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夫婦の絆と子供への思い

夫婦の絆と子供への思い 1

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「おおーい。アラン、リア。それにレオとローズも、もうすぐお昼だよ?戻っておいで・・・!!!」

「解ったよ、父さん・・・!!!」

「はーい、父さん・・・!!!」

 響き渡る父親の声に子供達が反応して庭先からバルコニーへと大急ぎで戻って来る。

 8月上旬、カッシーニ邸にて久方振りにダーヴィデ伯爵夫妻の一人娘、メリアリアとその家族全員が揃って和やかな昼食会が催されようとしていた、ここの所忙しくて毎日のように任務に駆り出されていた蒼太も漸く纏まった休暇がもらえて急いで愛妻や子供達の待つカッシーニ邸へと馳せ参じたのだが彼女が、メリアリアが最初に蒼太の子供を出産してから、凡そ10年。

 今の彼等夫婦の元には双子で生まれて来た長男のアランと長女のリア、次男のアシルと同じく双子の妹のレナ、三男のレオと三女のローズ、そして四男の雷太の合計7人が二人の直系の子供として授けられていたのだ。

「ねえあなた、お皿を取ってくれる・・・?」

「あれ?それだったらさっき、お義父さんに言われて持っていったよ・・・?」

「ごめんなさい、本当だわ?私、間違えて多く持って来ちゃった・・・」

 “あはは・・・”とそんな愛妻淑女に微笑んで青年は告げた、“可愛いよ?メリー・・・”とそう言って。

 そして。

 皆の前だと言うのに慣れた手付きで花嫁を抱き寄せては、花婿は唇に唇を重ね合わせるモノの、蒼太とメリアリアの夫婦仲はとても睦まじくて熱く、子供達の前でも平然と愛を囁き合って抱き締め合ったり、キスをしたりしていたのだが、こうなるまでには蒼太の並々ならぬ努力があった。

 最初の子供が産まれる半年程前から。

 彼は折を見て出産時の妻のフォローや子育てに関するイロハを学ぶべく、本当に疲れ切っている時以外の空き時間や休日を利用してメリアリアやアウロラ、オリヴィア等を誘っては、産婦人科主催の会合や子育てセラピストの講座、それに子育てスクールに足繁く通い続けて講習を受けたり、また時には実践的な手法で子守の技術を学んだりしていったのである。

「あははっ、蒼太ったら気が早いんだから。だけど嬉しいわ?私達の事や子供達の事に、そこまで真剣になってくれるなんて・・・!!!」

「蒼太さん、凄い熱心ですよね?なんなら私達よりも集中して先生のお話を聞いてらしていましたもの・・・!!!」

「本当にとっても頼もしいよ、ハッキリと言って私達も不安だからね。何しろ子供なんて産んだ事が無いから自分達に何が起こるのか、どう言った変化がもたらされるのかまるで解らない事だらけなんだ・・・!!!」

 蒼太の本心を知らない妻達は皆一様に彼の事を褒め称え、出産と言う未知の困難の最中にあっても自分と共にあろうとしてくれている夫の姿に感嘆していたモノだったのである。

 しかし。

「あははっ。やだな、メリーもアウロラもオリヴィアも。みんな当然じゃないか、だって君達は僕の大事な奥さんなんだから。それに君達が産んでくれるのは、これから生まれて来てくれるのは僕らの大事な純愛の結晶だよ?大切じゃない訳、無いじゃないか!!!」

 そんな事を口では言っていたモノの内心、蒼太は気が気ではなかった、それというのも。

 彼は度々、蒼太達の家庭の事情を知っている職場の先輩職員の何人かに聞かされていたからである、“出産を機に妻は変わる”、“自分に愛を向けてくれなくなるぞ?”と。

 それに対して表面上は“そうなんですか?”、“勉強になります!!!”等と感心したように受け答えをしつつも胸の内では“冗談じゃない!!!”と心底唾棄していた、“せっかく夫婦の純愛の結晶が生まれて来ると言うのに、肝心要の夫婦仲が冷え切ってしまっては困る”、“そんなの何にもならないじゃないか!!!”と。

 それを避ける為に彼は率先して動き回り、産婦人科やセラピストの元を訪れては対策を講じる為の知識を手に入れようとしたのであった。

 勿論、蒼太は自分の事しか考えられない自己中心的な性分では決して無かった、妊娠や出産と言うのは彼にとっても初めての事であったから事前にその心構えを学び得たかったのと、何よりも今後、それに直面する事になる妻達自身の身を案じて夫として出来る限りの事はしよう、彼女達にしっかりと寄り添おうと言った考えや気持ちもあっての行動であったのであったが、一方ではそうした“自分の未来”を見据えた“先回り”でもあった訳である。

 では一体、何故彼がそこまでやったのか、と言えばそれだけ、青年にとって花嫁達、取り分けメリアリアからもたらされる愛情が心の中で大きなウェイトを占めていたからであり、それ無くしては“自分は多分、今までのように精気に満ちて溌剌と生きて行く事は出来ないだろう”と感じていたからに他ならなかった、要するに彼女達からの愛情が一種の“生き甲斐”になってしまっていたのである。

 だから彼は熱心に事前の準備と情報収集に取り組んだ、夫婦仲の冷え切ってしまった先輩職員達からだけでなく、逆にちゃんと出産後も妻からの愛情をキープしている存在達にも話を聞いて“どうすれば夫婦仲を維持できるのか”、否、“今まで以上の高みに持って行く事が出来るのか”を徹底的に調べ上げたのだ。

 その結果解って来たのは自らも子育てに参加するのは勿論、妻に普段から何くれと無く感謝の言葉を伝えている事や話を良く聞くようにしている事、“愛しているよ”と言って自分の気持ちを囁きつつもムードを出して自然な成り行きでスキンシップを取るように心掛ける事等が特に大切な要因となっている、と言う事であった。

「要するに立派な父親としての自覚を持つ事だよ。それこそ子供達のみならず、妻達からも尊敬されるような、な・・・。あともう一つはあんまりお勧めは出来ないんだけれども・・・」

 それだけではない、蒼太はこんな話も聞かされたのだが“極めて残虐な方法だが”と前置きした上で、ある先輩職員曰く“妻から子供を取り上げろ!!!”と言うモノがあった。

 子供がいるとどうしても、それまで自分一極だった妻からの愛情や自分への意識と言ったモノが子供へとシフトしてしまい、分散してしまいがちになる、だから子供達の関心や敬愛が、最初から自分だけに向くように仕向けるのだ、と。

 子供達の妻への親愛や敬愛を横取りして親子間で自分に対するモノ以上に情を通い合わせないようにしろ、増幅させないようにしろ、と。

 ・・・そうすれば余程の事が無い限りかは妻の心は自然と自分に愛情を向け続けてくれている夫に戻って来るから、と。

「まあ、つまりはそれだけの熱意を持って子育てに臨まなくてはならない、と言う事なんだけれども・・・。子供が産まれるとな?蒼太君。どうしても妻との間に“子供”と言う存在が嫌でも入って来るようになるんだ、そうすると絆が充分に成熟していない夫婦はやがて“お父さん”、“お母さん”としか相手を見れなくなって行く。“運命の相手”、“最愛の恋人”から“単なる一家族”、“同居人”になってしまうんだな。それを避けろ」

 “子供を自分のモノにするんだよ”、“格好良く子育てを決め込んでみろ”、それが最終的に彼に下されたアドバイスだったのである。

「赤ん坊の子守りや子育てって、実は凄く難しくって大変なモノなんだよ?蒼太君。それを一通り、クールに熟してみろよ。凄く格好良く見える筈だぜ?滅茶苦茶頼もしく映る筈だ、妻達からしたらな!!!」

「なるほど・・・!!!」

 そんなやり取りを経た上である時、彼は考えた、“子育てにおいて妻が欲するモノはなにか”と。

 それは“もう一人の自分自身”、それそのものに他ならないのだが夫が自分レベルの情熱と繊細さを持って家事や育児に取り組めていなければ妻はここで気付くのである、“この人は所詮は他人なのだ”と言う事に、“甘えられる存在では無いのだ”と言う事に。

 それは“夫婦の心の別離“となり”絆を引き裂く第一歩”に繋がるから、その為蒼太は自身の家事や育児のスキル、心構えと言ったモノを最低でもメリアリアやアウロラ、オリヴィア達と同レベルにまで引き上げさせるように彼女達の妊娠中から出来る限りで努力した、そうだ、彼は単に子供が出来た喜びに浸り切っていた訳では無くて、そうした他人には見せない心配りや鍛錬を影ながら、ちゃんと行っていたのである。

「蒼太。わたし、頑張ってあなたの赤ちゃん産むね・・・?」

「蒼太さん、待っていて下さい。必ず元気な赤ちゃんを産んで見せますから!!!」

「蒼太、ちゃんとお祈りしていてよね・・・?」

 お腹が大きくなってくるとメリアリア達はそれぞれに“出産・育児休暇”を取って“女王位”を引退し、蒼太の元を離れて自分達の実家に身を寄せる運びとなった、身重な彼女達にいつ、どんな形で予想外のアクシデントが起こるか解らないしその上、蒼太も蒼太で任務が忙しく、いつもいつも彼女達に寄り添っている事が出来ない為に採られた安全策であったがこれが奏功してメリアリア達は無事に順次、予定日から1週間以内に蒼太の子供達を出産して行った、産後の日経ちも良くて母子共に健康状態も良好だったがそれを見た蒼太はまだメリアリア達が病院のベッドに伏している時から足繁く彼女達の元を訪ねて声を掛け、キスを交わし、頭を撫でて労を労った。

「蒼太・・・」

「ん・・・?」

「私、頑張ったよ?褒めてくれる・・・?」

「・・・ああっ!!!」

 “勿論だよ!!!”と愛妻淑女メリアリアから発せられたその言葉に、青年は優しい笑顔でそう応えた、メリアリアは勿論の事、アウロラもオリヴィアも本当によくやってくれたと、蒼太は心から感謝した。

 赤ちゃんを初めて抱いた時は“これが我が子か!!!”と感動した、素直に嬉しさが込み上げて来て気付いたら自然と笑顔になっていた。

(赤ちゃんってこんなにも可愛いモノだったんだ、有り難いモノだったんだ。無事に生まれて来てくれて本当に良かった・・・!!!)

 元来が優しくて暖かな心根の持ち主であった蒼太は日が経つに連れて徐々にその思いを強いモノにしていった、そしてそんな彼の自分達に対する気持ちが伝わったのであろうか、幸いな事に子供は蒼太に懐いてくれている様子であって、彼が抱っこするとグズっていても収まるし、またすぐに泣き止んだのだがそのスキルが本格的に発揮されたのが花嫁達が病院からそれぞれの実家に帰って来てからの事である。

「赤ちゃん、全然泣き止まなくて・・・」

「あはは、僕がやるから・・・。あとさっきおしめ取り替えておいたからね・・・」

「はぁ~、有り難う。正直疲れちゃって手が回らないよぉ~・・・!!!」

 まだアランとリアが小さな頃に夜泣きするとホトホト困り果てていたメリアリアに代わって蒼太がヒョイッと赤子を抱く、そしてー。

 彼があやし始めるとアランとリアはそれが解るのか、段々とグズるのを止めていった、妻達が愛しくて堪らないだけでなく、この頃の蒼太の育児には間違いなく我が子に対する愛情が込められており、まだまだ至らないながらもそれでも、立派に父親としての責務を果たし続けていたのであった。

「メリー、少し休みなよ。昼間も全然、休めて無いだろ?せめて夜くらいは、僕がこの子達の事を見るから・・・」

「うん、有り難う・・・。でも良いの?あなただって昼間は任務があって・・・」

「あはは・・・。僕はね?メリー、夜しかこの子達のお世話が出来ないんだよ。今ぐらい僕に世話をさせてくれよ・・・」

 夫に笑顔でそう言われると疲れている事もあってメリアリアは“うん、解った・・・”と応えるのが精一杯だった、屋敷で働いている使用人達も手伝ってくれてはいる、とは言えども正直に言って子育ては決して楽で楽しい事ばかりでは無くて、赤子達に対する気配りや心配りを常時していなければならない上に、時には困難の連続に直面する事もあったから気が抜けず、心安まる暇が無かったのだ。

 だから。

「ごめんなさい。それじゃあ私、寝るね・・・?」

「ああ、お休み。メリー・・・」

「・・・・・」

 夫の気遣いに感謝しつつもベッドに潜り込むメリアリアだったがこの時の蒼太はまだ解ってはいなかった、既に自分が妻達の心をガッチリと掴んでいたのだ、と言う事に。

 誰よりも何よりも頼られていたのだ、と言う事に。

 そうだ、メリアリア達はずっと彼の事を見続けて来たのである、単にその場その場で自分を気遣ってくれるのみならず本格的な出産や子育てを迎える前から彼が必死になって裏で研鑽を積み重ね、準備を進めて来てくれた事も、赤ちゃんを産む前からも妊娠した自分達と真摯に向き合い、共に在り続けようとしてくれていた事も。

 否、赤ちゃん関連の事のみならず、昔から彼は自分達と一緒にいてくれた、常に自分達を理解して支え続けてくれたのだと、この時になってかつての事を思い返す度にメリアリア達は喜びと安らぎとに包まれて行ったのだったが、そう言った意味では蒼太の歩み続けて来た軌跡が今、妻達をして彼女達に深い感動を与え、その結果として彼に対する信頼と愛情とをより一層、強固なモノとしていたのである。

「来月から育児休暇が取れる事になったから。僕ももっと子育てに関われるようになると思うよ?そしたら僕ももっともっと面倒を見るようにするからさ。だからもう少しだけ頑張ってくれよ・・・?」

「うん。あなた、有り難う・・・!!!」

 そんな夫の言葉に“蒼太と一緒にいられる!!!”と言う思いと同時に“助かった”、“漸く一息付けるかしら・・・?”と、何処かホッとした安堵の表情を浮かべるメリアリアのかんばせには以前までの彼女のような明るい生気が蘇りつつあった。
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