、あまりにもそぐわないちっぽけな願い。しかしギルドルグには、その小さな願いの重さをようやく理解した。
母は、ただ生きていてほしかったのだ。
死んで英雄になった父親のようになるのではなく。どんな形でも。名を残さなくても。英雄になんて、ならなくても。
ただ貴方は、貴方らしく――
「見せて、ギルドルグ。貴方自身の可能性を」
思考はそこで中断される。
いつの間にか彼の右肩には、戦っていたはずの優の手が置かれていた。
他に言葉はなく、優は彼の傍らで剣を握る。ゼルフィユは二人を守るように、霧の悪鬼たちとの戦いに身を投じている。
嗚呼、本当に。
どこか幸せそうに微笑むと上を向き、溜息をつく。
ギルドルグは心の底から、あの日あの家の扉を叩いてよかったと感じた。
出会ってまだ間もない二人に、こんなに勇気をもらうとは。
彼はもう一度奮い立つ。全身の感覚が研ぎ澄まされ、汗腺から汗が流れていくのも、共に戦う仲間の心臓の鼓動も、傍らの優が固く剣を握り締めたのも感じる。
臆病さは、弱い心は、その場に全て置いていく!
ピースベイクとダズファイルの戦いは、贔屓目に見てもピースベイクの劣勢だ。彼以上に強い兵士がこちらにいない今、ピースベイクの敗北はエルハイムの敗北だ。
他はといえば、国境警備軍の面々は霧の悪鬼たちを一人数体は相手取る戦闘に移行している。
悪鬼たちの問題は、先ほどまでの戦いと同様に、数で押し切られてしまうおそれがある、ということだ。人間ではない魔物であり、一体を切り捨ててもいつの間にか新たな悪鬼が顕現している現状を見るに、数の劣勢は揺らぎそうにない。
宝狩人として培ってきた経験が、彼に警鐘を鳴らしている。
逃げてしまえと。ここで人が死のうが、お前には関係のないことだと。あの洞窟での遭遇と同じように。逃げてしまうのが一番だろうと。
そうだ。この場さえ切り抜けてしまえばあとはどうとでもなるだろう。自分だけが悪鬼たちと戦闘状況に入っていない今、今逃げてしまうのは容易い。
多少夢見は悪くなるが、命あっての物種だ。国境のいさかいは、国境警備軍が処理すべきだろう。
自分を無理やり納得させる。
実際には一秒にも満たない僅かな時間だが、ギルドルグは永遠とも思えるような時間を立ち尽くした。
そして。
「いやぁ。だめだな」
たどり着いたのは、たった一つのシンプルな解答。
ダズファイルの目的がエルハイムの滅びなら。
ギルドルグの目的は。ギルドルグ・アルグファストの目的は、エルハイムの守護にある。
宝狩人としての自分は引き続き警鐘を鳴らし続ける。その警告を振り払うように、ギルドルグは頭を振った。
「親父が救った国だ。親が守ったものを、子はずっと守っていかなけりゃいけねぇ」
そして思い出した。
彼の母が没する直前に、彼へと残した遺言を。
何故忘れていたのかも分からない。英雄の妻の、愛する息子への願い。
「どれだけ世界が残酷でも、世界が貴方を見捨てても。貴方は世界を見捨てないで」
生きて。
最後の遺言には、あまりにもそぐわないちっぽけな願い。しかしギルドルグには、その小さな願いの重さをようやく理解した。
母は、ただ生きていてほしかったのだ。
死んで英雄になった父親のようになるのではなく。どんな形でも。名を残さなくても。英雄になんて、ならなくても。
ただ貴方は、貴方らしく――
「見せて、ギルドルグ。貴方自身の可能性を」
思考はそこで中断される。
いつの間にか彼の右肩には、戦っていたはずの優の手が置かれていた。
他に言葉はなく、優は彼の傍らで剣を握る。ゼルフィユは二人を守るように、霧の悪鬼たちとの戦いに身を投じている。
嗚呼、本当に。
どこか幸せそうに微笑むと上を向き、溜息をつく。
ギルドルグは心の底から、あの日あの家の扉を叩いてよかったと感じた。
出会ってまだ間もない二人に、こんなに勇気をもらうとは。
彼はもう一度奮い立つ。全身の感覚が研ぎ澄まされ、汗腺から汗が流れていくのも、共に戦う仲間の心臓の鼓動も、傍らの優が固く剣を握り締めたのも感じる。
臆病さは、弱い心は、その場に全て置いていく!
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