凶器は透明な優しさ

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心情の吐露

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胸の鼓動が元のスピードに戻ってくれない。

どうして私を押し倒したのか

どうして私にあんなさわり方をしたのか

どうして…私にキスをしようとしたのか

私の事を心配して、隙を見せたら危ないよって教えてくれたの?
でも、それならなんでキスを拒んだ時にあんなに傷ついた表情を見せたの?

頭の中で堂々巡りをして、答えは見つからないってわかっているのに考える事をやめられない。

もう寝ようと思ってベッドに潜り込む。
なのに発作のように姫乃ちゃんの事を思い出してしまう。

意識がふわふわしていた私が、滝谷さんに言われるがままタクシーに乗り込もうとしていたところを、急いで止めに来た姫乃ちゃん。

滝谷さんとタクシーに乗ろうとした私を不安そうに見ていた姫乃ちゃん。

手を握り直してあげるとふっと笑ってくれた姫乃ちゃん。

そして私を押し倒した時の真剣な表情をした姫乃ちゃん。

私の頭の中が姫乃ちゃんで埋め尽くされていく…


土曜日は姫乃ちゃんから初めて中止にして下さいと言われた。

ちょっと助かった。
どんな顔で会えば良いのかわからなかったから。

時間をおけばまたいつも通りに戻れると思った。

なのに結局土日も姫乃ちゃんのことばかり考えてしまった。

未だにあの時の事を思い出すと、胸の鼓動が早まる。

あの時私が姫乃ちゃんの事を止めなかったらどうなっていたのか?

そんな事を考えても答えは出ないってわかっているのに…


月曜日になって姫乃ちゃんとどうやって話をしたらいいんだろう?
そんな事を不安がっていた私に対して、素知らぬ顔で姫乃ちゃんが挨拶してきた。

私があんなにも悩んでいたのに、あの時の事は大した事が無いように接してきた。

姫乃ちゃんに取ってはあの出来事は大した出来事じゃないのかな?
何故だか落ち込んで、でもホッとしている自分がいた。


それからは姫乃ちゃんと、これまでと同じように姫乃ちゃんのお料理を食べたり、料理教室を開催したりした。

でもあの出来事があってから料理教室がより実践的になった気がする。

まるで、早く私1人で料理が作れるようしたいみたいに…

気のせいだよね、姫乃ちゃん?



「久しぶりに二人で飲みにいかない?」

そう綾が言って来たのは、年末に向けて今年分の仕事を何とか片付けようとしている時だった。

忙しい中ではあったけど、久しぶりに綾と二人で話をしたかったのもあって二つ返事でokした。

私の頭の片隅でいつも思っていること。
姫乃ちゃんとの関係について、綾になら相談できると思ったから。


「久しぶり綾」
「久しぶり紗希」

綾が帰国してから度々連絡を取るようにはなったけど、実際にあって話をするのは久しぶりだった。

前までは、毎週のように会って飲んでいたけど、姫乃ちゃんと一緒にいるようになってから、綾が私の事を誘うことはほとんどなくなっていた。

これまで、綾に誘ってもらうことがほとんどだったから、自分から誘うキッカケがなくて中々あう機会が作れなかった。
それもあって、普段なら真っ先に綾に相談するようなことも、一人で延々と考えてしまいスッキリとしない毎日を送っていた。

二人でいつものようにビールを頼んで、おつまみも好きなものをそれぞれが頼んでいく。
そうして、さぁいつでも話ができるぞという体制になると、綾の方から切り出してきた。

「それで?今回はどんな悩みがあるのかな?」

まさしくこれが、余裕のある大人の笑みだって言わんばかりの表情をして綾が聞いてくる。

「…まだ何も言ってないんだけど」

私の心を見透かされたようで、思わず不服そうな声を出してしまう。

そんなにわかりやすい表情はしてないと思うんだけど。

「分かるよ、だって紗希のことだもん」

そう言って私を見つめてくれる綾は、私の事を全て認めてくれそうな優しい顔をしていた。

綾はいつからか私の事をこんな目で見てくるようになっていた。

大学生活で寂しい思いをしなかったのは、こんな風に見守ってくれている綾がいたおかげだと思う。

まぁ、わざわざ言うことは絶対にしないけど。

「実はこの前、姫乃ちゃんにこんな事を言われたんだけど…」

そう言って、私が男性に対して隙だらけだって話をされたことを伝える。

まだ姫乃ちゃんにキスをされそうになったことは話さずにいる。

正直に言えば姫乃ちゃんの勘違いなんじゃないのかと思っている。
だけど、もしも綾が正しいって言ったなら間違いないと言うことになる。

「確かに紗希は隙だらけね。普段は私としか飲まないから気にならないけど、男性も一緒に飲んでいる時なんかヒヤヒヤしたわよ」

綾の発言にびっくりする、今までそんなことを綾に言われたことがなかったからだ。

「えっ、どんな時にヒヤヒヤしたの!?」

「え~と、下心見え見えの男に対して全く気づいてない時とか、肩とかに手を置かれているのに酔っ払ってて気付いてない時もあるし」

知らなかった、私ってそんなに隙だらけだったんだ。

「あとは胸元が相手に見えているのに気づいてない時とかもあったな」

「あっはい、もうそのぐらいで大丈夫です」

予想以上に男性に対して隙を見せているみたいだった。

「でも、それなら私に言ってくれればよかったのに」

綾は悪くはないとは分かってはいるけど、思わず言い返してしまう。

「言ったわよ、何度もね?でもその度に紗希は『大丈夫だって私の事を狙っている人なんていないし』って言って聞いてくれなかったの」

ツンとした声で私に言う。

だってあの時はまさか、男性が私のことをそんな目で見ているとは思っていなかったんだもん。

告白とかされたこともなかったし…

「でもこんな事をわざわざ聞くってことは、姫乃さんによっぽど強く言われたのね?」

うぅ、実際の出来事を言ってもいいのかな?
でも言わないと綾に私の今悩んでいることを相談できないし…

私が返事をしないまま悩んでいるのを感じて、綾が眉間に皺を寄せて聞いてくる。

「それとも何かされたの?…あのガキに」

静かに綾が切れているのをみて、

「違うの!何もひどいことはされてないよ。ただ…」

そうして、押し倒されてキスをされそうになったことを伝える。

だけど綾はじっと黙ったまま考え込んでしまった。

沈黙に耐え切れず、

「こんなことがあったから、姫乃ちゃんと一緒にいても前みたいに振る舞えないの」

そうしてここ最近の悩みを綾にポツポツと語り始める。

「姫乃ちゃんは今までと同じ感じで接して来るの。だけど、私の方は姫乃ちゃんと話しているとつい私を押し倒してキスをしようとしたことを思い出しちゃうの。…あと気づいたら姫乃ちゃんの口元をみてあの口が私を捕らえようとしたのかって考えちゃってうまく話ができないの」

自分の悩みを言い切って、どうしたらいいと思う?と言う視線を綾に投げかける。

だけど綾は答えをくれるわけではなく、質問で返してきた。

「それで?」

「えっ?」

「それで紗希はどうしたいの?」

私がどうしたいか?それが分かれば1番良いけど…

「もしくは、姫乃さんにどうなって欲しいのか?私は私の好きな人のことを考る時はいつも、その人が幸せになることだけを願っているわ。そして、そのために何ができるかを考えている」

綾に好きな人がいたことに驚いた。
二人で恋バナなんかしたことがなかったからかも知れないけど、そんな素振りなんか全く見せなかったのに。

「まぁ、私のことはいいの。紗希が自分の心がよくわからないなら、姫乃ちゃんのことを考えてみたらいいんじゃないってこと」

そう言って、綾は自分のことは聞いてくれるなという態度を取る。

まぁ、聞かれたくないならわざわざ聞かないけど…
私に言ってくれなかったのはちょっと寂しい。

「とにかく。もう一度落ち着いて考えてみるといいんじゃない?」

そう言って綾はこの話は終わりと言わんばかりに、ビールを一気に飲み干した。
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