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ガリア帝国編
メリアリア・カッシーニ編4
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蒼太とメリアリアとが森で不思議な体験をしてからちょうど一年が経っていた、この間、この間、蒼太は桃組からワンランク上の黄組になり、またメリアリアは幼年部を卒業して初等部へと移っていたモノの、そんな彼等はそれぞれの両親の庇護の元で実力を蓄え、人格を形成して行ったのだが、それと比例するかのようにー。
二人の仲は徐々に深まり、強固なモノとなって行ったのだ。
「去年はいっぱい、やりたいことがあったのよ!!?蒼太!!!」
「う、うん。そんなのっ!!!」
“僕だって同じだよ!!!”とこの金髪碧眼な美少女の幼馴染(ボーイフレンド)は負けじと言い返すモノの、この一年と少しの間に、急激に背が伸びて自我が発達して来た彼は考え方もよくしっかりしたモノになって来ており、知識も増えて言葉も段々に、覚えて行っていたのである。
もっともまだ、背丈の方はメリアリアの方が高かったし、年上でしかも女の子な分、自意識等も発達していてどちらかというと彼女の方が、彼をリードする場面の方が多かったのであるモノの、しかし。
「ねぇ蒼太。今しか出来ないこと、いっぱいしよ?二人でもっといっぱい、いっぱい思い出を作るの!!!」
「う、うん。それは良いんだけれども・・・。でも具体的には何をするつもりなのさ?メリー」
「そうねぇ、今年こそは」
“あなたと二人で花火が見たいわ!?”とメリアリアが意気込むモノの、彼女がどうしても、蒼太と一緒に間近にまで行って見てみたいと願って止まない、ルテティアっ子垂涎の的である夏の一大風物詩的イベントが存在していたのであったがそれは、“建国記念日”の式典である“ルテティア祭”の祝賀パレードの後に催される、大河セーヌの両岸である“旧市街地跡地区”より撃ち放たれし、凡そ一千発にも及ぶ大量の花火の一斉打ち上げ大会だったのだ。
毎年7月14日の日に開催されるこのお祭りにはしかし、“満5歳以上の子供”と言う入場規制が設けられていた為に去年は蒼太が入ることが出来ずに、それで“蒼太と一緒に見られないのならば来る意味が無いもの!!!”と言ってメリアリア自身もまた直接的な観賞を断念しては、蒼太と二人で自身の実家でお泊まりをしながらテレビを通してその景観を眺める事にしていた訳であったモノの、それというのはこの“ルテティア祭”の“花火大会”が始まる時間というのが大変に遅くて毎年午後11時を回ってから開催されるからに他ならなかった、何故ならば緯度の高いルテティアにおいては夏場は太陽が中々沈まずにおり、その結果としてこれ位の時間にならないとちょうど良い塩梅の暗さにならずに開催が出来なかったからの処置であったが、久方振りのお祭りにすっかりと気分が高揚してしまった二人は次の日が休みであった事も手伝って遅くまで燥(はしゃ)いだり、カードゲームをしたり、お夜食を食べたりして仲良く遊びつつも、その瞬間を今か今かと待ち侘びていた、と言う次第であったのだ。
「ねぇ蒼太!!」
「なに?メリー・・・」
突然、横から話し掛けられて蒼太がキョトンとしながらメリアリアへと向き直ると、彼女が瞳をキラキラとさせながら彼を見つめていた。
「来年になったらね?二人で一緒に行きましょうね?必ずよ!!?」
「・・・・・っ。う、うん、解った!!絶対に一緒に行く!!!」
と蒼太はそんな彼女の瞳を見ながら力強く頷いていた、蒼太はこの時のメリアリアの自分を見つめる心底楽しそうな、そして煌めくような眼差しと表情とに、胸がドキドキとしてくるのを感じていた、鼓動が強く確かに脈を打って心拍が急上昇して来るモノの、そんな自分の変化を見られる事が、なんだかとっても恥ずかしいような気がしてしまい、慌ててメリアリアから瞳を逸らした。
「・・・・・?なんで赤くなってんの、蒼太」
「ううっ。何でもないよっ、何でもっ!!!」
「うそうそっ!!なになに、なんなのよ?お姉さんに教えなさい!!!」
「だからっ、何でもないったら!!!」
「うそうそっ!!!蒼太、絶対になにか隠してるっ。絶対に喋ってもらうんだから!!!」
「い、言わないっ。絶対に言わないもん!!絶対に!!!」
「ほら、やっぱり何か隠してるじゃないのっ。素直にお姉さんに教えなさいよっ!!!」
そんなやり取りをしながら二人でじゃれ合っているとー。
「メリアリア、蒼太君」
とそこへ彼女の実父にしてここ、カッシーニ家(ハーズィ)の現当主でもあった“ダーヴィデ・ラザロ・デ・カッシーニ”とその妻であり夫人である“ベアトリーチェ・ノエミ・デ・カッシーニ”が揃ってやって来て愛娘に告げて言った、“悪いことは言わないから今の内にシャワーを浴びて来なさい”と。
「花火大会が終わるのは、結構遅い時間だよ?それから入るとなると、かなり億劫になってしまうよ?」
「え、ええっ!?う、うーん。どうしようかしら・・・?」
「今の内にシャワーを浴びて、歯を磨いておきなさい。そうすればもう、あとは寝るだけで済むからね・・・」
「う、うん。それは解っているんだけど!!だけど花火が・・・!!」
(もうっ、パパッたら。折角蒼太と一緒に花火を見ているっていうのに・・・!!!)
「そうだよメリアリア!!」
するとそんな愛娘の様子を見ていたベアトリーチェが、夫の援護をするかのように“早く入って来ちゃいなよ!!”と言い聞かせるように告げて来るモノの、彼女としてもこのまま、花火大会が終わるまで待っていたなら多分、娘もその幼馴染(ボーイフレンド)も途中で眠ってしまうような気がしてどうにもならなくなってしまっていたのである。
「お前さんが先に入りな?蒼太はそれが終わってからね?二人ともシャワーを浴びたらついでに歯も磨いて来ちまうと良い、蒼太には歯ブラシは貸してあげるし、歯磨き粉は、メリアリアのと同じで良いだろ?着ていた物は、洗濯場に出しておいてくれれば良いさね、明日、帰るまでには洗って充分に乾く筈だよ!?」
「う、うう~ん・・・っ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
それでも暫くは不服そうにしていたメリアリアだったがやがて“もうっ!!!”と短く呻くように呟くと、“解ったわよ!!!”とそう告げて、蒼太に“行きましょう?”と告げて彼の手を引っ張って、子供部屋へと移動を開始する。
(本当は蒼太と、ゆっくり花火大会を見たかったのにぃっ!!!)
内心でそう怒りながらもメリアリアは“ここで待ってて?”と蒼太に言い含めてから、まずは自分からシャワールームへと入って行った、それが終わって歯を磨き、髪の毛を整えて蒼太にバトンタッチしたのが凡そ30分間、蒼太の場合はやっぱり20分は掛かったから、結局は二人で50分ほどが消費されてしまっており、急がないと大会一番の山場である、エッフェル塔のガリア帝国旗フルカラーアップ・ハイライトが終わってしまう所である。
「蒼太、こっちよ!!」
「う、うん・・・!!」
それでも身嗜みを整えた二人がテレビの前へと戻って来ると、幸いな事にハイライトはまだ終わってはおらずにむしろこれからちょうど山場を迎える所であったのだ。
「ああ、良かった・・・」
“蒼太、見よ?”とメリアリアがずっと蒼太の手を握ったままで彼に観賞を促すモノのその日、ハイライト・イベントを見た二人は“来年は必ず一緒に行こうね?”と固く誓い合って後、その日は床に就いたのであったが果たして蒼太が5歳となった今、もはや自分達を遮るモノ等何物も無くなったメリアリアは思うがままに、その自らの意志を発露させ始めた、蒼太と共に花火大会の会場へと赴いては、直にエッフェル塔のガリア帝国旗フルカラーアップを二人で見るのである。
ただしそれが行われるのは午後11時からと大変に遅い時間だ、そのままではいくら何でも親達は許さないだろう。
(ああっ!?何とか二人っきりで見に行きたい。蒼太と二人で手を繋いだまま、この世界での一番素晴らしいイベントの一つを一緒に直にこの目で見るのっ!!)
それがメリアリアの切なる願いであったのであるが、それを叶えるにはしかし、どうしても親の許可が必要だった、ただしそう簡単には手に入れられないであろう事は、流石にメリアリアには容易に想像が付いていた、何しろ夜の11時である、一般的な貴族の子弟ならばこの時間はとうに、就寝しているか、起きていたとしても家でテレビを見ながら過ごしているかのどちらかでしかない。
「・・・・・!!!」
(どうしたら、良いのかなぁ・・・?)
良案が浮かばずに四苦八苦していた矢先に、事件は起きた、なんとメリアリアの父親であるダーヴィデが突如として病に倒れてしまい、起き上がれなくなってしまったのだ。
「おじさん!!」
「パパ、大丈夫!?」
「ゴホン、ゴホン・・・ッ!!あ、ああ・・・。大丈夫だ、何とか生きてるよ・・・」
とメリアリアは勿論の事、心配のあまりに見舞いに来ていた蒼太を見てニッコリと微笑むとダーヴィデは“あまり近くに来ては行けないよ?”と咳き込みながらも忠告していた、“移ってはいけないから”とそう言って。
「困ったねぇ、悪性の気管支炎だってさ」
ダーヴィデの見舞いを終えた蒼太達に、ベアトリーチェがそう告げるが彼女としては正直に言って気が気じゃ無かった、気管支炎と言うのは肺炎の一種であり、呼吸器官の一部である“気管支”と言う器官の中に風邪の菌が入り込んで引き起こされる病なのであるモノのしかもこの時、ダーヴィデの気管支に炎症を起こしていた菌はインフルエンザウイルスとマイコプラズマであり、極めて毒性の強い急性気管支炎を誘発させられてしまっていたのだ。
「もう。無理し過ぎなんだよ家の人は。毎晩遅くまで調べ物をしていると思ったら休日も見境無く仕事で出掛けていくだろう?“今抱えている案件が、もう少しでカタが付く”って言ってね?そりゃあんな生活を続けていれば、いくらなんでも風邪もひくさね!!」
“言っても聞きもしないんだから”と、ベアトリーチェはブツブツと文句を言うモノの、事実その通りで最近のダーヴィデは休日までも殆ど返上しているような状況であり、働き詰めになってしまっていたのである。
心配したベアトリーチェが“少し休んだらどうか”と言っても、“あと少しで仕事が終わるから”と言っては無理を無理を重ねてきたのであった。
結果、こういう状況になってしまったのであるモノの、子供の蒼太やメリアリアが見ても、病状はそれ程、思わしいモノとは言えなかった、顔には生気が無くて土気色をしており、表情も暗くて険しいそれになっていたのである、正直に言って重症と言えたが、しかし。
「“ジガンの妙薬”とまでは行かなくとも、せめて“マイゼナーの秘薬”でもあればねぇ、あれはどんな強力な毒性の風邪にも一発で聞いてくれて、立ち所に直してしまう、と言う優れものなんだけど。・・・今じゃ失われちまった処方薬だからねぇ・・・!!」
「・・・・・?」
「お母さん、“ジガンの妙薬”ってなに?」
「その昔、錬金術師達が処方していたと言う“万能特効薬”の事さね、なんでもどんな病気も立ち所に治したんだとか。噂じゃエルフにまで効いたって言う程だから、本物だったんだろうね・・・」
「じゃあ“マイゼナーの秘薬”って言うのは?」
「ああ、それはさっき言った通りさ」
とベアトリーチェは頷きつつも説明を続けた。
「今から100年程前に、“マルセル・マイゼナー”って言うハイ・ウィザードだった方が作り出したと言う秘薬さ。どんな風邪でも忽ちの内に直してしまう事からそう呼ばれていたらしいんだけれどね」
“ただ”とベアトリーチェが困ったような顔をしながら言葉を紡いだ、“それがどんなモノなのかが、誰も再現出来ずにいるんだ”とそう言って。
「何しろそのマイゼナー博士と言う方は、若くしてお亡くなりになってしまっているんだよ、碌(ろく)すっぽ弟子も取っていなかったみたいだから、その薬自体がどんなモノでどうやって作れば良いのかを、誰も知らないままに現代に至るって言う訳さ!!!」
「そんな、それじゃあ・・・!!」
「研究所・・・!!」
「・・・・・?」
「なんだい?」
蒼太の発したその言葉に、メリアリアはキョトンとしたような顔で彼を見つめ、ベアトリーチェは“何事か?”と言ったような表情を浮かべてこの少年の、次の言葉を待っていたのだ。
「研究所みたいな所は、なかったんですか?そのマイゼナー博士と言う人が新薬開発を行っていた場所というか、施設は・・・?」
「ああ、それなら」
とベアトリーチェが応えた、“旧市街地の東側、セーヌ川の河畔にあるって噂だよ?”と。
「聞いた話で申し訳無いんだけどね?実は博士はあんまり人と関わり合うのが好きじゃ無かったらしいんだ、それで街に研究所は作っていなかったんだって。だから聞いた話じゃセーヌ川の河畔に、と言っても崖の上だけどね?その旧市街地の東側地区のスレスレの所に研究所をおっ立てて、そこで日夜研究に、励んで居たって言う事さね!!」
「・・・・・」
“その薬の噂は、本当なんですか?”と蒼太が再び尋ねると、ベアトリーチェは頷いて応えた、“それは本当みたいだ”とそう告げて。
「家の人が、仲間内で飲んだ際に教えてもらったらしいんだよね?ただその効能は本物だったらしいけれども薬の成分自体は謎だらけな上に結局、本人が早くに亡くなってしまっただろう?おまけに研究所の位置も不明と来ているもんだから、薬のテストも出来ずにそれでいま現在でも正式な薬として認可が降りないでいるそうなんだ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「はあぁぁ~っ。誰でも良いからせめてマイゼナーの秘薬の処方箋でも探して持ってきてくれないモノかねぇ。あれには人の持つ回復力を極大化する魔法までも使われていて、その術式も書いてあったそうなんだよねぇ、それさえあれば、どんなにか助かる事だろうかねぇ・・・!!」
そう言うとベアトリーチェはダーヴィデの頭に乗っかっている冷やしタオルを新しいのに替えるために彼の部屋へと向かって歩を進めて行った。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“メリー”と蒼太は突然、何かを思い立ったかのように彼女に告げた、“僕、ちょっと用事があるから今日は帰らないと!!”と。
「ええっ!?も、もう帰っちゃうの?」
「うん、用事があるんだ・・・!!」
「・・・・・。もしかして」
とそんな幼馴染(ボーイフレンド)の態度から何某か感じる所があったのであろう、メリアリアが尋ねて来た、“一人で、その研究所の場所って言うのを探そうとしてる?”と。
「・・・・・」
「ダメだよ、絶対に危ないよ?そんなの黙って見過ごせないわ!!!」
「でもこのままじゃおじさんが・・・!!!」
「・・・・・!!!」
するとそれを聞いたメリアリアは暫くの間、何事かを考えていたモノの、やがて意を決したかのように顔を上げてはこう告げた、“私も一緒に行くから!!!”とそう告げて。
「蒼太一人じゃ、危なっかしくて放っておけないもん!!!」
「だ、大丈夫だよ。メリー。メリーこそ家で待ってなよ、おじさんもおばさんも心配するだろうし・・・!!!」
「あらっ!!?」
とそれを聞いたメリアリアは青空色の瞳をグルリと回して蒼太を見つめつつ、言い放った。
「蒼太、前に言ったわよね?蒼太は男の子なんでしょう!!?」
「う、うん。まあ確かにそうなんだけど・・・!!!」
「だったら仮にもレディである私の申し出を、断ったりしてはいけないわ。ちゃんとエスコートしてくれなきなゃ!!!」
“それに”とメリアリアは更に続けた、“これは本来、家の問題なんですからね!!?”と。
それなのに。
“他所のお家の人である蒼太が自分達の為に薬を捜しに行こうとしてくれている、と言うのに自分達が一切、何もしないのではカッシーニの沽券に関わる”とそう言って、だから自分もその為に付いて行くのだ、と言う内容の事柄を、手を変え品を変えて、再び散々に捲し立てて来た。
「い~い?蒼太。あなたは仮にも男の子なんだから、私の事はちゃんと守ってくれないとね!!?」
「ううっ。わ、解ったよぅ・・・っ!!!」
と、蒼太はまたしてもメリアリアにやり込められてしまい、そのマシンガントークにヘロヘロになってしまって気が付くと結局は、頭(こうべ)を縦に振ってしまっていたモノの、今の蒼太であれば自分をしっかりと保ったままで、本当にダメな場合は自身の持てる言葉や秘術の内の全てを用いてでも彼女の事を必死に止めようとするのだろうが(もっともメリアリアもメリアリアで、ありとあらゆる方法を使って懸命に対抗しようとするのだろうが)、流石にこの時の蒼太にはまだそこまでの覚悟も用意も無くて、結果として彼女の言葉の怒濤の連続(ラッシュ)にあっさりと飲み込まれてしまった挙げ句に、その流れのままに説得されては了承してしまった、と言う次第であった訳である。
「・・・・・。よろしいわ!!!」
“それじゃあ”とメリアリアは告げた“早速出発しましょう?”とそう言って。
「でも闇雲に探し回ったら危ないわね?まずは何某かの資料を集めた方が、良い気がするのだけれど・・・!!!」
「資料?資料って何?」
「何かを探したり研究したりする際に、その助けになってくれる記録文書の事よ?場合によっては標本だったり、実物だったりと色々な形に別れるけどね?」
「う、う~ん・・・!!!」
「ごめんなさい、蒼太にはまだちょっと難しかったわね?要するに昔の事が書かれている日記だとか、記録みたいなモノが残されていれば嬉しいんだけどって事よ?」
「昔の事が、書かれている日記・・・?」
するとそれを聞いた蒼太が途端に何やら考えるような面持ちとなりながら、ボソボソと何かを呟いていたモノの、やがて何かを思い出したかのような、晴れがましい顔を見せた。
「メリー、記録があるよ。って言うかあるかも知れない!!!」
「ええっ!?」
“本当に!!?”とメリアリアが驚愕して応えるモノの、それに対して蒼太は明るい笑顔で頷いて見せていた。
「・・・・・っ。で、でも一体どこに?どんな感じで残されているの!!?」
「僕ん家の、蔵の中!!!」
そう言うと蒼太は些か面食らったような表情を自身へと向けていた、金髪碧眼の幼馴染(ガールフレンド)に向けて説明を開始するモノの、それに拠ると蒼太の家は今からちょうど110年程前に、この国に引っ越して来たのだと言う。
「時々大八洲に帰ったりもしていたみたいなんだけれども、それでも基本的にはずっとこっちで生活していたんだ・・・!!!」
「・・・110年前って言うと。ちょうどマイゼナー博士が生きていた頃と重なるわね?」
「うん、そうなんだ。それでね?御先祖様も最初は珍奇な目で見られて、凄く苦労したんだって。正直に言って差別もあったみたいだし・・・」
「そう、だったんだ・・・」
その言葉を聞いた時に、メリアリアは思わず二の句が継げなくなってしまっていた、考えてみればそれも当然であろう、同じ白人である自分達だってこの国に溶け込む為には並々ならぬ苦労があった、と言うのに況んや黄色人種であった彼等がそうするためには、文字通り血の滲むような努力を強いられたに違いない。
「大変、だったんだね。蒼太・・・!!!」
「ううん、僕は大丈夫だったけどね?この国は今の所、移民には寛容だし。それに色んな人種の人々が、色々な所で活躍もしているからね!!!」
と蒼太が今現在はそれ程でも無い事を告げると、メリアリアもどこかホッとしたような表情を見せて、それでも“全くもうっ!!!”と叫ぶようにそう言った、“同じ白人として恥ずかしいわ!!?”と、“自分達と違う人を、一々差別しないと生きて行けないのかしらっ”と、と怒りを交えて言葉を紡ぐ。
「どう言う神経をしているのかしらっ!!?信じられないわ、本当にっ!!!」
「メ、メリー。僕は本当に平気だからね?だからちょっと落ち着いて・・・!!!」
と、何とかこの二つ年上の幼馴染(ガールフレンド)の事を宥めて落ち着かせた後で蒼太は自分の考えを、更に彼女に述べて行った、“自分の家には蔵があって、そこに110年前からの記録がちゃんと残っているんだ”と。
「だからもしかしたなら、調べてみればその薬に付いての記述も残されているかも知れないよ!?一応、僕達もフリーの退魔士として代々、生活してきたんだ。最近漸く国に認めて貰ってお父さん達は“ミラベル”に入る事が出来たそうなんだけど、それまでは個人的な情報網なんかも作ってそれを活用していたみたいだから、そっち方面の記録なんかも残っていると思うんだ!!!」
「凄いわ、蒼太!!!」
それを聞いたメリアリアは、思わず興奮に瞳を輝かせ始めていた、それがもし、本当ならば当時の記録のみならず、薬の作り方、処方に付いての記述も眠っているのかも知れないからだ。
「じゃあ早速、蒼太のお家に行きましょう!!?二人で調べれば今の時間帯なら、かなりの分量を見る事が出来るはずよ!!!」
「うん、急ごう!!!」
二人はそう言って頷き合うと、メリアリアの屋敷を後にして、ルテティアの街の一角に建てられている純和風家屋である蒼太の家へとやって来た。
ここは見た目は蒼太の故国である、大八洲の母屋風を参考に建てられているモノのその実、清十郎の時代にリニューアルしてからは最新の建築素材と建築方法に則って設計が施されており、滅多な事では壊れない、対使用年数の極めて長い邸宅となっていたのだ。
「メリー、ここでちょっと待っててね・・・。お母さん、ただいま!!!」
「おばさん、お邪魔します!!!」
「あら、蒼太。とメリアリアちゃんも?どうしたの?こんなに早くに帰って来ちゃって・・・!!」
といつもならば遅くまで遊んで来る筈の息子が急に帰って来た事と、その幼馴染(ガールフレンド)の気配を感じた蒼太の母、楓が“何事か!?”と思い、台所から顔を出して尋ねて来るモノの、しかし。
「さっき出掛けたばかりじゃないの、もう帰って来ちゃったの?」
「母さん、蔵に入りたいんだけど、鍵って開いてる?」
「えっ?蔵に入りたいの?一体、どうして・・・?」
突然の事に驚き戸惑う楓に対して蒼太とメリアリアが代わる代わる説明を続けた、曰く“ダーヴィデの病状が思ったよりも酷くてかなりの重篤な状態であり”、“それを直す為にはマイゼナー博士の秘薬が必要なのであって、その為には蔵に眠っている記録が頼りになるのだ”との事であったのだ。
「ははぁ、それで家の蔵に入りたいわけね?」
「おばさん、お願いします。そうじゃないとパパが、パパが・・・っ!!!」
「お母さん、お願い!!後で僕がお父さんに怒られても良いから!!?」
「ううーん・・・!?」
と、楓は暫くの間は考え倦ねていたモノの、やがては“ま、いっか!?”と言っては笑顔を見せて、頭を縦に振ってくれていた、“後でお父さんには私が怒られてあげるから”とそう言って。
「うわぁっ!!本当に!?」
「おばさん、ありがとう!!」
二人は代わる代わる礼を言うと、早速楓から受け渡された蔵の鍵を持って外の土倉へと赴くと、蒼太が呪(まじな)いの言葉を唱えながらも術式の錠前にそれをガチャリと突き刺して右回しに回した、するとー。
ガチャンと言う音と共に錠前が外れて土倉の封印が解け、外扉を開けてから更に内扉を開くと漸く蔵の内部が二人の目の前に飛び込んでくる。
「す、凄い量だね。これ・・・!!!」
“全部が記録文書なわけ!?”とメリアリアが思わずたまげるモノの、そこには床や壁から天上に至るまでビッシリと何某かの巻物(スクロール)や本やメモ帳等が整理整頓されて敷き詰められており、しかも起きた事を解りやすく探し出せるようにとの工夫であろう、年代別、アルファベット順にキチンと並べられていた。
「凄いわね、これだけの分量が、ちゃんと整理整頓されている。これならばすぐにでも見付けられるかも知れないわ!!!」
「良かった、早く探そう!!!」
蒼太に促されたメリアリアが笑顔で“うん”と頷くと、二人は早速、100年前からの記述の確認作業に入った、“M”で始まるページを一つずつ虱潰(しらみつぶ)しに探して行くのである。
それは途方も無い作業のように思えるモノの、しかし現時点では一番、効率的で確実性の高いそれだった、もし万が一にもここに記録が残っていないならば、後は“ガリア帝国機密文書”の書庫の中にしか、それに付いての記載がある書物の存在している可能性は無いだろう位は、いくら幼い二人と言えども容易に想像が付いていたのだ。
当然、そこに忍び込むような真似は絶対に出来ないからそれは=でそれ以上、ダーヴィデの治療が出来ない事を意味するのであるが、果たして。
「う~ん、無い!!」
「こっちにも、無いわ!!」
蒼太とメリアリアが苦い顔を見せるが文句を言っている余裕等無い、一刻も早くに“マイゼナーの秘薬”に関する記述を発見しなければならない、愚痴を言っている猶予等は、全く以て存在などしていなかったのである。
「そうだわ!!?」
「?」
と突然、それまで思い詰めていたような面持ちとなり、何やら考え込んでいたメリアリアがパアァッと明るい表情を浮かべて蒼太に告げた。
「ねぇ蒼太?今から100年程前に、インフルエンザが大流行した時期があったそうよ!?学校の授業で習ったの!!!」
「ええっ!?うーんと、それってつまりどう言う事?」
「“風邪薬”が必要になったって言う事よ!?」
メリアリアが告げるが確かにこの1918年と言うのは、世界的にインフルエンザが大流行した年であり、全人類の約3割が感染した、と言われている程の、猛烈なまでのパンデミックが巻き起こった年であったのだ。
「だからマイゼナー博士は風邪薬をお作りになったんだわ、迫り来る病魔から人々を守ろうとしたんだわ!!!」
「そっか、そう言う事か!!!」
とここに至って漸く蒼太にもメリアリアの言わんとしている事が飲み込めて来た、要するに“マイゼナー博士”だけでは無くて“インフルエンザ”でも調べてみるべき可能性が出て来た、と言う訳である。
「僕、“インフルエンザ”に付いて調べてみる!!!」
「有り難う、私は“マイゼナー博士”の方を調べるからね!!?」
そう言うと二人は改めて、1918年前後の記事で“インフルエンザ”、“マルセル・マイゼナー”の項目を念入りに調べて行った、結果。
「メリー、メリーッ!!!」
蒼太が叫んだ、“あったよ!?”とそう告げて。
「・・・・・っ!!うそ、どれっ!!?どれどれっ!!!」
「ほら、ここだよ、ここっ。ちゃんと記事になってる、作り方も載っているよ!!?」
蒼太が指を刺した通りでそこには確かに“マルセル・マイゼナー”の名前と共に、その秘薬の処方箋が事細かに伝えられていた、ベアトリーチェの言っていた、“人の持つ回復力を極大化する術式”諸共に。
「やった、やったわ!!!」
「良かったねっ。これでおじさん、助かるねっ!!!」
「嬉しいっ!!!」
とメリアリアは蒼太と抱き合いながらも燥ぎつつ、叫んだ。
「蒼太のお陰よ!?有り難う、蒼太!!!」
「そんな事無いよ!!!」
と蒼太は言った、“メリーがヒントをくれたからだよ!!?”とそう告げて。
「でもメリー、よく思い付いたよね?100年前とインフルエンザ、そしてマイゼナー博士って、普通は解んないよ!?」
「い~い、蒼太。こう言うのはね?」
とメリアリアが蒼太に謎の解き方を伝授する。
「木を見てるだけでは絶対にダメなのっ。あくまで森を見なければいけないのよ?解るかしら」
「うーんと、うんとねぇ。小さな事しか見てないのはダメッてこと?」
「正解よ!!!」
メリアリアがニッコリと笑って頷くモノの、彼女は言う、“見よう見ようと思っていると小さな事しか見えなくなるのよ?”と、“だから全体を見るようにしなくてはならないの!!!”と。
「解るかしら?」
「う、うーん・・・?大局を見ろってこと?」
「その通りよ!!?」
“凄いわね、蒼太!!!”とメリアリアはこの年下の幼馴染(ボーイフレンド)の事を褒めちぎるモノの、正直に言ってこの時の蒼太はまだ、それが“感覚的に正しい事だ”としか理解出来ていなかったのであり、まだまだメリアリアから授けられた“教え”を、自分のモノに出来ていなかったのである。
だがしかし、一方でメリアリアは素直に少年の事を凄いと思っていた、授業で習ったのだろうか、それとも彼自身の感性の為せる技か、それは定かでは無いにしても彼は自分が一番、言いたかった事、伝えたかった事の極意に一発で辿り着いて見せたのであり、まだ理解はし切れていなかったとしても、それでも心の中では納得はしてくれている様子である、つまりは本質的には“答”を見出せている訳であって、そんな少年の様子にメリアリアは“本当に頼もしい”と感じていたのだ。
それだけではない、咄嗟の時の行動力や判断力に、迷わず腹を決める度胸、そして何の気なしに発揮される、溢れ出る勇気に義侠心。
それら全てがメリアリアをして彼へと感心すると同時に関心を抱かせてはドキドキと胸を高鳴らせる一因となっていたのであるモノの、今回の事にしたってそうだ、一番最初に父を、ダーヴィデを助けようとしてくれていたのは自分では無くて彼なのであって、自分はただ彼と一緒に居たくて、彼に置いて行かれたくなくて、彼を放っておけなくなって(勿論“父を助けたい”と言う思いだってあるにはあったが)、その一心で今回の行動に付き添っただけであり、知恵を貸したのも、その延長線上に過ぎなかった。
(どうしてこの子はこんなにも勇敢で優しくて、そして眩い人なんだろう・・・!!!)
そう問い掛ける彼女の胸の内から既に答は響いて来ていたのであった、“彼だからよ”と、それに気付いた瞬間に。
メリアリアはまた、あの衝動に駆られてしまっていた、それは自分で自分をどうにかしてしまいそうになるほどの、心の奥底から迸って来る魂の慟哭。
自分自身を滅茶苦茶にしてしまいたくて、彼をも滅茶苦茶にしてしまいたくて、そしてその上で二人でどこまでもキツく抱き締め合って重なり合って。
完全に一つになり尽くしたいと願う、解け合いたいと願う、己の中に秘め宿りたる、“絶対的無限性”の央芯中枢の根幹部分より解き放たれし、純正にして凄絶無比なる彼への思いの丈の叫び、少女の少年に対する真愛と真心の確かなる顕現、それそのものに他ならなかったのであるモノの、しかし。
この時のメリアリアはまだ、それを正確に気持ちに翻訳する事が出来ないでいたのである、だから。
「・・・・・っ!!!」
「メ、メリー・・・ッ!!?」
突如として少女に抱き着かれて戸惑う蒼太であったがこの時のメリアリアは完全に常軌を逸してしまっていた、この幼馴染の少年の事が欲しくて欲しくて堪らなくなり、彼に抱き着いたまま全身をグッグッと押し付けるようにし続けて来る。
「はあはあっ、はあはあっ!!蒼太、蒼太、蒼太ぁっ。蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太ああぁぁぁ・・・・・っっっ!!!!!」
「メ、メリーッ!!!」
メリアリアは暫くの間は荒く息を付きながら自らの体を蒼太に擦り付け続けていたのであるが、やがて漸く満足したのか、その身を離すと切な気な表情で蒼太を見つめ、もう一度抱き締めるモノの、この時の彼女は心底満たされてしまっており、だけどそれと同時に“もっと蒼太が欲しい”、“まだまだ足りない!!!”と言う彼への深い愛情と恋慕の渦に巻き込まれては自分でも自分をどうにも止められなくなってしまっていたのである。
だから。
「はあはあっ、はあはあ・・・っ!!!」
「・・・・・!!?」
(ほ、欲しいっ。蒼太が欲しいっ。もっと欲しいいぃぃぃ・・・・・っっっ!!!!!)
そう思うと少女はまた、少年を抱き締めたままで体を思いっ切り押し付け始めた、少女のバラの花糖蜜のような甘い香りと体温とに包まれながらも、蒼太もまた、それでも両腕を回してそんな彼女の思いと体とを、その身でしっかりと受け止め続ける。
そしてそんな少年の気持ちが嬉しくて有り難くて、今の二人の関係が心地好くてー。
メリアリアはいつまでもいつまでも彼に抱き着いたまま全身を強く押し付け続け、彼に密着し続けていた。
二人の仲は徐々に深まり、強固なモノとなって行ったのだ。
「去年はいっぱい、やりたいことがあったのよ!!?蒼太!!!」
「う、うん。そんなのっ!!!」
“僕だって同じだよ!!!”とこの金髪碧眼な美少女の幼馴染(ボーイフレンド)は負けじと言い返すモノの、この一年と少しの間に、急激に背が伸びて自我が発達して来た彼は考え方もよくしっかりしたモノになって来ており、知識も増えて言葉も段々に、覚えて行っていたのである。
もっともまだ、背丈の方はメリアリアの方が高かったし、年上でしかも女の子な分、自意識等も発達していてどちらかというと彼女の方が、彼をリードする場面の方が多かったのであるモノの、しかし。
「ねぇ蒼太。今しか出来ないこと、いっぱいしよ?二人でもっといっぱい、いっぱい思い出を作るの!!!」
「う、うん。それは良いんだけれども・・・。でも具体的には何をするつもりなのさ?メリー」
「そうねぇ、今年こそは」
“あなたと二人で花火が見たいわ!?”とメリアリアが意気込むモノの、彼女がどうしても、蒼太と一緒に間近にまで行って見てみたいと願って止まない、ルテティアっ子垂涎の的である夏の一大風物詩的イベントが存在していたのであったがそれは、“建国記念日”の式典である“ルテティア祭”の祝賀パレードの後に催される、大河セーヌの両岸である“旧市街地跡地区”より撃ち放たれし、凡そ一千発にも及ぶ大量の花火の一斉打ち上げ大会だったのだ。
毎年7月14日の日に開催されるこのお祭りにはしかし、“満5歳以上の子供”と言う入場規制が設けられていた為に去年は蒼太が入ることが出来ずに、それで“蒼太と一緒に見られないのならば来る意味が無いもの!!!”と言ってメリアリア自身もまた直接的な観賞を断念しては、蒼太と二人で自身の実家でお泊まりをしながらテレビを通してその景観を眺める事にしていた訳であったモノの、それというのはこの“ルテティア祭”の“花火大会”が始まる時間というのが大変に遅くて毎年午後11時を回ってから開催されるからに他ならなかった、何故ならば緯度の高いルテティアにおいては夏場は太陽が中々沈まずにおり、その結果としてこれ位の時間にならないとちょうど良い塩梅の暗さにならずに開催が出来なかったからの処置であったが、久方振りのお祭りにすっかりと気分が高揚してしまった二人は次の日が休みであった事も手伝って遅くまで燥(はしゃ)いだり、カードゲームをしたり、お夜食を食べたりして仲良く遊びつつも、その瞬間を今か今かと待ち侘びていた、と言う次第であったのだ。
「ねぇ蒼太!!」
「なに?メリー・・・」
突然、横から話し掛けられて蒼太がキョトンとしながらメリアリアへと向き直ると、彼女が瞳をキラキラとさせながら彼を見つめていた。
「来年になったらね?二人で一緒に行きましょうね?必ずよ!!?」
「・・・・・っ。う、うん、解った!!絶対に一緒に行く!!!」
と蒼太はそんな彼女の瞳を見ながら力強く頷いていた、蒼太はこの時のメリアリアの自分を見つめる心底楽しそうな、そして煌めくような眼差しと表情とに、胸がドキドキとしてくるのを感じていた、鼓動が強く確かに脈を打って心拍が急上昇して来るモノの、そんな自分の変化を見られる事が、なんだかとっても恥ずかしいような気がしてしまい、慌ててメリアリアから瞳を逸らした。
「・・・・・?なんで赤くなってんの、蒼太」
「ううっ。何でもないよっ、何でもっ!!!」
「うそうそっ!!なになに、なんなのよ?お姉さんに教えなさい!!!」
「だからっ、何でもないったら!!!」
「うそうそっ!!!蒼太、絶対になにか隠してるっ。絶対に喋ってもらうんだから!!!」
「い、言わないっ。絶対に言わないもん!!絶対に!!!」
「ほら、やっぱり何か隠してるじゃないのっ。素直にお姉さんに教えなさいよっ!!!」
そんなやり取りをしながら二人でじゃれ合っているとー。
「メリアリア、蒼太君」
とそこへ彼女の実父にしてここ、カッシーニ家(ハーズィ)の現当主でもあった“ダーヴィデ・ラザロ・デ・カッシーニ”とその妻であり夫人である“ベアトリーチェ・ノエミ・デ・カッシーニ”が揃ってやって来て愛娘に告げて言った、“悪いことは言わないから今の内にシャワーを浴びて来なさい”と。
「花火大会が終わるのは、結構遅い時間だよ?それから入るとなると、かなり億劫になってしまうよ?」
「え、ええっ!?う、うーん。どうしようかしら・・・?」
「今の内にシャワーを浴びて、歯を磨いておきなさい。そうすればもう、あとは寝るだけで済むからね・・・」
「う、うん。それは解っているんだけど!!だけど花火が・・・!!」
(もうっ、パパッたら。折角蒼太と一緒に花火を見ているっていうのに・・・!!!)
「そうだよメリアリア!!」
するとそんな愛娘の様子を見ていたベアトリーチェが、夫の援護をするかのように“早く入って来ちゃいなよ!!”と言い聞かせるように告げて来るモノの、彼女としてもこのまま、花火大会が終わるまで待っていたなら多分、娘もその幼馴染(ボーイフレンド)も途中で眠ってしまうような気がしてどうにもならなくなってしまっていたのである。
「お前さんが先に入りな?蒼太はそれが終わってからね?二人ともシャワーを浴びたらついでに歯も磨いて来ちまうと良い、蒼太には歯ブラシは貸してあげるし、歯磨き粉は、メリアリアのと同じで良いだろ?着ていた物は、洗濯場に出しておいてくれれば良いさね、明日、帰るまでには洗って充分に乾く筈だよ!?」
「う、うう~ん・・・っ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
それでも暫くは不服そうにしていたメリアリアだったがやがて“もうっ!!!”と短く呻くように呟くと、“解ったわよ!!!”とそう告げて、蒼太に“行きましょう?”と告げて彼の手を引っ張って、子供部屋へと移動を開始する。
(本当は蒼太と、ゆっくり花火大会を見たかったのにぃっ!!!)
内心でそう怒りながらもメリアリアは“ここで待ってて?”と蒼太に言い含めてから、まずは自分からシャワールームへと入って行った、それが終わって歯を磨き、髪の毛を整えて蒼太にバトンタッチしたのが凡そ30分間、蒼太の場合はやっぱり20分は掛かったから、結局は二人で50分ほどが消費されてしまっており、急がないと大会一番の山場である、エッフェル塔のガリア帝国旗フルカラーアップ・ハイライトが終わってしまう所である。
「蒼太、こっちよ!!」
「う、うん・・・!!」
それでも身嗜みを整えた二人がテレビの前へと戻って来ると、幸いな事にハイライトはまだ終わってはおらずにむしろこれからちょうど山場を迎える所であったのだ。
「ああ、良かった・・・」
“蒼太、見よ?”とメリアリアがずっと蒼太の手を握ったままで彼に観賞を促すモノのその日、ハイライト・イベントを見た二人は“来年は必ず一緒に行こうね?”と固く誓い合って後、その日は床に就いたのであったが果たして蒼太が5歳となった今、もはや自分達を遮るモノ等何物も無くなったメリアリアは思うがままに、その自らの意志を発露させ始めた、蒼太と共に花火大会の会場へと赴いては、直にエッフェル塔のガリア帝国旗フルカラーアップを二人で見るのである。
ただしそれが行われるのは午後11時からと大変に遅い時間だ、そのままではいくら何でも親達は許さないだろう。
(ああっ!?何とか二人っきりで見に行きたい。蒼太と二人で手を繋いだまま、この世界での一番素晴らしいイベントの一つを一緒に直にこの目で見るのっ!!)
それがメリアリアの切なる願いであったのであるが、それを叶えるにはしかし、どうしても親の許可が必要だった、ただしそう簡単には手に入れられないであろう事は、流石にメリアリアには容易に想像が付いていた、何しろ夜の11時である、一般的な貴族の子弟ならばこの時間はとうに、就寝しているか、起きていたとしても家でテレビを見ながら過ごしているかのどちらかでしかない。
「・・・・・!!!」
(どうしたら、良いのかなぁ・・・?)
良案が浮かばずに四苦八苦していた矢先に、事件は起きた、なんとメリアリアの父親であるダーヴィデが突如として病に倒れてしまい、起き上がれなくなってしまったのだ。
「おじさん!!」
「パパ、大丈夫!?」
「ゴホン、ゴホン・・・ッ!!あ、ああ・・・。大丈夫だ、何とか生きてるよ・・・」
とメリアリアは勿論の事、心配のあまりに見舞いに来ていた蒼太を見てニッコリと微笑むとダーヴィデは“あまり近くに来ては行けないよ?”と咳き込みながらも忠告していた、“移ってはいけないから”とそう言って。
「困ったねぇ、悪性の気管支炎だってさ」
ダーヴィデの見舞いを終えた蒼太達に、ベアトリーチェがそう告げるが彼女としては正直に言って気が気じゃ無かった、気管支炎と言うのは肺炎の一種であり、呼吸器官の一部である“気管支”と言う器官の中に風邪の菌が入り込んで引き起こされる病なのであるモノのしかもこの時、ダーヴィデの気管支に炎症を起こしていた菌はインフルエンザウイルスとマイコプラズマであり、極めて毒性の強い急性気管支炎を誘発させられてしまっていたのだ。
「もう。無理し過ぎなんだよ家の人は。毎晩遅くまで調べ物をしていると思ったら休日も見境無く仕事で出掛けていくだろう?“今抱えている案件が、もう少しでカタが付く”って言ってね?そりゃあんな生活を続けていれば、いくらなんでも風邪もひくさね!!」
“言っても聞きもしないんだから”と、ベアトリーチェはブツブツと文句を言うモノの、事実その通りで最近のダーヴィデは休日までも殆ど返上しているような状況であり、働き詰めになってしまっていたのである。
心配したベアトリーチェが“少し休んだらどうか”と言っても、“あと少しで仕事が終わるから”と言っては無理を無理を重ねてきたのであった。
結果、こういう状況になってしまったのであるモノの、子供の蒼太やメリアリアが見ても、病状はそれ程、思わしいモノとは言えなかった、顔には生気が無くて土気色をしており、表情も暗くて険しいそれになっていたのである、正直に言って重症と言えたが、しかし。
「“ジガンの妙薬”とまでは行かなくとも、せめて“マイゼナーの秘薬”でもあればねぇ、あれはどんな強力な毒性の風邪にも一発で聞いてくれて、立ち所に直してしまう、と言う優れものなんだけど。・・・今じゃ失われちまった処方薬だからねぇ・・・!!」
「・・・・・?」
「お母さん、“ジガンの妙薬”ってなに?」
「その昔、錬金術師達が処方していたと言う“万能特効薬”の事さね、なんでもどんな病気も立ち所に治したんだとか。噂じゃエルフにまで効いたって言う程だから、本物だったんだろうね・・・」
「じゃあ“マイゼナーの秘薬”って言うのは?」
「ああ、それはさっき言った通りさ」
とベアトリーチェは頷きつつも説明を続けた。
「今から100年程前に、“マルセル・マイゼナー”って言うハイ・ウィザードだった方が作り出したと言う秘薬さ。どんな風邪でも忽ちの内に直してしまう事からそう呼ばれていたらしいんだけれどね」
“ただ”とベアトリーチェが困ったような顔をしながら言葉を紡いだ、“それがどんなモノなのかが、誰も再現出来ずにいるんだ”とそう言って。
「何しろそのマイゼナー博士と言う方は、若くしてお亡くなりになってしまっているんだよ、碌(ろく)すっぽ弟子も取っていなかったみたいだから、その薬自体がどんなモノでどうやって作れば良いのかを、誰も知らないままに現代に至るって言う訳さ!!!」
「そんな、それじゃあ・・・!!」
「研究所・・・!!」
「・・・・・?」
「なんだい?」
蒼太の発したその言葉に、メリアリアはキョトンとしたような顔で彼を見つめ、ベアトリーチェは“何事か?”と言ったような表情を浮かべてこの少年の、次の言葉を待っていたのだ。
「研究所みたいな所は、なかったんですか?そのマイゼナー博士と言う人が新薬開発を行っていた場所というか、施設は・・・?」
「ああ、それなら」
とベアトリーチェが応えた、“旧市街地の東側、セーヌ川の河畔にあるって噂だよ?”と。
「聞いた話で申し訳無いんだけどね?実は博士はあんまり人と関わり合うのが好きじゃ無かったらしいんだ、それで街に研究所は作っていなかったんだって。だから聞いた話じゃセーヌ川の河畔に、と言っても崖の上だけどね?その旧市街地の東側地区のスレスレの所に研究所をおっ立てて、そこで日夜研究に、励んで居たって言う事さね!!」
「・・・・・」
“その薬の噂は、本当なんですか?”と蒼太が再び尋ねると、ベアトリーチェは頷いて応えた、“それは本当みたいだ”とそう告げて。
「家の人が、仲間内で飲んだ際に教えてもらったらしいんだよね?ただその効能は本物だったらしいけれども薬の成分自体は謎だらけな上に結局、本人が早くに亡くなってしまっただろう?おまけに研究所の位置も不明と来ているもんだから、薬のテストも出来ずにそれでいま現在でも正式な薬として認可が降りないでいるそうなんだ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「はあぁぁ~っ。誰でも良いからせめてマイゼナーの秘薬の処方箋でも探して持ってきてくれないモノかねぇ。あれには人の持つ回復力を極大化する魔法までも使われていて、その術式も書いてあったそうなんだよねぇ、それさえあれば、どんなにか助かる事だろうかねぇ・・・!!」
そう言うとベアトリーチェはダーヴィデの頭に乗っかっている冷やしタオルを新しいのに替えるために彼の部屋へと向かって歩を進めて行った。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“メリー”と蒼太は突然、何かを思い立ったかのように彼女に告げた、“僕、ちょっと用事があるから今日は帰らないと!!”と。
「ええっ!?も、もう帰っちゃうの?」
「うん、用事があるんだ・・・!!」
「・・・・・。もしかして」
とそんな幼馴染(ボーイフレンド)の態度から何某か感じる所があったのであろう、メリアリアが尋ねて来た、“一人で、その研究所の場所って言うのを探そうとしてる?”と。
「・・・・・」
「ダメだよ、絶対に危ないよ?そんなの黙って見過ごせないわ!!!」
「でもこのままじゃおじさんが・・・!!!」
「・・・・・!!!」
するとそれを聞いたメリアリアは暫くの間、何事かを考えていたモノの、やがて意を決したかのように顔を上げてはこう告げた、“私も一緒に行くから!!!”とそう告げて。
「蒼太一人じゃ、危なっかしくて放っておけないもん!!!」
「だ、大丈夫だよ。メリー。メリーこそ家で待ってなよ、おじさんもおばさんも心配するだろうし・・・!!!」
「あらっ!!?」
とそれを聞いたメリアリアは青空色の瞳をグルリと回して蒼太を見つめつつ、言い放った。
「蒼太、前に言ったわよね?蒼太は男の子なんでしょう!!?」
「う、うん。まあ確かにそうなんだけど・・・!!!」
「だったら仮にもレディである私の申し出を、断ったりしてはいけないわ。ちゃんとエスコートしてくれなきなゃ!!!」
“それに”とメリアリアは更に続けた、“これは本来、家の問題なんですからね!!?”と。
それなのに。
“他所のお家の人である蒼太が自分達の為に薬を捜しに行こうとしてくれている、と言うのに自分達が一切、何もしないのではカッシーニの沽券に関わる”とそう言って、だから自分もその為に付いて行くのだ、と言う内容の事柄を、手を変え品を変えて、再び散々に捲し立てて来た。
「い~い?蒼太。あなたは仮にも男の子なんだから、私の事はちゃんと守ってくれないとね!!?」
「ううっ。わ、解ったよぅ・・・っ!!!」
と、蒼太はまたしてもメリアリアにやり込められてしまい、そのマシンガントークにヘロヘロになってしまって気が付くと結局は、頭(こうべ)を縦に振ってしまっていたモノの、今の蒼太であれば自分をしっかりと保ったままで、本当にダメな場合は自身の持てる言葉や秘術の内の全てを用いてでも彼女の事を必死に止めようとするのだろうが(もっともメリアリアもメリアリアで、ありとあらゆる方法を使って懸命に対抗しようとするのだろうが)、流石にこの時の蒼太にはまだそこまでの覚悟も用意も無くて、結果として彼女の言葉の怒濤の連続(ラッシュ)にあっさりと飲み込まれてしまった挙げ句に、その流れのままに説得されては了承してしまった、と言う次第であった訳である。
「・・・・・。よろしいわ!!!」
“それじゃあ”とメリアリアは告げた“早速出発しましょう?”とそう言って。
「でも闇雲に探し回ったら危ないわね?まずは何某かの資料を集めた方が、良い気がするのだけれど・・・!!!」
「資料?資料って何?」
「何かを探したり研究したりする際に、その助けになってくれる記録文書の事よ?場合によっては標本だったり、実物だったりと色々な形に別れるけどね?」
「う、う~ん・・・!!!」
「ごめんなさい、蒼太にはまだちょっと難しかったわね?要するに昔の事が書かれている日記だとか、記録みたいなモノが残されていれば嬉しいんだけどって事よ?」
「昔の事が、書かれている日記・・・?」
するとそれを聞いた蒼太が途端に何やら考えるような面持ちとなりながら、ボソボソと何かを呟いていたモノの、やがて何かを思い出したかのような、晴れがましい顔を見せた。
「メリー、記録があるよ。って言うかあるかも知れない!!!」
「ええっ!?」
“本当に!!?”とメリアリアが驚愕して応えるモノの、それに対して蒼太は明るい笑顔で頷いて見せていた。
「・・・・・っ。で、でも一体どこに?どんな感じで残されているの!!?」
「僕ん家の、蔵の中!!!」
そう言うと蒼太は些か面食らったような表情を自身へと向けていた、金髪碧眼の幼馴染(ガールフレンド)に向けて説明を開始するモノの、それに拠ると蒼太の家は今からちょうど110年程前に、この国に引っ越して来たのだと言う。
「時々大八洲に帰ったりもしていたみたいなんだけれども、それでも基本的にはずっとこっちで生活していたんだ・・・!!!」
「・・・110年前って言うと。ちょうどマイゼナー博士が生きていた頃と重なるわね?」
「うん、そうなんだ。それでね?御先祖様も最初は珍奇な目で見られて、凄く苦労したんだって。正直に言って差別もあったみたいだし・・・」
「そう、だったんだ・・・」
その言葉を聞いた時に、メリアリアは思わず二の句が継げなくなってしまっていた、考えてみればそれも当然であろう、同じ白人である自分達だってこの国に溶け込む為には並々ならぬ苦労があった、と言うのに況んや黄色人種であった彼等がそうするためには、文字通り血の滲むような努力を強いられたに違いない。
「大変、だったんだね。蒼太・・・!!!」
「ううん、僕は大丈夫だったけどね?この国は今の所、移民には寛容だし。それに色んな人種の人々が、色々な所で活躍もしているからね!!!」
と蒼太が今現在はそれ程でも無い事を告げると、メリアリアもどこかホッとしたような表情を見せて、それでも“全くもうっ!!!”と叫ぶようにそう言った、“同じ白人として恥ずかしいわ!!?”と、“自分達と違う人を、一々差別しないと生きて行けないのかしらっ”と、と怒りを交えて言葉を紡ぐ。
「どう言う神経をしているのかしらっ!!?信じられないわ、本当にっ!!!」
「メ、メリー。僕は本当に平気だからね?だからちょっと落ち着いて・・・!!!」
と、何とかこの二つ年上の幼馴染(ガールフレンド)の事を宥めて落ち着かせた後で蒼太は自分の考えを、更に彼女に述べて行った、“自分の家には蔵があって、そこに110年前からの記録がちゃんと残っているんだ”と。
「だからもしかしたなら、調べてみればその薬に付いての記述も残されているかも知れないよ!?一応、僕達もフリーの退魔士として代々、生活してきたんだ。最近漸く国に認めて貰ってお父さん達は“ミラベル”に入る事が出来たそうなんだけど、それまでは個人的な情報網なんかも作ってそれを活用していたみたいだから、そっち方面の記録なんかも残っていると思うんだ!!!」
「凄いわ、蒼太!!!」
それを聞いたメリアリアは、思わず興奮に瞳を輝かせ始めていた、それがもし、本当ならば当時の記録のみならず、薬の作り方、処方に付いての記述も眠っているのかも知れないからだ。
「じゃあ早速、蒼太のお家に行きましょう!!?二人で調べれば今の時間帯なら、かなりの分量を見る事が出来るはずよ!!!」
「うん、急ごう!!!」
二人はそう言って頷き合うと、メリアリアの屋敷を後にして、ルテティアの街の一角に建てられている純和風家屋である蒼太の家へとやって来た。
ここは見た目は蒼太の故国である、大八洲の母屋風を参考に建てられているモノのその実、清十郎の時代にリニューアルしてからは最新の建築素材と建築方法に則って設計が施されており、滅多な事では壊れない、対使用年数の極めて長い邸宅となっていたのだ。
「メリー、ここでちょっと待っててね・・・。お母さん、ただいま!!!」
「おばさん、お邪魔します!!!」
「あら、蒼太。とメリアリアちゃんも?どうしたの?こんなに早くに帰って来ちゃって・・・!!」
といつもならば遅くまで遊んで来る筈の息子が急に帰って来た事と、その幼馴染(ガールフレンド)の気配を感じた蒼太の母、楓が“何事か!?”と思い、台所から顔を出して尋ねて来るモノの、しかし。
「さっき出掛けたばかりじゃないの、もう帰って来ちゃったの?」
「母さん、蔵に入りたいんだけど、鍵って開いてる?」
「えっ?蔵に入りたいの?一体、どうして・・・?」
突然の事に驚き戸惑う楓に対して蒼太とメリアリアが代わる代わる説明を続けた、曰く“ダーヴィデの病状が思ったよりも酷くてかなりの重篤な状態であり”、“それを直す為にはマイゼナー博士の秘薬が必要なのであって、その為には蔵に眠っている記録が頼りになるのだ”との事であったのだ。
「ははぁ、それで家の蔵に入りたいわけね?」
「おばさん、お願いします。そうじゃないとパパが、パパが・・・っ!!!」
「お母さん、お願い!!後で僕がお父さんに怒られても良いから!!?」
「ううーん・・・!?」
と、楓は暫くの間は考え倦ねていたモノの、やがては“ま、いっか!?”と言っては笑顔を見せて、頭を縦に振ってくれていた、“後でお父さんには私が怒られてあげるから”とそう言って。
「うわぁっ!!本当に!?」
「おばさん、ありがとう!!」
二人は代わる代わる礼を言うと、早速楓から受け渡された蔵の鍵を持って外の土倉へと赴くと、蒼太が呪(まじな)いの言葉を唱えながらも術式の錠前にそれをガチャリと突き刺して右回しに回した、するとー。
ガチャンと言う音と共に錠前が外れて土倉の封印が解け、外扉を開けてから更に内扉を開くと漸く蔵の内部が二人の目の前に飛び込んでくる。
「す、凄い量だね。これ・・・!!!」
“全部が記録文書なわけ!?”とメリアリアが思わずたまげるモノの、そこには床や壁から天上に至るまでビッシリと何某かの巻物(スクロール)や本やメモ帳等が整理整頓されて敷き詰められており、しかも起きた事を解りやすく探し出せるようにとの工夫であろう、年代別、アルファベット順にキチンと並べられていた。
「凄いわね、これだけの分量が、ちゃんと整理整頓されている。これならばすぐにでも見付けられるかも知れないわ!!!」
「良かった、早く探そう!!!」
蒼太に促されたメリアリアが笑顔で“うん”と頷くと、二人は早速、100年前からの記述の確認作業に入った、“M”で始まるページを一つずつ虱潰(しらみつぶ)しに探して行くのである。
それは途方も無い作業のように思えるモノの、しかし現時点では一番、効率的で確実性の高いそれだった、もし万が一にもここに記録が残っていないならば、後は“ガリア帝国機密文書”の書庫の中にしか、それに付いての記載がある書物の存在している可能性は無いだろう位は、いくら幼い二人と言えども容易に想像が付いていたのだ。
当然、そこに忍び込むような真似は絶対に出来ないからそれは=でそれ以上、ダーヴィデの治療が出来ない事を意味するのであるが、果たして。
「う~ん、無い!!」
「こっちにも、無いわ!!」
蒼太とメリアリアが苦い顔を見せるが文句を言っている余裕等無い、一刻も早くに“マイゼナーの秘薬”に関する記述を発見しなければならない、愚痴を言っている猶予等は、全く以て存在などしていなかったのである。
「そうだわ!!?」
「?」
と突然、それまで思い詰めていたような面持ちとなり、何やら考え込んでいたメリアリアがパアァッと明るい表情を浮かべて蒼太に告げた。
「ねぇ蒼太?今から100年程前に、インフルエンザが大流行した時期があったそうよ!?学校の授業で習ったの!!!」
「ええっ!?うーんと、それってつまりどう言う事?」
「“風邪薬”が必要になったって言う事よ!?」
メリアリアが告げるが確かにこの1918年と言うのは、世界的にインフルエンザが大流行した年であり、全人類の約3割が感染した、と言われている程の、猛烈なまでのパンデミックが巻き起こった年であったのだ。
「だからマイゼナー博士は風邪薬をお作りになったんだわ、迫り来る病魔から人々を守ろうとしたんだわ!!!」
「そっか、そう言う事か!!!」
とここに至って漸く蒼太にもメリアリアの言わんとしている事が飲み込めて来た、要するに“マイゼナー博士”だけでは無くて“インフルエンザ”でも調べてみるべき可能性が出て来た、と言う訳である。
「僕、“インフルエンザ”に付いて調べてみる!!!」
「有り難う、私は“マイゼナー博士”の方を調べるからね!!?」
そう言うと二人は改めて、1918年前後の記事で“インフルエンザ”、“マルセル・マイゼナー”の項目を念入りに調べて行った、結果。
「メリー、メリーッ!!!」
蒼太が叫んだ、“あったよ!?”とそう告げて。
「・・・・・っ!!うそ、どれっ!!?どれどれっ!!!」
「ほら、ここだよ、ここっ。ちゃんと記事になってる、作り方も載っているよ!!?」
蒼太が指を刺した通りでそこには確かに“マルセル・マイゼナー”の名前と共に、その秘薬の処方箋が事細かに伝えられていた、ベアトリーチェの言っていた、“人の持つ回復力を極大化する術式”諸共に。
「やった、やったわ!!!」
「良かったねっ。これでおじさん、助かるねっ!!!」
「嬉しいっ!!!」
とメリアリアは蒼太と抱き合いながらも燥ぎつつ、叫んだ。
「蒼太のお陰よ!?有り難う、蒼太!!!」
「そんな事無いよ!!!」
と蒼太は言った、“メリーがヒントをくれたからだよ!!?”とそう告げて。
「でもメリー、よく思い付いたよね?100年前とインフルエンザ、そしてマイゼナー博士って、普通は解んないよ!?」
「い~い、蒼太。こう言うのはね?」
とメリアリアが蒼太に謎の解き方を伝授する。
「木を見てるだけでは絶対にダメなのっ。あくまで森を見なければいけないのよ?解るかしら」
「うーんと、うんとねぇ。小さな事しか見てないのはダメッてこと?」
「正解よ!!!」
メリアリアがニッコリと笑って頷くモノの、彼女は言う、“見よう見ようと思っていると小さな事しか見えなくなるのよ?”と、“だから全体を見るようにしなくてはならないの!!!”と。
「解るかしら?」
「う、うーん・・・?大局を見ろってこと?」
「その通りよ!!?」
“凄いわね、蒼太!!!”とメリアリアはこの年下の幼馴染(ボーイフレンド)の事を褒めちぎるモノの、正直に言ってこの時の蒼太はまだ、それが“感覚的に正しい事だ”としか理解出来ていなかったのであり、まだまだメリアリアから授けられた“教え”を、自分のモノに出来ていなかったのである。
だがしかし、一方でメリアリアは素直に少年の事を凄いと思っていた、授業で習ったのだろうか、それとも彼自身の感性の為せる技か、それは定かでは無いにしても彼は自分が一番、言いたかった事、伝えたかった事の極意に一発で辿り着いて見せたのであり、まだ理解はし切れていなかったとしても、それでも心の中では納得はしてくれている様子である、つまりは本質的には“答”を見出せている訳であって、そんな少年の様子にメリアリアは“本当に頼もしい”と感じていたのだ。
それだけではない、咄嗟の時の行動力や判断力に、迷わず腹を決める度胸、そして何の気なしに発揮される、溢れ出る勇気に義侠心。
それら全てがメリアリアをして彼へと感心すると同時に関心を抱かせてはドキドキと胸を高鳴らせる一因となっていたのであるモノの、今回の事にしたってそうだ、一番最初に父を、ダーヴィデを助けようとしてくれていたのは自分では無くて彼なのであって、自分はただ彼と一緒に居たくて、彼に置いて行かれたくなくて、彼を放っておけなくなって(勿論“父を助けたい”と言う思いだってあるにはあったが)、その一心で今回の行動に付き添っただけであり、知恵を貸したのも、その延長線上に過ぎなかった。
(どうしてこの子はこんなにも勇敢で優しくて、そして眩い人なんだろう・・・!!!)
そう問い掛ける彼女の胸の内から既に答は響いて来ていたのであった、“彼だからよ”と、それに気付いた瞬間に。
メリアリアはまた、あの衝動に駆られてしまっていた、それは自分で自分をどうにかしてしまいそうになるほどの、心の奥底から迸って来る魂の慟哭。
自分自身を滅茶苦茶にしてしまいたくて、彼をも滅茶苦茶にしてしまいたくて、そしてその上で二人でどこまでもキツく抱き締め合って重なり合って。
完全に一つになり尽くしたいと願う、解け合いたいと願う、己の中に秘め宿りたる、“絶対的無限性”の央芯中枢の根幹部分より解き放たれし、純正にして凄絶無比なる彼への思いの丈の叫び、少女の少年に対する真愛と真心の確かなる顕現、それそのものに他ならなかったのであるモノの、しかし。
この時のメリアリアはまだ、それを正確に気持ちに翻訳する事が出来ないでいたのである、だから。
「・・・・・っ!!!」
「メ、メリー・・・ッ!!?」
突如として少女に抱き着かれて戸惑う蒼太であったがこの時のメリアリアは完全に常軌を逸してしまっていた、この幼馴染の少年の事が欲しくて欲しくて堪らなくなり、彼に抱き着いたまま全身をグッグッと押し付けるようにし続けて来る。
「はあはあっ、はあはあっ!!蒼太、蒼太、蒼太ぁっ。蒼太蒼太蒼太蒼太蒼太ああぁぁぁ・・・・・っっっ!!!!!」
「メ、メリーッ!!!」
メリアリアは暫くの間は荒く息を付きながら自らの体を蒼太に擦り付け続けていたのであるが、やがて漸く満足したのか、その身を離すと切な気な表情で蒼太を見つめ、もう一度抱き締めるモノの、この時の彼女は心底満たされてしまっており、だけどそれと同時に“もっと蒼太が欲しい”、“まだまだ足りない!!!”と言う彼への深い愛情と恋慕の渦に巻き込まれては自分でも自分をどうにも止められなくなってしまっていたのである。
だから。
「はあはあっ、はあはあ・・・っ!!!」
「・・・・・!!?」
(ほ、欲しいっ。蒼太が欲しいっ。もっと欲しいいぃぃぃ・・・・・っっっ!!!!!)
そう思うと少女はまた、少年を抱き締めたままで体を思いっ切り押し付け始めた、少女のバラの花糖蜜のような甘い香りと体温とに包まれながらも、蒼太もまた、それでも両腕を回してそんな彼女の思いと体とを、その身でしっかりと受け止め続ける。
そしてそんな少年の気持ちが嬉しくて有り難くて、今の二人の関係が心地好くてー。
メリアリアはいつまでもいつまでも彼に抱き着いたまま全身を強く押し付け続け、彼に密着し続けていた。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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