ライオンハート

紅夜蒼星

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第四話 【日没】 4

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「っくしょぉぉぉぉちくしょぉぉぉぉい!」

 あまりにわざとらしいギルドルグのクシャミに、優とゼルフィユは顔をしかめる。
 三人は現在霧厳山脈への侵入に成功し、とりあえずの休憩として洞窟へと身を潜めていた。洞窟の出口からは雑木林が広がり、季節外れの雪がまだあたりの地面に残っている。
 この山脈は標高こそそこまで高くないものの、地形的な問題で雪がまだ溶けきっていないため、気温もあまり上がらないのだ。
 つまり彼らの目下の敵は霧ではなく、気温低下による体力消耗といえるだろう。

「どうしたギルドルグ。そろそろお迎えの時間なのか? 安心しろ、お前が死んだら墓だけは作ってやるからな」

「ゼルフィユ君、いつになったら俺に懐いてくれるんだい? 俺困っちゃうな」

「なんだこの俺を犬扱いか? 殺すぞ」

「冗談だって! ちょっとしたギルちゃんジョークだって!」

「! ……おいギルドルグ、どうやら本当にお迎えが来たみたいだぜ」

 雑談もそこそこに、ゼルフィユが何かを察知したのか洞窟の入り口を睨んだ。獣のように、闘争心と鋭い犬歯を剥き出しにして彼は唸り始める。
 陽も落ち始めたせいで外の景色は薄ぼんやりとし、よく見えない。

「いやだからさぁ俺も悪かったけど? ちょっとは君からもさ、歩み寄りがあってもいいと思うの俺」

「ちっげぇよ! いいから洞窟の外を見ろっての!」

 ようやく気付いたか、ギルドルグは目を細めて暗くなり始めた外を注視する。
 彼の視線の先にあるのは暗くなり始めた森に潜む、何者かの影。それは一つだけでなく、時間を経るにつれて数を増やしていった。
 木が風に揺れているのかとも思ったが、先程から不自然なまでに風がない。

「……あぁ、なんかいるな」

「ここからじゃ見えないけど……何かしら? 国境警備軍?」

「いやそもそも――ありゃ人か?」

 視界に映る多くの人影を注意深く観察し、武器を構えながら三人はゆっくりと入口へと近付いていく。
 その者たちはまるで煙のようにユラユラと、くねくねと。人間に出来うるはずもない動きをしながらこちらを観察しているように見えた。
 明らかに人間ではないことを悟り、三人は戦闘体勢へと移行する。
 その直後であった。 

「っずぁっ!」

 突如ゼルフィユの目の前に“影”が現れ、手に持つ剣でゼルフィユを襲った。
 彼は身を逸らして剣戟を防ぎ、足を蹴り上げて剣を“影”の手から離れさせることに成功する。だが相手は気にも留めずに、手刀でゼルフィユの胸を貫こうと構えを取る。
 ギルドルグは左手の指輪から氷を顕現させ、ゼルフィユを襲う魔の手を貫いた。

「大丈夫かゼルフィユ!」

「助かったが、テメェに助けられなくとも何とかできたんだからな! それだけは覚えとけよ!」

 あれだけ言えれば大丈夫だろうと、ギルドルグはゼルフィユから目を逸らす。彼は状況を整理しようと軽く視線を横に動かすが、事態は思ったよりも悪い方向に進んでいた。
 まず洞窟を背にする三人、それを囲むようにして十数体もの“影”がこちらを向いて武器を構えていた。
 最初の襲撃を仕掛けた“影”がどの“影”なのかは最早見分けがつかない。全てが同じ容姿をし、構えまでもが同じだった。

「おいおいおいおいこいつら一体何なんだよ……まさかこれも、霧厳山脈の霧とか言うんじゃねーだろうな?」

 ギルドルグは軽く溜息をついて、背中を流れた冷や汗に身震いする。

「来たわよギル! ゼル!」

 優が一声叫ぶのと、襲撃が再開されるのは同時だった。
 彼女自身は朝に鏡介から受け取ったばかりの刀、“月光”を振り回して敵の接近、攻撃を防いでいる。
 ギルドルグはまず最初に接近してきた敵に炎を浴びせ、その方向からの攻撃を断った。違う方向から走ってきた敵の剣は、同じく鏡介から受け取った剣で受け流す。そのまま剣で相手の胴を薙ごうとするも、後ろに跳躍されて不発に終わる。

「形状変化・餓狼鋭爪ヴォルフネイル

 ゼルフィユの低い唸り声が聞こえ、ギルドルグは急いで声の聞こえた方に振り返る。
 またいつぞやのように獣人化するのかと思ったが、今回は腕のみが太く変容しており、その先に人間の爪とは比較にならない獣の爪が現れていた。
 雄叫びを上げ、彼は鋭い爪で自らの周りを囲む襲撃者たちの肉を抉ろうと腕を振るう。

「普通に変化すりゃ使える武器じゃねぇか! すげぇなゼルフィユ!」

「いいからテメェは相手に集中しやがれってんだ!」

 ゼルフィユの爪は敵の体を抉ることも、ましてや傷をつけることも叶わずに空を切っている。
 間違いなく敵に当たっているはずなのに。意味が分からず、こちらからの攻撃も、
 その間にジリジリと距離を詰められたのか、先程よりも包囲網が小さくなっていることに、三人はとうに気付いていた。
 だが、だからと言って解決策があるわけでもなく、状況を突破するだけの実力も彼らにはない。このまま戦い続けても、単純に数で負けている彼らには勝機はない。
 どうしたものかと、額に汗を浮かばせながらギルドルグは思案した。
 しかし唐突に、まさに霧が晴れるようにその状況は打開される。

「また愚かな冒険者風情が、我が領域を侵しに来たか」
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