星降る国の恋と愛

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夫婦の絆と子供への思い

“女王位選抜試験” その6

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「・・・・・」

 ガリア帝国帝都ルテティアの最外殻部に存在している“旧市街地東地区”、その一角にある旧ガリア帝国航空会社本社ビルの屋上から、自らの発生波動を極限しつつも蒼太は黙って下方に広がる廃墟群を見つめ続けていた。

 否、もっと正確に言うのならばその只中に於いて仲間達と燥ぎ合う、自身の後継者候補の一人、“ラウル・翔太・ラルディール”の姿を目で追い掛けていたのだ。

 しかし。

「・・・・・!!?」

「こんばんは、蒼太・・・」

 そんな蒼太の元へと後ろから一人の女性が姿を現した、自らに近付いて来る気配を察知した瞬間に相手は判明していたのだが、その正体はプロイセン大帝国の誇る“茨の女帝”こと“セリカ・グレイツェル”その人である。

 先だってメリアリアとの間に本気の死闘を演じた彼女は頭には茨で出来た冠を被り、利き腕には魔法鋳物の特製マジカル・ウィップを装備し、白を基調としたドレスに身を包んでいる。

 露出している肩や上腕部分は同じく白のストールで覆い隠して暖を取っていた様子だったが、それに対して。

 蒼太は上下を漆黒のニットセーターとジーンズで固め、その上から青いロングコートを羽織っていた、今の季節は冬の筈だ、セリカと言えどもあの格好で長時間は居られまいと踏んでいた蒼太だったが存外彼女は平然としている。

 別にムキムキでは無いモノの、それでも筋肉質で一般人に比べれば遙かに鍛えられており、かつ新陳代謝が高かったセリカはそれらを活かして寒空の下でも構うこと無く蒼太の直ぐ側にしゃがみ込むと腰を降ろして足を組んだ。

「・・・セリカ、君は寒くないのか?って言うか結局はアウロラの家を抜け出して来たのか」

「まあね」

 青年の問い掛けににべも無くセリカは応えた。

「アウロラの屋敷は快適よ?みんな優しいし居心地は良いし・・・。それに空調も効いていて完璧だしね、本当に安らげる空間だわ。あそこは・・・」

「・・・・・」

「でもね?蒼太。今夜の私は些か刺激を求めているの、それでいても立っても居られなくなって、屋敷を抜け出して来たってわけ・・・」

「・・・お前ね、節度を弁えていないといつかフォンティーヌ邸を出禁になるぞ?って言うかアウロラの親切心を裏切らないでくれよな!!?」

「そんな事までは、していないわ?私にだって良心はあるもの。でもたまには夜の散歩に出てみたくなる時もあるじゃない、今日がその日だったってだけよ・・・」

 そこまで言うとセリカは蒼太の目線を追い掛けて、その先にいる翔太達を見付けた。

「・・・なに、あの子達は。あなたは自分の子供にだって恵まれている筈なのに、この上まだ弟子まで取っているの?」

「・・・弟子と言える程にまで、大したモノじゃないけれど。それでもあの子達は特別でね、悪いけど手を出さないでもらえるか?」

 些かぶっきら棒な口調と声色で、青年がセリカの言葉に応えた時だった。

「・・・・・っ!!?」

(あ、あれっ?この気配は・・・っ!!!)

 蒼太が自分の元へと疾走して来る三人の気を感じて思わずそちらの方を振り向くと、なんとメリアリア達がこちらへと向けて全速力で飛翔して来るでは無いか。

「・・・・・っ。メリー?」

「はぁはぁっ、ふうぅぅ・・・っ。来ちゃった!!!」

 程なくして青年のいる廃ビルに辿り着くと、愛妻淑女は“蒼太っっっ❤❤❤❤❤”と声を掛けた直後に、彼に向かって駆け出していた、そしてそのままー。

「・・・うふふふっ。あなたも居たのね?気配がしなかったから解らなかった!!!」

「あはは・・・っ、まあ今日はちょっとその・・・。僕の後継者候補が女王位選抜試験に参加する、と聞いたモノだから気になってしまってね・・・!!!」

 彼の右腕にしがみ付き、先程までとは打って変わって優しい表情と甘い口調で自身の顔へと目をやるメリアリアに対して蒼太もまた、穏やかな声色で正直にそう応えた。

 こう言う状況下で下手な隠し事をしてはいけない、と直感したからであったモノの、そもそも今夜の事を彼がメリアリアやアウロラ、オリヴィアに言わなかったのは、翔太の事を話した際の彼女達の反応が予想出来なかったからであり、そう言う意味では彼は確かに愛妻達に秘密を持っていた、と言えたのだ。

「蒼太さんっっっ❤❤❤❤❤」

「蒼太っっっ❤❤❤❤❤」

 メリアリアに遅れる事僅か10秒程であったが、アウロラやオリヴィアも到着してそれぞれ彼に抱き着いたり、もう片方の左腕にしがみ付いたりする。

「あははっ。みんな暖かいなぁ・・・!!!」

「もうっ。私と蒼太だけだったなら良かったのにぃっっっ!!!!!」

「ふんっ。それはこちらのセリフだよっっっ!!!!!」

「本当ですっ。メリアリアさんもオリヴィアさんも、ちょっとくっ付き過ぎですよ?もうちょっと離れて下さいっっっ!!!!!」

 蒼太を独占したいメリアリアもアウロラもオリヴィアも、やや膨れっ面となって声を荒げ、他の二人を牽制するがそれを見ていた蒼太は何も出来ずにただ突っ立っているだけだった、その一方で。

 そんな彼等の様子をマジマジと観察していたセリカは半分面白がりながらも半分呆れ、改めて翔太達へと視線を戻した。

「全くもう・・・っ。ところで、ねえ蒼太。あなたの後継者候補って誰のこと?私にもちゃんと紹介して!!?」

「あっ、狡いですメリアリアさん。蒼太さん、私にも紹介して下さい!!!」

「狡いぞ?二人とも。蒼太、私にも紹介してくれ!!!」

「・・・・・っ。あ、あははは」

 そんな三人の凄まじい愛情と気迫の激突にやや気圧されながらも、蒼太は“もうこれ以上は隠せないな”と悟って、セリカに聞かれていたのが気掛かりではあったモノの、取り敢えず愛妻達に対してはこれまでの経緯を簡単に説明して翔太の事を紹介した。

「未来が朧気にしか見えない男の子?それって・・・」

「未来がまだ定まっていないって言う事ですよね?」

「そんな存在が現実的にこの世にいるとは思わなかったな。つまりは未来への特異点を持っている、と言う訳だ・・・」

「・・・そうなんだよ」

 妻達からの言葉に蒼太が頷いて応えた。

「あの子は面白い子なんだよ、今はまだみんなの中に埋もれている存在だけども・・・。いつか芽吹いて大輪の花を咲かせるだろうね、そしてそれは未来の世界に大きな影響を与える事になると思うよ?それだけの可能性を、翔太は秘めている!!!」

「・・・それを独り占めしていたってわけ?あなたは!!!」

 そこまで話を聞いていたセリカがやっかむように突っ込んだ。

「未来が不確かな子と言うのは、世の中を大きく変える力を秘めている。それ故に様々な勢力から狙われやすいし、それにみんなに不信感を抱かれて迫害されやすいんだよね・・・」

「・・・みんな“素晴らしい変革の時が来た”と感じるより前に“変な未来が来たならどうしよう”、“この子が悪に染まってしまったらどうしよう”って考えてしまうのね?」

「まさにその通りなんだよ、メリー・・・!!!」

 愛妻淑女の提言に、蒼太が大きく頷いた。

「みんな希望や喜びよりも、何故か不安と恐怖の方が先に来る。本来ならばこれらはどちらが強いとかそんな事は無くて、あくまで同価値なモノなのにね。だから翔太の事は時が来るまでは誰にも言わない方が良いと踏んだんだ・・・」

「“どっちに転ぶか解らない”と言う事は・・・。確かに周囲の人々次第では彼は善にも悪にも染まってしまう、と言う事ですからね。下手に色々な人々に翔太さんの事を言わない方が正解かも知れません」

 メリアリアに続いてアウロラもまた、口を開いた。

「本当にその通りなんだよね、特に“まだ来てもいない未来に対する恐れ”よりも。“今を如何に自分らしく生きるか”と言う事に心血を注いだ方が良いと、僕は常々考えているんだ・・・」

「未来に対する恐れから、人々があの少年を迫害する道を選んだ時・・・。それはその“暗い未来への扉が開かれてしまう”と言う事を意味するからね」

「・・・そうだ、本当にそうだと思うよ?特にこの世は行動が全てを決する世の中なんだ、だから人々が未来に対する不安から翔太を迫害する、と言う事は。自らその不安な未来を現実化させる為のエネルギーを注ぎ込んでしまっている事に他ならない、恐怖によって突き動かされるとろくな結果にならないからね」

 最後はオリヴィアがそう結ぶが、それを聞いた蒼太は“この子達に話して正解だった”と理解してホッとした、自分の心配は杞憂だったと悟って思わず胸をなで下ろす。

「不安定な未来を理由に翔太を迫害するなんて、僕は馬鹿げた事だと思っている。大切なのは“今、この瞬間”なんだ、翔太は本質的にとても強くて優しい男の子だしね。それに何より翔太はまだ何もやっていないんだ、そんな人間を“未来が不安定だから”と言うかどで迫害したり不信感を抱いたりする奴って言うのは。ソイツ自身の弱くて冷たい人間性の発露だと僕は思うんだよね・・・」

「今を生きていない人だよね、端的に言うと・・・」

 メリアリアが補足した。

「そう言う人と言うのは、常に不安な未来を生きているんでしょうね。だからその人のやる事なす事が、全てその不安な未来を現実に呼び寄せてしまう・・・」

「本当にそうなんだよ、メリー。人は未来を引き寄せたり、作り変えたりする事が出来る力を持っているからね・・・。ま、反面ダメにしてしまう事も可能なんだけど・・・。だからこそ“今を生きる”、“己の足下を省みる”って言う事が何より大切な事なんだ・・・」

 “まあ、ある程度は?”と蒼太が続けた、“未来を見定める、と言う事も必要になってくるんだけどね”とそう言って。

「・・・とにかく、僕は翔太を守ってあげたい。なんて言えば良いのかな、大切にしてあげたいっていうか。とにかく信じてみたいんだよ」

 “それが凄く大切な気がするんだよね・・・”と告げて、蒼太が言葉を結んだ、その時だ。

 それまで静寂の中にあった前方の空間に於いて凄まじい次元波動の発生と集約とが感じられて、思わずそちらへと目を見やるが、するとそこでは先程倒したチームとは別の、それも複数の団体から囲まれていつの間にか壁際にまで追い詰められていたリエラと翔太が互いに手を取り合い、瞑想しつつも法力を極限まで高めていた。

 そんな彼等の周囲では炎と風の力が融合した火焔旋風がいくつも形成されていて、しかもそれがリエラの聖鞭目掛けて吸い込まれて行っているように見える。

「・・・・・っ?」

「・・・・・」

「・・・・・っ!!?」

「なんだ?あの技は・・・!!!」

 口々に疑問を呈する蒼太達の中でもメリアリアだけが冷静だった、彼女は愛弟子が何を仕掛けようとしているのかを正確に見抜いたのである。

「・・・メリー、君が教えた技なのか?あれは」

「・・・そうよ」

 蒼太の質問に、メリアリアが短く応えたその直後に。

 前方の空間で紫色に輝く眩い光が迸り、一瞬でその場にいた10名を越える戦士達の群れを飲み込んでいった、爆音と同時に熱風が吹き荒れ、強力な衝撃波と共に小さなコンクリートの破片が何粒も何粒も、かなり距離のあった蒼太達の元まで飛翔して来る。

「・・・凄い技ね、あんなのを喰らったら流石の私でもひとたまりもないわ。下手すると死人が出たんじゃないの?」

 蒼太達の後ろでセリカが言い放つが、蒼太もまたそれを覚悟した、比類無き衝撃波の奔流と言い、ここまで破片が飛んでくる威力と言い、間違ってもまだ少年少女な彼等が扱って良い力では無い。

「・・・茨の女王の終極奥義。“アビッソ深淵ヴィオラなるスピーネ茨紫”!!!」

 メリアリアが技命をポツリと告げて瞑目する、まさかこんなに早くに自分が授けた奥の手を使う事になるなんて。

(それだけ相手が強大だったのかしら・・・。それともリエラ、あなたの慢心が原因なの・・・?)

 メリアリアが人知れず自分の身を案じている事を、リエラは知る由も無かった。
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