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8−2.交換日記(赤面)②
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夕食後、トラヴィスの部屋から使用人が持ち帰った二つの空になった食器を前に、アンソニーと私は視線を交わした。
「やりましたね!」
ここしばらくトラヴィスが食べきることは珍しかったらしく、アンソニーは驚きつつも喜んでいるようだ。
「よかったです、アンソニーさんのアドバイスのお陰です」
「まさか! 俺はたいしたことはしていないですよ」
アンソニーは慌てたように手を振ってから、笑った。それから彼は戻ってきたトレーの上にのっているメモに目を止めた。
「そういえばトラヴィス様からお返事ありましたか?」
「どうでしょう。ちょっと見てみます」
手にしてみると、私のメモの裏側に堂々とした字で
『うまかった。この味は好きだ』
とだけ認めてあった。挨拶も何もなし。必要最低限の返事だ。私が読み上げると、アンソニーが苦笑した。
「いかにもトラヴィス様らしいですね。でも、ユーリさんの作られた食事を気に入っておられているようで何よりです」
これが通常運転ならば、トラヴィスはおそらく普段から言葉数が多くはないのだろう。
(そうだよね、だって『氷の騎士』って呼ばれるくらいなんだから)
「いや、さすがユーリさん。初日から快挙ですね! 明日の朝食が楽しみです。ではまた明日お会いしましょう」
「はい。またよろしくお願いいたします」
爽やかに挨拶をしてくれたアンソニーはそのまま家族の待つ家へと帰っていった。私は部屋に戻ってから、夜遅くまでトラヴィス用のメニューを考えていた。ノートにペンを走らせながら、私はため息をついた。
(病状やアレルギーについても知りたいから、やはり直接お目にかかりたいけれど。でもお返事は書いてくださるようだから、メモは毎回つけよう)
そう考えた私は翌日から、食事のトレーにメモを添えた。
『ユーリです。今日のメニューはオムレツとサラダになります。サラダのドレッシングには醤油、砂糖、酒、酢、それから胡麻をすっていれてあります。胡麻は少量にしましたが、お味が好きではない場合、万が一体調を崩された場合はお知らせください』
こんな風に、メニューと聞きたいことを書いておけば、トラヴィスから返事がくる。とはいえ彼の返事は、初回と同じで、短くて時々は何を差しているのか頭を悩ませる場合もあった。
『問題ない』
(これは……胡麻は好きだったの、かな? アレルギー反応もなかった、のよね)
アンソニーによればトラヴィスはとりたててアレルギーはなさそうだったので、その点は心配はいらなそうだ。だが、初めての食材を扱うときは別である。私は毎回しつこいくらい、メモに体調は大丈夫かと尋ねた。トラヴィスの返事はいつも『問題ない』だが。
トラヴィスの返事をうけて、私は『トラヴィス=エヴァンス対策ノート』もとい『トラの巻』に書き込むようにしていた。
彼とやり取りを始めてからしばらく経つが、まだ本人には会えていないものの、『トラの巻』は徐々に分厚くなってきた。
どうやらトラヴィスは薄味が好みで、洋風メニューだけではなく、醤油や味噌を使った和風メニューも気にいる傾向があるようだ。
ということはそこまで頑固なこだわりがないということ。
生野菜は苦手のようだが、その野菜も火を通したり、ドレッシングを工夫すれば口にするし、その点ではあまり手がかからない。
それからメモをやり取りするようになって思っていることがある。おそらく彼は世間で言われているような冷たい人ではないのではないかということだ。
文字や文章は人柄が出る。彼からは大胆で、繊細で、それから真面目な印象を受けた。文字はのびのびと書いているようで、どこかきちっと枠内にまとめてあるし、私の質問には必ず答えてくれるからだ。
(といっても、まだ会えてないから分からないけどね。会ったらもうめっちゃ冷酷だったりして)
あれから数回最推し――セルゲイは厨房にいる私を覗きにきた。
「トラヴィスが食事をとるようになって感謝している。お礼でも出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「お礼なんて特に――あ、そういえば一つだけお願いさせていただいていいですか?」
「いいよ、私に出来ることであれば」
私の頼みをセルゲイは快諾してくれた。
だが、セルゲイの口からトラヴィスとの面会に関しては何も言われていない。ということは未だにトラヴィスは私に会う気はないのだろう。
それからまた一ヶ月が経った。
私は徐々に料理の話だけではなく、雑多なことも書き記すようになっていた。
例えば昨日の晩ご飯につけたメモはこうだ――
『ユーリです。今夜のメニューは、たまごのパイ包み、ヘーゼルナッツとじゃがいものプティングと、野菜スープになります。今日はお昼間に久しぶりに市場にいきました。そこでなんと新鮮な豚肉と、いくつかスパイスを手に入れることができまして、感激しています。明日の昼には美味しいカレーを作りたいと思います。明日を楽しみにしていてください』
(自分で読み直しても長いな)
トラヴィスからの返事はこうだ。
『今日のたまごのパイ包みは好みの味だった。また食べたい。それからカレーなど聞いたことがないが、そこまで言うなら明日カレーとやらを待っている』
相変わらず返事は短めではあるが。
それでも。
(うん、やはり『氷の騎士』ていう感じはしないな……)
そして私はある夜、トラヴィスからのメモを机の上に並べてあることに気づいた。念の為トラヴィスの返事は全て取ってある。ということは表は私からのメッセージで、裏は彼からの返事だ。しかも朝昼晩あるので、かなりの枚数になる。
これはまさしく。
(……交換日記!!)
転生前の二十三年間、また転生後も合わせて、一度も交換日記などしたことのない私は――なんだか気恥ずかしく、顔が真っ赤になった。だってまるで小学生みたいではないか。
(うおおおお、なんでそんなことに気づいてしまったんだ)
けれど、翌日からも私は彼と交換日記をするのである。正直に言えば、トラヴィスと『交換日記』をするのは何故か、意外に面白かったのである。
「やりましたね!」
ここしばらくトラヴィスが食べきることは珍しかったらしく、アンソニーは驚きつつも喜んでいるようだ。
「よかったです、アンソニーさんのアドバイスのお陰です」
「まさか! 俺はたいしたことはしていないですよ」
アンソニーは慌てたように手を振ってから、笑った。それから彼は戻ってきたトレーの上にのっているメモに目を止めた。
「そういえばトラヴィス様からお返事ありましたか?」
「どうでしょう。ちょっと見てみます」
手にしてみると、私のメモの裏側に堂々とした字で
『うまかった。この味は好きだ』
とだけ認めてあった。挨拶も何もなし。必要最低限の返事だ。私が読み上げると、アンソニーが苦笑した。
「いかにもトラヴィス様らしいですね。でも、ユーリさんの作られた食事を気に入っておられているようで何よりです」
これが通常運転ならば、トラヴィスはおそらく普段から言葉数が多くはないのだろう。
(そうだよね、だって『氷の騎士』って呼ばれるくらいなんだから)
「いや、さすがユーリさん。初日から快挙ですね! 明日の朝食が楽しみです。ではまた明日お会いしましょう」
「はい。またよろしくお願いいたします」
爽やかに挨拶をしてくれたアンソニーはそのまま家族の待つ家へと帰っていった。私は部屋に戻ってから、夜遅くまでトラヴィス用のメニューを考えていた。ノートにペンを走らせながら、私はため息をついた。
(病状やアレルギーについても知りたいから、やはり直接お目にかかりたいけれど。でもお返事は書いてくださるようだから、メモは毎回つけよう)
そう考えた私は翌日から、食事のトレーにメモを添えた。
『ユーリです。今日のメニューはオムレツとサラダになります。サラダのドレッシングには醤油、砂糖、酒、酢、それから胡麻をすっていれてあります。胡麻は少量にしましたが、お味が好きではない場合、万が一体調を崩された場合はお知らせください』
こんな風に、メニューと聞きたいことを書いておけば、トラヴィスから返事がくる。とはいえ彼の返事は、初回と同じで、短くて時々は何を差しているのか頭を悩ませる場合もあった。
『問題ない』
(これは……胡麻は好きだったの、かな? アレルギー反応もなかった、のよね)
アンソニーによればトラヴィスはとりたててアレルギーはなさそうだったので、その点は心配はいらなそうだ。だが、初めての食材を扱うときは別である。私は毎回しつこいくらい、メモに体調は大丈夫かと尋ねた。トラヴィスの返事はいつも『問題ない』だが。
トラヴィスの返事をうけて、私は『トラヴィス=エヴァンス対策ノート』もとい『トラの巻』に書き込むようにしていた。
彼とやり取りを始めてからしばらく経つが、まだ本人には会えていないものの、『トラの巻』は徐々に分厚くなってきた。
どうやらトラヴィスは薄味が好みで、洋風メニューだけではなく、醤油や味噌を使った和風メニューも気にいる傾向があるようだ。
ということはそこまで頑固なこだわりがないということ。
生野菜は苦手のようだが、その野菜も火を通したり、ドレッシングを工夫すれば口にするし、その点ではあまり手がかからない。
それからメモをやり取りするようになって思っていることがある。おそらく彼は世間で言われているような冷たい人ではないのではないかということだ。
文字や文章は人柄が出る。彼からは大胆で、繊細で、それから真面目な印象を受けた。文字はのびのびと書いているようで、どこかきちっと枠内にまとめてあるし、私の質問には必ず答えてくれるからだ。
(といっても、まだ会えてないから分からないけどね。会ったらもうめっちゃ冷酷だったりして)
あれから数回最推し――セルゲイは厨房にいる私を覗きにきた。
「トラヴィスが食事をとるようになって感謝している。お礼でも出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「お礼なんて特に――あ、そういえば一つだけお願いさせていただいていいですか?」
「いいよ、私に出来ることであれば」
私の頼みをセルゲイは快諾してくれた。
だが、セルゲイの口からトラヴィスとの面会に関しては何も言われていない。ということは未だにトラヴィスは私に会う気はないのだろう。
それからまた一ヶ月が経った。
私は徐々に料理の話だけではなく、雑多なことも書き記すようになっていた。
例えば昨日の晩ご飯につけたメモはこうだ――
『ユーリです。今夜のメニューは、たまごのパイ包み、ヘーゼルナッツとじゃがいものプティングと、野菜スープになります。今日はお昼間に久しぶりに市場にいきました。そこでなんと新鮮な豚肉と、いくつかスパイスを手に入れることができまして、感激しています。明日の昼には美味しいカレーを作りたいと思います。明日を楽しみにしていてください』
(自分で読み直しても長いな)
トラヴィスからの返事はこうだ。
『今日のたまごのパイ包みは好みの味だった。また食べたい。それからカレーなど聞いたことがないが、そこまで言うなら明日カレーとやらを待っている』
相変わらず返事は短めではあるが。
それでも。
(うん、やはり『氷の騎士』ていう感じはしないな……)
そして私はある夜、トラヴィスからのメモを机の上に並べてあることに気づいた。念の為トラヴィスの返事は全て取ってある。ということは表は私からのメッセージで、裏は彼からの返事だ。しかも朝昼晩あるので、かなりの枚数になる。
これはまさしく。
(……交換日記!!)
転生前の二十三年間、また転生後も合わせて、一度も交換日記などしたことのない私は――なんだか気恥ずかしく、顔が真っ赤になった。だってまるで小学生みたいではないか。
(うおおおお、なんでそんなことに気づいてしまったんだ)
けれど、翌日からも私は彼と交換日記をするのである。正直に言えば、トラヴィスと『交換日記』をするのは何故か、意外に面白かったのである。
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