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6 Welcome home
「教えて」
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大泣きに泣いた私の目はパンパンに腫れ、せっかくメイドが綺麗に整えてくれたメイクもほとんど流れ落ちてしまったので、彼に手を引かれて夜会を中座して家に帰ることにした。
後から夜会に来ていた両親は私の泣き腫れた顔を見て、一体何があったのかと仰天していたが、テオが心配しないでください、僕がちゃんと送り届けます、と熱を込めて言うので、彼らは圧倒されながら了承していた。
「ーー近日中に、正式に訪問しますので」
と彼が含みを持たせつつきっぱりと言うと、両親は背筋を伸ばして、承りました、と答えた。テオのことをいくら子供の頃から知っているといっても、彼は公爵家の人間で、我が家より爵位は高いので公に話す場合は両親が敬語を使うのが当然だ。
「もし他に何か話がありましても、お断りするようにお願いします」
重ねてテオが念を押すのに、父は思わずという感じで苦笑しつつも頷いていた。
私は夢の中にいるような心持ちでテオの横顔を眺めているだけだった。
両親からテオとの婚姻話をラムスドルフ家の体裁を整えるためだけに持ってこられていたら、私は反発していただろう。
しかしオイレンブルグ兄弟が仄かした通り、オイレンブルグ家の面々はきっと近日中に臆面もなく、アウグストとの婚姻話を持ってくるに違いない。そうなれば両親は娘の気持ちなど考えずに、テオを再びあっさり切り捨て、オイレンブルグ家に従うのは目に見えている。アウグストとコンラートが2人してああやって示したということは、おそらくしばらくの猶予はあるはずだが、急ぐのに越したことはないだろう。
今の私にはテオと形ある関係を結ぶことに何の抵抗もなくなっていた。
_____________________________
「ユーリャ、今日はもう隣に座っていいよな?」
馬車が走り出すや否や、テオがそういって私の隣の席に移ってきた。今までは人目がなかったとしても、本当に親しい友人としての距離を常に保っていたので、この前の壁ドン!が一番彼との距離が近かったのである。隣に座ると彼からアンバーのような香りがして、たまらない気持ちになった。これからは隣同士でテオと座っても誰にも咎められないし、望めば彼に触れることも叶うのだ。それはテオも同じ気持ちらしく、隣に座ると、私の右手をそっと彼が握った。彼の骨張った暖かい指が、彼に比べると小さくて細い指に絡まっているのをみるだけで胸がいっぱいになる。
「こうやって触っても怖くない?」
「うん、怖くないよ」
テオはしばらく黙って私の手を弄んでいたが、私は彼に聞いてみたいことがあった。
「テオ、先ほどラウラさんに挨拶されたでしょ?」
「ああ」
「その…何も感じなかった?この人は特別だっていう感じみたいなのを」
テオが考えるのも嫌だというように顔を顰めた。
「なんでだ?俺はいつだってユーリャしか見てないぞ」
よく考えるとテオの言葉は愛の告白以外の何物でもなかったが、彼がラウラに強制力を一切感じなかった、という内容の方が衝撃が強すぎた。
(…どういうこと?)
ラウラは好きに登場人物を決めることができる力があるヒロインではなかったの?
(ああもう訳が分からない…)
「そんなことより、いつから俺のこと好きだったの?」
「ーーーツ」
改めて聞かれるとものすごく恥ずかしい。
「誰にも言わないから、教えて」
(だ、誰に言うつもりなの)
兄だろうか。兄は絶対に私の気持ちに気づいているはずで、アウグストと婚約している時にテオにあまり家に来ないように両親から言え、と命じられた時もとても嫌がっていたのを私は知っている。きっと彼はオイレンブルグ家の手前明らかにはできないものの、影では私の味方だったと思っている。やっと少し兄を許せる気がしてきた私は現金なものだ。
「テオも教えてくれるなら」
「もちろん」
彼が即答するので、私は心を決めた。
「最初に会った日に、テオの髪の毛が太陽の光を反射してキラキラしていて本当に綺麗でーーー多分それから」
テオがそんなことあり得ない、とでも言うようにぽかんとして私を見た。こんなに呆然としているテオを見るのはーー辺境の森近くの屋敷で私が畑仕事をしているのを見た時以来だ。
(これからはこうやってテオのいろんな表情を見ることができるんだわ)
「嘘だよな?お前もそうだったのか?」
「嘘じゃないよ」
お前も、ということはテオもそうだったのだろうか。私たちはーー初恋同士だったのだ。
私は思わずテオの腕に自分の額をぐりぐりと押し当てた。
「テオ、夢みたい。私の人生にこんな幸せなことがあるなんて」
「ユーリャ……」
彼の嬉しそうな声がこれから私たちはもっと幸せになるのだ、ということを象徴しているかのようだった。
後から夜会に来ていた両親は私の泣き腫れた顔を見て、一体何があったのかと仰天していたが、テオが心配しないでください、僕がちゃんと送り届けます、と熱を込めて言うので、彼らは圧倒されながら了承していた。
「ーー近日中に、正式に訪問しますので」
と彼が含みを持たせつつきっぱりと言うと、両親は背筋を伸ばして、承りました、と答えた。テオのことをいくら子供の頃から知っているといっても、彼は公爵家の人間で、我が家より爵位は高いので公に話す場合は両親が敬語を使うのが当然だ。
「もし他に何か話がありましても、お断りするようにお願いします」
重ねてテオが念を押すのに、父は思わずという感じで苦笑しつつも頷いていた。
私は夢の中にいるような心持ちでテオの横顔を眺めているだけだった。
両親からテオとの婚姻話をラムスドルフ家の体裁を整えるためだけに持ってこられていたら、私は反発していただろう。
しかしオイレンブルグ兄弟が仄かした通り、オイレンブルグ家の面々はきっと近日中に臆面もなく、アウグストとの婚姻話を持ってくるに違いない。そうなれば両親は娘の気持ちなど考えずに、テオを再びあっさり切り捨て、オイレンブルグ家に従うのは目に見えている。アウグストとコンラートが2人してああやって示したということは、おそらくしばらくの猶予はあるはずだが、急ぐのに越したことはないだろう。
今の私にはテオと形ある関係を結ぶことに何の抵抗もなくなっていた。
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「ユーリャ、今日はもう隣に座っていいよな?」
馬車が走り出すや否や、テオがそういって私の隣の席に移ってきた。今までは人目がなかったとしても、本当に親しい友人としての距離を常に保っていたので、この前の壁ドン!が一番彼との距離が近かったのである。隣に座ると彼からアンバーのような香りがして、たまらない気持ちになった。これからは隣同士でテオと座っても誰にも咎められないし、望めば彼に触れることも叶うのだ。それはテオも同じ気持ちらしく、隣に座ると、私の右手をそっと彼が握った。彼の骨張った暖かい指が、彼に比べると小さくて細い指に絡まっているのをみるだけで胸がいっぱいになる。
「こうやって触っても怖くない?」
「うん、怖くないよ」
テオはしばらく黙って私の手を弄んでいたが、私は彼に聞いてみたいことがあった。
「テオ、先ほどラウラさんに挨拶されたでしょ?」
「ああ」
「その…何も感じなかった?この人は特別だっていう感じみたいなのを」
テオが考えるのも嫌だというように顔を顰めた。
「なんでだ?俺はいつだってユーリャしか見てないぞ」
よく考えるとテオの言葉は愛の告白以外の何物でもなかったが、彼がラウラに強制力を一切感じなかった、という内容の方が衝撃が強すぎた。
(…どういうこと?)
ラウラは好きに登場人物を決めることができる力があるヒロインではなかったの?
(ああもう訳が分からない…)
「そんなことより、いつから俺のこと好きだったの?」
「ーーーツ」
改めて聞かれるとものすごく恥ずかしい。
「誰にも言わないから、教えて」
(だ、誰に言うつもりなの)
兄だろうか。兄は絶対に私の気持ちに気づいているはずで、アウグストと婚約している時にテオにあまり家に来ないように両親から言え、と命じられた時もとても嫌がっていたのを私は知っている。きっと彼はオイレンブルグ家の手前明らかにはできないものの、影では私の味方だったと思っている。やっと少し兄を許せる気がしてきた私は現金なものだ。
「テオも教えてくれるなら」
「もちろん」
彼が即答するので、私は心を決めた。
「最初に会った日に、テオの髪の毛が太陽の光を反射してキラキラしていて本当に綺麗でーーー多分それから」
テオがそんなことあり得ない、とでも言うようにぽかんとして私を見た。こんなに呆然としているテオを見るのはーー辺境の森近くの屋敷で私が畑仕事をしているのを見た時以来だ。
(これからはこうやってテオのいろんな表情を見ることができるんだわ)
「嘘だよな?お前もそうだったのか?」
「嘘じゃないよ」
お前も、ということはテオもそうだったのだろうか。私たちはーー初恋同士だったのだ。
私は思わずテオの腕に自分の額をぐりぐりと押し当てた。
「テオ、夢みたい。私の人生にこんな幸せなことがあるなんて」
「ユーリャ……」
彼の嬉しそうな声がこれから私たちはもっと幸せになるのだ、ということを象徴しているかのようだった。
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