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14.お前を信じる

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 時間が経つにつれて、段々トラヴィスの顔色が陰ってきたように思えた。視線も少しうろつくのが気になった。話し込んでいるうちにいつの間にかもうすぐ昼食の時間だ。
 
 だがその前に。

「ココアでも淹れてきましょうか」

「いいのか?」

 答える彼の声は喜んでいるようだが、覇気がない。

「もちろん。こちらにお持ちしましょうか、それともお部屋に戻られますか?」

 トラヴィスはしばらく躊躇っていたが、頷いた。

「そうだな。お前には分かってしまうだろうから隠さなくていいか。少し具合が悪くなってきたように思うから、部屋に戻りたい」

「承知しました、ご一緒します」

「ああ」

 私は再びトラヴィスが杖をついてゆっくり歩くのを隣で見守った。彼の部屋はもともとは二階にあったものの、今は階段の上り下りが自由にならない。だから一階の奥にある空き室を使っているのだという。

 トラヴィスの部屋は意外なほどに質素だった。高級そうなベッドがでんと部屋の中央に鎮座していて、それ以外は、ソファとローテーブル、書物机と椅子しかなかった。浴室や洗面所もついてはいるが、これでは正直私にあてがわれている部屋と大差ない。

 当主代理の弟が使っている部屋だと思えば、あまりにも地味だった。
 本棚に難解そうな本はたくさんつまっていたから、彼は本好きなのだと判明した。そしてそんな難しい本に混じってやたらに猫の本が何冊も置かれていた。

(猫の図鑑に、猫の生態? ……猫がお好きなのかしら)

 なんだか氷の騎士と猫はイメージが合わないな、とちらっと思ったが、それきり忘れてしまった。

 そして彼の個性を感じると言えばそれくらいだった。なんだか彼の二階の部屋も同じ感じではないだろうか、という気がした。

(これが、氷の騎士と呼ばれたトラヴィスの素の顔なのかな)

 トラヴィスがソファに座るのを見届け、私は厨房に引き返した。ココアを淹れ、ダークチョコレートを一欠片つけた。部屋に戻ると、トラヴィスはソファで腕組みをしたまま、うたた寝をしていた。

 今朝は朝早くから動いていたから、疲れたのかもしれない。昼寝はできるだけ避けたほうがいいとアドバイスしたが、体調も優れなかったようだから今日はこのまま寝かせる方がよさそうだ。

 私はココアをローテーブルに置くと、ベッドの上にあったブランケットを手に取り、彼の膝にそっとかけた。

(彼が起きた時にすぐに昼食を食べられるように、作ってこよう)

 そう思って、厨房に引き返したのだった。

 ☆

 昼ご飯は、アイヴィー・エンドに来て初めて米を炊いた。

  というのは直接話してみた感触から、トラヴィスは和食を受け入れる気がしたからである。ちなみに、それまで米を炊く習慣がなかった人たちにも、塩むすびというのは受け入れられやすい味らしい。フォスター先生やメグも、炊いたご飯はいっぺんで好きになった。

 今日のトラヴィスは体力切れを起こしていたから、エネルギー補給にもなる。鍋で白米を炊くと、小さめの塩むすびにした。残ったご飯も塩むすびにしておけば、後で私自身も食べられる。

 それから卵焼きを作り、ほうれん草をゆがく。ほうれん草は熱するとあまり身体によくない毒素を出すことがあるので、水洗いが欠かせない。ごま油とにんにく、胡麻に少々の塩を混ぜてナムル風の味付けにする。
 ソーセージが好きなトラヴィスのために、ソーセージも添えた。
 いつものように野菜がたっぷりはいったスープも作った。

 米を炊くのを初めて見たというアンソニーやセインが興味津々で質問をしてくるので、都度都度答えていたから、少し時間がかかった。

  準備が終わり、バーカートに昼食を乗せて彼の部屋に向かった。
  トラヴィスがまだ寝ている可能性を考え静かに扉を開けると、彼はちょうど目を覚ましたところだった。

(うん、顔色、随分良くなってるわ)

「あれ……、いつの間にか寝てたんだな」

 トラヴィスは瞬いた左目をこすっている。

「ええ。朝早かったからお疲れだったんでしょう」

「お前がこれをかけてくれたのか」

 ブランケットを横に置いたトラヴィスが私を見た。

「万が一風邪を引かれたらと思いまして」

「ありがとう」

 こうやってきちんとお礼を言われると、私も嬉しい。思わず、口元に笑みが浮かんだ。やはり彼は育ちが良いのだろう。

「とんでもない……、私の仕事です」

 トラヴィスが、左眉をあげた。

「職務に忠実、だもんな」

「そうです。昼食、いかがですか?」

 彼は小さく頷いた。寝起きだからか、それとも少しでも眠って気分が良くなったのか、とても穏やかな表情だ。

「ああ、頂こうかな」

 私は手つかずのココアを片付けようと手をのばした。

「それは後で飲むから置いておいてくれ」

「でも、冷えてますよ? せめて新しいのにしてまいりましょうか」

 トラヴィスはぐぐっと両手を上に伸ばして身体をほぐしている。

「かまわん」

 本人がそう言うなら、と思ってココアはそのままに、運んできた昼食をローテーブルに並べた。

「ああ、香りが良い。うまそうだな。この白いのはなんだ?」

「白米です。穀物なのですが、こうして食べるのが私は好きなので作ってみました。お口にあうといいのですが」

「お前の飯でまずいと思ったことがないから、信じる」

(“信じる”……?)

 さらりと彼がそう言い、私は驚いて彼を見た。だが、トラヴィスは既に食事をすることに夢中だった。

 トラヴィスは塩むすびだけではなく、ほうれん草のナムルをとりわけ気に入ったようだった。

「うまいもんだな。ほうれん草をこうやって食べるという発想がなかった」

「ほうれん草には、鉄分が含まれていますからね。トラヴィス様には今後も出していきたい食材のひとつです。このお味が好きでしたら、にんじんなど他の野菜も試して頂きたいです」

「ああ、食べやすいし、いいな。頼む」

 昼食後しばらくしたら、頬に赤みは増し、視線もしっかりしてきた。

「少し寝て、お前の飯を食べたからか、身体がなんだか動く気がする」

「それは何よりです」

 トラヴィスが冷めたココアを飲みながら、呟いた。

「足を診てもらおうか」
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