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8 Extra Stories

Laura Side

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途中までは完璧に上手くいっていた。


18歳のある日、自分に前世の記憶があることを唐突に思い出した。
そして自分はヒロインなんだってことも同時に。
なんでそう思ったのかはわからない。


どうせヒロインになるなら、条件のいい男性と。

私はその日からどの男性を落とすかを真剣に品定めをした。

 ある夜、この国の一番の独身男性、アウグスト・オイレンブルグ公爵嫡男にある舞踏会にて近寄って見つめたら、彼が見つめ返してくれたのである。やっぱり!私はヒロインなんだわ。自信が身体中に満ちた。

顔立ちは平凡だが、生まれ持っての公爵家としての自信に満ち溢れたアウグストはとても魅力的で、彼は紳士らしく私の手の甲に唇を落とした。アウグストと会ったのは、その時と、他の夜会でもう一回、それから婚約破棄をすることにしたオイレンブルグ家の夜会の、3回であった。

ユリアーナへの婚約破棄をオイレンブルグ家の夜会で決行すると決めたのは、アウグストだった。2回目に会った夜会で彼はそう言った。本当のストーリー上では王宮での夜会でのことだったが、それは些細な違いだろうと踏んで了承した。ユリアーナに恨みはなかったが、邪魔者には退散してもらわないとね?

だって私はだから。
私の未来は薔薇色なの。

自宅に帰り、両親にアウグストと恋仲であると告げた。たかが男爵令嬢にそんなことがあるか、そもそもアウグスト様は婚約者様がいらっしゃるじゃないかと両親は最初は相手にしていなかったが、私が次の夜会で婚約破棄をされると仰っていたわよと言うと、疑わしいながらも半分信じたようだった。両親が年老いた時にやっと出来た一人娘だったので私は甘やかされていた。

そしてあの夜会ーーー
夢のような美しいオイレンブルグ家ーーー
普通の男爵令嬢だったら入れない世界。
今でも思い出す。この全てが自分の手の内に入るのだと夢見心地だった。

夜会には1人で行き、途中でアウグストに呼ばれて、一緒にユリアーナの前まで行った。ユリアーナは茶褐色の髪をもつ、思慮深げな表情をもつ美しい女だったが、逆に魅力的な女であることが私の自尊心をくすぐった。と。

ユリアーナは私たちが一緒に歩いている時点で、何があるのか悟ったかのように真っ青になった。彼女はこれから娼婦への道までまっしぐらだ、可哀想なことに。

?私は思わず微笑んでしまうのを止められなかった。

しかし、そこからユリアーナは思ってもみない行動に出た。背筋をのばし、アウグストの短慮を諫め、。隣のアウグストが彼女に魅了されているかのように見つめていた。

私の内心はパニックになっていた。

(なんで?どうして?これじゃストーリーが変わってしまうじゃないの!)

私が呆然としている間に、ユリアーナは立派な貴族令嬢らしく尊厳を保ちながら大広間を出て行き、私を置き去りにしてアウグストが彼女を追いかけていった。静寂に包まれた大広間が再び活気を取り戻したと同時に、私もアウグストの背中を追った。


ユリアーナの近くに蜂蜜色の髪の色男がいた。なんだ?あんな色男も侍らせているのか、あの女は。最初からほとんどなかったとはいえ、私の中で彼女への同情心とやらは綺麗さっぱりなくなった。アウグストとの婚約破棄が成立したらこれ幸いとあの色男と結婚するんじゃないの?顔立ちだけでいったらあの色男の方がアウグストの何倍も整っているからあの女は心の中で喜んでいたりして?怒りが湧いてきて、ユリアーナを睨みつけた。



しばらくしてアウグストが振り返った時、私はもとの気弱そうな表情を浮かべていた。彼は歩いてきて、はっきりとこう言った。


「助かった、。今すぐ解放してやることもできるが、そうしたらお前も噂になるだろう?礼の代わりに半年だけ恋人のふりをして付き合ってやるからその間に次の手筈を考えておけよ。今日はもう帰れ」


(ーーーーーは?)



唖然として立ちすくんでいる間に、アウグストは私には見向きもせずに大広間の中に入っていった。私はそのまま廊下でずっと佇んでいた。



悔しい!悔しい!悔しい!
帰りの馬車の中で地団駄を踏んだ。完璧に利用された、あの男に!むかつく!しかもあの女は晴れて1人になってもっといい男を掴むんだ、許せない!



アウグストは忌々しいことに約束を守った。
半年の間、夜会へのエスコートはしたのである。周囲に紹介されることは一度もなかったし、アウグストの近い貴族からはいないものとして扱われた。あまりにも悔しくて一度彼をベッドに誘ったがーーーはっきりと「遊びだとしても、あばずれと寝る気はない。それなら娼婦の方がマシだ」と侮辱され、きっぱりとはねつけられた。

半年後に、さっさと終了を告げられると、二度と近づくな、と言い渡された。それ以降どうやっても彼に近づくことすら叶わなかった。オイレンブルグ家の恐ろしさはさすがの私も知っているから、こうなった以上もう手立てはないことは分かっていた。何か問題を起こすと、オイレンブルグ家がミュラー家を断絶するのは間違いない。


私はゴミのように捨てられた。。でもどうやってフラグを折れたのだろう?あの女にも前世の記憶があるのだろうか?



アウグストとふりとはいえ、半年だけ付き合ったほとぼりがさめるのに数年かかった。
どこにいっても、アウグストの婚約破棄の原因となった元恋人という枷がついて回り、私を口説こうとする貴族男性は現れない。。その間は、こっそり不倫を楽しむ貴族たちと寝るしか鬱憤を晴らす方法がなかった。

やっとそろそろいいかなと、今度は違うストーリーで自分がヒロインになれるのかを試してみることにして、あの女が手に入れているであろう色男と同じくらいの端正な顔立ちの子爵子息をターゲットにした。恋人がいようが婚約者がいようが構うことはない。


途中までうまくいっていたーーー


今度の相手の婚約者は私の思う通りの行動をしてくれていたし、子爵子息も私に熱をあげているように思えたーーしかしある日急に婚約者が。それと同時に子爵子息の熱も一気に冷めて、なんでこんな女に拘っているのだろうと彼にもあっさり捨てられた。狂言妊娠でもしたいところだったが、今回は大丈夫そうだと油断してまだベッドは共にしていなかった。またしても失敗した。ただただ屈辱だった。

あまりに悔しくて愛人の1人を呼び出し相手をさせた。代替品でもいないよりマシだ。情事の後に彼が何気なく放った一言が気になった。

「君が引き起こした事件って、『ミセス・ロビン』の小説に似ていたよね」と。

大衆紙を読む習慣がなかったので、『ミセス・ロビン』のことは知らなかった。すぐにその新聞を手に入れて、読んで驚いたーーこれこそ、私の知っていると。『ミセス・ロビン』の正体は誰も知らないらしい。けれども私はピンときたーー絶対にあの女だ、間違いない。あの女は神経衰弱で田舎の屋敷に引きこもっていると聞いていたが、あの日の立ち振る舞いを思うに、そんな繊細な女じゃないと思っていたのだ。



王宮でのパーティに、ラムスドルフ家の次女が数年ぶりに姿を見せるらしいという噂を聞いた後、愛人の1人から招待状を手に入れると忍び込んだ。アウグストに見つかるとつまみ出される恐れがあるから、慎重に慎重を重ねて。

果たしてあの女はいた。

以前よりも大人っぽくなった身体によく似合うシンプルなグレーのドレスを着て、表情は物憂げだが美しさに遜色はない。むしろ研ぎ澄まされた美しさが見る者のため息を奪う。そして隣にはやはりあの色男がいた。


(許せない……あんたさえ、ちゃんと演じてくれていれば私は全てを手に入れられたはずなのに!)


我慢できずにあの女の前に言って、すべてをぶちまけた。お前の宝物を奪ってやる、とばかりにがアウグストが近くに寄ってきたのを見て、怒りをぶつけられるかと思って青ざめた。しかし彼は私を視界に一瞬たりともいれなかった。彼が見つめていたのはあの女だけだった。あの時も、今も。私の顔すらも忘れているかもしれない。








?」



はっきりと言われて、呆然と攻略対象が去っていくのを見つめているしか出来なかった。
今回はフラグをあからさまに折られたわけではないのに、何故だろう…


攻略対象とあの女がすぐ近くで愛を囁き合っているのを白々しく眺める。あの女は号泣していた。馬鹿馬鹿しい。あんな男、本当に欲しかったわけじゃない。だ。あの女にくれてやる。ヒロインになれるはずの私が羨ましいと思うわけはない。こんな夜会、今すぐ出ていってやる!

踵を返して、玄関ホールまで行った時だ。

「ラウラ・ミュラーさん?」

先ほどアウグストの隣にいた男に話しかけられた。

「一介の男爵令嬢がどうしてこの夜会に入れたんだろうねぇ…不思議だね。今度同じようなことをしたら、オイレンブルグ家が黙っていないからね」

まったく笑っていない瞳で脅されて、何も答えられずそのまま家に逃げ帰った。




悔しい!悔しい!悔しい!

そして思い出す、私にまだもう一つストーリーが残されている。独身貴族たちを無双して、逆ハーレムをしてやる!私はヒロインなのよ!絶対に幸せになるんだから!










眼を開けると、が待っていた。
私は身体を起こそうとするが、脚がダランとして全く力が入らなかった。

「ーーー起きたか、ラウラ」

気づくと、10歳は年老いたような父がベッド脇に力なく立っていた。

「お前は、背中から刺されたんだ。医者によると脊髄とやらを痛めてね…もう2度と歩くことは出来ないだろう」

「うそっ、嘘でしょう!?」

「命があっただけ良かったんだよ、それだけの酷い怪我だった。お前は1週間ずっと目覚めなかったんだ」

父がため息をついた。

「オイレンブルグ家から連絡があって、。相手は30は年が上だが、身元はしっかりしている子爵だし、後添えだから子供を期待されることもない。よかったな、お前に代わって承諾しておいたからな」

「は?お父様、何を言って…」

「あのオイレンブルグ家から結婚を世話してもらえる令嬢などそうはいないだろう。その身体ではもう二度と社交界には戻れないだろうがーー家庭を持つんだ、ご主人を大事にしてしっかりおやり」


私は今やっと気づいた。

私はヒロインの強制力は持っていたかもしれないが、半端な力しかきっとなかったのだろうと。

ヒロインであるというプライドに固執しすぎ、自分がヒロインだと過信するあまりに周りの人々の気持ちを蔑ろにし、気持ちを測ることをしなかったが故に、普通の幸せも手に入れられず、もう二度と戻れないところまで来てしまったのだとーーー気付いても遅すぎた。







何度泣いても、どれだけ嫌がっても両親の決心は固く、下半身付随になった私がなんとか自分の身の回りのことができるようになった頃ーー荒い作りの車椅子と共に子爵のところへ送られた。

今年50歳になるその子爵は、前の妻を亡くした馬車の事故で自分も頭を打ち、今ではまともに言葉も通じず、常に独り言をいい、唾液をこぼしながら食事をする、もちろん私の名前を覚えるようなこともない、なんらかの障害を抱えた人物であることは疑いようもなかった。そのくせ性的欲求だけは強く、私の反応しない身体を気にもせずいつまでも抱くような男で、夜が来ると毎日地獄だ。





どれだけ出て行きたくても、私のこの足ではいくらも逃げられない。
メイドも使用人も知らんぷり。
誰も助けてはくれない。

ヒロインになるはずだった私はこの牢獄に一生囚われてしまったのだ。



<了>






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