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ガリア帝国編
量子システムエンジニア
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以前にも御説明させていただいかとは思うのですが。
蒼太君は気分によって一人称を変えたりします(大抵は“僕”なんですけれども時々“俺”と言ったりします)。
本気で怒っている時や決意を固めている時等はよく“俺”と言う言葉を使います(あとアンリのような悪友達と遊んでいる時等も同様です)。
ーーーーーーーーーーーーーー
蒼太達の追跡が、いよいよ本格化しようとしていた、丁度その頃。
ルテティアから隣国チューリッヒの首都ベルンへと向かって真っ直ぐに伸びている、第5ユーロ・ハイウェイ、その手入れの行き届いているアスファルトの道の上を勢い良く疾走して行く一台の黒のランチャーの姿があった。
そこに乗っていたのはただ一人、ポール・アギヨンその人を除いては全員が黒づくめのボディスーツにフェイスマスク、そして変声機を着けている屈強な男達であって、ポールを後部座席の中央に無理矢理に押し込めるようにして座らせていた彼等は挙げ句に、その銃口を氏に突き付けていたのであった。
「こんな事をしても、無駄だぞ?お前達は逮捕される運命にある・・・!!!」
「・・・・・」
苦虫をかみつぶしたようた表情を見せつつも、ポールは果敢に訴えた。
「どうやらチューリッヒに向かっている様だが・・・。あの国は昔からの永世中立国だ、戦争や犯罪行為には一切の手を貸さんぞ!!?」
「・・・・・」
「お前達はやってはならぬ事をした、どの道終わりが待っているだけだ!!!」
「・・・・・」
“やかましいぞ?”とそこまでポールが話した時に、彼の左側に座って腕を組んでいた男が変声機を通じて話し掛けて来た、“今やあんたは捕虜になったんだ、大人しくしているんだな・・・!!!”とそう告げて。
「なに、安心しなよ。何もあんたを殺そうってんじゃないんだ。・・・大人しくしていてさえくれればな!!!」
「・・・・・っ!!!」
(く・・・っ!!!)
ポールが悔しそうに呻くと、それを見た男は“それで良いんだよ”と満足げに呟いて今度は、前に座っていた仲間のウチで運転を担当している者に話し掛けた。
「チューリッヒにまでは、あとどれぐらい掛かる?」
「もうあと、一時間半から二時間と言った位だろうな、国境が閉鎖されていなければ、だが。いずれにせよこのままコイツをぶっ飛ばしても向こうに着くまでにはもうちょっと掛かるぜ?」
「・・・・・」
「ミラベルは、動くかな・・・?」
「なぁに、問題無いさ。仮に動いたとしても、こっちの情報を集める為に暫くはてんやわんやだろう、奴等にとっては今回の計画は、解らない事だらけだろうからな!!!」
と左側に座っていた男がそう言い放つが、その受け答えの様子を見てポールはこの男こそが彼等の中で中心的な役割を担って来たのだろう事を推測すると同時に、もう一つ。
「・・・・・」
(ガリア語を話してはいるが・・・。妙な“プロイセン訛り”があるな・・・!!!)
それらの事に気が付いてしかし、ポールは敢えて黙っている事にした、これ以上彼等を刺激する事は危険であるし、第一無意味であるからだ、今の彼に出来た事と言えば“早く気付いてくれ!!!”と仲間達に念を送る事でしか無く、“この事件が無事に解決してくれますように”、と天に祈る事のみだったのである。
「・・・・・」
(それにしても、だ。どうしてコイツらは“私の素性”を知っていたのだろうか。ミラベル本部に怪しい連中が来た事等は無かったし、だとしたならセイレーンか?しかしあそこだとて、セキュリティーは万全であった筈だ・・・!!!)
“第一に”とポールは更に思考の海へと埋没して行くモノの、“自分の正体”についてはミラベル本部の上層部役員や政府高官、及び一握りの科学者や研究者しか知り得ていない筈なのに、何故コイツらにそれが露見してしまったのかが、皆目見当が付けられずに頭脳の回路が八方塞がりになってしまう。
“わからん”とそこまで考えて、ポールは堪らず溜息を付くモノの、そんな“客人”の態度に些か以上の退屈を感じ始めていた男達は銃口を突き付けたままで、それでも幾分、緊張を解いては欠伸をしたり、窓の外の景色へと目をやったりするようになっていた。
「取り敢えず、まずはチューリッヒまで急いでくれ。国外にまで行っちまえばもう、アイツらも追跡を断念せざるを得ないだろうからな!!!」
「了解した!!!」
ドライバーの男はそう答えると、やや強めにアクセルを踏み込んで加速を掛けた。
V8気筒のターボエンジンは“ブロオオオォォォォォ・・・ッ!!!!!”と言う唸り声を掻き挙げながらも走る力を生み出して行き、ランチャーは国境へと続くハイウェイの只中を快調に飛ばして行った。
一方で。
「警察組織や国軍等にも協力を要請して・・・。国境付近や空港、港湾等には強力な検閲体制を敷いてもらったぞ?蒼太。勿論、鉄道や“ユーロ・ハイウェイ”にもだ!!!」
「有り難う、オリヴィア。これで奴等を国外にまでは出さなくて済むと思うよ・・・!!!」
蒼太がオリヴィアに頭を下げるが、これで一先ずはポール氏の身柄が国外にまで持ち出されずに済むかも知れないと、やや胸をなで下ろすモノの、それにしても。
「・・・・・」
(危ない所だった・・・!!!)
蒼太は改めてそう思った、もしも彼等が始めから空港その他を利用していたのならば、追跡はもっと困難なモノとなってしまっていたであろうからである。
(まあ、それでも。“ポール氏”と言うお荷物を抱えている以上は空港などは利用出来なかっただろうな、隠せる場所も無いし。それに第一、彼等のような“要人”が国外へと向かう場合は緊急時の場合を除いては通常、パスポートに加えて“事前連絡”が必要になって来る。それに何かおかしな点があれば直ちに本部に連絡が行くシステムも整っているし、気軽に国内外へのビジネスが許可されている一般人とは訳が違うからね。どうにもならなかったのだろう・・・!!!)
“となると”と蒼太は更に考えを巡らせた、“奴等はまだ国内にいるに違いない”とそう思いを馳せて、そこで。
「メリー、悪いんだけれども地図を持って来てくれる?なるべく大きなやつがいいな、国内のモノだけで良いから・・・!!!」
「・・・・・っ。は、はいっ!!!」
愛妻に声を掛けると彼女は一瞬、キョトンとした表情を浮かべながらも直ぐにそれに応じてくれた、資料室の“地理”の棚からガリア帝国の“全国地図”を探し出しては蒼太の元へと届け出してくれるモノの、それを。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
皆の目の前で広げた蒼太は、その上から手を翳(かざ)してはその掌に意識を集中させて行き、ポール氏の波動を感じ取ろうと試みるモノの、これは本来、“フーチ”と呼ばれる振り子を使って行う“波動探査”の一種であって、蒼太はしかし今回は、より精度を上げる為に直接的に素手でそれを行う事にしたのであるがその結果、ポール氏は北や西、南の方角にはいないことが判明した、となると残りはもう、東しか無い。
「・・・・・」
“ポール氏の波動がシャットアウトされていなければ良いが・・・!!!”等と考えつつも、蒼太が全国地図の東側へと手を翳してみると、果たしてそこにはー。
怒りと苛つきの感情を纏いつつも、それを耐え忍びつつも目を瞑って座っている氏の姿が脳裏にありありと浮かび上がって来た、蒼太の睨んだ通りで何か乗り物にでも乗っているのだろう、移動速度はそれなりに速くて地図の上でも追跡に苦労するモノの、さて。
「・・・・・?」
(確か・・・。エトルリア製のランチャー・デルタに乗っているんだったな・・・っ!!!)
蒼太が改めて波動を精査して行くと、確かに移動速度は自動車のそれである事が解って来たのであり、更に意識を集中させて行くとやや南東方向に位置しているチューリッヒ国境へと続く“第5ユーロ・ハイウェイ”の上を軽やかに疾走している事まで突き止める事が出来たのだ。
「・・・・・っ。ポール氏は東に向かっている。第5ユーロ・ハイウェイにいると思うよ?波動を感じた」
「・・・・・っ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!?」
「そ、そんな事が解るのか・・・?」
蒼太の言葉にその場にいたメリアリア、アウロラ、オリヴィアを始め、受付嬢や司書達も驚くモノの、“神人化”を獲得している蒼太にとっては相手の波動さえ解っているのならば、別に現場に赴かなくても地図の上から手を翳し、意識を集中させるだけでその居場所を特定する事はさほど難しい事ではなくて、現にこの時もだから瞬く間にポール氏の所在を掴み取ってみせたのみならず、今現在の状況までも“ある程度は”読み取る事が出来たのであった。
ただし。
「犯人の狙いまでは解らないな。USBメモリーを手に入れるのが目的では無かったのか、それとも・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(或いはポール氏の身柄自体が目的だったのか?だとしたら何のために?身代金目的か、この件にハウシェプストの奴等は関わっていないのか・・・?)
“いけない、いけない”とそこまで考えて蒼太は強く頭(かぶり)を振った、いま一番に優先すべき事はポール氏を救出する事であって、間違っても物思いに耽る事では無い。
現に彼の乗った車はルテティアから300キロ以上も離れた場所を走っておりまずはそこまで向かう手段を確保しなければならないモノの、さて。
「・・・今から追跡を開始するとして。国境付近は既に検閲で封鎖されているだろうからポール氏を乗せた奴らの車では通れないだろう。もし犯人がその事を予測していないのであれば、これで事件は解決するんだろうけれど」
「・・・じゃあもし。犯人が此方の手を先読みしていたとしたならば?」
「・・・取り逃がしちゃうだろうな、恐らくね」
「冗談ではないっ!!!」
そんな蒼太とメリアリアの会話を聞いていたオリヴィアが激昂して言い放った、“ここまで犯人に関する手掛かりを掴んでおいて、取り逃がしてなるものか!!!”とそう言って。
「なんとかならないのか?蒼太。ここまで来て相手に逃げられました、では国内の安全と治安とを守る“魔法剣技特殊銃士隊”としても格好が付かんぞ!!?」
“そうは言ってもなぁ・・・っ!!!”と蒼太も頭を抱えてしまった、今から順当に追撃を掛けたとしても、相手はランチャーに乗っている一団である、航空機でも使わない事にはとてもの事、間に合うとは思えない。
(それでも厳しいとは思うけれども・・・。しかしやらないよりはマシだろう!!!)
「今すぐ航空機のチケットを確保出来る?オリヴィア・・・」
「ああっ。いざとなったら政治特権で無理矢理に座席を確保する事だって出来るぞ?それで行くのか・・・?」
「彼等の向かう先には“ユーロ・エアポート”がある。それじゃなければ“リヨン・サン・テグジュペリ空港”を使って追跡を行うべきだな。いずれにせよ犯人達は国内から出られない筈だから、国境付近で立ち往生するだろう、そこを叩こう・・・。メリー達も良い?」
「解ったわ!!!」
「畏まりました!!!」
「了解した!!!」
そう言うと三人の内でオリヴィアは直ちにルテティア国際空港に連絡を入れては“エア・フランス”の座席の確保に乗り出すモノの、そんな彼女を尻目に蒼太は尚もメリアリア達と共に犯人の動きを注視していた。
(チューリッヒに向かっていたみたいだったけれども・・・。もしそれが叶わないとなると、次は一体、どうする気なんだろうか。まさかポール氏を殺害とかしないだろうな?いや、追い詰められればそれも有り得る・・・!!!)
蒼太は思うがしかし、一方で彼はこの時点で彼等の狙いが自分達の顔写真付きプロフィールデータの入っている、USBメモリーよりもポール氏そのものにあるのでは無いのか、とする疑念を払拭する事が出来なかった、それはそうだろう、そうで無ければ彼はとっくに殺されてしまっていてもおかしくはなく、その後でメモリーだけを回収すれば犯人達の思惑は事足りたのだから。
後は至って簡単であり、そのままの足でルテティア国際空港等から航空機を使って第三国へと出国してしまえばもう、此方の追跡は追い付かなくなるのであり、それをしなかった、と言う事は即ち、ポール氏の身柄自体が彼等にとっては必要であった、と言う事でしか無く、しかしその理由も今の所、解明が進んでいないのが現実だったのだ。
「・・・ねえメリー、それとアウロラ!!!」
「えっ。どうしたの?急に・・・」
「何かあったんですか・・・」
いきなり夫から声を掛けられて些か驚きながらも、それでも二人は真面目に青年の問い掛けに応じてくれた。
「ポール氏に付いて、何か知っている事ってない?僕達一般の隊員では無くて、“女王位”にしか知らされていなかった真実とか、そう言った類いのモノとかは・・・?」
「ええ?うーん・・・!!!」
「これと言って、特には・・・!!!」
「・・・・・」
“そうか・・・”と蒼太はいよいよ困ったような顔をして俯いてしまうが真実として彼は、メリアリア達が自分に隠し事をするとは思えなかった、彼女達はその辺りの事はキチンと弁えている存在であって、“本当に大切だ”と思う事柄についてはだから、例えどんなにか言いにくい事であっても、また反対の立場を露わにする見解であったとしてもキチンと自分の意思や考えを伝えて蒼太に話して聞かせてくれるようにしていたのであり、そしてそれはよくよく蒼太も熟知していた為に、本格的に手詰まり状態に陥ってしまっていたのであった。
(ポール氏について・・・。なにか“ウラ”があるな?僕達は勿論のこと、メリー達女王位すらもまだ聞いた事が無い“ウラ”が・・・!!!)
“ミラベルの上層部達は一体、何を隠しているのか?”とそんな事までが頭を過るがとにもかくにもまずはポール氏の身の安全と奪還とが最優先課題である、急いで現地入りしなくてはならないが、しかし。
「・・・・・!?!?!?」
(な、なんだ???大勢の人の気配が近付いて来る。十人前後と言ったところか?男も女も混ざっているみたいだけれども・・・!!!)
「・・・・・っ!!!!!?」
「な、なんでしょうか。人の気配が・・・!!!」
「うむ、何やら大勢が近付いて来るな・・・!!!」
そんな事を考えていた蒼太が突然、自分達のいる資料室へと向けて接近してくる男女の気配を感じ取った直後に、“花嫁達”もまた“それら”を察知して全員で身構えるが、すると次の瞬間ー。
“ギイィィィ・・・ッ!!!”と扉が押し開かれて、そこからはガタイの良くて屈強そうな男達と共に、高身長でスラリとした女性の一団が資料室へと入って来た、それを見た途端に蒼太は彼等がミラベルの中でも精鋭部隊として名高い通称、“プラム”の構成員である事を直感したモノの、一方で。
「・・・“ミラベル”の方ですか?」
「そうだ、君達は“セイレーン”だな?」
どうして彼等が今、この場に於いて姿を現したのかがイマイチ良く解らないでいたモノの、そうやって彼等が身構えたままで無言を貫いていると、プラムの構成員達からは信じられない言葉が飛び出して来たのである、即ち。
“ご苦労だったな”と、そしてー。
“誠に以て申し訳ないのだが・・・。君達はこの事件から手を引いてもらいたい”との事であったのであるモノの、それを聞いた時にはだから、流石の蒼太も花嫁達も一瞬、自分達が何を言われているのかが理解する事が出来なかった。
「・・・・・っ!?!?!?」
「えっ、ええっ!!!!!?」
「ど、どう言う事でありますか・・・?」
「・・・・・」
慌てふためくと同時に呆然となる彼女達を尻目に、蒼太だけはしかし、辛うじて冷静さを保ち続けていたのであったが、その言葉だけで彼はピンと来た、“どうやら自分の考えはアタリだ”と、“ポール氏には何か、仲間内にすら秘密にしなければならないような事情が隠されているのだ”と。
「君達は、よくやってくれた。この短期間で彼を連れ去った車を特定し、犯人のいる場所や今後の行動予定までをも絞り込めている様だな・・・?」
「国境に検閲まで敷いたのも、そう言う事なのだろう?即ち犯人がまだ国内にいる、と言う目処が立った、と言う事だ!!!」
「資料室にやって来たのも、“ここを使った人間が怪しい”と睨んだからだろう?見事な推理力と洞察力だ!!!」
そう言って一頻り、蒼太達を賞賛した後で“しかし”と彼等は告げた、“もうこれ以上は首を突っ込まない方が良い”とそう言って。
「君達は十二分に役目を果たした、後の事は我々に任せて通常の業務に戻りたまえ」
「知っているぞ?セイレーンとても、慢性的な人手不足に陥ってしまっているのだ、と言う事も。そのせいで君達“女王位”ですらも連日、現場に立たなくてはならなくなっているのだ、と言う事もな・・・!!!」
「これ以上、厄介事を背負い込む余裕など、君達には無いのだろう?悪いことは言わない、後の事は我々に任せて君達は君達の任務へと戻るべきだ・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「何故ですか?」
そう言って畳み掛けて来るプラム(ミラベル)の隊員達に対してしかし、先ずは蒼太が一番最初に疑問を呈して見せた。
「まだ犯人の逮捕には至っておりませんし、ポール氏の救出にも成功した訳でもありません。我々はまだ、何も成し得ていないのです。それなのに、いきなり・・・!!!」
「そ、そうですっ。それにポールさんは今でも救出を、心から願っている筈です。全員で動いた方が彼を無事に、かつ早急に奪還出来る目処も立つのでは無いでしょうか!!?」
“それに”とメリアリアが尚も続けた、“私達は今し方、犯人に関する有力な情報を幾つか得ました。それらを共有して、全員で事に当たるべきです!!!”とそう告げて。
「セイレーンの皆さんも、いまは全力を尽くしてポールさんの行方を追っています。彼等にも私達の得た情報を伝えた上でら仲間として共に活動して行くべきです!!!」
「是非とも我々も追撃に加えていただきたい。足手纏いには決してなりませんから!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
アウロラとオリヴィアまでもが加わって、そう捲し立ててみたモノの、それでもプラムの構成員達はうんともすんとも言わなかった、彼等は態度で伝えて来たのである、“察してくれ!!!”とそう言って。
「誠に以て申し訳ないのだがな・・・。君達は業務に戻る事、これは命令である!!!」
「上層部が決定した事なんだ。君達が異論を唱えても、我々にもどうする事も出来ない事なんだ・・・!!!」
「ごめんなさいね・・・。だけど解ってちょうだい?あなた達をこれ以上、この件に関して関わらせる訳には行かないの・・・!!!」
「それ以上は言えないんだけれども・・・。だけどここまで言えば解ってくれるでしょう・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「良いではないか・・・!!!」
それでも尚、と蒼太達が食い下がる様相を見せているとー。
そこに何処からかハイ・ウィザードの一団を引き連れた一人の男が立っていた、帝国国家最高顧問の良識派正統賢者、アルヴィン・ノア博士その人であったが全身を白のローブで身を包み込み、右手に杖を握り締めたその姿はまさに偉大なる魔法使いそのものであり、現に今年で500年を生きている、とされている彼は“生きる叡智”、“人中の太陽”とまで言い表されていたのである。
「こ、これは・・・!!!」
「アルヴィン・ノア様・・・!!!」
「ノア博士・・・!!!」
「構わないではないか、彼等にも追撃に参加してもらいなさい・・・。君達が知っている情報を一つ残らず渡した上でな?」
突如として現れた、この敬愛に値する老人に対してプラムの隊員達が皆恭しく頭を下げるが、すると次の瞬間、彼からもたらされたのはとんでもない一言だったのであり、隊員達を驚愕させるのに充分すぎる言の葉だったのだ。
「・・・・・っ!!!!!」
「そ、それは・・・っ!!!」
「いけません博士、それだけは・・・っ!!!」
「なに、構わんよ。彼等は信頼出来る人物達なのでな・・・!!!」
“それに”、とノア博士は続けて言った、“既にミラベルの上層部達からも許可は取り付けておる”とそう告げて。
「試しに、電話を掛けてみなさい。そうすればきっと君達も、納得をするであろうから・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・申し訳御座いません、“エメリック”ですが。今我等の前にノア博士がやってこられまして・・・。ええ、そうです。ええ・・・」
そう言って決まりが悪そうに上層部へと電話を掛けていた“エメリック”と名乗る男性が、暫く言葉を交わした後に“ええっ!!?”と驚愕の声を挙げてはそのまま恐懼したかのように背筋を縮込めてしまったのである。
「・・・博士が言われた事は本当だ、上層部から“情報を開示しても良い”との許可があった」
「・・・・・っ!!!!!?」
「ば、ばかな・・・っ!!!」
「いいや、でも確かに・・・っ!!!」
そう言って一頻り、その場にいた全員で話し合いを持っていたプラム隊員達であったが、やがて合議を解いては蒼太達へと向き直る。
「先程は、済まなかったね。許してもらいたい・・・!!!」
「我々も、上層部の命令で動いているのだ。そこは解ってくれ・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「良いんですよ、そんな事。我々とて同じですから・・・!!!」
“それよりも”と無言で事の成り行きを見守り続けていた“花嫁達”に代わって蒼太がそう答えて先を急かすモノの、彼としてみれば一刻も早くに出動態勢に入りたいのであって、間違ってもこんな所でグズグズと、時間を浪費している余裕などは、一秒たりとも存在していなかったのだ。
それというのも。
(もしポール氏の持っているUSBメモリーを解析されて、中の情報が外部に流出させられてしまえばメリー達も含めて僕達は今後、ずっとこの広い世界の何処に行っても今まで以上に背中に気を付けて生きて行かなきゃならなくなる。そんな事にでもなったなら、とてもではないが命がいくつあっても足りはしないぞ?何としてでもポール氏共々奪還しなければ・・・!!!)
そう思っていたからなのだが確かに、他所の情報機関に自分達のプロフィールが流出した、等という事にでもなったら彼等は日常生活を送る事さえ危ぶまれる事態になる訳なのであって、蒼太達としてはだから、それだけは是が非でも食い止めなければならないと、思っている次第であったのである。
「それでその・・・。“ポール氏に纏わる秘密”と言うのは一体全体何なのですか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「君は“量子コンピューター”を知っているだろう?」
「・・・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「知っています、世界各国で研究が進んでいるモノですね?次世代型最新式コンピューターでこれを用いればどんな“可能性の領域”までも一瞬で計算する事が出来る為、既存の暗号やパスワードなどが全く役に立たなくなる、と言われているヤツです。確か“量子のねじれ”や“重ね合わせ”の特徴を計算に活かしている為だそうですけれども・・・。しかしアレって現実的には2040年代には実用化出来る、とか言われていたのに、実際にはまだ“量子アニーラー”だったり“NISQ”のレベルでしか開発が進んでいない代物だったと聞きましたけれども・・・」
「そうだ!!!」
その話を聞いた“エメリック”と名乗った男が頷くモノの、確かに蒼太の言った通りで2080年代になってすらも、人類は未だに“エラー耐性量子”を持つ万能型量子コンピューターを開発出来ずにいたのである、そのためー。
各国は競って(或いは合同で)この未来型の新機軸である計算機の開発に、躍起になって取り組み続けていたモノの、それとポール氏とが、何の関係があるのだろうか、と蒼太が疑問に思っているとー。
「実はな。ポール氏はただ単に、君達と我々との橋渡し役を務めていただけの男じゃあ無いんだよ。それに加えて彼には幾つかの、“裏の顔”があったのだ・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「“裏の顔”・・・?」
“そうだ”と蒼太の言葉に頷いた後で、エメリックが更に続けた、“彼は優れた数学者であるのみならず、類い稀なるポテンシャルを秘めたシステムエンジニアだったのだ!!!”とそう告げて。
「それだけじゃない。彼は我が国に於ける“量子コンピューター”開発の第一人者であったのだ・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
「そ、そんな・・・っ!!!」
「何という事だ・・・!!!」
「・・・・・」
エメリックの言葉に動揺する妻達を他所に、蒼太はただ一人、その精神を平静に保ち、彼の次の言葉を待っていた。
「彼は自身でも量子コンピューターの開発を志していたんだよ。そのかどで、我が国の開発チームと意気投合してね。話を進めて行く内に、彼をその開発プロジェクトの責任者として抜擢しようとする動きすらあったみたいなんだ・・・」
「そこまでの能力を持っていたとは・・・。しかし幾ら優れているとは言えども、一介の数学者にしか過ぎないポール氏に、どうしてそこまで・・・」
「とんでもない!!!」
すると蒼太のその言葉を聞いたエメリックが、やや語気を強めて言い放った。
「これを見てみたまえ、蒼太君。彼が若い頃に履修して、その時に書いている論文の原本だ・・・。コピーは取ってあるが、その当時で既に、これだけの足跡を残しているんだよ!!!」
「・・・・・?」
そう言ってエメリックは同僚からファイルを受け取りつつも、それを蒼太達に提示して見せるが、するとそこには。
「ユークリッド理論、偏微分方程式、量子力学、フーリエ解析、エルゴード理論・・・ってこれ!!!」
蒼太が思わず絶叫した、“ヒルベルト空間論を熟知している、と言う事じゃ無いですか!!!”と。
「そうだ。彼は間違いなく、“ヒルベルト空間論”を理解していた、そしてそれらの学問で得た知識を自身の研究、即ち“近未来型万能量子コンピューター”に活かそうとしていたんだよ!!!」
“だからさっきも言っただろう?”とエメリックは更に続けた、“ポール氏を我が国の量子コンピューター開発チームは必要としていたんだ!!!”と、そう言って。
「だから彼を、即ちポール氏を量子コンピューターの開発チームの責任者として招聘し、その力を借りる事になっていたんだ。そうすれば我が国は独自で未来型テクノロジーの最新式計算機を手にする事が出来る。だから我々、その事を知る者達の間では、彼は密かにこう呼ばれていたんだよ。“ポール氏こそ第二のフォン・ノイマンだ!!!”とね」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「事実として、彼の提唱した理論の数々には素晴らしいモノがあったよ。もっともその根底にあったのは我々の良く知る“量子力学”や“超ひも理論”ではなくて、もっと別の方程式、学問であったみたいだがね?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「一体、何だったのですか?彼の提唱した理論を支えた、既存の量子力学とは別体系の学問と言うのは・・・?」
「それを本人に問い質す前に、今回の事件となったのだ!!!」
エメリックが悔しそうにそう述べた。
「蒼太君、頼む。我々も全力でサポートするから、どうか改めて我々に力を貸してもらいたい。どうしても我々は氏の身柄を奪還する必要があるのだ、解るだろう!!?」
「・・・・・」
「もしも今回、氏がこのまま何処かに連れ去られてその力を悪用され、非道な組織が“量子コンピューター”を開発してしまったら。はたまた氏の持っているUSBメモリーが解析されて、中の情報が外に流出するような事態となったらもう、我々は生きてはいけなくなるんだ。それを阻止する為にも頼む、この通りだ・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「もう一つ、どうして僕やメリー達の名前や素性を知っていたのですか?まだ僕達は名乗り出てはいなかった筈ですが・・・」
「・・・君の事は上層部でもちょっとした話題になっていたからね。危機に陥っていたヴァロワとフォンティーヌを守って助け、その挙げ句に、エイジャックスの陰謀を未然に防いだ救国の英雄。そんな風に言われているんだぞ?」
“その上”と彼は続けた、“君は密かに特別国家功労賞を授与される事が決まっているのだろうけれども、その際の護衛をするのは我々なのだ。知らないはずが無いだろう!!!”とそう述べて。
「だから君の事は良く知っているよ、ここにいる全員がね・・・。そしてそちらのお嬢さん達の事もな。まあ彼女達は昔から、“セイレーンの女王位”を張っていたのだから、当たり前と言えば当たり前だが・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「そう言う事ですか・・・」
「そう言う事だよ・・・」
そう言ってエメリックは親指をグッと立てて見せて来た、どうやら彼自身は愛嬌のある性格をしているらしく、悪い人間では無さそうなのが解って多少、ホッとする蒼太であったが、しかし。
「とにかく、事がこうなった以上は君達にも動いてもらうぞ?勿論、“秘密”は守った上でな。まあとは言っても、相手の動きがよく解らないから、今の所はここにこうしているしか無いのだがね・・・」
「いいや、大丈夫だ・・・!!!」
するとそれまで黙って話を聞いていた筈のアルヴィン・ノアがそう言って再び口を開いた。
「その青年は犯人達の行方についても、恐らく既に目星を付けている筈だ・・・。そうなのだろう?」
「ええ、まあ・・・」
“読まれていたのか!!?”と蒼太は内心で舌を巻くモノの、改めて思い返してみると、ノア博士がここへやって来たのは蒼太達の味方をするため、と言うよりもむしろ、今回の事が本格的に国防の危ぶまれるレベルの重大事態だと認識しているからであり、そのかどで、ミラベルとセイレーンの総力を結集させる為に出張って来た、と考えた方が良いようであり、つまりは自分達はいま、それだけの岐路に立たされているのだと考えなければならない訳であり、その事に気付いた蒼太は身の引き締まる思いがした。
「ほ、本当なのかい?蒼太君・・・?」
「・・・自分の能力の一つである、“波動探査”を行ってポール氏の行方を追ってみました、あくまでそれによるとですが。氏は今、“第五ユーロ・ハイウェイ”をチューリッヒに向かって移動させられているようです」
「・・・・・っ!!!!!」
「チューリッヒだって・・・!!?」
「既にここから300キロ以上は離れた場所を走行している様ですから、今から順当に追撃しても間に合わないと思いますよ?それよりも・・・」
「なるほど!!!」
そこまで話を聞いていたエメリックが頷いてみせた、“航空機だな!!?”とそう言って。
「そうです。そこで“ユーロ・エアポート”に向かうか、然もなくば“リヨン・サン・テグジュペリ空港”かのどちらかに向かい、恐らくは国境付近で立ち往生するであろう犯人の車を襲撃しようかと思っていたのですが・・・!!!」
「・・・よし!!!」
エメリックがそう呟いたのを、蒼太は聞き逃さなかった。
「“リヨン・サン・テグジュペリ”へは我々が向かう。君達は“ユーロ・エアポート”に向かってくれ。あそこはプロイセンとの国境にあって万が一にも犯人達が向かわない、とも限らないからな。充分に注意して欲しい!!!」
「了解しました、エメリックさん。それと・・・!!!」
「向こうで使う乗り物も、勿論こちらで手配しておくよ。君達には今から即刻、飛んで欲しいんだ!!!」
「解りました・・・。行こう、メリー、アウロラ、オリヴィア!!!」
「ええっ!!!」
「はいっ!!!」
「うむっ!!!」
そう会釈をすると、花嫁達に声を掛けつつ蒼太は資料室からルテティア国際空港へと向けて早歩きで移動し始めた、目指すはポール氏とUSBメモリーの奪還であり相手はプロの仕事人達である、中々に困難な任務であるが、今後の自分達の身の安全が掛かっているため、どのみち全員でやるしかない。
「・・・・・」
(一応。後で“スナイパー”の配備も要請しておくか。今のミラベルだったら恐らく、動いてくれるだろうからな・・・!!!)
そう思い立つと蒼太は妻達共々、急いでタクシー乗り場へと歩を進めて行ったのである。
蒼太君は気分によって一人称を変えたりします(大抵は“僕”なんですけれども時々“俺”と言ったりします)。
本気で怒っている時や決意を固めている時等はよく“俺”と言う言葉を使います(あとアンリのような悪友達と遊んでいる時等も同様です)。
ーーーーーーーーーーーーーー
蒼太達の追跡が、いよいよ本格化しようとしていた、丁度その頃。
ルテティアから隣国チューリッヒの首都ベルンへと向かって真っ直ぐに伸びている、第5ユーロ・ハイウェイ、その手入れの行き届いているアスファルトの道の上を勢い良く疾走して行く一台の黒のランチャーの姿があった。
そこに乗っていたのはただ一人、ポール・アギヨンその人を除いては全員が黒づくめのボディスーツにフェイスマスク、そして変声機を着けている屈強な男達であって、ポールを後部座席の中央に無理矢理に押し込めるようにして座らせていた彼等は挙げ句に、その銃口を氏に突き付けていたのであった。
「こんな事をしても、無駄だぞ?お前達は逮捕される運命にある・・・!!!」
「・・・・・」
苦虫をかみつぶしたようた表情を見せつつも、ポールは果敢に訴えた。
「どうやらチューリッヒに向かっている様だが・・・。あの国は昔からの永世中立国だ、戦争や犯罪行為には一切の手を貸さんぞ!!?」
「・・・・・」
「お前達はやってはならぬ事をした、どの道終わりが待っているだけだ!!!」
「・・・・・」
“やかましいぞ?”とそこまでポールが話した時に、彼の左側に座って腕を組んでいた男が変声機を通じて話し掛けて来た、“今やあんたは捕虜になったんだ、大人しくしているんだな・・・!!!”とそう告げて。
「なに、安心しなよ。何もあんたを殺そうってんじゃないんだ。・・・大人しくしていてさえくれればな!!!」
「・・・・・っ!!!」
(く・・・っ!!!)
ポールが悔しそうに呻くと、それを見た男は“それで良いんだよ”と満足げに呟いて今度は、前に座っていた仲間のウチで運転を担当している者に話し掛けた。
「チューリッヒにまでは、あとどれぐらい掛かる?」
「もうあと、一時間半から二時間と言った位だろうな、国境が閉鎖されていなければ、だが。いずれにせよこのままコイツをぶっ飛ばしても向こうに着くまでにはもうちょっと掛かるぜ?」
「・・・・・」
「ミラベルは、動くかな・・・?」
「なぁに、問題無いさ。仮に動いたとしても、こっちの情報を集める為に暫くはてんやわんやだろう、奴等にとっては今回の計画は、解らない事だらけだろうからな!!!」
と左側に座っていた男がそう言い放つが、その受け答えの様子を見てポールはこの男こそが彼等の中で中心的な役割を担って来たのだろう事を推測すると同時に、もう一つ。
「・・・・・」
(ガリア語を話してはいるが・・・。妙な“プロイセン訛り”があるな・・・!!!)
それらの事に気が付いてしかし、ポールは敢えて黙っている事にした、これ以上彼等を刺激する事は危険であるし、第一無意味であるからだ、今の彼に出来た事と言えば“早く気付いてくれ!!!”と仲間達に念を送る事でしか無く、“この事件が無事に解決してくれますように”、と天に祈る事のみだったのである。
「・・・・・」
(それにしても、だ。どうしてコイツらは“私の素性”を知っていたのだろうか。ミラベル本部に怪しい連中が来た事等は無かったし、だとしたならセイレーンか?しかしあそこだとて、セキュリティーは万全であった筈だ・・・!!!)
“第一に”とポールは更に思考の海へと埋没して行くモノの、“自分の正体”についてはミラベル本部の上層部役員や政府高官、及び一握りの科学者や研究者しか知り得ていない筈なのに、何故コイツらにそれが露見してしまったのかが、皆目見当が付けられずに頭脳の回路が八方塞がりになってしまう。
“わからん”とそこまで考えて、ポールは堪らず溜息を付くモノの、そんな“客人”の態度に些か以上の退屈を感じ始めていた男達は銃口を突き付けたままで、それでも幾分、緊張を解いては欠伸をしたり、窓の外の景色へと目をやったりするようになっていた。
「取り敢えず、まずはチューリッヒまで急いでくれ。国外にまで行っちまえばもう、アイツらも追跡を断念せざるを得ないだろうからな!!!」
「了解した!!!」
ドライバーの男はそう答えると、やや強めにアクセルを踏み込んで加速を掛けた。
V8気筒のターボエンジンは“ブロオオオォォォォォ・・・ッ!!!!!”と言う唸り声を掻き挙げながらも走る力を生み出して行き、ランチャーは国境へと続くハイウェイの只中を快調に飛ばして行った。
一方で。
「警察組織や国軍等にも協力を要請して・・・。国境付近や空港、港湾等には強力な検閲体制を敷いてもらったぞ?蒼太。勿論、鉄道や“ユーロ・ハイウェイ”にもだ!!!」
「有り難う、オリヴィア。これで奴等を国外にまでは出さなくて済むと思うよ・・・!!!」
蒼太がオリヴィアに頭を下げるが、これで一先ずはポール氏の身柄が国外にまで持ち出されずに済むかも知れないと、やや胸をなで下ろすモノの、それにしても。
「・・・・・」
(危ない所だった・・・!!!)
蒼太は改めてそう思った、もしも彼等が始めから空港その他を利用していたのならば、追跡はもっと困難なモノとなってしまっていたであろうからである。
(まあ、それでも。“ポール氏”と言うお荷物を抱えている以上は空港などは利用出来なかっただろうな、隠せる場所も無いし。それに第一、彼等のような“要人”が国外へと向かう場合は緊急時の場合を除いては通常、パスポートに加えて“事前連絡”が必要になって来る。それに何かおかしな点があれば直ちに本部に連絡が行くシステムも整っているし、気軽に国内外へのビジネスが許可されている一般人とは訳が違うからね。どうにもならなかったのだろう・・・!!!)
“となると”と蒼太は更に考えを巡らせた、“奴等はまだ国内にいるに違いない”とそう思いを馳せて、そこで。
「メリー、悪いんだけれども地図を持って来てくれる?なるべく大きなやつがいいな、国内のモノだけで良いから・・・!!!」
「・・・・・っ。は、はいっ!!!」
愛妻に声を掛けると彼女は一瞬、キョトンとした表情を浮かべながらも直ぐにそれに応じてくれた、資料室の“地理”の棚からガリア帝国の“全国地図”を探し出しては蒼太の元へと届け出してくれるモノの、それを。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
皆の目の前で広げた蒼太は、その上から手を翳(かざ)してはその掌に意識を集中させて行き、ポール氏の波動を感じ取ろうと試みるモノの、これは本来、“フーチ”と呼ばれる振り子を使って行う“波動探査”の一種であって、蒼太はしかし今回は、より精度を上げる為に直接的に素手でそれを行う事にしたのであるがその結果、ポール氏は北や西、南の方角にはいないことが判明した、となると残りはもう、東しか無い。
「・・・・・」
“ポール氏の波動がシャットアウトされていなければ良いが・・・!!!”等と考えつつも、蒼太が全国地図の東側へと手を翳してみると、果たしてそこにはー。
怒りと苛つきの感情を纏いつつも、それを耐え忍びつつも目を瞑って座っている氏の姿が脳裏にありありと浮かび上がって来た、蒼太の睨んだ通りで何か乗り物にでも乗っているのだろう、移動速度はそれなりに速くて地図の上でも追跡に苦労するモノの、さて。
「・・・・・?」
(確か・・・。エトルリア製のランチャー・デルタに乗っているんだったな・・・っ!!!)
蒼太が改めて波動を精査して行くと、確かに移動速度は自動車のそれである事が解って来たのであり、更に意識を集中させて行くとやや南東方向に位置しているチューリッヒ国境へと続く“第5ユーロ・ハイウェイ”の上を軽やかに疾走している事まで突き止める事が出来たのだ。
「・・・・・っ。ポール氏は東に向かっている。第5ユーロ・ハイウェイにいると思うよ?波動を感じた」
「・・・・・っ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!?」
「そ、そんな事が解るのか・・・?」
蒼太の言葉にその場にいたメリアリア、アウロラ、オリヴィアを始め、受付嬢や司書達も驚くモノの、“神人化”を獲得している蒼太にとっては相手の波動さえ解っているのならば、別に現場に赴かなくても地図の上から手を翳し、意識を集中させるだけでその居場所を特定する事はさほど難しい事ではなくて、現にこの時もだから瞬く間にポール氏の所在を掴み取ってみせたのみならず、今現在の状況までも“ある程度は”読み取る事が出来たのであった。
ただし。
「犯人の狙いまでは解らないな。USBメモリーを手に入れるのが目的では無かったのか、それとも・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(或いはポール氏の身柄自体が目的だったのか?だとしたら何のために?身代金目的か、この件にハウシェプストの奴等は関わっていないのか・・・?)
“いけない、いけない”とそこまで考えて蒼太は強く頭(かぶり)を振った、いま一番に優先すべき事はポール氏を救出する事であって、間違っても物思いに耽る事では無い。
現に彼の乗った車はルテティアから300キロ以上も離れた場所を走っておりまずはそこまで向かう手段を確保しなければならないモノの、さて。
「・・・今から追跡を開始するとして。国境付近は既に検閲で封鎖されているだろうからポール氏を乗せた奴らの車では通れないだろう。もし犯人がその事を予測していないのであれば、これで事件は解決するんだろうけれど」
「・・・じゃあもし。犯人が此方の手を先読みしていたとしたならば?」
「・・・取り逃がしちゃうだろうな、恐らくね」
「冗談ではないっ!!!」
そんな蒼太とメリアリアの会話を聞いていたオリヴィアが激昂して言い放った、“ここまで犯人に関する手掛かりを掴んでおいて、取り逃がしてなるものか!!!”とそう言って。
「なんとかならないのか?蒼太。ここまで来て相手に逃げられました、では国内の安全と治安とを守る“魔法剣技特殊銃士隊”としても格好が付かんぞ!!?」
“そうは言ってもなぁ・・・っ!!!”と蒼太も頭を抱えてしまった、今から順当に追撃を掛けたとしても、相手はランチャーに乗っている一団である、航空機でも使わない事にはとてもの事、間に合うとは思えない。
(それでも厳しいとは思うけれども・・・。しかしやらないよりはマシだろう!!!)
「今すぐ航空機のチケットを確保出来る?オリヴィア・・・」
「ああっ。いざとなったら政治特権で無理矢理に座席を確保する事だって出来るぞ?それで行くのか・・・?」
「彼等の向かう先には“ユーロ・エアポート”がある。それじゃなければ“リヨン・サン・テグジュペリ空港”を使って追跡を行うべきだな。いずれにせよ犯人達は国内から出られない筈だから、国境付近で立ち往生するだろう、そこを叩こう・・・。メリー達も良い?」
「解ったわ!!!」
「畏まりました!!!」
「了解した!!!」
そう言うと三人の内でオリヴィアは直ちにルテティア国際空港に連絡を入れては“エア・フランス”の座席の確保に乗り出すモノの、そんな彼女を尻目に蒼太は尚もメリアリア達と共に犯人の動きを注視していた。
(チューリッヒに向かっていたみたいだったけれども・・・。もしそれが叶わないとなると、次は一体、どうする気なんだろうか。まさかポール氏を殺害とかしないだろうな?いや、追い詰められればそれも有り得る・・・!!!)
蒼太は思うがしかし、一方で彼はこの時点で彼等の狙いが自分達の顔写真付きプロフィールデータの入っている、USBメモリーよりもポール氏そのものにあるのでは無いのか、とする疑念を払拭する事が出来なかった、それはそうだろう、そうで無ければ彼はとっくに殺されてしまっていてもおかしくはなく、その後でメモリーだけを回収すれば犯人達の思惑は事足りたのだから。
後は至って簡単であり、そのままの足でルテティア国際空港等から航空機を使って第三国へと出国してしまえばもう、此方の追跡は追い付かなくなるのであり、それをしなかった、と言う事は即ち、ポール氏の身柄自体が彼等にとっては必要であった、と言う事でしか無く、しかしその理由も今の所、解明が進んでいないのが現実だったのだ。
「・・・ねえメリー、それとアウロラ!!!」
「えっ。どうしたの?急に・・・」
「何かあったんですか・・・」
いきなり夫から声を掛けられて些か驚きながらも、それでも二人は真面目に青年の問い掛けに応じてくれた。
「ポール氏に付いて、何か知っている事ってない?僕達一般の隊員では無くて、“女王位”にしか知らされていなかった真実とか、そう言った類いのモノとかは・・・?」
「ええ?うーん・・・!!!」
「これと言って、特には・・・!!!」
「・・・・・」
“そうか・・・”と蒼太はいよいよ困ったような顔をして俯いてしまうが真実として彼は、メリアリア達が自分に隠し事をするとは思えなかった、彼女達はその辺りの事はキチンと弁えている存在であって、“本当に大切だ”と思う事柄についてはだから、例えどんなにか言いにくい事であっても、また反対の立場を露わにする見解であったとしてもキチンと自分の意思や考えを伝えて蒼太に話して聞かせてくれるようにしていたのであり、そしてそれはよくよく蒼太も熟知していた為に、本格的に手詰まり状態に陥ってしまっていたのであった。
(ポール氏について・・・。なにか“ウラ”があるな?僕達は勿論のこと、メリー達女王位すらもまだ聞いた事が無い“ウラ”が・・・!!!)
“ミラベルの上層部達は一体、何を隠しているのか?”とそんな事までが頭を過るがとにもかくにもまずはポール氏の身の安全と奪還とが最優先課題である、急いで現地入りしなくてはならないが、しかし。
「・・・・・!?!?!?」
(な、なんだ???大勢の人の気配が近付いて来る。十人前後と言ったところか?男も女も混ざっているみたいだけれども・・・!!!)
「・・・・・っ!!!!!?」
「な、なんでしょうか。人の気配が・・・!!!」
「うむ、何やら大勢が近付いて来るな・・・!!!」
そんな事を考えていた蒼太が突然、自分達のいる資料室へと向けて接近してくる男女の気配を感じ取った直後に、“花嫁達”もまた“それら”を察知して全員で身構えるが、すると次の瞬間ー。
“ギイィィィ・・・ッ!!!”と扉が押し開かれて、そこからはガタイの良くて屈強そうな男達と共に、高身長でスラリとした女性の一団が資料室へと入って来た、それを見た途端に蒼太は彼等がミラベルの中でも精鋭部隊として名高い通称、“プラム”の構成員である事を直感したモノの、一方で。
「・・・“ミラベル”の方ですか?」
「そうだ、君達は“セイレーン”だな?」
どうして彼等が今、この場に於いて姿を現したのかがイマイチ良く解らないでいたモノの、そうやって彼等が身構えたままで無言を貫いていると、プラムの構成員達からは信じられない言葉が飛び出して来たのである、即ち。
“ご苦労だったな”と、そしてー。
“誠に以て申し訳ないのだが・・・。君達はこの事件から手を引いてもらいたい”との事であったのであるモノの、それを聞いた時にはだから、流石の蒼太も花嫁達も一瞬、自分達が何を言われているのかが理解する事が出来なかった。
「・・・・・っ!?!?!?」
「えっ、ええっ!!!!!?」
「ど、どう言う事でありますか・・・?」
「・・・・・」
慌てふためくと同時に呆然となる彼女達を尻目に、蒼太だけはしかし、辛うじて冷静さを保ち続けていたのであったが、その言葉だけで彼はピンと来た、“どうやら自分の考えはアタリだ”と、“ポール氏には何か、仲間内にすら秘密にしなければならないような事情が隠されているのだ”と。
「君達は、よくやってくれた。この短期間で彼を連れ去った車を特定し、犯人のいる場所や今後の行動予定までをも絞り込めている様だな・・・?」
「国境に検閲まで敷いたのも、そう言う事なのだろう?即ち犯人がまだ国内にいる、と言う目処が立った、と言う事だ!!!」
「資料室にやって来たのも、“ここを使った人間が怪しい”と睨んだからだろう?見事な推理力と洞察力だ!!!」
そう言って一頻り、蒼太達を賞賛した後で“しかし”と彼等は告げた、“もうこれ以上は首を突っ込まない方が良い”とそう言って。
「君達は十二分に役目を果たした、後の事は我々に任せて通常の業務に戻りたまえ」
「知っているぞ?セイレーンとても、慢性的な人手不足に陥ってしまっているのだ、と言う事も。そのせいで君達“女王位”ですらも連日、現場に立たなくてはならなくなっているのだ、と言う事もな・・・!!!」
「これ以上、厄介事を背負い込む余裕など、君達には無いのだろう?悪いことは言わない、後の事は我々に任せて君達は君達の任務へと戻るべきだ・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「何故ですか?」
そう言って畳み掛けて来るプラム(ミラベル)の隊員達に対してしかし、先ずは蒼太が一番最初に疑問を呈して見せた。
「まだ犯人の逮捕には至っておりませんし、ポール氏の救出にも成功した訳でもありません。我々はまだ、何も成し得ていないのです。それなのに、いきなり・・・!!!」
「そ、そうですっ。それにポールさんは今でも救出を、心から願っている筈です。全員で動いた方が彼を無事に、かつ早急に奪還出来る目処も立つのでは無いでしょうか!!?」
“それに”とメリアリアが尚も続けた、“私達は今し方、犯人に関する有力な情報を幾つか得ました。それらを共有して、全員で事に当たるべきです!!!”とそう告げて。
「セイレーンの皆さんも、いまは全力を尽くしてポールさんの行方を追っています。彼等にも私達の得た情報を伝えた上でら仲間として共に活動して行くべきです!!!」
「是非とも我々も追撃に加えていただきたい。足手纏いには決してなりませんから!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
アウロラとオリヴィアまでもが加わって、そう捲し立ててみたモノの、それでもプラムの構成員達はうんともすんとも言わなかった、彼等は態度で伝えて来たのである、“察してくれ!!!”とそう言って。
「誠に以て申し訳ないのだがな・・・。君達は業務に戻る事、これは命令である!!!」
「上層部が決定した事なんだ。君達が異論を唱えても、我々にもどうする事も出来ない事なんだ・・・!!!」
「ごめんなさいね・・・。だけど解ってちょうだい?あなた達をこれ以上、この件に関して関わらせる訳には行かないの・・・!!!」
「それ以上は言えないんだけれども・・・。だけどここまで言えば解ってくれるでしょう・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「良いではないか・・・!!!」
それでも尚、と蒼太達が食い下がる様相を見せているとー。
そこに何処からかハイ・ウィザードの一団を引き連れた一人の男が立っていた、帝国国家最高顧問の良識派正統賢者、アルヴィン・ノア博士その人であったが全身を白のローブで身を包み込み、右手に杖を握り締めたその姿はまさに偉大なる魔法使いそのものであり、現に今年で500年を生きている、とされている彼は“生きる叡智”、“人中の太陽”とまで言い表されていたのである。
「こ、これは・・・!!!」
「アルヴィン・ノア様・・・!!!」
「ノア博士・・・!!!」
「構わないではないか、彼等にも追撃に参加してもらいなさい・・・。君達が知っている情報を一つ残らず渡した上でな?」
突如として現れた、この敬愛に値する老人に対してプラムの隊員達が皆恭しく頭を下げるが、すると次の瞬間、彼からもたらされたのはとんでもない一言だったのであり、隊員達を驚愕させるのに充分すぎる言の葉だったのだ。
「・・・・・っ!!!!!」
「そ、それは・・・っ!!!」
「いけません博士、それだけは・・・っ!!!」
「なに、構わんよ。彼等は信頼出来る人物達なのでな・・・!!!」
“それに”、とノア博士は続けて言った、“既にミラベルの上層部達からも許可は取り付けておる”とそう告げて。
「試しに、電話を掛けてみなさい。そうすればきっと君達も、納得をするであろうから・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・申し訳御座いません、“エメリック”ですが。今我等の前にノア博士がやってこられまして・・・。ええ、そうです。ええ・・・」
そう言って決まりが悪そうに上層部へと電話を掛けていた“エメリック”と名乗る男性が、暫く言葉を交わした後に“ええっ!!?”と驚愕の声を挙げてはそのまま恐懼したかのように背筋を縮込めてしまったのである。
「・・・博士が言われた事は本当だ、上層部から“情報を開示しても良い”との許可があった」
「・・・・・っ!!!!!?」
「ば、ばかな・・・っ!!!」
「いいや、でも確かに・・・っ!!!」
そう言って一頻り、その場にいた全員で話し合いを持っていたプラム隊員達であったが、やがて合議を解いては蒼太達へと向き直る。
「先程は、済まなかったね。許してもらいたい・・・!!!」
「我々も、上層部の命令で動いているのだ。そこは解ってくれ・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「良いんですよ、そんな事。我々とて同じですから・・・!!!」
“それよりも”と無言で事の成り行きを見守り続けていた“花嫁達”に代わって蒼太がそう答えて先を急かすモノの、彼としてみれば一刻も早くに出動態勢に入りたいのであって、間違ってもこんな所でグズグズと、時間を浪費している余裕などは、一秒たりとも存在していなかったのだ。
それというのも。
(もしポール氏の持っているUSBメモリーを解析されて、中の情報が外部に流出させられてしまえばメリー達も含めて僕達は今後、ずっとこの広い世界の何処に行っても今まで以上に背中に気を付けて生きて行かなきゃならなくなる。そんな事にでもなったなら、とてもではないが命がいくつあっても足りはしないぞ?何としてでもポール氏共々奪還しなければ・・・!!!)
そう思っていたからなのだが確かに、他所の情報機関に自分達のプロフィールが流出した、等という事にでもなったら彼等は日常生活を送る事さえ危ぶまれる事態になる訳なのであって、蒼太達としてはだから、それだけは是が非でも食い止めなければならないと、思っている次第であったのである。
「それでその・・・。“ポール氏に纏わる秘密”と言うのは一体全体何なのですか?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「君は“量子コンピューター”を知っているだろう?」
「・・・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「知っています、世界各国で研究が進んでいるモノですね?次世代型最新式コンピューターでこれを用いればどんな“可能性の領域”までも一瞬で計算する事が出来る為、既存の暗号やパスワードなどが全く役に立たなくなる、と言われているヤツです。確か“量子のねじれ”や“重ね合わせ”の特徴を計算に活かしている為だそうですけれども・・・。しかしアレって現実的には2040年代には実用化出来る、とか言われていたのに、実際にはまだ“量子アニーラー”だったり“NISQ”のレベルでしか開発が進んでいない代物だったと聞きましたけれども・・・」
「そうだ!!!」
その話を聞いた“エメリック”と名乗った男が頷くモノの、確かに蒼太の言った通りで2080年代になってすらも、人類は未だに“エラー耐性量子”を持つ万能型量子コンピューターを開発出来ずにいたのである、そのためー。
各国は競って(或いは合同で)この未来型の新機軸である計算機の開発に、躍起になって取り組み続けていたモノの、それとポール氏とが、何の関係があるのだろうか、と蒼太が疑問に思っているとー。
「実はな。ポール氏はただ単に、君達と我々との橋渡し役を務めていただけの男じゃあ無いんだよ。それに加えて彼には幾つかの、“裏の顔”があったのだ・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「“裏の顔”・・・?」
“そうだ”と蒼太の言葉に頷いた後で、エメリックが更に続けた、“彼は優れた数学者であるのみならず、類い稀なるポテンシャルを秘めたシステムエンジニアだったのだ!!!”とそう告げて。
「それだけじゃない。彼は我が国に於ける“量子コンピューター”開発の第一人者であったのだ・・・」
「・・・・・っ!!!!!」
「そ、そんな・・・っ!!!」
「何という事だ・・・!!!」
「・・・・・」
エメリックの言葉に動揺する妻達を他所に、蒼太はただ一人、その精神を平静に保ち、彼の次の言葉を待っていた。
「彼は自身でも量子コンピューターの開発を志していたんだよ。そのかどで、我が国の開発チームと意気投合してね。話を進めて行く内に、彼をその開発プロジェクトの責任者として抜擢しようとする動きすらあったみたいなんだ・・・」
「そこまでの能力を持っていたとは・・・。しかし幾ら優れているとは言えども、一介の数学者にしか過ぎないポール氏に、どうしてそこまで・・・」
「とんでもない!!!」
すると蒼太のその言葉を聞いたエメリックが、やや語気を強めて言い放った。
「これを見てみたまえ、蒼太君。彼が若い頃に履修して、その時に書いている論文の原本だ・・・。コピーは取ってあるが、その当時で既に、これだけの足跡を残しているんだよ!!!」
「・・・・・?」
そう言ってエメリックは同僚からファイルを受け取りつつも、それを蒼太達に提示して見せるが、するとそこには。
「ユークリッド理論、偏微分方程式、量子力学、フーリエ解析、エルゴード理論・・・ってこれ!!!」
蒼太が思わず絶叫した、“ヒルベルト空間論を熟知している、と言う事じゃ無いですか!!!”と。
「そうだ。彼は間違いなく、“ヒルベルト空間論”を理解していた、そしてそれらの学問で得た知識を自身の研究、即ち“近未来型万能量子コンピューター”に活かそうとしていたんだよ!!!」
“だからさっきも言っただろう?”とエメリックは更に続けた、“ポール氏を我が国の量子コンピューター開発チームは必要としていたんだ!!!”と、そう言って。
「だから彼を、即ちポール氏を量子コンピューターの開発チームの責任者として招聘し、その力を借りる事になっていたんだ。そうすれば我が国は独自で未来型テクノロジーの最新式計算機を手にする事が出来る。だから我々、その事を知る者達の間では、彼は密かにこう呼ばれていたんだよ。“ポール氏こそ第二のフォン・ノイマンだ!!!”とね」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「事実として、彼の提唱した理論の数々には素晴らしいモノがあったよ。もっともその根底にあったのは我々の良く知る“量子力学”や“超ひも理論”ではなくて、もっと別の方程式、学問であったみたいだがね?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「一体、何だったのですか?彼の提唱した理論を支えた、既存の量子力学とは別体系の学問と言うのは・・・?」
「それを本人に問い質す前に、今回の事件となったのだ!!!」
エメリックが悔しそうにそう述べた。
「蒼太君、頼む。我々も全力でサポートするから、どうか改めて我々に力を貸してもらいたい。どうしても我々は氏の身柄を奪還する必要があるのだ、解るだろう!!?」
「・・・・・」
「もしも今回、氏がこのまま何処かに連れ去られてその力を悪用され、非道な組織が“量子コンピューター”を開発してしまったら。はたまた氏の持っているUSBメモリーが解析されて、中の情報が外に流出するような事態となったらもう、我々は生きてはいけなくなるんだ。それを阻止する為にも頼む、この通りだ・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「もう一つ、どうして僕やメリー達の名前や素性を知っていたのですか?まだ僕達は名乗り出てはいなかった筈ですが・・・」
「・・・君の事は上層部でもちょっとした話題になっていたからね。危機に陥っていたヴァロワとフォンティーヌを守って助け、その挙げ句に、エイジャックスの陰謀を未然に防いだ救国の英雄。そんな風に言われているんだぞ?」
“その上”と彼は続けた、“君は密かに特別国家功労賞を授与される事が決まっているのだろうけれども、その際の護衛をするのは我々なのだ。知らないはずが無いだろう!!!”とそう述べて。
「だから君の事は良く知っているよ、ここにいる全員がね・・・。そしてそちらのお嬢さん達の事もな。まあ彼女達は昔から、“セイレーンの女王位”を張っていたのだから、当たり前と言えば当たり前だが・・・!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「そう言う事ですか・・・」
「そう言う事だよ・・・」
そう言ってエメリックは親指をグッと立てて見せて来た、どうやら彼自身は愛嬌のある性格をしているらしく、悪い人間では無さそうなのが解って多少、ホッとする蒼太であったが、しかし。
「とにかく、事がこうなった以上は君達にも動いてもらうぞ?勿論、“秘密”は守った上でな。まあとは言っても、相手の動きがよく解らないから、今の所はここにこうしているしか無いのだがね・・・」
「いいや、大丈夫だ・・・!!!」
するとそれまで黙って話を聞いていた筈のアルヴィン・ノアがそう言って再び口を開いた。
「その青年は犯人達の行方についても、恐らく既に目星を付けている筈だ・・・。そうなのだろう?」
「ええ、まあ・・・」
“読まれていたのか!!?”と蒼太は内心で舌を巻くモノの、改めて思い返してみると、ノア博士がここへやって来たのは蒼太達の味方をするため、と言うよりもむしろ、今回の事が本格的に国防の危ぶまれるレベルの重大事態だと認識しているからであり、そのかどで、ミラベルとセイレーンの総力を結集させる為に出張って来た、と考えた方が良いようであり、つまりは自分達はいま、それだけの岐路に立たされているのだと考えなければならない訳であり、その事に気付いた蒼太は身の引き締まる思いがした。
「ほ、本当なのかい?蒼太君・・・?」
「・・・自分の能力の一つである、“波動探査”を行ってポール氏の行方を追ってみました、あくまでそれによるとですが。氏は今、“第五ユーロ・ハイウェイ”をチューリッヒに向かって移動させられているようです」
「・・・・・っ!!!!!」
「チューリッヒだって・・・!!?」
「既にここから300キロ以上は離れた場所を走行している様ですから、今から順当に追撃しても間に合わないと思いますよ?それよりも・・・」
「なるほど!!!」
そこまで話を聞いていたエメリックが頷いてみせた、“航空機だな!!?”とそう言って。
「そうです。そこで“ユーロ・エアポート”に向かうか、然もなくば“リヨン・サン・テグジュペリ空港”かのどちらかに向かい、恐らくは国境付近で立ち往生するであろう犯人の車を襲撃しようかと思っていたのですが・・・!!!」
「・・・よし!!!」
エメリックがそう呟いたのを、蒼太は聞き逃さなかった。
「“リヨン・サン・テグジュペリ”へは我々が向かう。君達は“ユーロ・エアポート”に向かってくれ。あそこはプロイセンとの国境にあって万が一にも犯人達が向かわない、とも限らないからな。充分に注意して欲しい!!!」
「了解しました、エメリックさん。それと・・・!!!」
「向こうで使う乗り物も、勿論こちらで手配しておくよ。君達には今から即刻、飛んで欲しいんだ!!!」
「解りました・・・。行こう、メリー、アウロラ、オリヴィア!!!」
「ええっ!!!」
「はいっ!!!」
「うむっ!!!」
そう会釈をすると、花嫁達に声を掛けつつ蒼太は資料室からルテティア国際空港へと向けて早歩きで移動し始めた、目指すはポール氏とUSBメモリーの奪還であり相手はプロの仕事人達である、中々に困難な任務であるが、今後の自分達の身の安全が掛かっているため、どのみち全員でやるしかない。
「・・・・・」
(一応。後で“スナイパー”の配備も要請しておくか。今のミラベルだったら恐らく、動いてくれるだろうからな・・・!!!)
そう思い立つと蒼太は妻達共々、急いでタクシー乗り場へと歩を進めて行ったのである。
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