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8−1.交換日記(赤面)①

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 どうやらトラヴィスは野菜や果物はほとんど食べないらしく、料理長も苦労しているらしい。

「トマトパスタ……ですか」

「はい、それが一番食べてくださいます。しかも具は何をいれても大概は残されますが」

 執事に紹介された料理長は筋骨隆々とした男性で――重労働のため身体を鍛える料理人は多い――アンソニーと名乗った。若々しく、まだ四十代くらいだろう。エネルギッシュな印象を与える人だが、威圧的ではなかったので安心した。

 むしろアンソニーは私の作る料理に興味津々ですらあった。

「何か追加で必要なものがあれば、遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとうございます、アンソニーさん」

 この屋敷の厨房には素晴らしい設備はもちろん、食材も思いつくものはほとんど揃っていたが、やはり醤油も味噌などを含めた和風の食材はなかったので手配してもらうことにした。

 しかもガスが通っているチートな世界観のお陰で料理も楽にすることが出来る。こればかりは何度だって『あくでき』の作者に感謝してしまう。私は食料庫に整然と並べられた野菜をながめながら、アンソニーに尋ねた。
 
「トラヴィス様はスープとかはお好きですかね?」

 腕を組んだアンソニーが唸った。

「うーん。いや、スープだとあまり食がお進みになられないようで、最近は出していませんでした。ちなみにどんなスープをお考えです?」

「チキンスープにしようかと」

 平民の間では、チキンダンプリングスープは不動の人気を誇る。チキンと、小麦粉で作ったもっちりとした手製のパスタをいれたスープは、体調を崩した時の定番でもある。

「ああ、それでしたら。野菜スープやオートミールスープなどは食べてくださいませんでした」

 アンソニーも色々と挑戦してはいるらしいのだが、なかなかこれというメニューが見つからないのだという。

「この料理は好きだ、のようなフィードバックはないのですか?」

 そう尋ねると、彼は肩をすくめた。
 ――ない、ようだ。

(これは強敵だわ)

 とりあえずアンソニーからも賛同を得られたチキンスープを作ることにした。その前に副菜作りだ。

 厨房の一角を使わせてもらって、私はまずたまねぎとキャベツを切り、柔らかくなるまで茹でた。本来であればキャベツは生で食べた方が良く、熱を加えると大事な栄養素が流れ出してしまう。だが今日はとりあえず食欲がない人に食べてもらうのが目的だからそんな事は言っていられない。

 買ってきてもらった醤油を使って、ドレッシングを作る。醤油、砂糖、酢で作る甘酸っぱいドレッシングは、アントン先生や、メグ、アガサさんなども好きだから、きっと受け入れやすい味なのだと思う。
 茹で上がったたまねぎとキャベツに自家製ドレッシングをかけて、きゅうりを切って添えた。
 
 この国ではチキンスープはトマト味が定番だ。アンソニーも、トラヴィスに出したのはトマト味のチキンスープだという。何しろ具合の悪い人が食べるチキンダンプリングスープもトマト味なのだ。だが、胃腸があまり活発でないときにトマト味は強すぎるはずだ。

 鶏肉をほろほろになるまで煮込み、人参やセロリ、じゃがいも、マッシュルームを一緒に煮こむ。塩コショウ、それからローリエとタイムで味付けするだけだが、肉と野菜、きのこの旨味で十分に深みが出る。美味しいだけではなく、何より滋養に良い。

「シンプルな具材ですけれど、すごく良い香りがします。トマト味じゃないのもいいものですね。他は、俺が作るのと何が違うんだろう?」

 鍋をのぞいたアンソニーが感心したように頷いている。

「そう言って頂けて、嬉しいです。違いがあるとしたら、ハーブかもしれませんね。私はローリエとタイムを使いました」

「ふむ。確かにどちらもスープにいれたことがありません。味見してもよろしいですか?」

「どうぞ」

 彼は料理人らしく、少量のスープを皿にとって口に含んだ。
 途端、目を見張る。

「美味しい! 優しいけれど奥行きのある味ですね。なるほど、これなら食べてくださるかもしれない」

「ありがとうございます。本当に、少しでも食べてくださるといいのですけれど」

 アンソニーの後押しをもらえて私は嬉しくなって微笑んだ。

 盛り付けにもこだわった。
 人は目でも食事を楽しむ。だから白い皿に盛り付け、色味がはっきりするようにした。
 
 (食欲がないということだから――少なめで)

 “これくらいなら自分でも食べられるかな”というくらいの少量を盛り付けるのは、食欲不振のときのお約束だ。おかわりをしたくなるくらいの分量が最適である。ちなみにパンは消化にあまり良くないので、今夜はつけなかった。紅茶や珈琲などは添えず、水のみだ。レモン水のほうが飲みやすいかもしれないが、柑橘類は胃腸の調子によっては合わないので、念の為にやめておく。

 それから私は少し考えて、手書きのメモをつけることにした。

『初めまして、新たに雇われた治療師のユーリと申します。今夜からは私が調理の担当をさせていただきます。手始めに食べやすいかと思い、スープと温野菜のサラダをこしらえました。もしお味の好みや、他、食べたいと思われるメニューがございましたら返信頂けると幸いです』

 私がさらさらっとメモを書くのを、アンソニーさんは目を丸くして見ていた。

「そうですよね、治療師の方でいらっしゃいますもんね。文字が書けて当然ですねえ」

 こればかりは、クラウディアが貴族だったことに感謝するしかない。この国の平民たちは識字率があまり高くなく、文字の読み書きが出来ない人も多い。アンソニーもレシピを読み解くくらいならなんとかできるが、と言った。

「直接お目にかかれませんから、せめてメモをと思いまして」

「うん、良い案だと思います」

 果たして。
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