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3 Let me think about it
「お前何やってんだ」
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その記事は私がいずれ来るだろうと思っていた、アウグストが遂に婚約を決めたーーーという内容とは程遠かった。
(オイレンブルグ公爵家の……騒動?)
所詮大衆紙なので、真実味はどこまであるかはわからないものの、要はオイレンブルグ公爵家内がここ数年揉めていて、その一番の理由は嫡男であるアウグストの婚約者がなかなか決まらないことにあると書かれている。
(ラウラさんは…?)
写真にも記事にも、ラウラ・ミュラーの存在はどこにもなかった。
一体どういうことなのだろう?
私は、久しぶりにあの小説のストーリーを思い返してみた。
悪役令嬢は婚約者の立場から引きずり下ろされた後、ヒーローの家族をまず唆し2人の仲を反対する。それを振りきって、ヒロインとヒーローは即座に駆け落ち結婚するという展開だったのである。あの小説自体は、2人が結婚に至るまでのプロセスを楽しむものではなく、むしろ今まで育った環境が違う2人が結婚した後に、愛だけを支えにどうやって夫婦らしくなっていくか、ということに焦点がおかれたストーリーであった。
その中でヒーローに固執した悪役令嬢は妨害を続け、善悪の判断が曖昧になっていき、ヒロインに対しての犯罪すれすれの行為により自分の家族にも社交界からもそっぽを向かれ、最終的に娼婦になるしかないというとんでもない堕ち方をしても読者が納得するようなキャラクターになっていく。
(もし前世の記憶に目覚めなかったら私、本当にああなっていたのかな…)
婚約破棄を公衆の面前でアウグストに一方的に突き付けられた時、もし記憶がなく咄嗟に行動していたら、私は間違いなく小説の中の通り、おそらく『寸部違わず』彼にすがっていたと信じている。ただその後の行動にまで自分が至ったかどうかは自信がない。ただあの瞬間に目覚めたのは不幸中の幸いだったと思っている。まあその話は置いておいて、アウグストとラウラは私が違う行動をしたことにより、勿論駆け落ち結婚には至らなかった。
何しろ私は2人のことに関しては、アウグストに直接祝福を願う言葉をかけたし、ラムスドルフ家も体面さえ守ってくれれば何も言わないという契約を結んだので妨害など一切していない。社交界に対しての体裁を保つために、婚約は1年だけ待ってくれ、とは言ったが、それは形式だけのことだったし、アウグストもラウラもよく分かっているはずである。
久しぶりの元婚約者の姿絵を見ても、私はもう胸が痛まなくなっていることに気づいた。それより、自分が巻き込まれた出来事は一体なんだったのか、をもう一度考えてみたくなった。朝食を食べる気はすっかり失せてしまい、私はしばらく一人で部屋の中で思いを巡らせていたのであった。
________________________________
今日はテオが来る予定がなかったので、私はシンプルなデイドレス姿になると屋敷の裏に作った秘密の家庭菜園に足を運んだ。この屋敷に来て、最初は泣いてばかりだった私が、憑かれたように書き物をして、やっと顔をあげる元気が出てきた頃に始めたのである。
6年前に前世の記憶に目覚めてからというもの、それまで20年間生きてきた中で育まれた侯爵令嬢としての常識と、前世を過ごした現代日本での自分の常識とのせめぎ合いが起こるようになっているのだが、良かれ悪しかれ社会的に誰に構うことがあるものかという状況になっているので、法に触れないやりたいことはやろう、ということにした。大衆紙を読むこともそうだし、家庭菜園を始めることもそうだ。一日中屋敷の中に一人でいたらそれこそ本当に頭がおかしくなる。
ラムスドルフ家所有の屋敷なので、庭園の維持に週に2回ラムスドルフ家が派遣した庭師がやってくる。壮年のおじさんなのだがこの人がとても職人肌で最初は口を聞いてもらうのも苦労した。でも私は急がなかった。繰り返すが、何しろ時間ならたっぷりあるのである。最初は挨拶すらまともに返ってこなかったが、数年経った今は、季節の野菜や花は勿論、一緒に植えると相乗効果がある植物について、適した肥料などの細々したアドバイスも貰えるようになった。
「お嬢様」
「ピーターさん、今日もよろしくお願い致します」
ピーターはその言葉に無表情に頷く。彼はある程度広さのある庭園の世話があるので1箇所にじっとしていないが私が菜園へ出ていくと必ず挨拶をしにきてくれるのである。ピーターをはじめ、他のメイドにも言えることだが、彼らとのやり取りがなかったら私の心はもっと前に死んでいたかもしれない。
(さあて今日も始めますか)
初夏の今は、瓜がよく育つ。日本で言うところのキュウリやトウガ、ズッキーニなどを育てている。じゃがいもやにんじんなど育てやすいものは庭園を始めたごく初期から、他は、トマト、パプリカ、とうもろこしはここ2年ほど、ピーターのアドバイスをもらいながら手を広げている。私が畑に座り込んで作物のチェックをしていると、がさっと土を踏み締める音がして顔をあげた。
「お前、何やってるんだ…?」
そこには呆然としたテオが立っていた。
(オイレンブルグ公爵家の……騒動?)
所詮大衆紙なので、真実味はどこまであるかはわからないものの、要はオイレンブルグ公爵家内がここ数年揉めていて、その一番の理由は嫡男であるアウグストの婚約者がなかなか決まらないことにあると書かれている。
(ラウラさんは…?)
写真にも記事にも、ラウラ・ミュラーの存在はどこにもなかった。
一体どういうことなのだろう?
私は、久しぶりにあの小説のストーリーを思い返してみた。
悪役令嬢は婚約者の立場から引きずり下ろされた後、ヒーローの家族をまず唆し2人の仲を反対する。それを振りきって、ヒロインとヒーローは即座に駆け落ち結婚するという展開だったのである。あの小説自体は、2人が結婚に至るまでのプロセスを楽しむものではなく、むしろ今まで育った環境が違う2人が結婚した後に、愛だけを支えにどうやって夫婦らしくなっていくか、ということに焦点がおかれたストーリーであった。
その中でヒーローに固執した悪役令嬢は妨害を続け、善悪の判断が曖昧になっていき、ヒロインに対しての犯罪すれすれの行為により自分の家族にも社交界からもそっぽを向かれ、最終的に娼婦になるしかないというとんでもない堕ち方をしても読者が納得するようなキャラクターになっていく。
(もし前世の記憶に目覚めなかったら私、本当にああなっていたのかな…)
婚約破棄を公衆の面前でアウグストに一方的に突き付けられた時、もし記憶がなく咄嗟に行動していたら、私は間違いなく小説の中の通り、おそらく『寸部違わず』彼にすがっていたと信じている。ただその後の行動にまで自分が至ったかどうかは自信がない。ただあの瞬間に目覚めたのは不幸中の幸いだったと思っている。まあその話は置いておいて、アウグストとラウラは私が違う行動をしたことにより、勿論駆け落ち結婚には至らなかった。
何しろ私は2人のことに関しては、アウグストに直接祝福を願う言葉をかけたし、ラムスドルフ家も体面さえ守ってくれれば何も言わないという契約を結んだので妨害など一切していない。社交界に対しての体裁を保つために、婚約は1年だけ待ってくれ、とは言ったが、それは形式だけのことだったし、アウグストもラウラもよく分かっているはずである。
久しぶりの元婚約者の姿絵を見ても、私はもう胸が痛まなくなっていることに気づいた。それより、自分が巻き込まれた出来事は一体なんだったのか、をもう一度考えてみたくなった。朝食を食べる気はすっかり失せてしまい、私はしばらく一人で部屋の中で思いを巡らせていたのであった。
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今日はテオが来る予定がなかったので、私はシンプルなデイドレス姿になると屋敷の裏に作った秘密の家庭菜園に足を運んだ。この屋敷に来て、最初は泣いてばかりだった私が、憑かれたように書き物をして、やっと顔をあげる元気が出てきた頃に始めたのである。
6年前に前世の記憶に目覚めてからというもの、それまで20年間生きてきた中で育まれた侯爵令嬢としての常識と、前世を過ごした現代日本での自分の常識とのせめぎ合いが起こるようになっているのだが、良かれ悪しかれ社会的に誰に構うことがあるものかという状況になっているので、法に触れないやりたいことはやろう、ということにした。大衆紙を読むこともそうだし、家庭菜園を始めることもそうだ。一日中屋敷の中に一人でいたらそれこそ本当に頭がおかしくなる。
ラムスドルフ家所有の屋敷なので、庭園の維持に週に2回ラムスドルフ家が派遣した庭師がやってくる。壮年のおじさんなのだがこの人がとても職人肌で最初は口を聞いてもらうのも苦労した。でも私は急がなかった。繰り返すが、何しろ時間ならたっぷりあるのである。最初は挨拶すらまともに返ってこなかったが、数年経った今は、季節の野菜や花は勿論、一緒に植えると相乗効果がある植物について、適した肥料などの細々したアドバイスも貰えるようになった。
「お嬢様」
「ピーターさん、今日もよろしくお願い致します」
ピーターはその言葉に無表情に頷く。彼はある程度広さのある庭園の世話があるので1箇所にじっとしていないが私が菜園へ出ていくと必ず挨拶をしにきてくれるのである。ピーターをはじめ、他のメイドにも言えることだが、彼らとのやり取りがなかったら私の心はもっと前に死んでいたかもしれない。
(さあて今日も始めますか)
初夏の今は、瓜がよく育つ。日本で言うところのキュウリやトウガ、ズッキーニなどを育てている。じゃがいもやにんじんなど育てやすいものは庭園を始めたごく初期から、他は、トマト、パプリカ、とうもろこしはここ2年ほど、ピーターのアドバイスをもらいながら手を広げている。私が畑に座り込んで作物のチェックをしていると、がさっと土を踏み締める音がして顔をあげた。
「お前、何やってるんだ…?」
そこには呆然としたテオが立っていた。
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