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12−2.表情筋、どうされました?②
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部屋に入り、彼がソファーに座った。その前のローテーブルに食事を並べると、皿を眺めているトラヴィスの顔にみるみるうちに表情が戻っていく。
私は狐につままれたように彼を眺めていた。
「お前も座れよ、立たれてると鬱陶しいことこの上ないからな」
私は迷った。治療師とはいえ、セルゲイに雇われている身である。私の迷いを見越したのか、トラヴィスは少し強い口調で付け加えた。
「いいから。他に誰もいないだろ」
それでようやく決心した。私が頷くと、トラヴィスが少しまた表情を動かした。
「それで、お前は食わないのか?」
「後で頂きます」
「そうか」
私が向かいのソファに座ると、トラヴィスは食事に集中しはじめた。完璧な作法でカトラリーを使い、あっという間に綺麗に全て平らげていった。食後に水を飲みながら、彼が唸った。
「うまい」
「それはよかったです」
トラヴィスは腕組みをした。
「やはりお前は魔女だろう」
「だから違いますって」
私は苦笑した。
「だが、今まで何を食べても味がしなかった。お前が作る食事からは香りもちゃんとするんだ。女だと知って納得した。お前は魔女に違いない」
なんという乱暴な論理だ。しかし私は、彼の発言で気になった点があった。
「今まで香りも、感じませんでした?」
「ああ、感じにくかった」
そう頷く彼には、やはり表情が戻っている。その違いを私は興味深く眺めていた。
「もしよければこのままお話を伺わせていただきたいのですが、とりあえず食後に、ハーブティでも飲まれませんか」
「ハーブティ?」
「はい。レモングラス辺りがいいかなと思っているんですが。もしご興味があればいかがでしょう」
レモングラスのハーブティは、レモンのような香りが強く、癖の強いハーブの中でも、比較的飲みやすいはずだ。カフェインレスだし、消化不良に効く。ただ、もともとアジア料理に使われていることの多い食材で、チートなこの世界観だからこそ手に入るものだが、トラヴィスが知らないのも当然だろう。
効能を説明をするとトラヴィスは頷いたが、ぽつりと呟いた。
「ココアではないのだな」
「ココアがお望みでしたら、午後にでもまたお淹れします」
途端、無表情なトラヴィスの瞳が輝いた。
(ココア、美味しかったのね)
なんだか微笑ましく思いながら、一人で厨房に戻る。厨房では、使用人たちが忙しく立ち働いていたので、邪魔をしないようにレモングラスハーブティを淹れた。もしトラヴィスの好みではなかったら、私が頂けばいい話だ。アイスティーとしても美味しいから、冷えても問題ない。
乾燥したレモングラスを適当な大きさに切って、ティーポットにいれ、お湯を注いで蒸らすと、またたく間にハーブの良い香りが辺りに漂った。
興味津々、といった様子のアンソニーが寄ってきて、
「ということは、ユーリさんはご自宅には戻られない、ということで?」
と尋ねた。
「そうですね……。もしこのままトラヴィス様が私の問診を受けてくださるなら、とりあえず今回は帰らなくて良さそうです」
そう答えると、アンソニーはなんとも不思議な表情をした。
「どうされました?」
「いや、なんでもないです。……いつもは部屋すら出ないというのに、ユーリさんのことは必死で引き止めにこられたんだなぁ、あの方は。しかも体調もユーリさんがいれば……?」
アンソニーはごちゃごちゃと何か言っていたがそのまま自分の持ち場に戻っていった。
(なんだろう?)
引きとめたかったが、料理長の彼は今から凄まじく忙しい。また機会を見つけて、聞くことにする。そうこうしている間にお茶の支度が完了したので、トラヴィスの待つ部屋に戻った。
トラヴィスは大人しくソファに座り、目を瞑って待っていた。目眩でもしているのかと心配したが、目を開けた彼の視線は昨夜のようにはうろついていなかったし、顔色も悪くないから、大丈夫そうだ。
やはり食事は大切だ。
レモングラスのハーブティが入ったカップをソーサーにのせて準備すると、トラヴィスはすぐにカップを手に取り、香りを確認している。
「草みたいな匂いだな」
「くさ……? まぁハーブですからね。でもレモンに近くないです?」
「……レモン……か」
そういいながらも素直に彼は一口含み、小さく唸った。
「お口に合いませんでした? でしたら、無理に飲まないでも――」
「別に嫌いとは言っていない」
そう言いながら彼は全部飲んだ。
(嫌い……ではない? けれどココアほどは好きじゃない?)
わかりやすいようで、わかりにくいトラヴィスの表情を読むのに私は注力していた。
「おかわりは?」
と尋ねると頷いたので、どうやら本当に嫌いではなかったのだろう。
「兄からは新しい治療師を雇った話は聞いていた」
私がローテーブルに置いてあるカップにおかわりを注ぐのを見ながら、ぽつりとトラヴィスが呟いた。
「はい」
「話を聞いたその夜、今までとはまったく違う料理が運ばれてきた。しかもメモがついていた」
「そうですね、すぐに召し上がって頂けて嬉しく思いました。メモに関しては、お目にかかれないとのことだったので、せめてお好みをうかがいたくて」
「職務に忠実、だったか? だが、そんなことは初めてだったな」
トラヴィスの顔は無表情に近かったが、口調は意外に柔らかかった。
「きちんとお返事をくださって、助かりましたよ。それにトラヴィス様とやり取りさせていただけて、とても楽しかったです」
これは本音である。
「そうだな。俺もたのし……」
「?」
トラヴィスが軽く咳払いをした。
「いや、なんでもない。それで、お前はリハビリ専門の治療師で、料理もするとは聞いていたが……お前自身については兄は何も言っていなかった。教えろ」
私は狐につままれたように彼を眺めていた。
「お前も座れよ、立たれてると鬱陶しいことこの上ないからな」
私は迷った。治療師とはいえ、セルゲイに雇われている身である。私の迷いを見越したのか、トラヴィスは少し強い口調で付け加えた。
「いいから。他に誰もいないだろ」
それでようやく決心した。私が頷くと、トラヴィスが少しまた表情を動かした。
「それで、お前は食わないのか?」
「後で頂きます」
「そうか」
私が向かいのソファに座ると、トラヴィスは食事に集中しはじめた。完璧な作法でカトラリーを使い、あっという間に綺麗に全て平らげていった。食後に水を飲みながら、彼が唸った。
「うまい」
「それはよかったです」
トラヴィスは腕組みをした。
「やはりお前は魔女だろう」
「だから違いますって」
私は苦笑した。
「だが、今まで何を食べても味がしなかった。お前が作る食事からは香りもちゃんとするんだ。女だと知って納得した。お前は魔女に違いない」
なんという乱暴な論理だ。しかし私は、彼の発言で気になった点があった。
「今まで香りも、感じませんでした?」
「ああ、感じにくかった」
そう頷く彼には、やはり表情が戻っている。その違いを私は興味深く眺めていた。
「もしよければこのままお話を伺わせていただきたいのですが、とりあえず食後に、ハーブティでも飲まれませんか」
「ハーブティ?」
「はい。レモングラス辺りがいいかなと思っているんですが。もしご興味があればいかがでしょう」
レモングラスのハーブティは、レモンのような香りが強く、癖の強いハーブの中でも、比較的飲みやすいはずだ。カフェインレスだし、消化不良に効く。ただ、もともとアジア料理に使われていることの多い食材で、チートなこの世界観だからこそ手に入るものだが、トラヴィスが知らないのも当然だろう。
効能を説明をするとトラヴィスは頷いたが、ぽつりと呟いた。
「ココアではないのだな」
「ココアがお望みでしたら、午後にでもまたお淹れします」
途端、無表情なトラヴィスの瞳が輝いた。
(ココア、美味しかったのね)
なんだか微笑ましく思いながら、一人で厨房に戻る。厨房では、使用人たちが忙しく立ち働いていたので、邪魔をしないようにレモングラスハーブティを淹れた。もしトラヴィスの好みではなかったら、私が頂けばいい話だ。アイスティーとしても美味しいから、冷えても問題ない。
乾燥したレモングラスを適当な大きさに切って、ティーポットにいれ、お湯を注いで蒸らすと、またたく間にハーブの良い香りが辺りに漂った。
興味津々、といった様子のアンソニーが寄ってきて、
「ということは、ユーリさんはご自宅には戻られない、ということで?」
と尋ねた。
「そうですね……。もしこのままトラヴィス様が私の問診を受けてくださるなら、とりあえず今回は帰らなくて良さそうです」
そう答えると、アンソニーはなんとも不思議な表情をした。
「どうされました?」
「いや、なんでもないです。……いつもは部屋すら出ないというのに、ユーリさんのことは必死で引き止めにこられたんだなぁ、あの方は。しかも体調もユーリさんがいれば……?」
アンソニーはごちゃごちゃと何か言っていたがそのまま自分の持ち場に戻っていった。
(なんだろう?)
引きとめたかったが、料理長の彼は今から凄まじく忙しい。また機会を見つけて、聞くことにする。そうこうしている間にお茶の支度が完了したので、トラヴィスの待つ部屋に戻った。
トラヴィスは大人しくソファに座り、目を瞑って待っていた。目眩でもしているのかと心配したが、目を開けた彼の視線は昨夜のようにはうろついていなかったし、顔色も悪くないから、大丈夫そうだ。
やはり食事は大切だ。
レモングラスのハーブティが入ったカップをソーサーにのせて準備すると、トラヴィスはすぐにカップを手に取り、香りを確認している。
「草みたいな匂いだな」
「くさ……? まぁハーブですからね。でもレモンに近くないです?」
「……レモン……か」
そういいながらも素直に彼は一口含み、小さく唸った。
「お口に合いませんでした? でしたら、無理に飲まないでも――」
「別に嫌いとは言っていない」
そう言いながら彼は全部飲んだ。
(嫌い……ではない? けれどココアほどは好きじゃない?)
わかりやすいようで、わかりにくいトラヴィスの表情を読むのに私は注力していた。
「おかわりは?」
と尋ねると頷いたので、どうやら本当に嫌いではなかったのだろう。
「兄からは新しい治療師を雇った話は聞いていた」
私がローテーブルに置いてあるカップにおかわりを注ぐのを見ながら、ぽつりとトラヴィスが呟いた。
「はい」
「話を聞いたその夜、今までとはまったく違う料理が運ばれてきた。しかもメモがついていた」
「そうですね、すぐに召し上がって頂けて嬉しく思いました。メモに関しては、お目にかかれないとのことだったので、せめてお好みをうかがいたくて」
「職務に忠実、だったか? だが、そんなことは初めてだったな」
トラヴィスの顔は無表情に近かったが、口調は意外に柔らかかった。
「きちんとお返事をくださって、助かりましたよ。それにトラヴィス様とやり取りさせていただけて、とても楽しかったです」
これは本音である。
「そうだな。俺もたのし……」
「?」
トラヴィスが軽く咳払いをした。
「いや、なんでもない。それで、お前はリハビリ専門の治療師で、料理もするとは聞いていたが……お前自身については兄は何も言っていなかった。教えろ」
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