幼馴染から恋人へ

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猪俣商店

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「ねえとおる、そっちの食べさせてよ」



「うんいいけど。じゃあ柚希のもちょうだい?」



「いいよ、ほら!!」



 小学生になりたての頃、一年生の六月下旬。



 学校の近くに猪俣商店と言う駄菓子屋があった、子供の二人はお小遣いをもらうとここでお菓子を食べながら備え付けられているアーケードゲームをするのが定番コースとなっていたのだ。



 買ったものは大抵、二人で分け合って食べた、味のチョイスのうまい柚希の影響で透も段々と美味しいモノや彼女の好みが理解できるようになっていった。



「ねーこのガムさ、もっといっぱい入っていてほしいよね」



「うん。あと二、三個くらい欲しいね」



「ねえこれ出来る?プゥー・・・!!」



 そういうと柚希は口の中で噛んでいたガムを風船状にして膨らませるが、幼い頃の透にはこれがやたら面白く見えた、まだ自分ではうまく膨らませられなかったことも手伝って“もう一回、もう一回”と柚希に何度かお願いする。



「ガムあげるから自分でやんなよ」



「クチュクチュクチュクチュ、フゥゥゥーッ!!やっぱ出来ない」



「こうやんの!!」



 三回ほど連続でリクエストに応えた後で柚希は持っていたガムを二個ほど彼に渡してやり方を教え込んだ。



 繰り返して練習するうちにようやく自分でも出来るようになった透はその後しばらくは風船の膨らませっこをして遊んでいたが、やがて飽きてきてしまった。



 ちょうど柚希もそうだったのだろう、そのタイミングで彼女が“木登りしよう”と言ってきたために、二人は自転車を近くに止めて小学校の校庭の隅にある大きな銀杏の木へと向かって駆け出して行った。



 この頃の柚希はとても活発で元気な女の子だった、上は白の半袖Tシャツに下は明るいクリーム色のショートパンツと言うラフで動きやすい格好だったから平気で木登りや追いかけっこ、鉄棒などで遊ぶことが出来たのだ。



「ここにする?」



「えー?やだよ、こここの前毛虫がいっぱいいたじゃん。こっちにしよ?」



「うん」



 先に到着したのは柚希だった、特に運動などしていないにもかかわらず身体能力やバランス感覚に優れていた彼女は銀杏の木にしがみつくと巧みに四肢を動かしてスルスルと上まで登って行く。



 一方でようやく根元に辿り付いた透は自身も木に飛び付くと、急いで後を追おうと昇り始めた、その時だ。



「あっ!!」



 上の方から叫び声が聞こえて来て何かが落ちてくる気配がした、先に登っていた柚希が手を滑らせてしまい、一気に落下してきたのだ。



「ひゃっ!!?」



「おわっ!?」



 それを見た透は考えるよりも早く行動した、木から降りると両足を踏ん張らせて彼女をしっかりと受け止めたのだ。



「・・・・・っ!!ごめんね、ありがと。びっくりしちゃった」



「大丈夫?本当に・・・」



「うん。ホントにごめんね、ありがとう・・・」



 それは一瞬出来事だったが子供達には触れ合った際のお互いの感覚がハッキリと体に残っていた、しかも透はこの時後ろから抱えるようにして彼女を受け止めたために脇の下から入った腕が胸や乳首に当たってしまい、それらをギュッと圧迫する。



 うなじに生えている彼女の産毛が鼻先をくすぐって、清涼感のある女の子の甘い香りが鼻腔いっぱいに充満した。



「・・・・・」



「・・・木登りはさ、危ないからやめようよ。それより神社の公園に行こうよ、この前あそこで白蛇見つけたんだぜ、俺たち!!」



「本当?行く、いっしょにいこ!!」



 まだ少し緊張した面持ちの柚希に声をかけると彼女もようやくいつもの元気な感じが出て来た。



 透の返事に二つ返事で頷くと二人で自転車へと向けて走り出すが正直、彼女の頭の中はまだ真っ白な状況だった、色々な感情や思いが一気に溢れ出して来て処理が追いついていないのだ。



 心臓も強く脈を打ち胸の鼓動も高鳴って行くが、どちらかと言えばそれは”怖かった”というよりも“ビックリした”と言った方が正しかった、そして。



 それよりもなによりも彼女を戸惑わせていたことがあった、自分の透への思いである。



 あの瞬間透は実に素早く、そして的確に行動した、自分が地面に激突するまではそんなに時間など無かったはずなのに、その僅かな間に木から飛び降りると落下してゆく自分をしっかりと抱きとめてくれたのだ。



 その時の逞しさと頼もしさと言ったらなかった、とてものこと普段の自分の後をついて来るだけの彼と同一人物であるとは思えない。



(すごい筋肉だった、透の体。めっちゃ力強かったな・・・!!)



 思い返すと再びドキドキしてしまうがさすがに小学生くらいになってくれば女の子は女の子になって来る。



 好きでも何でもない男子に胸や脇の下などを触られたりすれば、普通なら激怒するかビックリして泣き出してしまうだろう。



 だけど柚希は少しも嫌ではなかった、状況が状況だったからという事も出来るだろうがそんなことはない、柚希はその辺り実にハッキリとしている女の子だ、嫌なモノはどうしたって嫌なのだ。



 それに小さい頃からしごかれているだけあってこの頃の透は徐々に腕力や筋力、持久力が付いてきておりそれと共に代謝が活性化して来ていた、ようするに汗や体臭が匂ってしまう場合があったのだ。



 さっきもそうだった、ただでさえ初夏の気候の中ではしゃぎまわっていた二人の体はうっすらと汗ばんでおり柚希の時と同様に透のそれも少し匂ってしまっていたのだが、だけどそれに対しても柚希は拒絶を示さなかった、もちろん彼の体臭なんて昔から嗅ぎなれているからと言う事もあったがそれだけではなかった、彼女にとって透の匂いと言うモノは安心出来て、なおかつ癖になるようなそれだったのだ。



 ずっと嗅いでいたい匂いでありしかも嗅ぎ続けている内に段々とエッチな気分になってきてしまう匂いだった。



 まだ小さかったこともあって、柚希は自分の事を“変態だ”とは思わなかった、ただどうしようもないくらいに好きな匂いを好きなだけ嗅ぎまくっていたのだ。



 それが“匂いフェチ”と言う性癖でありなおかつ自身が透の匂いにだけ敏感に反応してしまう体質の持ち主であると気付いたのは、小学校も高学年に入ってからの事だった。
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