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3 Let me think about it
「ひとりじゃない」
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翌日、テオが屋敷にやってきた。
既にテオは友人である兄から私の隠遁生活が終わりを告げることを聞いていたらしく、あまりに覇気のない私を見て驚いていた。
「やっと元の生活に戻れるのに、どうしてそんな元気がないんだ?」
「テオ…」
そうなのだ。やっとやっと念願の家に戻れるのに私はちっとも嬉しくなかった。
まず6年前に、家族に切り捨てられた感がありその不信感がどうしても拭えない。
昨日兄もあまりにも喜ばない私に、全てを察したのか何も言わず帰宅して行ったが、彼はきっと私の態度に落胆していたことだろう。でも私には彼の気持ちを斟酌するような余裕はなかった。
元の生活に戻るということは、社交界に戻るということだ。両親はおそらく『神経衰弱』で6年も療養していたということになっている私に関しては婚約者を見つけることはもう諦めているだろうから、気の合わない婚姻をさせられる心配はないと信じているが…。例えば男やもめの公爵に嫁がされそうになったら全力で『神経衰弱』のふりをしなくてはならない。
それに社交界に復帰するということは、アウグストやラウラにどこかですれ違うかもしれないということだ。ここでの隠遁生活は鬱々とする瞬間もあったが、私の傷を優しく癒してくれるだけの時間を与えてくれたのも事実だった。この心地よい生活を捨てるのが今や私にとっては恐怖に感じる。
「ユーリャ」
テオは私を子供の頃の愛称で呼んだ。私がアウグストのために花嫁修行をするようになってから彼が封印した呼び名だった。
その愛称で私を呼んでくれるのは、私の家族の他にはテオしかいなかった。
「…向こうに戻るのが、怖くて」
「どうして?」
優しく問いかけられると、涙がこぼれそうになる。なんでもない、と首を振った。テオはじっと私を見ていたが、もう一度、ユーリャ、と呼びかける。
「…気持ちはよく分かる。ーーでもお前は戻らなくちゃいけないよ、ラムスドルフ家に」
「…どうして?」
今度は私が問い返した。
「お前は決着をつけなくてはいけないだろう、前に進むために」
昨日兄に同じことを言われたら心の中で反抗していただろうが、ずっと私を見守ってくれていたテオに言われたらストンと胸にその言葉が落ちてきた。そうだ、アウグストやラウラから逃げている場合ではない。
「大丈夫だ、お前は十分に強い。俺はよく知っている、だから戻れ、ラムスドルフ家に」
テオの瞳を見た。彼は決して嘘はつかない。
「ーーーー分かった、そうする」
私は頷いた。ラムスドルフ家に戻ったら、テオとは今まで通りにはいられないことはお互いに分かっている。
昨日の兄の言葉から、テオがかなり注意深く、オイレンブルグ家の監視の目をかい潜って会いに来てくれていたことを察した。これ以上テオに迷惑をかけるわけにはいかない。今後は私たちは貴族としてのしきたりに則って、また適切な距離をとり、お茶会や夜会で週に1回会えるかどうかという関係に戻る。
「テオ、ありがとう」
テオはどこか悲しそうに見えたが、私を励ますように微笑んでいた。
「落ち着くまで『ミセス・ロビンのお悩み教室』はお休みだな、編集長に言っておく」
「うん」
私はテオに自分の気持ちを率直に話そうかどうしようか、最後まで迷っていた。
テオにこれからも側にいてほしい、ということを。
でも結局口を噤んだーーテオにもう甘えてはいけないのだ。
そもそも私は汚名にまみれた公爵令嬢。
彼には十分助けてもらった、これからは私が自分のために挑む闘いだ。
暇を告げたテオを見送りに行くと、彼は私を見下ろして、はっきりとこう言った。
「忘れるなよ、向こうに戻っても、お前は一人じゃないからな」
既にテオは友人である兄から私の隠遁生活が終わりを告げることを聞いていたらしく、あまりに覇気のない私を見て驚いていた。
「やっと元の生活に戻れるのに、どうしてそんな元気がないんだ?」
「テオ…」
そうなのだ。やっとやっと念願の家に戻れるのに私はちっとも嬉しくなかった。
まず6年前に、家族に切り捨てられた感がありその不信感がどうしても拭えない。
昨日兄もあまりにも喜ばない私に、全てを察したのか何も言わず帰宅して行ったが、彼はきっと私の態度に落胆していたことだろう。でも私には彼の気持ちを斟酌するような余裕はなかった。
元の生活に戻るということは、社交界に戻るということだ。両親はおそらく『神経衰弱』で6年も療養していたということになっている私に関しては婚約者を見つけることはもう諦めているだろうから、気の合わない婚姻をさせられる心配はないと信じているが…。例えば男やもめの公爵に嫁がされそうになったら全力で『神経衰弱』のふりをしなくてはならない。
それに社交界に復帰するということは、アウグストやラウラにどこかですれ違うかもしれないということだ。ここでの隠遁生活は鬱々とする瞬間もあったが、私の傷を優しく癒してくれるだけの時間を与えてくれたのも事実だった。この心地よい生活を捨てるのが今や私にとっては恐怖に感じる。
「ユーリャ」
テオは私を子供の頃の愛称で呼んだ。私がアウグストのために花嫁修行をするようになってから彼が封印した呼び名だった。
その愛称で私を呼んでくれるのは、私の家族の他にはテオしかいなかった。
「…向こうに戻るのが、怖くて」
「どうして?」
優しく問いかけられると、涙がこぼれそうになる。なんでもない、と首を振った。テオはじっと私を見ていたが、もう一度、ユーリャ、と呼びかける。
「…気持ちはよく分かる。ーーでもお前は戻らなくちゃいけないよ、ラムスドルフ家に」
「…どうして?」
今度は私が問い返した。
「お前は決着をつけなくてはいけないだろう、前に進むために」
昨日兄に同じことを言われたら心の中で反抗していただろうが、ずっと私を見守ってくれていたテオに言われたらストンと胸にその言葉が落ちてきた。そうだ、アウグストやラウラから逃げている場合ではない。
「大丈夫だ、お前は十分に強い。俺はよく知っている、だから戻れ、ラムスドルフ家に」
テオの瞳を見た。彼は決して嘘はつかない。
「ーーーー分かった、そうする」
私は頷いた。ラムスドルフ家に戻ったら、テオとは今まで通りにはいられないことはお互いに分かっている。
昨日の兄の言葉から、テオがかなり注意深く、オイレンブルグ家の監視の目をかい潜って会いに来てくれていたことを察した。これ以上テオに迷惑をかけるわけにはいかない。今後は私たちは貴族としてのしきたりに則って、また適切な距離をとり、お茶会や夜会で週に1回会えるかどうかという関係に戻る。
「テオ、ありがとう」
テオはどこか悲しそうに見えたが、私を励ますように微笑んでいた。
「落ち着くまで『ミセス・ロビンのお悩み教室』はお休みだな、編集長に言っておく」
「うん」
私はテオに自分の気持ちを率直に話そうかどうしようか、最後まで迷っていた。
テオにこれからも側にいてほしい、ということを。
でも結局口を噤んだーーテオにもう甘えてはいけないのだ。
そもそも私は汚名にまみれた公爵令嬢。
彼には十分助けてもらった、これからは私が自分のために挑む闘いだ。
暇を告げたテオを見送りに行くと、彼は私を見下ろして、はっきりとこう言った。
「忘れるなよ、向こうに戻っても、お前は一人じゃないからな」
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