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エリーゼ

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仲の良い兄と喋りながら歩いていたら2時間なんてあっという間に過ぎ、無事に父の住む街に到着した。

生まれ育った街よりもずっと大きくて、都会である。街の真ん中に大きな運河が流れていて、この川を中心に古くから商業的にも発達している。今でもそうだが、川にいかだや船を流して、木材を中心に、色々な物資や資材が行き交っているわけだ。父は工事現場が変わる度に国中を転々としているのだが、ここしばらくはこの街に定住しているのはきっと住みやすいからだと思う。心機一転、新生活を始めるにはピッタリの場所だ。

「ああでも15年もべったりしていて、昨日の今日であっさり別れられるってお前すげぇな」

兄の言うことも最もなことだ。

私はもうはっきり言ってアーヴィンに依存していた。アーヴィンの全てが好きだったのだ。もし彼が罪を犯したとしても、私は彼はと思うだろう。番のことは知ってはいたが、もし番に出会ったとしてもアーヴィン以上に好きになれるとは思っていなかった。

それくらいアーヴィンに惚れ込んでいる私がこうやって思いきっての変化を望んだのだ。

「全然あっさりじゃないよ」

昨日だって別れがたくて、夜中泣いていた。何回兄の部屋に行って、やっぱり引っ越すのやめる、と言おうと思ったが。朝は、目がパンパンに腫れていたから兄だってそれは知っているだろう。アーヴィンだって気づいたかも知れない。

「前から思ってたんだもん、アーヴィンの気持ちが私にはないってこと分かってたからいい加減手を離さなきゃいけないって。自由にしてあげなきゃ」

番の話をアーヴィンがする度に、番という人間がこの世にいなかったら、と何度恨めしく思ったか。番さえいなければ、アーヴィンだって私のことをちゃんと考えてくれたはずである。

「まぁ気持ちがないってことはないと思うが…あいつだってお前のこと相当可愛がっているし」
「妹としてね」
「うーーん、そうかなぁ…」

兄はどうも納得はいってなかったようだが、まぁ番じゃないのは確かだしな、と頷いている。

「側にいたらどうしてもアーヴィンに甘えちゃうからさ……これでいいんだ」

ぽんぽん、と兄は私の頭を慰めるように優しく叩く。
そう、これでいいんだ。私は、私の道を生きなきゃいけない。
それに相手の幸せを願うのも、相手のことが好きってことなんだと自分に言い聞かせる。



兄と転校先の学校に行き手続きを完了させた。それから父の家に歩いて向かっていると、向かい側からものすごいイケメンの若い男の人が歩いてきたのがなんとなく目についた。その彼とすれ違う時に、ふわっと甘い香りがしてーーー気づいたらその人に右腕を取られていた。度肝を抜かれてその整った顔を見上げると、彼が興奮したように私に言った。

「見つけた、俺の番!」

ええええええ!?!?!??!




私の隣で、呆然として立ち尽くす兄に、その人はじろっと鋭い視線を向けた。

「彼氏?」
「え?は?いや…兄ですが」

正直に答えると、彼の顔が一瞬で晴れた。

待て、待て待て、番?番だと!?
国中でも10%しか結婚できないっていう、あの番!?
私がいまここで、出会う!?
しかも、このイケメン!? 
いやいやいやいや!?

でも確かに先程から彼から甘い匂いが漂ってきている。言うなればカップケーキみたいな甘ったるい香り。香水かと思ったけど、もし彼が本当に番なんだとしたら、これがその肉体的に惹かれるって意味の匂いで私がそれを敏感に感じてるのかなぁ?でも私が感じるのは本当にそれくらいで。

だったら…やっぱり…

(アーヴィンの方が全然いいなぁ)


目の前で喜色満面の笑顔である彼には到底言えませんけど、ね。





とりあえず彼には家の住所と名前を教えて、別れることになった。
彼の名前は、ルーカスと言い、兄たちと同じくこの街の上の学校に通っているエリート予備軍であった。兄はその時点で、妹の番がそれなりにまともそうな背景があることを知ってホッとしていた。

「明日!明日デートしよう!朝、迎えに行くから!」
「いや、明日から学校なので…」

そう言うと、ルーカスは残念そうな顔になったがさすがに学校だというので納得したようだ。

「じゃ、放課後にね!」

彼はそう笑って、颯爽と家路についた。

(人のこと言えないけど、あの人ってめちゃくちゃ前向きだなぁ…)

私は思わず苦笑した。
アーヴィンと離れるためにこの街に来て、そしてそこで番に会うってなんていう小説なんでしょう。





兄は一晩だけ泊まり、久々に父に会って酒を酌み交わして、故郷へ戻っていった。

「ルーカスに襲われないように気をつけろよっ!」

と彼に言われたが、(まぁ無理だろうけどだって番だし)っていう顔をしていたので「私まだ15歳っ!」と小突いておいた。




マークが2時間かけて昼前には帰宅すると、家の前にアーヴィンが立って待っていた。

「おお!アーヴィン、どうした!何か用事か?」

彼はマークの隣に妹の姿がないことに気づくと、落胆の表情を一瞬浮かべた。

「…エリーはやっぱり行ってしまったのか?」
「だってお前がフッたんだろ?」

マークはさすがにムッとしてそう答えた。
妹が一晩中部屋で泣いていたことを彼は知っていたし、近くにいると磁石のようにアーヴィンにくっついてしまうから物理的に離れたいと思ったのは自然だと彼は感じたから妹の背中を押したのだ。

「…フッてなんか…」

幼馴染はぐしゃぐしゃと髪の毛をかきむしっている。マークはしげしげと彼の端正な顔を眺めた。頭はいいと思っていたんだが……

(マジかよ…こいつ、思った以上に拗らせてんなぁ……)


そこでふと思い出したことがあった。

「あ」
「なんだよ」

「エリー、昨日あの街で、番に会ったんだぜ」

それを聞いた時のアーヴィンの顔をマークはきっと一生忘れない、ような、気がした。

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