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2 Into the wild
「別にそんな経験ないけど」
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半年後、私は貴族社交界に復帰していたーーー『ミセス・ロビンのお悩み教室』のミセス・ロビンとして。
最初テオに頼んだのは、テオの知り合いである大衆に向けたタブロイド紙の編集長に、私が書いた小説を持っていってほしいということだった。私が書いたというかーー前世で大好きだった「転生した貴族令嬢が悪役令嬢として目覚める話」をこの世界でも受け入れられるように、少しマイルドにアレンジしたものを持っていってもらったのだ。アレンジ、というかインスパイアと言っておこう。さすがに自分が辺境に追いやられるのと同じストーリーをインスパイアする勇気はなかったので、同じ作者の違う作品にした。
これが思いの他、受けに受けた。
テオに間に入ってもらってー私は社会的に抹殺されているのでー編集長と相談した結果、毎日の連載にしてもらい、名前は「Mrs.Robin」ーこまどりおばさんーというペンネームを自分でつけた。テオが編集長から預かった読者からの手紙を定期的に運んできてくれるのだが、大衆紙に連載されているにも関わらず、とにかく未婚の貴族令嬢や貴族青年たちからの支持が厚く、この6年、人と触れ合うことがほぼなかった私は彼らからの手紙を読むことが生きがいになった。
ミセス・ロビンは、巷では子育てを終えた人生経験豊富な未亡人ではないかという噂が流れているらしく、そもそも男かもしれないという論争もあるそうだ。貴族女性の社会進出がそこまで推奨されていないこの時代のこと、良家の貴族令嬢もしくは貴族女性が小説など書くものか、しかしそれにしては貴族社会について詳しく書かれているので、ある程度無関係ではあるまい、もしかしたら家庭教師?もしかしたらメイド?など推測に推測を呼び、それがまた人気につながっていく、ということのようだ。
編集長が巷のミセス・ロビンの人気を逆手にとって、週に1回貴族令嬢や貴族青年たちなどに向けて、お互い匿名でお悩み相談を連載したらどうか、という提案をしてきて、楽しそうだと思ったのではりきってその仕事を受けた。これがまた匿名で相談できるとあって大好評のようだ。
テオが編集長からまとめて預かってくる悩み相談の手紙を読んで、私が返事を書くという至ってシンプルな行程なのだがこれがとてつもなく楽しい。この6年、ただただ縮こまって生きていたのが嘘のように、私は日に日に元気になっていった。
___________________________________
「今週も『ミセス・ロビン』は貴族たちの間で話題だったな」
テオが編集部から預かったファンレターをどさどさっとテーブルに置いた。
「それからこれが『悩み相談』の手紙」
「ありがとう」
今週久々にシュナイダー家で夜会が開かれ、老若男女みんな一度はミセス・ロビンの話を口にしていたようだ。娯楽があまりない貴族社会のこと、仕事の話を表立ってするのは憚れる場面で口にするのは噂話くらいしかないものだ。
「今んとこ『経験豊富』な未亡人説が一番有力かな」
「…『経験豊富』ねぇ」
自慢ではないが、人生経験も恋愛経験も豊富ではない。
現世では良家の子女としての枠からはみ出した生活は一切していなかった上20歳から幽閉生活を送っているし、前世は35歳で病気で死ぬまで喪女であった。
「先週の貴族子息からのお悩み相談、凄かったな」
お悩み相談は、30歳まで女性関係がないと不能になると聞いたのですが本当ですか?というものだった。まあまあ赤裸々な質問である。普通の貴族令嬢であれば顔を真っ赤にして扇子で顔を隠す案件だが、前世の記憶が蘇っている私にはたいしたことはない。
相談してきた貴族子息の名前には見覚えがあった。私の一つ上の男性で、性格は穏やかなのだがちょっとだけ頭が弱い。きっと若い頃、ふざけた友達にからかわれた彼は27歳になる今まで誰にも相談できなかったに違いない。彼の心配そうな顔が脳裏に浮かんで、励ましたくなった。
『大丈夫です、不能にはなりません。30歳まで女性関係がない、いいではありませんか。心配せずとも貴方にぴったりの女性がいつか現れます。そしてその時、貴方はその女性の魔法使いになれるかもしれませんよ』
彼はそれなりの子爵家の次男なので、そのうち家柄が釣り合う淑女との婚約を親が持ってくるはず。そうなったら、是非未来の妻に優しくしてやってほしい。
「あいつ、めちゃくちゃ喜んでたぞ、せっかく新聞で匿名にしてもらってるのに、あれじゃ丸わかり」
「そっかぁ、喜んでたかぁ」
テオは、それを聞いて嬉しさのあまり微笑んでいる私の顔をじっと見た。
「なあ、俺の相談も聞いてくれない?」
「相談?いいよ、なに」
「来年30歳になるんだけど女性経験がないから、俺も不能にはならない?」
最初テオに頼んだのは、テオの知り合いである大衆に向けたタブロイド紙の編集長に、私が書いた小説を持っていってほしいということだった。私が書いたというかーー前世で大好きだった「転生した貴族令嬢が悪役令嬢として目覚める話」をこの世界でも受け入れられるように、少しマイルドにアレンジしたものを持っていってもらったのだ。アレンジ、というかインスパイアと言っておこう。さすがに自分が辺境に追いやられるのと同じストーリーをインスパイアする勇気はなかったので、同じ作者の違う作品にした。
これが思いの他、受けに受けた。
テオに間に入ってもらってー私は社会的に抹殺されているのでー編集長と相談した結果、毎日の連載にしてもらい、名前は「Mrs.Robin」ーこまどりおばさんーというペンネームを自分でつけた。テオが編集長から預かった読者からの手紙を定期的に運んできてくれるのだが、大衆紙に連載されているにも関わらず、とにかく未婚の貴族令嬢や貴族青年たちからの支持が厚く、この6年、人と触れ合うことがほぼなかった私は彼らからの手紙を読むことが生きがいになった。
ミセス・ロビンは、巷では子育てを終えた人生経験豊富な未亡人ではないかという噂が流れているらしく、そもそも男かもしれないという論争もあるそうだ。貴族女性の社会進出がそこまで推奨されていないこの時代のこと、良家の貴族令嬢もしくは貴族女性が小説など書くものか、しかしそれにしては貴族社会について詳しく書かれているので、ある程度無関係ではあるまい、もしかしたら家庭教師?もしかしたらメイド?など推測に推測を呼び、それがまた人気につながっていく、ということのようだ。
編集長が巷のミセス・ロビンの人気を逆手にとって、週に1回貴族令嬢や貴族青年たちなどに向けて、お互い匿名でお悩み相談を連載したらどうか、という提案をしてきて、楽しそうだと思ったのではりきってその仕事を受けた。これがまた匿名で相談できるとあって大好評のようだ。
テオが編集長からまとめて預かってくる悩み相談の手紙を読んで、私が返事を書くという至ってシンプルな行程なのだがこれがとてつもなく楽しい。この6年、ただただ縮こまって生きていたのが嘘のように、私は日に日に元気になっていった。
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「今週も『ミセス・ロビン』は貴族たちの間で話題だったな」
テオが編集部から預かったファンレターをどさどさっとテーブルに置いた。
「それからこれが『悩み相談』の手紙」
「ありがとう」
今週久々にシュナイダー家で夜会が開かれ、老若男女みんな一度はミセス・ロビンの話を口にしていたようだ。娯楽があまりない貴族社会のこと、仕事の話を表立ってするのは憚れる場面で口にするのは噂話くらいしかないものだ。
「今んとこ『経験豊富』な未亡人説が一番有力かな」
「…『経験豊富』ねぇ」
自慢ではないが、人生経験も恋愛経験も豊富ではない。
現世では良家の子女としての枠からはみ出した生活は一切していなかった上20歳から幽閉生活を送っているし、前世は35歳で病気で死ぬまで喪女であった。
「先週の貴族子息からのお悩み相談、凄かったな」
お悩み相談は、30歳まで女性関係がないと不能になると聞いたのですが本当ですか?というものだった。まあまあ赤裸々な質問である。普通の貴族令嬢であれば顔を真っ赤にして扇子で顔を隠す案件だが、前世の記憶が蘇っている私にはたいしたことはない。
相談してきた貴族子息の名前には見覚えがあった。私の一つ上の男性で、性格は穏やかなのだがちょっとだけ頭が弱い。きっと若い頃、ふざけた友達にからかわれた彼は27歳になる今まで誰にも相談できなかったに違いない。彼の心配そうな顔が脳裏に浮かんで、励ましたくなった。
『大丈夫です、不能にはなりません。30歳まで女性関係がない、いいではありませんか。心配せずとも貴方にぴったりの女性がいつか現れます。そしてその時、貴方はその女性の魔法使いになれるかもしれませんよ』
彼はそれなりの子爵家の次男なので、そのうち家柄が釣り合う淑女との婚約を親が持ってくるはず。そうなったら、是非未来の妻に優しくしてやってほしい。
「あいつ、めちゃくちゃ喜んでたぞ、せっかく新聞で匿名にしてもらってるのに、あれじゃ丸わかり」
「そっかぁ、喜んでたかぁ」
テオは、それを聞いて嬉しさのあまり微笑んでいる私の顔をじっと見た。
「なあ、俺の相談も聞いてくれない?」
「相談?いいよ、なに」
「来年30歳になるんだけど女性経験がないから、俺も不能にはならない?」
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