26 / 52
第五話 【力試】 1
しおりを挟む
「昨日は助かったぜライドさん。礼を言う」
三人は霧厳山脈から駐屯地へと戻ることを余儀なくされ、そして一つの部屋に通された。ベッドと椅子、机が三つずつと、本当に簡素な部屋だ。文句を言うつもりもないが、長年手入れされていなかったように埃が部屋の隅に溜まっている。
まるで監禁部屋みたいだなと、ギルドルグは苦笑した。
三人が部屋でひと眠りした後は、ライドが人懐っこそうな笑顔で部屋を訪ねてきた。
「いやいや、このくらい礼を言われるほどのものじゃない。それより皆さん、お怪我なんかは?」
「おかげさまでどこも。昨日掴まれたところが軽く痛むくらいね」
「ははは、ディムさんは加減を知らないからなぁ。宝狩人君もそこの君も、歳はたいして変わらないだろうしボクのことはライドでいいよ。ライド・ヘフスゼルガだ、よろしく」
ゼルフィユを完全に組み伏せていたあの男はディムというらしい。
たちまちゼルフィユは舌打ちし、不機嫌そうにベッドへと倒れこむ。
優が邪険に扱われたからか、それとも自らが無力化されていたからか。どちらかは分からないが、ゼルフィユは先程から少しご機嫌斜めだった。
「聞きたいんだが、これから俺たちはどうなるんだ? さっきのを思い出す限り、殺されはしないだろうが」
「当然だよ。君を殺せば逆にボクたちが国民に殺されるさ。英雄の息子たる君を殺そうなんて、軍の上層部は考えもしないだろう」
軍の上層部とは即ち、この国境警備軍の上層部ではない。エルハイム帝国軍の上層部そのものであると、ギルドルグはなんとなく理解した。
彼は彼の人生において、軍に対して彼自身が絶対的な切り札になることをおぼろげながらも知っていた。ライドが今言ったように、英雄の息子という肩書は人生を縛られるのと同時に、彼に可能性を与える。一種の免罪符のようなものとして機能することは分かっていたことだ。
故に最後の最後、明かすべき時が来るまでその情報は伏せておく――つもりだったのだが。
「ところでその剣」
ベッドの傍らに立て掛けてある剣を、ライドは興味深げに眺めていた。
霧厳山脈調査の依頼を受ける際、上司であり長年親のように育ててもらった鏡介から受け取った謎の剣。
たった一人のために作られたような、ギルドルグ・アルグファストという人間のためだけに作られたような、不確かな剣。
それを手に取り、水色の前髪に見え隠れする目をいっそう細ませる。
「いい剣だね。大切にしときなよ」
ただそれだけ言って、ライドは慈しむように剣をベッドへと横たえた。
ギルドルグはライドに剣のことを尋ねようとするも、勢いよく扉を開いた来訪者によって阻まれる。
昨日三人を捕えた軍人の一人、ゼルフィユを完全に抑えていた屈強な男だ。顔が見えた瞬間にゼルフィユの舌打ちが部屋に響く。
ノックもないどころか脚で扉を蹴破ったようで、この体格のいい男は見た目通りの大雑把さのようだった。
「ライド、ここにいたのか。三人にお呼びがかかってる……将軍のお呼びだ。早く行け」
「ディムさんがお呼びとは人員不足か何かですか? 一般兵にでもやらせとけばいいじゃないですか」
「特別待遇ってやつだよ、さっさとついてこい」
言うが早いか、ディムと呼ばれた男はさっさと部屋から出てしまっていた。
ライドがこちらを向いてウィンクし、部屋から出るように促している。
三人は目を合わせることもなく同時に立ち上がると、ライドに続いて部屋から出た。
「どうも人が多すぎだな。警戒されてんのか何なのかは分かんねーけど」
部屋から出るのと同時にゼルフィユがイラついたように声を出す。
確かに、出口での見張り番以外に、何をするでもなくこちらを見ている兵士や扉からこちらを覗く兵士が見受けられる。
どの視線も三人に、もっと言えばギルドルグに向けられていた。
「本気で言ってるのかい、ゼルフィユ君」
その言葉に、ライドが呆れたように振り向いてきた。
「皆君たちを、というかギルドルグ君を見たいのさ。ある日から突如行方知れずとなった、英雄の息子。その凱旋を、一介の兵士としては見逃せないだろう」
「こいつが英雄の倅ねぇ。そうは思えんがな」
ディムの冷たい意見に、ギルドルグは軽く怒りを覚えた。彼自身、別段悪気のない返事だとは分かっているが。
父親と比較されたくないのに、いざそう言われると憤りを感じてしまう、矛盾。
この癖を直すのにはまだ時間がかかりそうだと、ギルドルグは心の中で溜息をついた。
「だけど事実は事実ですよディムさん。あなたが認めなくてもね……さて、着いたよ」
ライドのやや噛みつくような返答に、ギルドルグは軽く疑問符を浮かべた。
しかしディムもライドも気にする様子はなく、将軍の部屋と思しき部屋へと入っていく。
三人は霧厳山脈から駐屯地へと戻ることを余儀なくされ、そして一つの部屋に通された。ベッドと椅子、机が三つずつと、本当に簡素な部屋だ。文句を言うつもりもないが、長年手入れされていなかったように埃が部屋の隅に溜まっている。
まるで監禁部屋みたいだなと、ギルドルグは苦笑した。
三人が部屋でひと眠りした後は、ライドが人懐っこそうな笑顔で部屋を訪ねてきた。
「いやいや、このくらい礼を言われるほどのものじゃない。それより皆さん、お怪我なんかは?」
「おかげさまでどこも。昨日掴まれたところが軽く痛むくらいね」
「ははは、ディムさんは加減を知らないからなぁ。宝狩人君もそこの君も、歳はたいして変わらないだろうしボクのことはライドでいいよ。ライド・ヘフスゼルガだ、よろしく」
ゼルフィユを完全に組み伏せていたあの男はディムというらしい。
たちまちゼルフィユは舌打ちし、不機嫌そうにベッドへと倒れこむ。
優が邪険に扱われたからか、それとも自らが無力化されていたからか。どちらかは分からないが、ゼルフィユは先程から少しご機嫌斜めだった。
「聞きたいんだが、これから俺たちはどうなるんだ? さっきのを思い出す限り、殺されはしないだろうが」
「当然だよ。君を殺せば逆にボクたちが国民に殺されるさ。英雄の息子たる君を殺そうなんて、軍の上層部は考えもしないだろう」
軍の上層部とは即ち、この国境警備軍の上層部ではない。エルハイム帝国軍の上層部そのものであると、ギルドルグはなんとなく理解した。
彼は彼の人生において、軍に対して彼自身が絶対的な切り札になることをおぼろげながらも知っていた。ライドが今言ったように、英雄の息子という肩書は人生を縛られるのと同時に、彼に可能性を与える。一種の免罪符のようなものとして機能することは分かっていたことだ。
故に最後の最後、明かすべき時が来るまでその情報は伏せておく――つもりだったのだが。
「ところでその剣」
ベッドの傍らに立て掛けてある剣を、ライドは興味深げに眺めていた。
霧厳山脈調査の依頼を受ける際、上司であり長年親のように育ててもらった鏡介から受け取った謎の剣。
たった一人のために作られたような、ギルドルグ・アルグファストという人間のためだけに作られたような、不確かな剣。
それを手に取り、水色の前髪に見え隠れする目をいっそう細ませる。
「いい剣だね。大切にしときなよ」
ただそれだけ言って、ライドは慈しむように剣をベッドへと横たえた。
ギルドルグはライドに剣のことを尋ねようとするも、勢いよく扉を開いた来訪者によって阻まれる。
昨日三人を捕えた軍人の一人、ゼルフィユを完全に抑えていた屈強な男だ。顔が見えた瞬間にゼルフィユの舌打ちが部屋に響く。
ノックもないどころか脚で扉を蹴破ったようで、この体格のいい男は見た目通りの大雑把さのようだった。
「ライド、ここにいたのか。三人にお呼びがかかってる……将軍のお呼びだ。早く行け」
「ディムさんがお呼びとは人員不足か何かですか? 一般兵にでもやらせとけばいいじゃないですか」
「特別待遇ってやつだよ、さっさとついてこい」
言うが早いか、ディムと呼ばれた男はさっさと部屋から出てしまっていた。
ライドがこちらを向いてウィンクし、部屋から出るように促している。
三人は目を合わせることもなく同時に立ち上がると、ライドに続いて部屋から出た。
「どうも人が多すぎだな。警戒されてんのか何なのかは分かんねーけど」
部屋から出るのと同時にゼルフィユがイラついたように声を出す。
確かに、出口での見張り番以外に、何をするでもなくこちらを見ている兵士や扉からこちらを覗く兵士が見受けられる。
どの視線も三人に、もっと言えばギルドルグに向けられていた。
「本気で言ってるのかい、ゼルフィユ君」
その言葉に、ライドが呆れたように振り向いてきた。
「皆君たちを、というかギルドルグ君を見たいのさ。ある日から突如行方知れずとなった、英雄の息子。その凱旋を、一介の兵士としては見逃せないだろう」
「こいつが英雄の倅ねぇ。そうは思えんがな」
ディムの冷たい意見に、ギルドルグは軽く怒りを覚えた。彼自身、別段悪気のない返事だとは分かっているが。
父親と比較されたくないのに、いざそう言われると憤りを感じてしまう、矛盾。
この癖を直すのにはまだ時間がかかりそうだと、ギルドルグは心の中で溜息をついた。
「だけど事実は事実ですよディムさん。あなたが認めなくてもね……さて、着いたよ」
ライドのやや噛みつくような返答に、ギルドルグは軽く疑問符を浮かべた。
しかしディムもライドも気にする様子はなく、将軍の部屋と思しき部屋へと入っていく。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
伯爵夫人のお気に入り
つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。
数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。
喜ぶ伯爵夫人。
伯爵夫人を慕う少女。
静観する伯爵。
三者三様の想いが交差する。
歪な家族の形。
「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」
「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」
「家族?いいえ、貴方は他所の子です」
ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。
「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる