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「無理しないでくれ。気味が悪いと思うのは当然だ。…覚えているか?君が一番欲しいだろうものを俺があげられると言っただろう」
エラが考え込んでいる間に、彼が話し始めた。
「このブラウン家からの自由、だよ。あの女の問題が片付いたら、君を自由にしてあげようと思っていた。俺なら君のことを離縁してあげることが出来る。…君は今まで、周りから…奪われすぎているから今度こそ思うように生きて欲しい」
何も持っていないエラだけが、父親に、ブラウン家に、ジェームズに…そうやってずっと周囲の人々の思惑に振り回され、犠牲を払ってきた。
しかしエラは思う。
(でもそれは…貴方も同じでしょう?)
「…貴方はどうするの…?」
彼は一瞬だけ不自然に黙りこんだ。
「俺は数年は…この家に縛られることになるだろう」
彼の何かがエラの気に障った。
口ぶりか、目の動きか、それとも伝わってくる声の温度か。
先程義母に言っていた、約束、の言葉。
今ではエラは、ここ数ヶ月で知った彼の優しさを疑ってはいなかった。
「もしかして…私を自由にする代わりに、貴方は…ブラウン家でジェームズの代わりをし続ける、のではなくて?だってそうしたらブラウン家はこれからも安泰だから…」
あの優秀で冷徹な義母が、ジェームズ以上の能力を持った男を簡単に手放すだろうか。そして実際、彼には半分義父の血も混じっているのである。彼が黙り込んだので、エラは自分の推測が当たったのを知った。
「俺のことは気にするな…どちらにせよ戦争に行っている間に母が亡くなったんだ。俺には帰りを待っている家族ももういない」
(この人も……ひとり、なんだ)
そしてエラのために身を挺して何かを与えてくれようとしてくれた人は、今までの人生で誰一人としていなかった。誰一人として。
それから彼女は彼の、真剣な、どこか痛々しい表情を見上げて、あっと思い当たった。
「以前、私にお花をくださったこと、ある?まだ小さい頃…どこかの庭園で…」
彼の美しい瞳が驚きで丸くなる。
「まさか…覚えていてくれたのか?」
(やっぱり…!)
あの時、エラに花を差し出してくれたのは、この人だったのだ。
「…ピンクのお花、だったわね」
「あの頃はもう君のことが好きだったから…ジェームズのふりをしてでも、君に花をあげたかったんだ、何か俺から、形のあるものを」
「…それで、この前香水も買ってくださったの?」
彼は躊躇ったが、頷いた。
「君とはもうすぐお別れだということは分かっているんだが…何かを渡したかった」
香水を選んだのは、おそらくジェームズの日記に香水のくだりが書いてあったのに違いない、とエラは今は確信していた。エラには与えなかった香水を、ルーリアには惜しげもなく与えていたこと。メイドの勘違いで香水を取りに来た部屋でエラを罵ったこと。彼は自分が犯してもいない、ジェームズが与えた罪を、エラから少しでも拭い去ろうとして必死だったのだ。
「私は…貴方にそんなに想ってもらえるような人間じゃないのよ」
思わず涙が彼女の瞳に浮かぶと、彼がそれに気づいて、自分も泣きそうな顔になった。
「どうか泣かないで」
エラはその、隠しきれない優しさの滲んだ声に、頭の奥が痺れるような感覚に陥った。彼が惜しげもなく与えてくれる、愛情と優しさは、今までエラが欲しくて欲しくて、でも誰からも与えてもらえなかったものだ。これからもずっとこの美しい男の隣にいたいと言ったら彼は何て答えるだろう。その甘美な想像はまるで蜜が滴るように、彼女の心に歓びとともに広がっていく。
「もし…私が貴方の側にこれからも居たいと言ったら、受け入れてくれる?」
エラが考え込んでいる間に、彼が話し始めた。
「このブラウン家からの自由、だよ。あの女の問題が片付いたら、君を自由にしてあげようと思っていた。俺なら君のことを離縁してあげることが出来る。…君は今まで、周りから…奪われすぎているから今度こそ思うように生きて欲しい」
何も持っていないエラだけが、父親に、ブラウン家に、ジェームズに…そうやってずっと周囲の人々の思惑に振り回され、犠牲を払ってきた。
しかしエラは思う。
(でもそれは…貴方も同じでしょう?)
「…貴方はどうするの…?」
彼は一瞬だけ不自然に黙りこんだ。
「俺は数年は…この家に縛られることになるだろう」
彼の何かがエラの気に障った。
口ぶりか、目の動きか、それとも伝わってくる声の温度か。
先程義母に言っていた、約束、の言葉。
今ではエラは、ここ数ヶ月で知った彼の優しさを疑ってはいなかった。
「もしかして…私を自由にする代わりに、貴方は…ブラウン家でジェームズの代わりをし続ける、のではなくて?だってそうしたらブラウン家はこれからも安泰だから…」
あの優秀で冷徹な義母が、ジェームズ以上の能力を持った男を簡単に手放すだろうか。そして実際、彼には半分義父の血も混じっているのである。彼が黙り込んだので、エラは自分の推測が当たったのを知った。
「俺のことは気にするな…どちらにせよ戦争に行っている間に母が亡くなったんだ。俺には帰りを待っている家族ももういない」
(この人も……ひとり、なんだ)
そしてエラのために身を挺して何かを与えてくれようとしてくれた人は、今までの人生で誰一人としていなかった。誰一人として。
それから彼女は彼の、真剣な、どこか痛々しい表情を見上げて、あっと思い当たった。
「以前、私にお花をくださったこと、ある?まだ小さい頃…どこかの庭園で…」
彼の美しい瞳が驚きで丸くなる。
「まさか…覚えていてくれたのか?」
(やっぱり…!)
あの時、エラに花を差し出してくれたのは、この人だったのだ。
「…ピンクのお花、だったわね」
「あの頃はもう君のことが好きだったから…ジェームズのふりをしてでも、君に花をあげたかったんだ、何か俺から、形のあるものを」
「…それで、この前香水も買ってくださったの?」
彼は躊躇ったが、頷いた。
「君とはもうすぐお別れだということは分かっているんだが…何かを渡したかった」
香水を選んだのは、おそらくジェームズの日記に香水のくだりが書いてあったのに違いない、とエラは今は確信していた。エラには与えなかった香水を、ルーリアには惜しげもなく与えていたこと。メイドの勘違いで香水を取りに来た部屋でエラを罵ったこと。彼は自分が犯してもいない、ジェームズが与えた罪を、エラから少しでも拭い去ろうとして必死だったのだ。
「私は…貴方にそんなに想ってもらえるような人間じゃないのよ」
思わず涙が彼女の瞳に浮かぶと、彼がそれに気づいて、自分も泣きそうな顔になった。
「どうか泣かないで」
エラはその、隠しきれない優しさの滲んだ声に、頭の奥が痺れるような感覚に陥った。彼が惜しげもなく与えてくれる、愛情と優しさは、今までエラが欲しくて欲しくて、でも誰からも与えてもらえなかったものだ。これからもずっとこの美しい男の隣にいたいと言ったら彼は何て答えるだろう。その甘美な想像はまるで蜜が滴るように、彼女の心に歓びとともに広がっていく。
「もし…私が貴方の側にこれからも居たいと言ったら、受け入れてくれる?」
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