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保育器から墓場まで

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 一条透17歳、神奈川県立橋本高校に通う高校二年生。



 彼自身は生まれも育ちもずっと神奈川県緑区森の上町であり、そこから保育園にも小学校にも中学校にも通い詰めて来た。



 そんな透の家は曾祖父から続く柔道一家で父の大悟も若い頃は選手として活躍したこともある猛者だったから当然、透もそのあおりを受ける形で物心つく頃にはもう、地元にある柔道場に通わされており、先輩たちにしごかれつつもせっせと技を磨いていたのだ。



 ちなみに父は岩手、母は宮崎出身な透にはそれぞれの地元にも親戚や幼友達が大勢いて帰省の度によく遊んだが、そんな彼らを差し置いて見事にファースト幼馴染+彼女の立場を確立させたのが隣に住んでいた宮下柚希だ。



 実家だけではない、その奇妙な縁は高校生になった現在までもずっと続いていた、病院の保育器もその後に通う保育園も小中学校のクラスの席も、何もかもが隣同士で常にペアを組まされる格好となってしまい、隠し事も何もできない有様のまま17年間を共に過ごして来たのだ。



「とおる、一緒に追いかけっこしようよ!!」



「ねえとおる、高鬼してあそぼ!!」



「とおる、いっしょに帰ろ!!」



 それでも透は少しも嫌じゃなかった、柚希といると楽しくて心の底からはしゃぐことが出来たからだ。



 小さなころの彼女は明るくて積極的な女の子であり、現に透の記憶の中でも家の中でのおままごとなどより外で遊んでいたことの方が多いくらいだったからその存在が苦痛に感じることも無かったし、加えてお互いの両親も仲が良かったために家族ぐるみでどこかに行くこともザラだった。



 生まれた日時が柚希の方が三日ほど早かったために時にはお姉さんぶる彼女とケンカをしたこともあったがそれも一時的なモノで、次の日には大概仲直りをしていつものように二人で仲良く遊びに出掛け夕方まで帰ってこない、と言う事を繰り返していたのだ。



 だけど。



「あのさ。それたぶんお前だからだよ」



「何がだよ」



「相手がお前だからそうだったんじゃないのかってこと」



 他の友人知人に言わせると、透と一緒じゃない時の柚希がそこまで喜んだ笑顔を見せることは存外稀だったらしく“おまえ、愛されてんだな”などと冷やかされたこともあった、実際に現場を見たことがなかった透は“まさか”と思ったものの友人たちからの反応は男女問わずおおむね一致しており、真実だと思わざるを得ない。



「お前らがなにかやったんだろう?」



「いいや違うね。あれは恋する乙女の眼差しだな、絶対!!」



「間違いないね!!」



「・・・へ、へえぇぇ~~。そうなんだ」



 こんな会話が小学校二年生に上がったころから現在まで延々と繰り返されて来た訳であるが、考えてみればまだ子供の時分にも関わらず恋だの愛だのと言う話題が飛び出してくるあたりに情報化社会の波が押し寄せて来ているのを感じずにはいられない。



 もっともそれに加えてもう一つ、彼らが恐ろしいほどにませまくっていた原因と言うのがあった、それが兄弟姉妹の存在だ。



 特に中高生の兄や姉がいる子ほどその傾向は顕著だったがその友人達にも透にもちょうど中高生の兄弟がいた、柚希との色恋沙汰が取り沙汰されて来た小学校二年生当時、長男の和樹は地元の進学校である県立橋本高校に通う三年生であり次男の勝は今年で中学二年生と、見事に小中高に分かれて配置されていたのだ(ちなみに和樹にも勝にも彼女あり)。



 だけど透の場合はそれだけではなかった、この時の透と柚希の関係性は友人たちの想像をはるかに超えて進捗していたのだ。



 家族ぐるみで仲が良かった彼らの家庭ではどちらかの親が遅くなる場合、子供をもう一方で預かってもらうことも珍しくはなかった、特に両親がそろって大学病院の医師として勤務していた柚希の家では急患等の対応で帰宅が出来ないことも多く、そうなると自然透の実家である一条の家でお泊りをすることになった。



 そしてそう言った場合は大抵二人は一緒にお風呂に入ることになるのだが大人になってからのそれとは違い、子供の時のお風呂というのは実に退屈な時間だった、大概の子供(特に男の子)にとってはそんなことよりも自分の好きなテレビやゲームの方が優先順位が遥かに上で、現に透も普段は“お風呂にはいりなさい”と言われても中々入ろうとしなかったのだ。



 しかし友達が(もっと言ってしまえば柚希が)来ている時は話は別だった、遊び相手が出来たことでお風呂の時間が格段に楽しくなった透は、同じくテンションの上がっている柚希と共にさっさと服を脱ぎ捨ててバスルームに吶喊する。



 それを親たちは何も思わなかった、自身もくたびれていた彼らはいつもはぐずる子供たちが喜んで入ってくれるのならばそれに越したことはなかったから、むしろ“手間がかからなくて助かるな”などと言い“のぼせないようにね”とだけ声をかけて、後は特に何をするわけでもなくほったらかしにしていたのだ。
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