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夫婦の絆と子供への思い
エリカの過去(後編)
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「・・・その旦那さんて言うのは日本人なのか?それもこっちの世界の」
「ああ、そうだ」
蒼太の問い掛けにエリカが応える。
「見た目はあんまりパッとしない人なんだけどね・・・。だけど“大切なモノは何か”って言うのをちゃんと解ってる人で、いざという時にとても頼りになる人だよ」
「・・・まさかお前が日本人と結婚するとはね。一体どうやって知り合ったんだ?」
「“レウルーラ”から粛清され掛けた私は、討伐隊を返り討ちにして全滅させた。だけど“レウルーラ”はしつこくてね、その後も逃げた先で何処までも追い縋って来たんだ。とてもじゃないけど“エイジャックス”には居られなかったから、故国を脱出した後はとにかく各地を転々としたね。“ガリア”は勿論、“ルクセンブルク”から“プロイセン”、“チューリッヒ”に“エトルリア”を経て“ヒスパニア”に赴き、そこから合衆国行きの船に乗ったんだ」
「飛行機を使わなかったのは、もしもの際に逃げ場が無いからだな?」
「そうさ。流石の私でも上空10000メートルで勝負を仕掛けられたなら、どうにも身動きが取れないだろ?だから時間と費用はバカみたいに掛かるけれども船旅を選んだんだ。それに大海原が戦場となるなら水を操る私の十八番だからね、何とでもなると踏んだんだよ・・・」
“所が”とエリカの顔色が変わり、やや難しい表情となる。
「それはレウルーラも読んでいたらしくてね。御丁寧にわざわざ、マーガレット達が直々に私を討伐にやって来た・・・!!!」
「“玉泉のマーガレット”、レウルーラの中でも最強かつ最高の姫騎士の一人だ。流石のお前でもどうにも出来なかった、と言う訳か・・・」
「当たり前だろう?それにあっちは生まれてからずっとこの世界に身を置いて戦い続けて来た猛者中の猛者。片やいかに才能があったとしても、所詮は6年程度の戦歴しかない私。まともに戦ったならどうなるか、一目瞭然だろうが!!!」
そこまで言うとエリカはまたもや“はあぁぁ・・・っ!!!”と深い溜息を吐いた。
「しかも相手は一人じゃない、ルクレールとエヴァリナも付いていたんだ。格上が3人も相手じゃ勝ち目は無い、それを悟った私は奴らに発見される前に荷物を部屋に置き去りにしたまま、船の甲板から海中に飛び込んだのさ!!!」
“だけど”と彼女は続けた、“流石の私も服を着ている状態では楽には泳げなかったんだ”と。
「知っての通り“アトランティック・オーシャン”の荒波の凄まじさは想像を絶する、半端な力じゃ決して無いんだ。それでも裸になればある程度までは泳ぎ切る事も出来たかも知れないけれど、流石に陸に上がってからの事を考えると“一糸纏わず”と言う訳にはいかなかった・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・“水の魔法”を発動させなかったのは、法力を使えばその波動が相手に伝わってしまうからだな?」
蒼太の言葉に“そうだ”と短く頷いた後でエリカは尚も話を続けた。
「そうしている内に徐々に疲れが溜まって来て、手足が段々と縺れて来て。最後に大波に飲まれた所までは覚えているんだけど、そこで私の意識は完全に途切れた。で、次に目を覚ました時にはこっちの世界に来ていて今の旦那に助けてもらっていたってわけ・・・」
「大宇宙の悪戯か、はたまた神々の御慈悲か。そこは判別が付かない所だな・・・」
「とにかく、目を覚ました私はまずは体や四肢が無事かを確認したよ。“痛みは無いか”とか“ちゃんと動くか”とかをね。だけど特に問題は無かったんだけど、困ったのは服装だった。助けてもらって文句を言う訳じゃ無いけど、うちの旦那のセンスは壊滅的だったからね。恥ずかしくて外には出られなかった・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・“旦那さんに助けてもらった”と言っていたけど。どう言う状況で旦那さんはお前を見付けて保護してくれたんだ?エリカ」
「後で本人や周りの人々に話を聞いたら、旦那はちょうど友人達と海に釣りに来ていたらしいんだ。彼はフィッシングが趣味の一つらしくてね?仲間達と地元漁港の漁師が持っていた中型漁船をチャーターして沖まで釣りに来ていたら、波間に漂っていた私を見付けて。旦那が急いで飛び込んで、私を船まで引っ張り上げてくれたらしいよ?その後はレスキュー車で近場のホスピタルにまで運んでくれたらしい・・・」
「・・・つまりお前は病院のベッドで目が覚めた、と言う訳だな?」
「そうさ?ちなみに私が目覚めたのは救助されてから丸2日は経ってからの事らしくてね、その間旦那は付きっ切りで私の看病をしてくれていたんだって。最初に聞いた時は信じられなかったよ、“なんで見ず知らずの人間にそこまで優しく出来るんだろう”って。ずっと疑問に思っていた事を覚えている・・・」
「・・・・・」
「最初は日本語が全然、解らなかったから苦労したよ。だけど運が良い事に旦那は“東京外国語大学”って言ったっけ?そこの卒業生らしくてね。イントネーションにちょっと難はあったけれど、それでも何とかコミュニケーションは取れたから孤立はせずに済んだ・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なるほど、それは解ったが。エリカ、お前にちょっと聞きたい事があるんだ。正直に答えてもらえるか?」
「・・・なんだ?改まって」
「お前は一体、今いくつなんだ?現在の年齢を教えろ。どうにもお前の若々しさが気になって仕方が無いんだが・・・」
「・・・今年で確か、32歳だ。ちなみにこっちの世界に飛ばされて来てから10年前後と言った所かな?」
「なるほどな、“時渡り”をした際に時間軸が乱れたんだ。元の世界の時流から10年ぐらいズレてこの世界に来た訳か・・・」
「ついでに言っておくと、旦那も私と同じく今年で32歳だ。ナイスミドルな良い男だぞ?お世辞抜きでな・・・」
「・・・お前の好みや趣味嗜好がよく解らないから、その辺は何とも言いようが無いけれど。しかしよく異民族と結婚する気になったな、況してやあまり目立たない上に特徴が無くて、ついでに言ってしまえば面白味も無い事で有名な日本人男性と」
「・・・確かにね。“刺激的”と言う事に関しては、昔の方が色々と周囲に満ち溢れていたよ?だけどね、あの人は私に初めての“安らぎ”を教えてくれたんだ。ううん、それだけじゃない。“温もり”や“優しさ”、“愛の確かさ”を教えてくれた人なんだ。掛け替えのない人なんだ!!!」
「・・・・・」
「確かに日本での生活って単調で面倒臭い事も多いけど。それでもとっても平和で楽しくて、大切な事に満ち溢れている。私は今の日常が気に入っているよ?ただ不満があるとすれば“旦那にもう少し構って欲しい”と言う事だけかな・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(・・・今のって、ノロケかな?)
(ノロケですね)
(ノロケてるな・・・)
「・・・旦那さんとはどう言う経緯で結婚に至ったんだ?話してもらおうか」
蒼太の質問に答えつつも時折ジョークを交えたり、或いは惚気を発揮して来るエリカに対してちょっとだけ冷めたジト目を向ける花嫁達だったが、それには敢えて直接的には反応せずに蒼太は問い掛けを続ける。
「検査入院が終わって“何処にも異常は無い”と判断された私は3日位で無事に退院する運びとなったのだけれど。その時に連絡先や住所を聞かれたんだ、“後で費用を請求するから”と言ってね。流石に困っていたら旦那が“身元保証人”になってくれて、そのまま旦那の家に行く事になった・・・」
エリカが説明するモノの、それによると彼の実家は新潟県で古くから続いている“豪農”だったらしく、現代に於いても土地や金をかなり持っている“大地主”であり“兼業農家”として存続していた。
家屋も大きくて空いている部屋もあったから、“落ち着くまでそこに寝泊まりしていて良いよ”と言われ、好意に甘える事にした、との事だったのだ。
「・・・お前、結構ちゃっかりしてたんだな。って言うか良く旦那さんを利用したり捨てたりしなかったな?そこにまずは驚いたよ」
「勿論、最初はすぐに出て行くつもりだったよ?それに助けてくれた事には感謝したけど、どちらかと言えば“お人好しでラッキー”としか思わなかったし。ただ何処にも行く宛が無かったから、結局長居をする事になってね。今にして思えばそれが私を変えて行ってくれたんだね・・・」
エリカが述べるが彼や彼の家族と過ごしている内に、段々とここでの生活が気に入ってしまった、との事であり、静かで単調だけど非常に満ち足りた毎日を送る事が出来るようになっていったのだ、と言う。
「旦那を見ていて思ったんだけど・・・。彼はとても明るくて、凄い実直な人だった。とても真っ直ぐで真面目な人なんだ、滅茶苦茶優しい人なんだよ?確かに服の趣味だとか、釣りだとかはそんなに面白味は無いし、刺激的でも無いし・・・。それに毎日のようにお酒を飲む所も、あんまり褒められたモノでも無いけれど。それでも“人として大切なモノは何か”って言う事を、ちゃんと解っている人だったんだ!!!」
「・・・・・」
「お前達も実際にやってみれば、解ってくれるだろうけれど・・・。農業って案外大変なんだよ?滅茶苦茶力仕事だし。それにちゃんと野菜や穀物に向き合って、土や空気に気を配って手入れや水やりを毎日のように行わなくちゃいけないんだ。間違っても上辺面な優しさや、生半可な覚悟じゃ出来ない。本物の根性が無いとね?特に農作物はすぐに枯れたり痛んだりするから、本当に気が抜けないんだよ・・・!!!」
「・・・話の軸が旦那さんからズレて来ているが。つまりは農業がお前を変えた、と言う事か?」
「いいや違うね、より正確に言うのならば旦那の実直で真摯な思いが私を変えてくれたんだよ。そう言うのって伝わるだろ?例え本人が何も言わなかったとしてもさ。それに農業ってのはそんな彼の素晴らしさが滲み出て来た事柄の、表現の一つに過ぎないし。なによりかによりの話として、旦那や旦那の家族は特に私の過去について聞く事はしなかった。面倒臭い事も何も言わずに、わざとソッとしておいてくれたんだ。そう言った“優しい空気”に包まれている内に、癒されたって言うのかな?とにかく私は段々と“人間としての自分”を取り戻す事が出来たんだよ・・・!!!」
エリカが力説するモノの、そこまで話を聞いた蒼太は“う~ん・・・”と唸ってしまっていた、確かに今、目の前にいるのは自分が知っている頃のエリカとは全くの別人である、と言う事は認めても良いだろう。
良いだろうが、しかし。
「一つ疑問があるんだけど・・・。お前さ、良く旦那さんとその一家の人々を殺さなかったよね?俺の知っているお前ならば、気に入らない事があれば即座に抹殺していたであろう筈なのにな・・・」
“特にお前は心のタガが外れた状態にあった筈だ”、“それなのにどうやってここまで立ち直ったんだ?”と言う蒼太の疑問に一呼吸置いてからエリカが答えた。
「う~ん、なんだろう。旦那や家族に特にイラつく事は無かったからかな?どちらかと言うと農業の手伝いをしている時に思い通りに行かなくて、“カチン”と来る事はあったけれどね・・・。だけどその度に旦那が気を遣ってくれてさ、“少し休んでいたら良いよ?”だとか“もう少しで仕事も終わりだから・・・”って言って、慰めてくれていたんだ。そうやって出来上がって来た農作物を収穫する時は本当に感動したな、変な話なんだけど“命を育むってこう言う事なんだ”って。“これは旦那の真心の結晶なんだ”って、無言の内に思い知らされた。それで農業にも段々と興味を持っていって、毎日毎日“今日はもうちょっとだけやってみよう”、“もう少しで終わるから頑張ろう”って自分自身を鼓舞するようにしたんだ。そしたらいつの間にか、イラッと来ても我慢出来るようになっていた・・・」
“それに”とエリカは尚も続けた、“それをやったら私は今度こそ行き場所を無くしてしまうんだ”とそう言って。
「こう言っちゃなんだけど・・・。私の見た所、日本の警察は中々に有能だと思うよ?エイジャックス本国に、勝るとも劣らない程度にはね。だから警察沙汰になるのは何としても避けたかったんだ・・・!!!」
「・・・なるほど」
蒼太は思うがエリカは旦那一家の優しさと真心、そして外的要因による押さえ付けが奏功して今一度、人間としての心根を持つ事が出来たのだろうと理解する。
「最後の質問だ。話を聞く限りに於いては今日、これから行く所は身寄りの無い子供達を養育する施設らしいけれど・・・。それとお前とどんな関係がある?」
「それは・・・」
エリカがその質問に答えようとした時だった、突如として“プッ”、“プーッ!!!”と言うけたたましいクラクションが鳴り響き、セザール公爵一行を乗せる為のバスが駐車場に入って来たのだ。
「蒼太、後の話は向こうに着いてから話すよ。公爵一家がバスに乗り込まれたなら準備が整い次第、出発する。それで良いか?」
「・・・・・っ。ああ、構わないよ」
そう尋ねて来るエリカに対して蒼太はそれまでよりも若干、態度を軟化させて応じた。
「ああ、そうだ」
蒼太の問い掛けにエリカが応える。
「見た目はあんまりパッとしない人なんだけどね・・・。だけど“大切なモノは何か”って言うのをちゃんと解ってる人で、いざという時にとても頼りになる人だよ」
「・・・まさかお前が日本人と結婚するとはね。一体どうやって知り合ったんだ?」
「“レウルーラ”から粛清され掛けた私は、討伐隊を返り討ちにして全滅させた。だけど“レウルーラ”はしつこくてね、その後も逃げた先で何処までも追い縋って来たんだ。とてもじゃないけど“エイジャックス”には居られなかったから、故国を脱出した後はとにかく各地を転々としたね。“ガリア”は勿論、“ルクセンブルク”から“プロイセン”、“チューリッヒ”に“エトルリア”を経て“ヒスパニア”に赴き、そこから合衆国行きの船に乗ったんだ」
「飛行機を使わなかったのは、もしもの際に逃げ場が無いからだな?」
「そうさ。流石の私でも上空10000メートルで勝負を仕掛けられたなら、どうにも身動きが取れないだろ?だから時間と費用はバカみたいに掛かるけれども船旅を選んだんだ。それに大海原が戦場となるなら水を操る私の十八番だからね、何とでもなると踏んだんだよ・・・」
“所が”とエリカの顔色が変わり、やや難しい表情となる。
「それはレウルーラも読んでいたらしくてね。御丁寧にわざわざ、マーガレット達が直々に私を討伐にやって来た・・・!!!」
「“玉泉のマーガレット”、レウルーラの中でも最強かつ最高の姫騎士の一人だ。流石のお前でもどうにも出来なかった、と言う訳か・・・」
「当たり前だろう?それにあっちは生まれてからずっとこの世界に身を置いて戦い続けて来た猛者中の猛者。片やいかに才能があったとしても、所詮は6年程度の戦歴しかない私。まともに戦ったならどうなるか、一目瞭然だろうが!!!」
そこまで言うとエリカはまたもや“はあぁぁ・・・っ!!!”と深い溜息を吐いた。
「しかも相手は一人じゃない、ルクレールとエヴァリナも付いていたんだ。格上が3人も相手じゃ勝ち目は無い、それを悟った私は奴らに発見される前に荷物を部屋に置き去りにしたまま、船の甲板から海中に飛び込んだのさ!!!」
“だけど”と彼女は続けた、“流石の私も服を着ている状態では楽には泳げなかったんだ”と。
「知っての通り“アトランティック・オーシャン”の荒波の凄まじさは想像を絶する、半端な力じゃ決して無いんだ。それでも裸になればある程度までは泳ぎ切る事も出来たかも知れないけれど、流石に陸に上がってからの事を考えると“一糸纏わず”と言う訳にはいかなかった・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・“水の魔法”を発動させなかったのは、法力を使えばその波動が相手に伝わってしまうからだな?」
蒼太の言葉に“そうだ”と短く頷いた後でエリカは尚も話を続けた。
「そうしている内に徐々に疲れが溜まって来て、手足が段々と縺れて来て。最後に大波に飲まれた所までは覚えているんだけど、そこで私の意識は完全に途切れた。で、次に目を覚ました時にはこっちの世界に来ていて今の旦那に助けてもらっていたってわけ・・・」
「大宇宙の悪戯か、はたまた神々の御慈悲か。そこは判別が付かない所だな・・・」
「とにかく、目を覚ました私はまずは体や四肢が無事かを確認したよ。“痛みは無いか”とか“ちゃんと動くか”とかをね。だけど特に問題は無かったんだけど、困ったのは服装だった。助けてもらって文句を言う訳じゃ無いけど、うちの旦那のセンスは壊滅的だったからね。恥ずかしくて外には出られなかった・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・“旦那さんに助けてもらった”と言っていたけど。どう言う状況で旦那さんはお前を見付けて保護してくれたんだ?エリカ」
「後で本人や周りの人々に話を聞いたら、旦那はちょうど友人達と海に釣りに来ていたらしいんだ。彼はフィッシングが趣味の一つらしくてね?仲間達と地元漁港の漁師が持っていた中型漁船をチャーターして沖まで釣りに来ていたら、波間に漂っていた私を見付けて。旦那が急いで飛び込んで、私を船まで引っ張り上げてくれたらしいよ?その後はレスキュー車で近場のホスピタルにまで運んでくれたらしい・・・」
「・・・つまりお前は病院のベッドで目が覚めた、と言う訳だな?」
「そうさ?ちなみに私が目覚めたのは救助されてから丸2日は経ってからの事らしくてね、その間旦那は付きっ切りで私の看病をしてくれていたんだって。最初に聞いた時は信じられなかったよ、“なんで見ず知らずの人間にそこまで優しく出来るんだろう”って。ずっと疑問に思っていた事を覚えている・・・」
「・・・・・」
「最初は日本語が全然、解らなかったから苦労したよ。だけど運が良い事に旦那は“東京外国語大学”って言ったっけ?そこの卒業生らしくてね。イントネーションにちょっと難はあったけれど、それでも何とかコミュニケーションは取れたから孤立はせずに済んだ・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なるほど、それは解ったが。エリカ、お前にちょっと聞きたい事があるんだ。正直に答えてもらえるか?」
「・・・なんだ?改まって」
「お前は一体、今いくつなんだ?現在の年齢を教えろ。どうにもお前の若々しさが気になって仕方が無いんだが・・・」
「・・・今年で確か、32歳だ。ちなみにこっちの世界に飛ばされて来てから10年前後と言った所かな?」
「なるほどな、“時渡り”をした際に時間軸が乱れたんだ。元の世界の時流から10年ぐらいズレてこの世界に来た訳か・・・」
「ついでに言っておくと、旦那も私と同じく今年で32歳だ。ナイスミドルな良い男だぞ?お世辞抜きでな・・・」
「・・・お前の好みや趣味嗜好がよく解らないから、その辺は何とも言いようが無いけれど。しかしよく異民族と結婚する気になったな、況してやあまり目立たない上に特徴が無くて、ついでに言ってしまえば面白味も無い事で有名な日本人男性と」
「・・・確かにね。“刺激的”と言う事に関しては、昔の方が色々と周囲に満ち溢れていたよ?だけどね、あの人は私に初めての“安らぎ”を教えてくれたんだ。ううん、それだけじゃない。“温もり”や“優しさ”、“愛の確かさ”を教えてくれた人なんだ。掛け替えのない人なんだ!!!」
「・・・・・」
「確かに日本での生活って単調で面倒臭い事も多いけど。それでもとっても平和で楽しくて、大切な事に満ち溢れている。私は今の日常が気に入っているよ?ただ不満があるとすれば“旦那にもう少し構って欲しい”と言う事だけかな・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(・・・今のって、ノロケかな?)
(ノロケですね)
(ノロケてるな・・・)
「・・・旦那さんとはどう言う経緯で結婚に至ったんだ?話してもらおうか」
蒼太の質問に答えつつも時折ジョークを交えたり、或いは惚気を発揮して来るエリカに対してちょっとだけ冷めたジト目を向ける花嫁達だったが、それには敢えて直接的には反応せずに蒼太は問い掛けを続ける。
「検査入院が終わって“何処にも異常は無い”と判断された私は3日位で無事に退院する運びとなったのだけれど。その時に連絡先や住所を聞かれたんだ、“後で費用を請求するから”と言ってね。流石に困っていたら旦那が“身元保証人”になってくれて、そのまま旦那の家に行く事になった・・・」
エリカが説明するモノの、それによると彼の実家は新潟県で古くから続いている“豪農”だったらしく、現代に於いても土地や金をかなり持っている“大地主”であり“兼業農家”として存続していた。
家屋も大きくて空いている部屋もあったから、“落ち着くまでそこに寝泊まりしていて良いよ”と言われ、好意に甘える事にした、との事だったのだ。
「・・・お前、結構ちゃっかりしてたんだな。って言うか良く旦那さんを利用したり捨てたりしなかったな?そこにまずは驚いたよ」
「勿論、最初はすぐに出て行くつもりだったよ?それに助けてくれた事には感謝したけど、どちらかと言えば“お人好しでラッキー”としか思わなかったし。ただ何処にも行く宛が無かったから、結局長居をする事になってね。今にして思えばそれが私を変えて行ってくれたんだね・・・」
エリカが述べるが彼や彼の家族と過ごしている内に、段々とここでの生活が気に入ってしまった、との事であり、静かで単調だけど非常に満ち足りた毎日を送る事が出来るようになっていったのだ、と言う。
「旦那を見ていて思ったんだけど・・・。彼はとても明るくて、凄い実直な人だった。とても真っ直ぐで真面目な人なんだ、滅茶苦茶優しい人なんだよ?確かに服の趣味だとか、釣りだとかはそんなに面白味は無いし、刺激的でも無いし・・・。それに毎日のようにお酒を飲む所も、あんまり褒められたモノでも無いけれど。それでも“人として大切なモノは何か”って言う事を、ちゃんと解っている人だったんだ!!!」
「・・・・・」
「お前達も実際にやってみれば、解ってくれるだろうけれど・・・。農業って案外大変なんだよ?滅茶苦茶力仕事だし。それにちゃんと野菜や穀物に向き合って、土や空気に気を配って手入れや水やりを毎日のように行わなくちゃいけないんだ。間違っても上辺面な優しさや、生半可な覚悟じゃ出来ない。本物の根性が無いとね?特に農作物はすぐに枯れたり痛んだりするから、本当に気が抜けないんだよ・・・!!!」
「・・・話の軸が旦那さんからズレて来ているが。つまりは農業がお前を変えた、と言う事か?」
「いいや違うね、より正確に言うのならば旦那の実直で真摯な思いが私を変えてくれたんだよ。そう言うのって伝わるだろ?例え本人が何も言わなかったとしてもさ。それに農業ってのはそんな彼の素晴らしさが滲み出て来た事柄の、表現の一つに過ぎないし。なによりかによりの話として、旦那や旦那の家族は特に私の過去について聞く事はしなかった。面倒臭い事も何も言わずに、わざとソッとしておいてくれたんだ。そう言った“優しい空気”に包まれている内に、癒されたって言うのかな?とにかく私は段々と“人間としての自分”を取り戻す事が出来たんだよ・・・!!!」
エリカが力説するモノの、そこまで話を聞いた蒼太は“う~ん・・・”と唸ってしまっていた、確かに今、目の前にいるのは自分が知っている頃のエリカとは全くの別人である、と言う事は認めても良いだろう。
良いだろうが、しかし。
「一つ疑問があるんだけど・・・。お前さ、良く旦那さんとその一家の人々を殺さなかったよね?俺の知っているお前ならば、気に入らない事があれば即座に抹殺していたであろう筈なのにな・・・」
“特にお前は心のタガが外れた状態にあった筈だ”、“それなのにどうやってここまで立ち直ったんだ?”と言う蒼太の疑問に一呼吸置いてからエリカが答えた。
「う~ん、なんだろう。旦那や家族に特にイラつく事は無かったからかな?どちらかと言うと農業の手伝いをしている時に思い通りに行かなくて、“カチン”と来る事はあったけれどね・・・。だけどその度に旦那が気を遣ってくれてさ、“少し休んでいたら良いよ?”だとか“もう少しで仕事も終わりだから・・・”って言って、慰めてくれていたんだ。そうやって出来上がって来た農作物を収穫する時は本当に感動したな、変な話なんだけど“命を育むってこう言う事なんだ”って。“これは旦那の真心の結晶なんだ”って、無言の内に思い知らされた。それで農業にも段々と興味を持っていって、毎日毎日“今日はもうちょっとだけやってみよう”、“もう少しで終わるから頑張ろう”って自分自身を鼓舞するようにしたんだ。そしたらいつの間にか、イラッと来ても我慢出来るようになっていた・・・」
“それに”とエリカは尚も続けた、“それをやったら私は今度こそ行き場所を無くしてしまうんだ”とそう言って。
「こう言っちゃなんだけど・・・。私の見た所、日本の警察は中々に有能だと思うよ?エイジャックス本国に、勝るとも劣らない程度にはね。だから警察沙汰になるのは何としても避けたかったんだ・・・!!!」
「・・・なるほど」
蒼太は思うがエリカは旦那一家の優しさと真心、そして外的要因による押さえ付けが奏功して今一度、人間としての心根を持つ事が出来たのだろうと理解する。
「最後の質問だ。話を聞く限りに於いては今日、これから行く所は身寄りの無い子供達を養育する施設らしいけれど・・・。それとお前とどんな関係がある?」
「それは・・・」
エリカがその質問に答えようとした時だった、突如として“プッ”、“プーッ!!!”と言うけたたましいクラクションが鳴り響き、セザール公爵一行を乗せる為のバスが駐車場に入って来たのだ。
「蒼太、後の話は向こうに着いてから話すよ。公爵一家がバスに乗り込まれたなら準備が整い次第、出発する。それで良いか?」
「・・・・・っ。ああ、構わないよ」
そう尋ねて来るエリカに対して蒼太はそれまでよりも若干、態度を軟化させて応じた。
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