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ガリア帝国編

ユーロ・エアポート

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 今回のお話は“セイレーンの岐路”を読んでからお読みいただきますとより理解がし易かろうと存じます。
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 第五ユーロ・ハイウェイを快調に飛ばしていたランチャーの一団に衝撃が走るがその時、彼等は万が一に備えて車内のラジオ放送を聞いており、それから流れ出して来た臨時ニュースがポール氏を除く全員の意識を絶望と焦燥のドン底に突き落としたのだ。

 曰く。

「次のニュースです。国境警備隊と警察組織は治安維持向上の為に全ての国境、空港、港湾諸都市で大規模な検閲を実施しており現在、国境付近の各道路網では渋滞が見込まれています。繰り返します、国境警備隊と警察組織は・・・」

「くそ・・・っ!!!」

 ドライバーの男が忌々しげにラジオを切る。

 その表情は読み取れないモノの、口調や態度からは忌々しく思っている事が、ありありと見て取れた。

「どうするよ?国境は全部塞がれたみたいだぜ?アイツら反応が早すぎるだろ!!!」

「どうして俺達が国外へ逃亡する事が解ったんだろうな・・・?」

「・・・・・」

 全員が口々に慌てふためく中で、しかしリーダー格の男だけはシートにドッシリと腰を降ろしたまま、微動だにする気配を見せなかった。

「・・・奴等も必死だったんだろうさ。なに、“第五ユーロ・ハイウェイ”がダメならば、別のルートを使うまでだ・・・。おい!!」

「あん?」

「ここから“ユーロ・エアポート”までは、どれ位掛かる?」

「・・・次のサービスエリアは一度入れば昇りにも降りにも出られる使用になっている。そこでUターンしてエアポート口で降りるとして。大体、今からだと二時間は掛かるぜ?」

「・・・・・」

「エアポートに、向かうのか・・・?」

「ああ。あそこのバーゼル方面の検閲隊には顔馴染みがいるんだ、だから俺達が行けば事情は察してくれるはずだ。わざわさ“上からの指示”を伝えなくてもパスさせてもらえるだろうからな。第一チューリッヒ側の“管制官”や“警備責任者”には“極秘連絡”も行っている事だろうし!!!」

「・・・もし。万が一にもそこに行く前にガリア帝国側の検閲にでも、引っ掛かったらどうするよ?」

「何、大丈夫だって。今言ったろう?俺は顔パスなんだ。もし何だったらこのランチャーごと、エアポートの従業員通用口から入っちまえば良い、まず間違いなく入れてもらえるだろうさ。後はそのまま“バーゼル”から“チューリッヒ”を経て“バチカン”へと向かう。それで今回の任務も無事に終わるさ・・・!!!」

「・・・・・っ!!!!?」

(“バチカン”へ向かう気か!!!)

 男の言葉にポールは改めてギョッとなった、と言うのは今現在において日本やガリア帝国等とバチカンの間には、仮に国外で犯罪を犯した者が逃げ込んだとしても引き渡す条約と言うモノが存在していないのであり、だからもし、そんな所へと連れて行かれでもしたならば自分の身がどうなるのか、いつ帰国の途に着けるのかが皆目見当が付かなくなってしまうのだ。

(こいつら・・・。そうか、バチカンに逃げ込んで正体を眩ます気なのかっ。道理で落ち着いていられる訳だ。し、しかし・・・!!!)

 疑問はますます、増すばかりであった、彼等はそんな場所へと自分を連れて行って一体、何をさせる気なのだろうか、自分は殺されてしまうのだろうか、とそんな考えが頭を過るが、その内。

「ポールさんよ、あんたにはバチカンに行ってやってもらわなきゃならない事が、山ほどあるんだ。今の内に身体を休めておくんだな・・・」

 リーダー格の男がそう言うと、まるでそれを合図としたかのように彼に向けられていた銃口が下げられた、どうやら彼等も少し疲れて来ていた様子であり誰もが“フゥッ”と溜息を付くモノの、次の瞬間。

「ぐわっ!!?な、何をする!!!」

「うるせぇ、大人しくしていろ!!!」

 リーダー格の男が無言で頷くと、それまで銃口を向けていた男が今度は黒いハチマキのようなモノを取りだしてはそれでポールの目を隠してしまい、頭の後ろ側でキツく結び着けて行く。

「悪いんだがな。ちょっとばっかし目隠しをさせてもらうぜ?あと手足の自由も奪わせてもらう・・・。おい!!!」

「ああ・・・!!!」

 またもや男が合図すると、仲間達は細長い拘束帯バンドを取りだしてはポールの手足をそれでグルグルに縛り上げて行った。

「・・・・・」

「・・・これでよしっ。と」

「次のサービスエリアで、少し休憩を取る。流石に朝から何も食ってないんで疲れたぜ・・・!!!」

「俺も運転しっ放しで疲れたよ、誰か代わってくれねーか?」

「ああ、俺が代わるよ」

 と助手席に座っていた男がそう言うと、ドライバーの男は心なしか肩から力が抜けたように、ポールには“感覚的に”感じられた。

「しかし。互いの名前を言えねーのは中々に辛いな、コミュニケーションが取りづらくってダメだ!!!」

「仕方が無いだろう、このオッサンに与える情報は、極力少なくしなくてはならないんだからな・・・。今の所は全てが終われば解放してやるつもりらしいんでな・・・!!!」

 “良かったな、オッサン!!!”とリーダー格の男が告げた言葉を耳にして、しかしポールは到底、信じる気になれなかった、確かに今の所は必要があって生かされている様子であるが、今後はどうなるのか解らないのである。

 裏の世界では人間の命程安くて無価値なモノは無く、今日は生きていられたとしても、明日はどうなるのかが誰にも解らないのだ、・・・ましてや“人質”等になってしまったからには特にそうであり、そしてその事を熟知していたが為にこそポールは全くと言って良いほど、生きた心地がしなかったのである。

 しかし。

(まだだ、まだ希望は棄てるな?ミラベルやセイレーンは動いてくれているようだ、国境も早々と封鎖してくれたみたいだし・・・。どうやらかなりの“切れ者”がいるようだな、頼むぞ?早く助けに来てくれ・・・!!!)

 心の底からポールは願うが現に彼等に拉致されてから僅か3時間と少しの間に、“組織”は自分が掠われた事に気が付いて追跡を開始してくれていた様子であり、その事からも見捨てられた訳では無い事は明らかである。

 “そうだ”とポールは思った、必ずミラベルか、そうで無ければセイレーンの隊員達が助けに来てくれる筈だ、と、彼等はそう簡単に人を見捨てるような存在では無い、と。

 それが心の支えとなってポールは死ぬに死ねず、かと言って銃を持った男達に囲まれている現状に、生きるに生きられなくなってしまっていたのであった。

(いいや、待てよ!!?もしかしたなら。コイツら、散々にやれバチカンだ、チューリッヒだ、等と言っておきながらその実は、結局は私を人質としてミラベルやセイレーンをおびき寄せ、罠に嵌めるつもりでは無いだろうな?いかん、もしそうであるのならば、逆に彼等を来させる訳には・・・!!!)

 そう考えて義憤に心を奮い立たせるモノの、そもそも論として。

 ポールはコイツらの事をまるきり信用していなかった、今回の手口や様子、彼等自身の態度、雰囲気から洞察するにどうせこれまでも同じような事を彼方此方で仕出かしまくって来たのだろう事は明白であり、それだからこそ人間としても存在としても、全くもって許容すると言う事が些かも出来なかったのである。

 その為。

(交渉には一切、応じんぞ?それに自分のせいで隊員や国家に要らぬ犠牲を払わせる事にでもなったら・・・!!!)

 “いかん、いかん!!!”と内心で強く頭(かぶり)を振るうモノのしかし、それでも“自分の身は、どうなっても良い!!!”と、いざの際の腹を密かに括っていたポール自身は既に救助の手がすぐそこにまで伸びて来ている事をまだ知る由も無かったのであった。

「・・・・・」

「・・・・・」

「ポール氏は、無事なのか・・・?」

「うーん、それがどうやら動いていないみたいなんだよね?あくまでも地図の上では、なんだけれども。ここにサービスエリアがあるだろ?ここに入ったっきり、動きが無いんだ、多分休憩をしていると思うんだけれど・・・」

「そ、そうか・・・サービスエリアで」

「考えてみれば、犯人達は朝から何も食べていない筈だわ。サービスエリアに寄ったのも、腹拵えをする為じゃないかしら?」

「幾ら犯人と言えども、長時間移動していればお腹も空きますし。第一疲れますものね・・・!!!」

 蒼太の言葉にメリアリアとアウロラがそう言って頷くと、オリヴィアも“確かに!!!”と納得をして見せるが今現在、彼等は“エア・フランス国内線の195便に乗り込み、一路“ユーロ・エアポート”へと向かって飛んでいる真っ最中であったのだ。

 ちなみにこのユーロ・エアポートと言うのはガリア帝国のミュールーズにある国際空港であり隣国チューリッヒの都市バーゼルからも高速道路で直通していた為に、ここの検閲を突破されれば後はもう、遮る物等何も無い、“アルヴの山々”に囲まれている美しい田園諸都市が何処までも広がっている中をバチカンまで直走りに走る事が出来る使用となっていたのだ(それ以外では隣国であるプロイセンの都市“フライブルク”からもかなり近く、そのため連日、国を跨いで移動する人、物、事でごった返していたのであった)。

「全く。しかしミラベルの秘密体質にも困ったモノだ。最初から全てを打ち明けてくれていれば、今回の事件だって後手に回らずに済んだんだぞ?」

「それは言えてるわよね?」

 激昂するオリヴィアに、メリアリアも相槌を打った。

「昔から思っていた事だったけれども・・・。うちの国って結構、組織内でも内密にされている事って多いよね?もっと早くに打ち明けてくれていればって思った事、いっぱいあるもの!!!」

「機密保持の観点からは、確かにある程度はやむを得ないと思いますけれど・・・。それでも助けに赴こうとしている味方にまで、秘密を保ったまま却ってそれを阻害する様な事をするなんて。本当に何を考えているのでしょう・・・!!?」

「・・・・・」

 アウロラまでもが珍しく、不平を口にしている状況を鑑みて、蒼太は敢えて黙っていたモノの、しかし彼には彼で考えている事が、他にあった、それというのは。

(犯人の狙いがイマイチ良く解らない・・・)

 いいや、狙いだけではない、まだどうやって犯人達がポール氏の正体を知ったのかが理解出来ずにいたのであるが、鍵を握るのは恐らく、あの資料室でかつての“USBメモリー事件”の事を調べていた男、“オレール・ポドワン”その人である。

(オレールと言う人の事は、“エメリックさん”達にも話してはおいたけれども・・・。“動いてはくれる”との事だったから、心配はしていないけれど・・・。それでもやっぱり、気にはなるよな、あの“オレール”って言う男の事は・・・!!!)

「・・・なた、あなた!!!」

「・・・・・っ。う、うえぇぇっ!!?な、なに?どうかしたの?メリー」

「もうっ。聞いて無かったのね!!?」

 気が付くと愛妻淑女(メリアリア)に話し掛けられていた蒼太は思わずハッとなって彼女に向き合うと、メリアリアは思いっ切り不満そうな顔をしてみせた。

「今度帰ったら、ここにいる全員で“情報共有請求”を起こそう、と話していたんだよ。今回みたいな事が、間違っても起きないようにする為にな!!!」

「ミラベルの方々の秘密主義と上から目線は正直、我慢がなりませんわ、一度ビシッと言って差し上げなくては!!!」

「・・・・・っ。あ、ああ。そうか、そうだよね」

 元から話を聞いていた訳では無かった蒼太は、そう言って取り敢えずは妻達に同意をするモノの正直、今現在の彼の意識は“オレールと犯人達との繋がり”の方に向いてしまっており、彼女達の言う所の“情報共有請求”に付いてはイマイチ要領を得なかったのであるモノの、そんな事をしている内に。

 195便はユーロ・エアポートに到着し、着陸態勢に入って行った、機内アナウンスが流れてシートベルトを着用する。

「・・・・・」

(ここからが、勝負だな・・・!!!)

 蒼太は気持ちを露わにした、それと同時に。

 若干の不安を覚えるモノの、ここには人がおおぜいいるし、物流品も豊富にある、もし万が一にもその中に紛れ込まれてしまったのならば、“神人化”を使わない限りかは彼とて発見は難しい。

(しかし“神人化”は目立つからなぁ。あれは発動出来れば無敵になれるけれども、それをするまでが大変だし・・・!!!)

 それに、と蒼太は尚も思うモノの、もし相手が通行人を人質として取ったり、或いは客のいる前で銃撃戦を始めたりしたなら中々に厄介である、それをさせない為には可能な限り彼等を速やかに発見して急いで撃滅するしかない。

(ポール氏をアッという間に連れ去った手腕から見て・・・。相手も何某かの武術をやっている可能性があるな。用心をしなければ・・・)

 “拳銃を携帯している可能性も高いな”等と考えて蒼太は身を引き締めた、一応、メリー達諸共に防具服は装備しているし、何かあった場合でも、迅速に応急手当を施せる用意もしてある。

 また空港内にはガリア帝国の国境警備隊も入っているために、彼等の支援も期待できるかもしれない。

(いけない、いけない。他人様に頼るようになったら、お終いだぞ?蒼太。彼等には彼等の任務があるんだ、やるべき事は此方でやらねば!!!)

 そう考えてそれを、メリアリア達にも即刻伝え、情報を共有させて後、蒼太は目を瞑って本格的な着陸の態勢に入った、一方で。

 蒼太達がユーロ・エアポートに到着しようとしていた、まさにその時に犯人達はサービスエリアを出立しては、一路そこへと向けて走り始めていた、つくづく危ない所だった、あのまま何も知らずに国境まで走っていたなら、その時点で間違いなく彼等はアウトになっていた筈であり、この誘拐計画も失敗と言う形で幕を降ろしていた筈だったからだ。

 しかし。

「なあ、おい。俺思うんだけどさ、多分ユーロ・エアポートにだって手は回っていると思うぜ?どっちみちお縄になるかも知れねぇ・・・!!!」

「心配するなって!!!」

 そんな同僚からの心配の言葉を、リーダー格の男は軽くいなして聞き流していた。

「言っただろう?警備隊には知り合いもいると。それにアソコは連日凄ぇ量の人波と物流で溢れ返っているんだ、そんな中でいきなり戦闘をけしかけてこられるような度胸を、ミラベルやセイレーンの連中は持っていやしないよ・・・!!!」

 “多少怪しまれても問題は無い!!!”とリーダー格の男は強気で言った、“ユーロ・エアポートでは此方の方に分があるんだからな!!?”とそう続けて。

「とにかく、エアポートにまで行ってくれれば、全て上手く行くよ。お前達の心配も、単なる杞憂に終わるだろうさ!!!」

 そう言ってリーダー格の男は再びシートに腰を落ち着かせたまま一つ大きな欠伸をして見せたがこの時、彼等はセイレーンの精鋭部隊が事もあろうに自分達にとって絶対に有利な筈のエアポートで、手薬煉(てぐすね)引いて待ち構えている事実を少しも知る由は無かったのである。

「ガリア帝国警備隊責任者の“アダン・エモニエ”だ、こっちは検閲担当統括官の“オスカー・アキャール”・・・」

「ミラベルからの連絡は受けているよ。よろしくな、確か“蒼太君”と言ったか・・・?」

「よろしくお願いします、アダンさん、オスカーさん・・・」

 “早速ですが”と蒼太はこれまでに得ている情報を上手く纏めてアダン達に伝える事にした、二人は国内を預かる秘密組織(セイレーン)と何度か行動を共にした事があるらしく、色々と心得てくれていた為に終始落ち着いた表情と様子で此方の言葉に耳を傾けてくれていた、それ故に。

「僕の“能力”を使用した波動探査によるとポール氏は恐らく、いま・・・」

 説明する側としては余計な駆け引きや秘密保持を気にしなくても良いために大助かりな状況である。

 無論、二人はスピリチュアルな側面に付いても理解があって、そんな彼等に対してはだから、蒼太も惜しみなく自らの能力を用いて感じたままをぶつける事が出来ていたのであるモノの、その結果。

「・・・じゃあ犯人達はこっちに直接やって来るつもりか!!?」

「こっちに向かって動き出している事から見ても多分、間違いは無いでしょう。つまり犯人達はここ、ユーロ・エアポートならば、この状況下でも十二分にチューリッヒへ向けて出国出来る自信がある、と言う事なのでしょうね・・・」

「警備隊も検閲官も舐められたもんだな。ええ?オスカーさんよ」

「巫山戯た真似をしてくれるな、こっちからは一歩たりとも通しはせんぞ!!?」

「・・・・・」

 そんな二人の己の職務に掛ける誇りと熱意とを見ても、しかしまだ蒼太は不安であった、何かあるのだ、彼等にしか解っていない、しかし“ここならば万に一つも失敗する事無くチューリッヒ側へと出られる”と言う自信を持たせてくれるに足りる何かが。

「エアポートの警備状況と各ゲートの今現在の様子とを見せてもらってもよろしいですか?」

「ああ。それならば・・・」

 “こっちだ”と言ってアダンが案内してくれた先には正面に巨大なモニターがある、“中央警備司令室”があった、そこで。

「黄色い点が警備員、赤が検閲官。青が今現在のゲートの状況だ、以上があればオレンジ色に点滅する」

「ゲートが外から勝手に開いたりする事は・・・?」

「まず、ない。ゲートを開ける為には内側から警備員に解錠してもらうしか無く、例え時速100キロで走って来る大型ダンプであっても強行突破は不可能だ。そう言う風に設計してあるからな!!!」

「・・・・・っ。此方にある“職員用通用口”は?」

「ああ、こっちは主に我々や税関当局、空港関係者が出入りするゲートで、此方に関してはチューリッヒ側の守備隊が守っているんだ。だが大丈夫だよ?彼等は極めて優秀だし装備だって一流さ。それに何かあれば直ぐにモニター画面に表示されるようになっているからね。何処にも隙は無いだろう?」

「・・・・・」

 そう言って胸を張るアダンとは対照的に、蒼太は腹の中で警鐘を鳴らした“つまりは職員用ゲートだけは警備を他人の手に委ねている訳か”と。

 付け込むならばここしか無い。

「アダンさん。警備隊にお願いして今日から三日間程度はそこに僕達も配備してもらえませんか?相手はチューリッヒに向かっているのです、もしかしたなら警備隊と裏で繋がっているのかも・・・」

「そんなバカな!!!」

 蒼太が突然発したその言葉に、アダンは怒るよりもいっそ、驚いてしまっていた、彼等とはここ数年の付き合いがあるモノの、何処にもそんな怪しい素振りは見受けられなかったのである。

 しかし。

「お願いします、アダンさん。実はこれは極秘情報なのですがここの所、エイジャックスやプロイセン等を始めとするエウロペ連邦の各国が“反ガリア帝国”の動きを見せて来ておりまして、そこにチューリッヒも同調しようとしているようなんです・・・」

「彼の言っている事は本当です」

 メリアリアが続いた。

「あんまり公にしてはならないんですけれど・・・。各国に潜入させている“ミラベル”の隊員達からも同様の報告が上がって来ていたんです・・・。彼等の内、大多数はその後消息不明になってしまいましたけれども・・・」

「お願いします、アダンさん。この人の言う言葉を信じて下さい」

「私からも頼む、アダン氏。どうか彼と私達、セイレーンの女王位三人に免じて何とか御無理を聞いてはいただけないだろうか・・・」

「ううーむ・・・!!!」

 四人に真剣な顔でそう詰め寄られて、さしものアダンも考え倦ねてしまっていた、もし蒼太達の言っている事が事実だとするならば、万が一の場合には取り返しの付かない事態に陥る事も考えられる為、ここは慎重に答を見出さなくてはならない。

(万が一の場合はミラベル、セイレーン双方に責任転嫁をすれば良いか。それに何か起きれば今回の事は自分の優断だったと証明も出来るし、ここは乗った方が得策かな・・・)

「・・・解ったよ、蒼太君。君の考えに乗ろうじゃないか!!!」

「・・・・・っ。ありがとうございます、アダンさん!!!」

「ただし、ただしだ。何か向こうとトラブルがあったら君達にも責任を取ってもらうぞ?それでも良いかね?」

「はい、構いません。皆様方に御迷惑は掛けませんから・・・!!!」

「有り難うございます、アダンさん!!!」

 そう言って蒼太共々、頭を下げるメリアリア達であったがこれでもし、何も無かったり或いは犯人が別の場所から侵入を試みた場合は責任を追及されるのは蒼太なのであり、自分達である事を彼女達は覚悟していた、していたけれどもただし。

(別に良いわ、この人と一緒なら、どんなに大変な目にあっても、どんな辛い目にあったとしてでも、ずっと一緒に生きて行けるもの。間違いなくそう出来るわ、だって自分で解るもの!!!)

(蒼太さんと一緒なら、どんなに困難な毎日であってもきっと乗り越えて行ける筈ですもの。私、そう信じてます・・・!!!)

(蒼太一人にだけ、重荷を背負わせる訳には行かないからな。共に喜び、共に泣くのも妻としての役割であろう・・・!!!)

 三人でそれぞれに同じ事を考えつつも、それでも尚もメリアリア達は夫の為に頭を下げて、己を彼へと託して行ったのである。

「・・・決まりだな!!!」

 揃って勢い良く頭を下げてきた四人のその姿に再び些か驚かされはしたモノの、アダンはそう言ってしかし、“これで自身も今回の事に無関係ではいられまい”として家族を思い、彼等にいざとなったら済まないと思いながらも目の前の青年に全てを託す気になっていた。

 どうも蒼太には他人をその気にさせてしまう能力と言うか魅力のようなモノがあったらしく、そしてそれは決してメリアリア達やエメリック、アダン達だけに留まらなかったが、それというのも彼は人に対する場合、特にメリアリア達に対する場合はそうであったが極めて大真面目に向き合うのであって、今回の事でも最悪の場合は自分の腹を掻っ捌いてでも責任を取ろうとしていたのであり、それで万が一の場合はメリアリア達の事を守ろうとしていたのである。

 そしてそこには何の裏表も無い、極めてピュアで一本気な気迫が込もっており、それがして人々に“この人と一緒ならば”、或いは“この人の為ならば”と自然と覚悟を決めさせる事の出来る要因になっていたのであったが、現に命を掛けるだけの思いを蒼太はメリアリア達に対しては常に持っているのであって、そしてそれは無言の内に彼女達にも伝わっては理解されていたからこそ何かあった場合には安心してメリアリア達は自らの全てを彼に委ね、この幼馴染の青年夫に対して一層の愛慕と心酔とを、何処までも何処までも重ね続けていたのであった。

「ちょっと待っててくれ。向こうの警備隊に、連絡を入れてみるから・・・」

 そう言ってアダンがチューリッヒ側の警備隊長に連絡を入れるが、どうも色好い返事が返ってこない、通常ならば此方の人員を配置する事位は何でも無い筈なのに、その日に限って絶対に譲る気配が無かったのだ。

「おかしい・・・」

 一頻り、電話を終えたその後でアダンが浮かない顔でそれまでの経緯を述べたがそれを聞いて蒼太はある疑惑が確信に変わった、即ち。

 “今回の事にも、何か超国家間の力が働いているのだな”と言う確信である。

 それは=でつまり、チューリッヒ側が犯人の手引きをしている可能性が極めて高く、その連絡が警備隊長に行っている、と言う事を意味する、もう予断は許されない。

「すまん、チューリッヒ側には断られてしまったが・・・。しかしこうなってしまうともう後は、この空港内で決着を着けるしか道が無いぞ?仮に犯人がこの空港に、やって来ると仮定した場合だが・・・」

「通用口から入れたとして、それはどこに繋がっているのですか?」

「真っ直ぐ空港内の“通用口道路網”に行くんだ、そこからはチューリッヒ側のバーゼル方面行きゲートまでは一本道で途中、遮るモノは何も無いぞ?どうするね、蒼太君・・・」

「・・・・・」

「一応、空港内にある各施設とも片側一車線の支道で繋がってはいるが・・・!!!基本的には向こうのゲートまで直通だと思えば良い、どうするかね?」

「・・・・・っ。アダンさん」

「・・・・・?」

「自動車の運転って、出来ます?」

「・・・・・?ああ、普通免許は持っているよ。それがどうした?」

「車を、運転してもらう事って出来ますか?何とか犯人達の乗っているであろう、黒のランチャーの道を塞ぐように停めていただきたいんです!!!」

「ええっ!!?そ、そんな事までしなくてはならないのか・・・っ!!!」

 “それはちょっと拙いんじゃ無いか?”とアダンは“冗談では無い”と言う顔と口調で言い放った、当然であろう、何で自分が知り合って間もない彼等のために、いくらなんでもそこまでやってやらなくてはならないのだろうか。

「だってそれっていざとなったら、僕の車をバリケード代わりにするって言う事何だろう?まだ、買い換えて間もない新車なんだよ。ちょっとそれは勘弁してくれないかな・・・?」

「お願いします、アダンさん。もし車が壊されたり何かした際の補償は全額此方で致しますから・・・!!!」

「う、うーん・・・」

「アダンさん、時間がありません。どうかお願いします、この通りです!!!」

「うぐぐぐ・・・!!!」

「アダンさん!!!」

「う、うーん。まあ仕方が無いか・・・!!!」

 “了解した”とアダンは頷くと、渋々空港内にある“職員用通用駐車場”に停めてあった自身の車を取りに向かった、どの道もう、彼等のためにその博打とも言える判断に、片足を突っ込んでしまっているアダンである、ここまで来て後戻りするのも何だか気が引けての行動であったがその姿を見て蒼太は思った、“少々、荒っぽいやり口にはなるかもだけど、これで全ての準備が整った”と。

(後は犯人達が来るのを待つばかりだな・・・)

「皆、準備は良いかい?」

「ええっ!!!」

「はいっ!!!」

「うむっ!!!」

 妻達の声に背中を押されるようにして、蒼太は自身も彼女達と共にアダンの後を追って中央警備司令室から退出して行った。
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