凶器は透明な優しさ

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願いを叶える条件

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突然にやってきた姫乃ちゃんと向き合うことのできる最後の機会。

どうやったら私の想いを伝えることができるのか。

それを頭の中で考えていると、気づいた時にはタクシーが私の家についていた。

家に入ってもお互いに何も言うことがないまま、前までのようにテーブルを挟んで座る。


「それで…話って何ですか?」

座ったらすぐさま私に話しかけてくる姫乃ちゃん。

もしかしたら、今すぐにでもここから出ていきたいのかもしれない。

私のことを感情を殺した平坦な目で貫いてくる姫乃ちゃんを見てそう思う。

だけど、これで最後にするから…

「話っていうのはね、あの時の告白をなんで断ったのかっていうことなんだ」

私の言葉を聞いた瞬間に先ほどまでとは打って変わって目に感情が映り込む。

その感情はきっと私に対する憎悪なんだろう。

「そんな話なら結構です。同じ苦しみを何度も受けたくはありませんから」

そう言って席を立ち上がる姫乃ちゃんの腕を掴む。

「お願い。もう2度とこんな話はしないし、仕事以外では話しかけないから…だから、お願い」

私の懇願を受けて、姫乃ちゃんはゆっくりと席に座ってくれた。

私は深呼吸をしてからゆっくりと話し始める。

「私が姫乃ちゃんの想いを断ったのは、姫乃ちゃんは私と一緒にいるよりも他の人といる方が幸せになれるという思いがずっとあったからなの」

「そんなの、そんなのわからないじゃないですか…」

「そう言ってくれるのは姫乃ちゃんが私のダメなところをまだ知らないからだよ…」

「いっぱい知ってますもん!生活力がないところとか、一人だと不安定になってしまうところとか、他にもいっぱい先輩のダメなところを知っています!」

大真面目な顔で私に向かって、私のダメなところを伝えてくれる。

でも姫乃ちゃんはまだ知らないから。

恋人になるっていうならとっても大事な部分が私には欠如しているということを。

「そうだね、先輩後輩としてなら私たちはうまくやれてきたと思うよ?でもね、恋人になるとしたら私のダメなところが姫乃ちゃんを傷つけると思ったの」

姫乃ちゃんは慎重に聞いてくる。

「先輩が気にしているダメなところって何ですか?」

これまで綾にしか言ってこなかったことを姫乃ちゃんに伝える。

「私ね、誰かに愛された経験がないの。この誰かっていうのは家族を含めてね…」

じっと私の話の続きを待つ姫乃ちゃんに向けて昔話をする。

「私の家ってシングルマザーだったの。それで物心がついた時には、家にいつも1人でいることが多かったの。それぐらいなら私以外にもそんな人は一杯いると思うの。だけどねある時、友達の家に遊びに行って私の家って異常なんだと気づいちゃったの」

あの時のことを思い出して寂しい気持ちになりながら話を続ける。

「友達とお母さんが話していたの。今考えると普通の話だったよ?でも私からしたらとってもビックリしたんだ。…生きていく上で必要な話以外で親と会話をすることがあるんだって」

姫乃ちゃんが嫌そうな顔をしながら話を聞いてくれている。

もうちょっとだけ辛抱して欲しい。

「それからは色んな友達に家で親と話をしたりする?って聞いたんだよね。そうしたらね、友達の答えを聞いて思わず笑いそうになったんだよね。全然話をしないって言う友達よりも圧倒的に私の家の方が会話がなかったんだから」

昔のことを思い出して感情が弾けそうになるのを抑えるために再び深呼吸を挟む。

「きっと私から話しかけなかったのが悪かったんだって小学生の頃は思ってたんだよ。だから何度も話しかけたんだ。その日の出来事を何度も何度も…。まぁ無駄だったけどね。お母さんは単純に私に興味がなかったの、悪意も善意も何にもなかった」

唯一の救いとしては私を大学までは放り出さないだけの倫理観と世間体だけはあったことだ。

「だから私には普通の家族っていうものがわからない。誰かを愛することも愛されるっていうこともよく分からない」

段々と頭が熱くなってくる。

「こんな私のどこが良いのか分からないけど告白されることも何度かあった。だけどその度に断ってきた。だって相手のことを好きになれる自信が全くなかったから」

淡々と話していたはずなのにいつの間にか私の声は荒ぶっていた。

「それが、紗希先輩が私の告白を断った理由ですか?」

姫乃ちゃんが真剣な表情で私を見つめる。

「そうだよ、これが姫乃ちゃんの告白を断った理由。私は姫乃ちゃんが想像しているような素敵な恋人にはきっとなれない、だから幻滅されたくなくて断ったの」

真実を答える私の声は震えていた。

だって私は逃げたんだから。

姫乃ちゃんの幸せを~なんて綾には言いながら、結局は自分が嫌われて姫乃ちゃんが私から離れていく未来に耐えられなかったんだ。

だから自分から断った。

恋人は無理かもしれない、だけど仲の良い先輩後輩ならこれまで通り続けることができると思った。

そんな私の考えを否定するかのように、私の事をバカにするように言う。

「まったく…そんな理由で私の告白を断ったんですね」

心底呆れ返ったと言わんばかりのジェスチャーと共にだ。

私は身を乗り出して姫乃ちゃんに反論する。

「そんな理由って何!私は真剣に考えて」

「真剣に考えるのが馬鹿だって言っているんですよ」

やれやれと言ったニュアンスで姫乃ちゃんが伝えてくる。

「前から思っていたんですけど紗希先輩は真面目に考えすぎなんですよ。未来の事を考えて不安になるぐらいならとりあえず付き合ってみればよかったじゃないですか!?」

「そんな事できないよ!大切な人に嫌われたり愛想を尽かされたりするって思ったら気軽に付き合おうだなんて思えないよ!」

「そういう所が馬鹿だって言ってるんですよ」

「何よ!私の事をバカバカ言って!」

「私が先輩の事をどれだけ好きかわかってないから言っているんですよ!」

姫乃ちゃんから私のことが好きだと言う言葉が飛び出して思考が停止してしまう。

「紗希先輩が何か問題を抱えているのは、この部屋に初めて入った時に気づいてました。だから和泉さんとサシ飲みをした時には紗希先輩のことについて洗いざらい聞いてやろうと思って行ったんです。そこで、紗希先輩が愛って言うものを知らないことを不安に思っていることも聞いてました」

私が秘密にして欲しいことは絶対に他の人には言ってこなかった綾がそんなことを話しているとは。

「まぁ話してもらうときに条件はつけられましたけどね」

「…ちなみにどんな条件だったの?」

「条件は2つあって、1つは紗希先輩を悲しませるようなことは絶対にしないこと。もう1つは自分から紗希先輩には絶対に告白しないこと」

あれ?

「いや、おかしくない?姫乃ちゃん自分から告白したよね!?」

「だってしょうがないじゃ無いですか。あれだけ私は大丈夫ですよってアピールしたのに、紗希先輩はびびって告白してこないし、さらには告白を断るし!」

うっ…それはそうなんだけど。

「普通に考えたらわかるでしょ!?ちょっと紗季先輩のことが好きなだけの人がここまでやらないってことぐらい。というか、気づいてないようなので言っておきますけど紗希先輩ってかなりの事故物件ですからね!?」

後輩から事故物件あつかいをされているだと…

「事故物件ってそんな大袈裟な…」

「いえ!100人いたら100人が言います。紗希先輩は事故物件です」

そう言い切る姫乃ちゃん。

「見た目は綺麗で、話していると可愛らしい。だけどプライベートで遊ぶような友達は和泉さん一人、しかも和泉さんがいない時の家での過ごし方は酒とyoutube。さらに深く知っていくと、家庭の境遇はヤバくて愛を知りたいとか言ってくる」

最初は私のことを褒めてくれていたと言うのに、後半は私の事をボロクソに言ってくる。

「愛を知りたいなんて言ってないから!そんな恥ずかしいこと言ってないから!」

「言ってましたよ!全身から出てましたね、家族の愛が欲しいって言うオーラが!」

う~、そんな事直接は言ってないもん。直接は…

「だからこれが家族の愛ですよって散々教え込んであげたっていうのに…最後の最後で逃げるし。今の私の気持ちがわかりますか!ここまでしたら大丈夫だろうって思って勇気を出して告白したのに、紗希先輩が意気地なしなせいで断られたとわかった私の気持ちが!?」

「本当にすみませんでした!私が全面的に悪かったです」

頭を下げて誠心誠意の謝罪をしている私。

なんだか話の流れがおかしいけど、まだ姫乃ちゃんは私のことが好きなのではという希望が湧いてきた。

「私が告白をしたあの時に、先輩が今言った事を勇気を出して言ってくれていたのなら、私たちは付き合えていたんですよ?」

何だか風向きがおかしい気がする。
その言い方だと今はもうダメみたいな感じがするんですけど…

神妙なムードもどっかに行ってしまって、告白をするような雰囲気ではなくなってしまったが…

「本当に今更だけど、姫乃ちゃん。私と付き合ってくれませんか?」

そうして勇気を出して改めて告白をする。

「嫌です」

あっさりと断られたました…

そうだよね、今更都合がいいよね。

なんであの時の私は勇気を出せなかったんだろう。

ウジウジと考えだしている私を見て、姫乃ちゃんが続けて言う。

「だけど紗希先輩がどうしてもと熱烈な告白をしてくれるなら考えないこともないです」

そう言う姫乃ちゃんは、なぜか無表情を貫いている。

でも、私に残された選択肢は1つしかない。

「姫乃ちゃん好きです。私と付き合ってください!」

「どんな所が好きになったのかわからないのでダメです」

ノータイムでダメ出しをされる。

「姫乃ちゃんの面倒見のいいところ、とにかく私を甘やかしてくれるところ、あと姿も言動も可愛いところが好きになりました!」

「何で今更になって告白しようとしたのか分からないのでダメです」

まだダメ出しをされる…

「これまで家族?みたいに接してくれたのに、急に他人みたいな接し方をしてきたから耐えられなかったんです!」

「それじゃあ家族みたいに接したら付き合わなくてもいいって事ですか?いつか他にいい人ができたら捨てられるんですね」

さっきは気軽に付き合えって言ってたのに!

「そんな事ない!ずっと姫乃ちゃんのことが好きだよ!姫乃ちゃんのことは絶対に離してあげないから!」

「意気地なしな紗季先輩の言うことは信用できませんね…」

「それじゃあどうしたら信用してくれるの?」

今ならどんな事でもしてあげるから!

「そうですね…。他の人に見られたら、死んでしまいたくなるようなところを見せてくれたらいいですよ」

「えっと…変顔とか?」

まったくわからなくて、私が言う内容に姫乃ちゃんは深いため息を吐く。

「一体、紗希先輩は何歳ですか?」

そう言いながら私のそばにやってきた姫乃ちゃんは、そっと私の腕を掴んで歩き出す。

そして私を無造作にベッドに転がされて今から何をされようとしているのか気づく。

「あっあのう姫乃ちゃん?こういうことはまだ早いというか、まずは手を繋ぐところからね?そっそれにまだ付き合ってないし!」

「紗希先輩は私と本気で付き合いたいんですか?それとも…とりあえず前みたいに仲良くしたいんですか?」

そうか、姫乃ちゃんは私の想いが本物なのか知りたがっているんだ…それなら。

「本気で付き合いたい。ごめんね、また逃げようとして…良いよ?私の事を好きにしてくれて」

ちょっと怖いけど、今度こそは勇気を出さないと!

そう思って、両手を広げて姫乃ちゃんを迎える。

そうだ、最後に一言だけ姫乃ちゃんに言っておかないと。

「でも、初めてだから…優しくしてくれると嬉しいな」

「っ!紗希先輩は本当に!もう!」

そう言って姫乃ちゃんは、優しくしてくれるのか疑わしい勢いで私に抱きついてきた。

「姫乃ちゃん、好き…。姫乃ちゃんは?」

「私もですよ紗希先輩」

そう言って姫乃ちゃんは私に笑いかけてくれた。

聞きたかった言葉が聞けて、私は姫乃ちゃんに体を委ね、

「安心した…良いよ私の全部を姫乃ちゃんにあげるね」

その言葉を聞いた姫乃ちゃんは私を押し倒して、

「はい。他の人には絶対にあげませんから」

そう言って姫乃ちゃんは唇を私に押し付けた。
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