転生したら、最推しキャラの弟に執着された件。 〜猫憑き!?氷の騎士が離してくれません〜

椎名さえら

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20.ライトノベルの世界に転生したのだから、ヒロインは必要ですよね

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(――あ)

 ひゅっと息を飲んだ。

 アンジェリカ。
 『あくでき』のヒロインの名前だ。

 他にもアンジェリカはいるだろうが、セルゲイが話題にするとなると“本当のヒロイン”の彼女としか思えない。

(どうしてアンジェリカの名前がここで? トラヴィスとどんな関係なの?)

 この前の口ぶりだと――本当に好きな女性には他の男性が好きだ――セルゲイは既にアンジェリカに振られている時間軸のような気がする。
 だが、それからも彼はアンジェリカの良き相談相手のはずだから、親しい関係ではあると思う。だから、アンジェリカとセルゲイの弟であるトラヴィスが顔見知りである可能性は非常に高い。

 だがアンジェリカが、トラヴィスに会いたいと何度も申し入れている?

「俺は会いたくない」

 今度のトラヴィスの声は切り裂くような冷たさを秘めていた。

「どうしてだ、だってお前は――」

 トラヴィスが、黙ってくれ、と硬い声で被せた。

(アンジェリカのこと、トラヴィスも好きだったのかな) 

 『あくでき』は、ヒーローはスタングリード一択として描かれている。だが、いわゆる精神的逆ハーレムというべきか、ヒロインであるアンジェリカに登場する男性キャラクターのほとんどが好意を抱いているのである。

 ヒロインばかりが何故かモテる――これは描き方によっては読者の反感を買いそうなものだが、作者の卓越した文章力と説得力のある構成のおかげで、むしろ作品の人気を後押しするポイントになっていた。

 だからトラヴィスがアンジェリカに好意を寄せていても何ら不思議ではない。そもそも彼の兄であるセルゲイほどの男性がアンジェリカに振られてからも、貴族社会の裏で暗躍するくらい、彼女の虜なのだ。

 室内での兄弟の会話は続いている。

「アンジェリカの誘いを断っているのはお前くらいのものだろう」

「黙ってくれと言っている」

「どうしてそんなに頑ななんだ。アンジェリカがあんなに真剣に頼んでいるというのに」

 目の前が真っ暗になるような感覚に陥った。

(もしかしたら五巻以降でトラヴィスが登場して……アンジェリカのことを好きになるのかも……。それにこの感じだと、アンジェリカの方がトラヴィスに会いたがっている? アンジェリカはスタングリードが好きなのではないの?)

 そこまで考えると、ズキン、と胸の奥が軋むように痛んだ。

 同時に、脳裏に知り合ってからのトラヴィスの姿が次々と浮かんでは消えていく。氷の騎士だと呼ばれていたトラヴィス。伊達男であるセルゲイは女性関係も派手だったが、トラヴィスは真逆である。そういえば、スタングリードも一途で、トラヴィスと似たタイプの男性だ。

 ――スタングリードのような男性がアンジェリカの好みなのだ。

(もしアンジェリカが、トラヴィスを望んでいるという物語になっていたら……)

 例えばアンジェリカはスタングリードは夫として、トラヴィスを護衛騎士として側におきたいと願っていたら?

(分からない、分からないけど……でもありえない話ではない)

 怪我をした氷の騎士と巡り合い、色恋ではなくても彼と気持ちを通じ合わせ――もしかしたらトラヴィスはいずれ彼女に恋心を抱くかもしれないが――護衛騎士として側に置く。ストーリーラインとしてはありがちかもしれないが、展開としては魅力的だ。

 この世界では、アンジェリカこそが正義だ。
 彼女が望むように話は展開していく。

 かたや私はモブ令嬢以下。
 名前すら、物語では与えられていないはずだ。

 軋むような胸の痛みは更にひどくなった。

 そこで私は廊下で主人たちの会話を立ち聞きしているという状況に気づいて、さっと青ざめた。

 バーカートにのっている昼食を改めて確認し忘れ物がある、ということに気づいたふりをして、バーカートはそのままに単身厨房に引き返した。

 その間中、ずっと胸が痛み、――私は痛みの原因に関して知らないふりをすることに必死だった。厨房に入れば、アンソニーを始めみんなが忙しくしていたので、少し気が紛れた。動揺が収まるまでは部屋に戻ってはいけないと思った。

 しばらくして戻れば、兄弟の会話は終わっているように思えた。深呼吸をしてから扉をノックして、室内に入った。トラヴィスとセルゲイが無表情で向かい合って座っていたので、驚いたふりをした。

「ああ、ユーリか」

「セルゲイ様」

 私がカーテシーをすると、セルゲイは小さく二つ頷いた。

「時間がちょっとずれてしまったようで、フォスター先生にはお目にかかれなかった。……そうか、もう昼食の時間だね。邪魔しないように私は出ていこう」

 セルゲイはさっと優雅な微笑みを浮かべた。普段であれば最推しであるセルゲイに会えれば、私の心は萌えるのに今日はちっとも嬉しくなかった。

 私が黙って壁際に寄ると、セルゲイがトラヴィスに挨拶をした。

「じゃあ私は行くけど、さっきの件、考えてみてくれ」

「……分かった」

 唸るようなトラヴィスの返事が、全てだった。セルゲイはすたすたとまるでモデルのように美しく歩いて部屋を出ていった。

(平常心、平常心……!)

「今日は診察、お疲れさまでした。昼食、並べますね」

 元気よくトラヴィスに話しかけ、ローテーブルに食事を並べていく。

「フォスター先生の見立てだとリハビリを頑張ればかなり治るということだったので安心しました。後でまたきちんと診断書を見直しておきますが、リハビリも今のままで進めていいとのことだったので――」

「おい」

 トラヴィスが私の言葉を遮った。

「はい」

 私は手を止めて、彼を見下ろした。トラヴィスはじっと私の顔を見つめていた。やがて彼が訝しげに尋ねてきた。

「お前、どうした? 何かあったのか」

(――!!)

 気づかれた。どうして?

 私は慌てて笑みを浮かべた。

「なんでもないです。ただ、もしかしたら、フォスター先生と奥様に久しぶりに会えて、嬉しかったからかもしれません」

 それは嘘ではなかった。私がそう答えると、トラヴィスはふうんと一言呟き、眉間に皺を寄せた。
 
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