ライオンハート

紅夜蒼星

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第五話 【力試】 1

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「昨日は助かったぜライドさん。礼を言う」

 三人は霧厳山脈から駐屯地へと戻ることを余儀なくされ、そして一つの部屋に通された。ベッドと椅子、机が三つずつと、本当に簡素な部屋だ。文句を言うつもりもないが、長年手入れされていなかったように埃が部屋の隅に溜まっている。
 まるで監禁部屋みたいだなと、ギルドルグは苦笑した。
 三人が部屋でひと眠りした後は、ライドが人懐っこそうな笑顔で部屋を訪ねてきた。

「いやいや、このくらい礼を言われるほどのものじゃない。それより皆さん、お怪我なんかは?」

「おかげさまでどこも。昨日掴まれたところが軽く痛むくらいね」

「ははは、ディムさんは加減を知らないからなぁ。宝狩人君もそこの君も、歳はたいして変わらないだろうしボクのことはライドでいいよ。ライド・ヘフスゼルガだ、よろしく」

 ゼルフィユを完全に組み伏せていたあの男はディムというらしい。
 たちまちゼルフィユは舌打ちし、不機嫌そうにベッドへと倒れこむ。
 優が邪険に扱われたからか、それとも自らが無力化されていたからか。どちらかは分からないが、ゼルフィユは先程から少しご機嫌斜めだった。

「聞きたいんだが、これから俺たちはどうなるんだ? さっきのを思い出す限り、殺されはしないだろうが」

「当然だよ。君を殺せば逆にボクたちが国民に殺されるさ。英雄の息子たる君を殺そうなんて、軍の上層部は考えもしないだろう」

 軍の上層部とは即ち、この国境警備軍の上層部ではない。エルハイム帝国軍の上層部そのものであると、ギルドルグはなんとなく理解した。
 彼は彼の人生において、軍に対して彼自身が絶対的な切り札になることをおぼろげながらも知っていた。ライドが今言ったように、英雄の息子という肩書は人生を縛られるのと同時に、彼に可能性を与える。一種の免罪符のようなものとして機能することは分かっていたことだ。
 故に最後の最後、明かすべき時が来るまでその情報は伏せておく――つもりだったのだが。
  
「ところでその剣」

 ベッドの傍らに立て掛けてある剣を、ライドは興味深げに眺めていた。
 霧厳山脈調査の依頼を受ける際、上司であり長年親のように育ててもらった鏡介から受け取った謎の剣。
 たった一人のために作られたような、ギルドルグ・アルグファストという人間のためだけに作られたような、不確かな剣。
 それを手に取り、水色の前髪に見え隠れする目をいっそう細ませる。

「いい剣だね。大切にしときなよ」

 ただそれだけ言って、ライドは慈しむように剣をベッドへと横たえた。
 ギルドルグはライドに剣のことを尋ねようとするも、勢いよく扉を開いた来訪者によって阻まれる。
 昨日三人を捕えた軍人の一人、ゼルフィユを完全に抑えていた屈強な男だ。顔が見えた瞬間にゼルフィユの舌打ちが部屋に響く。
 ノックもないどころか脚で扉を蹴破ったようで、この体格のいい男は見た目通りの大雑把さのようだった。

「ライド、ここにいたのか。三人にお呼びがかかってる……将軍のお呼びだ。早く行け」

「ディムさんがお呼びとは人員不足か何かですか? 一般兵にでもやらせとけばいいじゃないですか」

「特別待遇ってやつだよ、さっさとついてこい」

 言うが早いか、ディムと呼ばれた男はさっさと部屋から出てしまっていた。
 ライドがこちらを向いてウィンクし、部屋から出るように促している。
 三人は目を合わせることもなく同時に立ち上がると、ライドに続いて部屋から出た。

「どうも人が多すぎだな。警戒されてんのか何なのかは分かんねーけど」

 部屋から出るのと同時にゼルフィユがイラついたように声を出す。
 確かに、出口での見張り番以外に、何をするでもなくこちらを見ている兵士や扉からこちらを覗く兵士が見受けられる。
 どの視線も三人に、もっと言えばギルドルグに向けられていた。

「本気で言ってるのかい、ゼルフィユ君」

 その言葉に、ライドが呆れたように振り向いてきた。

「皆君たちを、というかギルドルグ君を見たいのさ。ある日から突如行方知れずとなった、英雄の息子。その凱旋を、一介の兵士としては見逃せないだろう」

「こいつが英雄の倅ねぇ。そうは思えんがな」

 ディムの冷たい意見に、ギルドルグは軽く怒りを覚えた。彼自身、別段悪気のない返事だとは分かっているが。
 父親と比較されたくないのに、いざそう言われると憤りを感じてしまう、矛盾。
 この癖を直すのにはまだ時間がかかりそうだと、ギルドルグは心の中で溜息をついた。

「だけど事実は事実ですよディムさん。あなたが認めなくてもね……さて、着いたよ」

 ライドのやや噛みつくような返答に、ギルドルグは軽く疑問符を浮かべた。
 しかしディムもライドも気にする様子はなく、将軍の部屋と思しき部屋へと入っていく。
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