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ガリア帝国編
アウロラ・フォンティーヌ編6
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闇夜の空に紅い月、漆黒の帳が降りたる空間でー。
“彼等”は対峙し続けていた、片や凶暴かつ横暴なる異形の魔物であり、もう片方は純粋にして純朴なる子供達である(約一名は大人であったが)。
この内で、数的優勢を誇っていたのは“魔物共”の方だったが、1羽一際デカい“それ”の周囲には使役されたるフクロウの群れが集っており、その数およそ30羽、皆獰猛で最も攻撃特性の強い“ワシミミズク”と言う品種であり、その力、滑空能力共に高くて、その鉤爪も嘴(くちばし)も鋭く冷たく尖っていた。
「・・・・・」
(ワシミミズクか、あれに集団で襲われたら、全身がズダズダに切り刻まれてしまう。10羽程度ならば、まだ何とかなるけれども、流石にあれだけの数が相手じゃどうにもならないぞ?)
エルフ王から授かりし秘剣“ナレク・アレスフィア”を翳(かざ)しつつも蒼太は思うがしかし、彼には多少、思う所があった、傍らにいる青髪の少女、アウロラ・フォンティーヌその人である。
彼女は言った、“任せて下さい”と。
こんな時、下手な気休めや思い違いをするような彼女などでは断じて無いため蒼太はそれに賭けようとしていたのである。
「大地を巡りし大いなる地脈よ、我に集いて“奇跡”をなせ・・・!!」
見るとアウロラが再びその青空色の双眸を閉じては額に両手を重ねて当てて、そこに燃え上がらせた法力を集約させ始めていた、蒼太には、それが少し不思議な力に感じていた、自らの使う“波動真空呪文”と何処か似ており、しかしやはり少し違う力だったからである。
「・・・・・」
(な、なんだろう?この波長の轟は・・・。感じた事があるような、無いような・・・?)
アウロラの発動させようとしている魔法に対して蒼太は空中を浮遊している魔物の群れに向かって剣を構えたままでチラチラと横目を送るが彼とて多少は興味があった、この場を何とかする事の出来る、自分がまだ見たことも無い種類の魔法に。
すると。
そう思っていると、俄(にわか)にフクロウの大群が一斉に苦しそうにけたたましく鳴き始めて飛び方が無作為になり、彼方此方で衝突が起き始める。
方向感覚や平衡感覚を失ってしまっているのか、飛翔の軌跡が滅茶苦茶になり、辺りを滑空すること自体が不可能になっていった。
「キイイイィィィィィッ!!!!?こ、小娘ええぇぇぇっ、お前一体、何をしたあああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
見るとトワール自身も苦しそうに呻いており、翼と化していた両手で頭を抱えるようにするが、そうこうしている内にいよいよアウロラは呪文を発動させるべく、最終段階に入った。
「“ジェノマギネティック”!!」
名前を与えて命を吹き込み、魔法をこの世へと顕現させるが、それと殆ど同じタイミングでー。
フクロウ達がバタバタと落ち始めて行き、もしくは地面に滑空して来てはそのまま倒れ伏してしまい、動かなくなってしまった、アウロラがその持てる秘術の一つである、“地磁気魔法”を発動させた為であり、その強烈な磁気のせいで鳥達の敏感に過ぎる感覚器官は機能不全に陥ってしまったのである。
「キイイイィィィィィッ!!!!?き、気持ちが悪いぃ、目眩がするうぅぅぅっ。お、お前達いいいぃぃぃぃぃっっ!!!!!」
トワールが尚ももがきながらも落ちていったフクロウ達を気遣うモノの、彼等はもはや事実上、無力化してしまっており戦力としては到底、期待できる状況では無かった。
「うううっ!?うぐぐぐ・・・!!!ちっくしょうがあああぁぁぁぁぁ・・・っ!!!!!」
遂にはそれまで上空で粘っていたトワール自身まですらもが、地面に降りたって来てしまうモノの、その足はふらついており、もはや滞空飛翔はおろか、歩行すらも満足には行えない模様である、これならば楽勝に行ける、と蒼太が思わずそう判断した、その時だ。
「小娘えええぇぇぇぇぇっ!!!!!これでもくらいなあああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「危ないっ!!!」
「きゃあっ!!!」
なんとトワール自身の身体から幾筋もの影がまるで槍のように伸びて行き、それは途中で実体化すると地面から空中へと飛び跳ねて行き、そのまま魔法を発動させていたアウロラを狙うが蒼太が咄嗟に彼女を庇って抱き抱え、右側やや後方へと跳躍する。
一方、影の弾丸はそのまま直進を続けては側にあった巨岩に当たるとそれを貫通して向こう側へと消えて行くモノの、それを見た蒼太は思った、“恐ろしい魔法だ”と。
(影を実体化させる魔法。聞いた事がないけれども多分、“黒魔術”の一種だろう。つまりは“魔女”だけが使える魔法か!!)
数多の冒険と戦闘と、そして鍛錬の賜物だろう、まだ幼いながらも蒼太は今の攻撃を咄嗟にそう分析していた。
(あれを喰らったら致命傷を負うだろう、それに厄介な事に、今のでアウロラのあの魔法が解けてしまった!!)
蒼太の思った通りで今の攻撃によるショックでアウロラは呪文の生成を中断させてしまっており、このまま行けば鳥達が復活してしまう。
しかしそうなるためにはまだ暫くの時間があった、それまで顕現して来た魔法の効果が直ちに消えてしまう訳では無いからだ。
「まだまだだあああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
それを知っているのだろう、トワールは再び己の影を数本伸ばすと、それを蒼太とアウロラ目掛けて飛翔させて行ったが蒼太は今度はそれを難無く躱してみせた、不意を突かれでもしない限りかは、この程度の攻撃を避ける事は造作もないが、問題は軌道が読みにくい事だった、実体化してしまえば後は弾丸のように直進して対象を貫通する仕様なのであろうが、影の状態の時はウネウネとうねって曲がり、何処までも追跡して来るために、“先読み”するのが容易では無かった。
「ぐ、ぐぐ・・・っ!!いい加減に・・・っ!!!」
“しろおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!”とトワールが叫ぶと同時に今度は一気に10本近い影がウネウネと曲がりくねりながら伸びて来る、これを躱しきる事は難しいと判断した蒼太はアウロラを抱き抱えたまま一気に後方まで跳躍して様子を見ながら、一つずつ躱す事にする。
しかし。
「キ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!!!無駄さ無駄さ!!!今度はそう簡単には“実体化”しないよおおぉぉぉっ!!!」
まるで蒼太の考えを見越したかのようにトワールはそう叫ぶと、尚も影を増やして伸ばし、二人を追い詰めようと試みるが、しかし。
「・・・・・っ!!」
(そうか、あれは“呪文”なんだっ。それならば!!)
「マクシムッ!!」
蒼太は更に後方に退避していた、アウロラの兄に向かって鋭く叫んだ。
「もっと後方まで下がって、岩陰に身を潜めててっ!!」
「解った!!」
そう頷いて走り去って行く10歳は年上の友人の後ろ姿を確認すると、蒼太は直ちに己の呪文の生成に入った、“相手が呪文で来るのならば、こちらも同じ呪文で相殺出来るかも知れない!!”と、殆ど直感的にそう感じた蒼太は回避行動を取るのを止めて自らも波動を最大にまで高めて練り上げ、法力を限界まで燃焼させるとそれをー。
天に向かって翳(かざ)した掌目掛けて極集約させて球体状にし、それを一挙に弾けさせた、その瞬間。
「“インフィニテッツァ・ブリージア”!!」
蒼太のそこからは周囲の四方八方に向かって眩いばかりの光のエネルギー衝撃波が疾走して行き、それはやがてプラズマ波動を纏った強大なる真空の刃となって、猛烈なまでの力と勢いとで付近一帯を薙ぎ払って行く。
大地を穿って虚空を切り裂き、その輝きと爆力光波とでトワールの生み出した“影の弾丸”を跡形も無く消し飛ばして行ったのだ。
「バ、バカなっ!?」
それを見たトワールは改めて驚愕した、自分の感覚に間違いが無ければ今のは強力な真空呪文にプラズマ波動を纏わり付かせたモノでは無いか、それもただのエネルギー等では無い、光の波動法力をである。
(ひ、光の波動真空呪文っ!!!!!こいつは、一体・・・っ!!!)
「お、お前っ!!まさか“オメガニック・バースト”が使えるのか!!?」
「・・・・・?」
「・・・・・!?」
「な、なんだって・・・?」
その言葉を聞いた蒼太は何のことか解らずに怪訝そうな顔を見せ、一方のアウロラとマクシムは揃って“まさかっ!?”と言う表情を露わにした、“オメガニック・バースト”、それは“無限大質量放出”の事であり限られた者しか使えない、とされる秘儀中の秘儀であったからである。
「そ、そんなバカな、“あのお方”でさえも。“反逆皇王ゾルデニール”様でさえも、まだ完全には熟(こな)せない、と言うのにっ。こんな坊やがっ!!?」
“有り得ない!!”と言いつつも、トワールはワナワナと震え出した、あの幻の聖剣といい、一体何者なのであろうか、この少年は。
「・・・良いだろう」
するとトワールの纏う雰囲気と言うか空気が一変し、辺りに異様な妖気が立ち込め始めた。
「もう、遊びはお終いだよ、坊や達。お前達を生かしておくわけにはいかないのさ!!」
そう言うとー。
トワールは己の妖力を極限まで高めると同時に周囲に影と氷の魔法を出現させて、それをより巨大かつ強大なるモノへと進化させて行くモノの、最初は礫に過ぎなかった氷の魔法は徐々に一本の氷柱となり、それは更に発展していって大きな大きなクリスタルのような形を為して行ったのだが、その反面で。
影の魔法は深い漆黒の色を為し、しかもその覆う範囲を広げて行った、最初はトワールの影でしか無かったそれは今や巨人のそれかと見紛うばかりのモノとなって、そしてー。
次の瞬間、信じられない事が起こった、なんとトワールは生成させた氷の巨大なクリスタルの柱を自分目掛けて疾走させては、それを身体の中央部分へと打ち込んだのだ。
「・・・・・っ!?」
「ええ・・・っ!?」
「じ、自殺か・・・っ?」
何事かと思い、ギョッとする蒼太達の目の前で更なる衝撃的な光景が展開して行った、今度はそれを、即ち氷柱が突き刺さったままのトワールの身体を影の巨人が飲み込み始めて遂には完全に、腹の中にまで収め尽くしてしまった。
「・・・・・?」
「な、なに・・・?」
「どういう、事だ・・・?」
困惑する三人の目の前でしかし、次に顕現して来た事は想像を絶していたが、なんと影からいかつい氷の巨人が姿を現して来ては彼等に襲い掛かって来たのである。
「うわわっ!!?」
「きゃあああああっ!!!」
「な、なんだよ、ありゃあ・・・!!」
「キ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!!!残念だったねぇっ、坊や達。お前達はもう、ここで終わりさ!!」
警戒感を露わにする三人に向かって巨人が語り掛けて来た、その姿形は変わっても、雰囲気や声色、口調などは間違いなくトワールのそれだったのだ。
トワールは最後の手段として、自らの持ち合わせたる影と氷の魔法と一体化しては巨人となって襲い掛かってきたのであった。
「クワアアアァァァァァーッッッ!!!!!」
「うわああああああっ!!!!?」
「きゃあああああああああーーーっっっ!!!!!」
ヒュゴオオオォォォォォッッッ!!!!!と言う轟音と共に、影と氷の巨人はその大きな口から、超低温の吹雪を吐いた、あまりの冷たさに空気中の水分が氷結し、しかもそれが途中でした砕け散ってはキラキラと宙をまっている。
俗に言う“ダイヤモンドダスト”と呼ばれている現象であるモノの、この吹雪はそれが巻き起こるほどに寒くて凍えるモノだったのだ。
それも。
「・・・・・っ。く、くそ。アウロラ!!」
「・・・・・っ。は、はいっ!!」
ただの吹雪などでは決して無い、力を奪う呪(まじな)いの込められている、“黒魔術の吹雪”である、それに加えて風圧もまた凄まじいモノがあったのであり、このままでは身体が凍て付き、何もしない内から消耗させられた挙げ句に身動きが取れなくなってしまう。
「火炎魔法を、生成してくれっ。フルパワー・フォースで頼むっ、それを僕の剣に纏い付かせてヤツをそのまま叩っ切る!!」
「わ、解りました!!」
蒼太の言葉にアウロラもまた頷くモノの、彼女も彼女でこのままでは立ち行かなくなる事を理解しており、何とかして状況を、打開したい所である。
その為。
「“ロッソ・デ・フィアーマ”!!(紅蓮の炎火)」
「・・・・・っ!!」
アウロラが顕現せしめた灼熱の火炎を“ナレク・アレスフィア”に纏わせると蒼太は吹雪を払い除けながらも一歩、また一歩とトワールに向かって近付いて行く。
一気に距離を詰めなかったのはトワールの吹雪があまりにも激しすぎたのと、その魔法力が豊富な為に、迂闊に近付くと何をされるか解らなかったからだ、しかもそれは本人からのみならず、その影からも感じ取る事が出来ていたために尚更油断が出来なかった。
その間にも。
アウロラは蒼太の体力をこれ以上、減らさせない為にとトワールに対する牽制を兼ねて攻撃用の火炎魔法を生成しては、彼女に向かって撃ち放つモノの、その全ては吹雪の風によって吹き返されて来た、お陰で一瞬とは言え暖を取ることが出来たモノの、周囲に落着した火炎はそれでも、あまり間をおかずに吹き消されていってしまい、吹雪の寒さを凌ぐ壁には成り得なかった、そんな中で。
「てやあああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
漸(ようや)くにして、蒼太がトワールを、その射程圏内に収めて距離を詰め、一気呵成に吶喊を開始した、その足取りは確かな力と自信に満ち溢れており、気持ちは少しも萎えていない。
しかし。
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!無駄さ無駄さ!!!」
「・・・・・」
(な、なんだ?これは・・・!!?)
“攻撃が、透ける!?”と蒼太は思った、確かに蒼太は燃え盛る秘剣“ナレク・アレスフィア”で巨人の左腕を斬り付けたのだがしかし、何の手応えも無い所か攻撃した箇所に傷一つ着いてはいなかったのだ。
(な、なんだこれは・・・?まるで虚空を切っているような・・・!!)
“どう言う事だ!?”と蒼太が考え倦(あぐ)ねていると。
「クワアアアァァァァァッッッ!!!!!」
「くうううぅぅぅぅぅ・・・っ!!!」
氷の巨人が再び雄叫びのような奇声を発すると同時に今度は右腕を振り上げては、蒼太を殴り付けて来たのだ、それを。
蒼太は後方に飛んで何とか躱すと直後にズドオオオォォォォォンッ!!!!!と言う衝撃音と共に、振動が地面に伝わってきて、巨人の拳がその場にクッキリと痕を付けるが、それを見た蒼太はやはり、“巨人が本体なのだ”と考えて再び剣を構え直し、素早く動いて攻撃して来た巨人の右腕を切断しようと試みるモノの、しかし。
「・・・・・!!!」
(まただ・・・っ!!!)
蒼太の剣閃は確かに、巨人の腕を切り飛ばした筈であったがしかし、そこにはなんの手応えも無く、またもや攻撃はそのまま擦り抜けてしまい、空しく宙を切るだけだった。
「・・・・・っ!!!!?」
(ど、どうなっているんだ?一体・・・!!!)
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!無駄だよ小僧、諦めなっ!!!」
するとまた、蒼太の耳に老婆の声が響き渡って来るモノのその時、蒼太はハッキリとした違和感を覚えた、最初蒼太は“氷の巨人”それ自体が喋っているのだと思い込み、それそのものに狙いを定めて攻撃を繰り出していたのであるが、今聞こえて来た声は巨人本体からでは無くて、明らかに別の場所から響いて来たように感じたのだ。
「・・・・・」
(ど、どう言う事なんだろう、巨人が本体では無いのか?だとしたなら本体はどこに・・・)
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!諦めな、坊や。お前達はここで死ぬ定めなんだよ、潔く朽ち果てな!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
再びトワールの声が響いて来たモノの、蒼太は今度はハッキリとそれを聞いた、間違いなく声は巨人からでは無くて、その背後、むしろ地面そのものから響いて来ているように感じられたのである。
「・・・・・っ!!!!!」
(見えるモノに惑わされるな!!!敵の本体を、正確に探るんだ。何処だ、何処にいる・・・っ!!!)
蒼太は剣を構えたままで一度ワザと瞳を閉じて精神を集中させては相手の気配そのものを探るために波動を精査し始めるがその結果。
目の前にいるはずの巨人からは、何の存在感も圧迫感も感じられずに、それはむしろその足下である、地面の中に息づいていたのだ。
「・・・・・っ!!!!!」
(解った!!)
その瞬間、蒼太は閃くと素早い動作で巨人を左右に翻弄しつつも、その足下にへばり付いている、影の真上へと辿り着くなやいなや、その胸にある心臓の部分目掛けて思いっ切り、燃え盛る“ナレク・アレスフィア”を突き立てた、その瞬間。
「ギャアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!」
ジュアアアァァァァァッッッッ!!!!!
ザッシュウウウゥゥゥゥゥッッッ!!!!!
と切り口からは猛烈な音と同時に大量の蒸気が吹き上がり、そして“真っ黒な何か”が飛び散って行った、高温に熱せられた聖剣が、その煌めきの軌跡のままに“氷の巨人の影”と一体化していたトワールの急所を、正確に刺し貫いたのだ。
「やっぱり!!!」
蒼太が叫んだ、“お前がトワールだったんだな!!?”と
「ギャアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!」
蒼太が更に深く“巨人の影”の心臓部分へと“ナレク・アレスフィア”を突き立てると同時にそこから再び断末魔の声が挙がって吹雪がピタリと止み収まった、動きを止めた氷の巨人はそのままそこで石像のように動かなくなり、そしてー。
バラバラ、ガラガラと全体から粉々に砕け散ったガラス細工のように氷が剥がれて崩れ落ちて行った、そこからは影がゆらゆらと立ち上って行き、それはやがて空中で光の粒子になると宇宙(おおぞら)へと消えて行った、一方でー。
蒼太が剣を突き刺した場所からは、真っ黒な、それでいて夥しい量の血が噴出して来ており、それは枯れ果てた大地へとドクドクと流れ出して行った、そしてそれが全て、流れ終えたその瞬間にー。
巨人の影は徐々に縮小し始めて行き、やがてその姿は丸々と太った老婆のそれとなった、そしてその時にはもう既にトワールは絶命していた、黒魔道に堕ちたモノの末路だろう、遺体は一瞬で灰となり、風に吹かれて散り散りに空へと舞い上がって行ってしまったのである。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“お、終わったのか?”とマクシムが辺りを見渡すモノの、そこには妹とそのボーイフレンドの他には誰も、何もいなかった、フクロウ達さえも、気が付くと何処こかへと去って行ってしまっており、地上にその姿を見付ける事は出来なかった。
「・・・・・っ!!!」
「蒼太さんっ!!!」
アウロラは堪らなくなって思い人の蕎麦へと駆け寄った、蒼太は“残心”を取っていた、相手が倒れても暫くの間は警戒を解かずに身体と心を引き締めて続けておく極意であるモノの、やがてトワールの気配が本格的に消え去った事を確認すると漸くにして緊張を解いた。
「蒼太、さん・・・?」
「・・・うん、大丈夫。もう終わったよ」
心配そうな面持ちでそう尋ねて来るアウロラに対して蒼太は力強くそう頷くと、持ってきていたティッシュを使い、トワールの血が付いていた剣の刃身を拭おうとするモノの、すると“ナレク・アレスフィア”が不思議な輝きを発すると同時に血の付いた部分が発火して燃え上がり、その燃えカスが、チリとなってその場に四散して行った。
「トワールは、倒れた。もう大丈夫だよ、気配は無い。僕達は、勝ったんだ!!」
「・・・・・」
“君のお陰だよ、アウロラ”と蒼太は彼女に謝辞を述べた、アウロラの法力が無ければどうなっていたのか解らない。
「マクシムを助けた時と言い、ワシミミズクを行動不能にさせてくれた事と言い。本当に凄いよ、君は!!」
“それに”と蒼太は思わず言い掛けるが、彼は今回の事で良く良く思い知らされた、秘剣の有り難さと法力の大切さ、及びその使い勝手の良さであるモノの例えば今回、“魔力の鉄格子”を打ち壊す際にも、玩具の兵隊と戦う際にも、そして大ボスである“影と氷の巨人トワール”を倒す際にも“ナレク・アレスフィア”はその持てる霊力を遺憾なく発揮してみせてくれたのであり、それと並んで“アウロラの法力”もまた、常に彼を援助してくれており、頼もしいことこの上ない程の力を授けてくれていた。
そしてそれは戦闘だけでは決して無かった、勿論、自分だって最善を尽くした訳であるが今回、“トワールの魔力”を打ち破れたのはやはり、この両者の力があってこそのものだったのである。
「あうぅぅ・・・っ。わ、私は、何もっ。してない、です・・・っ!!!」
蒼太がそんな事を考えていると、アウロラがモジモジとしつつもそう応えて来た、しかしその顔は照れたように赤らんでおり、しかも俯き加減となりながらも嬉しそうな笑みを浮かべて視線を明後日の方角へと泳がせて回っている。
蒼太は素直に“喜ばしいのだろうな”と理解した、自分だってエルフの王国を救ったと理解できた際は滅茶苦茶嬉しくて幸せな気分だったし、皆の役に立てた事がとても誇らしく思えたモノだ、アウロラだとてそうなのだろうと彼は感じていたのであるが、本当はそれに加えてもう一つ、アウロラが何より幸せだったのは自分が、大好きな人の役に立てたと理解する事が出来たからである、彼から“よくやった”と褒めてもらえる事をしたのだと、実感する事が出来たからである。
だからとっても誇らしくて、満ち足りた気分になれていたのであるモノの、蒼太は彼女の心の内をそこまではまだ、見て取る事が出来ないでいたのだった。
「そ、蒼太さんがいてくれたからこそ・・・、です。だから私は・・・、その。ごにょごにょ・・・っ!!」
「・・・・・?」
「あ、あうううううっ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
(ア、アウロラ。お前やっぱり蒼太の事が!!)
そんな二人の様子を見ていたマクシムは妹の恋心に気付いて愕然としてしまった、いや、蒼太を好きになるのはそれでいい、問題は蒼太がそれに気付いているのかどうか、そして気付いていたとしてそれにどう答えるのか、と言うことであった、勿論、蒼太にだって蒼太の思いがあるのだろうし、他に好きな人だっているかも知れないのである、予断は全く許さなかった。
(くそうぅぅっ。余人が勝手に出しゃばるのは、絶対にルール違反だと知ってはいても。蒼太のヤツ、もし妹を泣かせるような事があったら殺してやるぞ!!)
と、マクシムが人知れずアウロラを(勝手に)不憫に思い、蒼太に対する怒りを(これまた勝手に)募らせていた、その時だった。
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!やってくれたじゃないか!!!」
周囲に突如として、トワールの声が響き渡り、世界が紅から青く変わる。
「ばかな・・・・っ!?」
「・・・・・っ!!!!!」
「ア、アイツの声だ!!」
「これは私の残留思念さ、だからもう、私は何処にもいやしないよ。だけどよくもやってくれたねぇ?おチビちゃん達。仕返しをさせてもらうよ!!」
“あれを見な!!”とトワールの残留思念が言った、尤も最初はその“あれ”が何なのかがよく解らないでいたモノの、やがて蒼太達は気が付いた、出ている月が紅から青く変色しているのを。
「あれは常世の月じゃ無い、私の魔力によってこの世界に作り上げて、浮かべていたモノさ。その私が死んだもんだから今、あれは制御を失い、この世界に落着する!!」
「何だと!?」
「・・・・・っっっ!!!!!」
「う、嘘だろ?おいっ!!!」
「大きさは、実際の月の一千分の一程度だが。私と“ゾルデニール様”の魔力をふんだんに吸っているんだ、それなりの破壊力にはなるだろうねええぇぇぇっ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・?」
(ゾルデニール・・・?)
「言っておくが!!」
その名称に怪訝そうな顔を見せる三人に対して魔女は殊更強く告げた、“この世界からトンズラすれば片は付く、等と思っていたなら大きな間違いだ!!”と。
「この世界はお前達の世界に重なるようにして存在している“平行世界”の一つなのさ、それが崩壊するのだから、お前達の世界にもそれなりのダメージは行くだろうねええぇぇぇっ!!!」
「・・・・・っ!!?」
「・・・・・っっっ!!!!?」
「なんだと・・・っ!!!」
「良くてマグニチュード9クラスの大地震、悪けりゃ地殻変動くらいは起きるんじゃ無いかね?キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!」
トワールの声は勝ち誇ったように周囲に響いた、それはもう、絶対にこの大災害が避けられ得ぬモノだと、他の誰よりも本人自身が確信している事の現れであろう事が見て取れた。
「さよならだよ坊や達。あたしも消えるが、お前達もジ・エンドだ。あれが落ち始めるまであと15分かそこら、距離にして凡そ70キロだよ?防げるモノなら防ぎきって見せろっ、キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ・・・ッ!!!ギ、ギギ・・・ッ!!」
それだけ言うと。
最後に苦しそうに呻きつつもトワールはこの世界から消えて行ったが、後に残された者にとっては堪ったモノではホトホト無かった、早いこと何とかしなければ、現実世界が致命的大災害に見舞われる羽目となる。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“どうするか”蒼太が言った、ここにいる、全員の魔法力をプラスして“波動真空呪文”に変換し、しかもそれを極一点にまで集約したモノを“あれ”に向かって打ち出せば、あの程度の大きさのモノならば、打ち崩す事も可能かも知れなかった、ただし。
(・・・元々。“波動真空呪文”自体が、結構な高威力なんだ、それを極集約して射出なんかしたのなら、今の僕なら、反動と輻射熱で粉々になってしまうかも知れない!!!)
蒼太は思うがせめて自分がもう少し大人であったなら、身体も心も頑健で、もっとしっかりとしたモノになっていたのならば、そんな事をしたとしても多少、怪我を負うだけで済んだのかも知れなかったがしかし、それを今、この場で言っても全く詮無き事と言えた。
とにかく、今は出来る事をやらなくてはならなかった、それも自分に出来る、最大の事をだ、それこそが今、アウロラを守り、マクシムを守り、この世界を守り。
そして何より今、この瞬間何も知らずに寝ているであろうメリアリアを守る事に繋がるのだから。
(そうだ、メリーを守る為なんだ。ここはもう・・・っ!!)
「待って下さい!!」
「アウロラ・・・?」
「・・・・・?」
“やるしかない!!”と覚悟を決めて、蒼太が前に進み出ようとした、その時だ。
傍らで俯いていた青髪の少女が、まるで何かの意を決したかのように立ち上がると、自分達の前に歩み出て来た。
「・・・・・」
「・・・どうしたのさ、アウロラ。そんな恐い顔しちゃって!?」
「・・・・・」
蒼太が戸惑い、マクシムが驚いてそう声を掛けるがこの時、アウロラは彼女の中である決意をしていたのである、それは。
「私があれを、食い止める!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!?」
二人は一瞬、絶句してしまっていた、蒼太でさえもアウロラが、何を言っているのかが理解できずにいたのであるが、しかし。
「私に、やらせて下さい、きっと何とかして見せますから!!!」
「アウロラ、お前ね・・・!!!」
「まって、マクシムッ!!!」
“どう言う事?”と蒼太は聞いた、まだ短い付き合いだ、とは言っても蒼太はアウロラがこう言う局面でよく解らない事を言うような子では無い事だけはハッキリと理解できていたから、何か言いたいことがあるのだろう、と思って尋ねて見たのである。
「私には、“地磁気を操る魔法”があります。あれを思いっ切り集中させて、高速で回転させるとどうなるか、知っていますか?」
「・・・・・」
「・・・・・?」
(地磁気を圧縮?高速回転・・・っ。そう言えば!!)
と蒼太はある授業で習った内容を思い返していたのであるモノの、それというのが“宇宙基礎物理学”の“天体”の項目における爆発現象の一つである、“星震”と呼ばれていたモノであった。
これは本来、超新星爆発の残骸として形成される“中性子星(パルサー)”の中でも極めて強力な磁力を持つ星“マグネター”が引き起こすとされる、宇宙規模での大爆発の事であり、その一瞬の内に放出されるエネルギー量は太陽が10万年~25万年掛けて放出するそれらとほぼ同等である、と言われている程の、想像を絶する現象であった。
マグネターは恐ろしい程の磁場を持って絶えず対流、減衰運動を繰り返しており、これが何らかの理由によって変動、極限に達する際にその周辺部に蓄積されている超高密度にまで圧縮されているプラズマ、ガンマ線、そして鉄などの重元素等が衝突を繰り返しては互いに集約されて行き、それが一遍に解放される事により凄まじいまでの大爆発を引き起こす、とされているのであるモノの、その詳細は未だに不明であり謎の多い現象であった。
「アウロラッ。き、君はまさかっ。“星震”を引き起こすつもりなのか?この地球上で!!!」
「・・・・・」
「“星震”だとっ!?」
そのワードが、蒼太の口から出た事でようやくマクシムも妹がやろうとしている事が見えて来たのであるモノの、もしここで“星震”等を本格的に誘発したりしたならば、確実に大気圏のオゾン層が破壊されてしまい、場合によっては大量絶滅が起きてしまうだろう程の、尋常では無い位の懸念が彼等の頭を駆け巡るが、しかし。
「・・・多分、大丈夫だと思います。見た限りはこの世界には生物の足跡は、殆ど感じられませんし、それにここは“異世界”です、少なくとも現実世界で炸裂させるよりも、被害は少ないと思います!!!」
「いや、まあ・・・。それはそうだとしてもね、お前ね!!!」
「・・・・・」
「少なくとも私なら、あれを確実に壊す事が出来ると思いますし、そうで無くても激突のエネルギーを、弱められるでしょう。そうすれば地上への被害も、もっと少なくて済むと思います!!!」
「ちょっと待って、アウロラ・・・」
「・・・・・?」
「それで一つ聞きたいことがあるんだけど・・・。その魔法を使って、君はどうなるんだ?」
「・・・・・?」
「何某かの、副作用があるんじゃないのか?身体に支障を来たしてしまう、とかなんとか・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“特には無いと思いますけど”とアウロラは少し考えながら、キョトンとした顔でそう応えて来た、蒼太からしたら信じられない話である、それほどの極大魔法をぶっ放しておきながら、本人が何のリスクも負わないなんて、最強に過ぎるでは無いか。
「いや、あのね?だってそんなのおかしいだろ?どうしてそんな凄い事が・・・!!」
「ええ?でも、だって・・・」
「いや、しかしね?アウロラ・・・」
「蒼太、待て・・・」
するとそれまで黙って聞いていた、マクシムが口を出して来た。
「アウロラの言うことを、聞いてみよう。蒼太・・・!!」
「マクシム!?でも・・・!!」
「君がアウロラを、危険に晒したくない、と思ってくれているのは良く解った、本人にリスクを背負わせたくは無い、と思っている事もね。だけどね」
マクシムが言った、“これはアウロラの役目なんだよ”と。
「この子に、なんでこんな物凄い魔法の力があるのかは、俺にだって解らない、いや親父殿にだって解らないだろう。だけどさ、だからこそ、こう言う時の為のモノ何じゃ無いのかな・・・」
「・・・・・」
「第一、蒼太。じゃあ君は他に、アウロラに頼む以外にどうするつもりだったんだ?」
「それは・・・」
「アウロラに頼む以上に確実に、かつノー・リスクで破砕する方法を、君は何か持っているか?持っているのならば聞こうじゃないか!!」
「い、いや。そんな事は・・・」
「大方、君のことだ、自分を犠牲にするような方法でも、考えていたんだろう。そんな事は絶対に認められん、年長者としてな。アウロラだってそうだろ?」
「はいっ、そんなの絶対に嫌です!!」
「いや、だけど。でも女の子を危険に晒すわけには・・・!!」
「じゃあ、仮に聞きたいけれど。君のその方法は確実なんだろうな?仮に君の身が犠牲になったとして、その代償として確実にあの紛い物の月を破壊できるのか?保証はあるのか?」
「・・・・・」
そう言われてしまって蒼太は黙りざるを得なかった、そもそも彼が考えた方法では“無事に撃てたとしても”、“恐らくはなんとかなんであろう”と言うレベルの話でしか無かったし、それに何よりかによりの話としてそれも“撃てれば”の話なのだ、それ以前に発射時のエネルギー輻射と反動の衝撃とで自分の身の方が木っ端微塵に砕け散り、その結果として溜まり溜まった波動法力はその場で暴走、大爆発を起こして四散してしまうかもしれないのである、到底“確実になんとか出来るんだろうな?”と言われて“出来ます”とは言い返せないモノだったのである。
「ほら見たことか、全然ダメじゃないか。そんな事ではとてもの事、ゴー・サインは出せないな!!」
「・・・・・」
「アウロラに、任せてみよう?蒼太」
マクシムが再び口を開いた、“今はこの場をなんとか出来る最適解はこの子しかいないんだ”とそう告げて。
「この子だけなんだよ。なんのリスクも背負わずに、あの紛い物の月を確実に止められるのは、アウロラしかいないんだ、であるならば、この子を信じるしか無いだろう?」
「・・・・・」
「それとも君は、アウロラを信じられないのか?」
「そんな事は無いよ、そんなこと・・・!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“決まりだな”とその後も尚も逡巡しつつも、それでも結局は黙ってしまった蒼太を見ながらマクシムは告げるとアウロラに目で合図を送るが、それを受けたアウロラは頷くと自分の中にある法力をありったけ放出し始めた。
「はあああぁぁぁぁぁ・・・っっっ!!!!!」
「・・・・・っっっ!!!!!」
「・・・・・っっっ!!!!?」
(なんて法力量なんだっ!!!)
(信じられん、この子がこんなにも・・・っ!!!)
その半端では無い力の埋蔵を目の当たりにして、改めて驚愕の色を隠せないでいる二人を尻目にアウロラはその法力の全てを地磁気へと変えて一点目指して極限まで圧縮させてはそれを高速で回転させ始めて行った。
更にはその地磁気の球体力場を空中へと押し上げて行き、しかもそれがどんどんどんどん上昇して行った、10キロ、20キロ、そして30キロを過ぎた時点で停止して、そこからはもう、アウロラの流し込む以上の磁場を自分自身で取り込み始める、強力な磁力球体の装いを呈し始めて行ったのだ。
それはやがて、超高密度にまで極集約されて行き、地磁気による対流、減衰運動を行う超極小サイズの“マグネター”としてこの世にハッキリと顕現して行くモノの、一方で。
それを感じ取ったアウロラは、次の段階に移っていた、それというのは“亜空間フィールド”と“反重力粒子曲線”の膜をそのマグネターの周囲に張り巡らせて、威力を極限化させるのであるモノの通常、宇宙規模での大爆発である“星震”を地球上で引き起こさせた場合は、如何に威力を抑えようともオゾン層の破壊等その影響力は極めて甚大なモノがあり、それが故にまずはその周囲の空間を特殊なオーラフィールドで覆い隠してその爆発の衝撃エネルギーを吸収、対消滅させて無力化させる必要があるのであるが、今回の場合は対象が3キロの大きさを誇っている事と
3キロの大きさを誇っている事と地上から30キロメートルの超高高度で炸裂させる為に(ついでに生命の殆どいない“死の世界”である事も手伝って)対象の周囲を覆うのでは無くて、自分達の上空を覆うようにするのだ。
類い稀なる法力と演算能力等の所謂(いわゆる)“魔法の才”を誇るアウロラはこれを誰に言われるでもなく、殆ど一人で生成、構築をしていったのであった、ただしー。
「・・・・・ッ!!!」
「お、おいアウロラッ。まだなのか!!?」
如何に天才少女とは言えども、彼女はこの時点で8歳にも満たない女の子なのであり、その為予想通りの威力のマグネターを生成するのにも、またそれを防ぐオーラフィールドを展開するのにも些か時間が掛かっていた。
「落着開始まで、あと三十秒!!!」
「まだなのかっ!?アウロラッ!!!」
「・・・・・っっっ!!!!!出来たっ!!!」
マクシムはからの必死の問い掛けに、ようやくアウロラが笑顔で応えた。
「出来ました蒼太さんっ、お兄様っ!!!」
「やったかっ!!!!?」
「よしっ、やれっ。早くやれアウロラッ!!!」
「待って、アウロラ!!!」
すると発動を急かさすマクシムの言葉を、蒼太がまるで遮るように待ったを掛けてアウロラを静止させる。
「目標を正確に測定するんだ、あの月の中心核を狙え!!」
「ち、中心核・・・っ。は、はいっ!!!」
「マクシム、確か大学生だよね?」
「・・・・・っ。あ、ああっ。勿論だが今はそんな事関係がな」
「直径3キロの天体が70キロを自然落着してくるのって、どれ位掛かるの?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“質量が必要になるな!!”とマクシムが告げた、“あの月の組成が何なのか、重さが何tあるのか解らなければ結論が出せない!!”とそう言って。
「それが解っても、出すためには落下角度や重力等、様々な判断材料を打ち込んで計算する必要がある、“スーパーコンピュータ”でも無ければ計測不可能だ!!」
「なら“感覚”を使うしか無い!!」
蒼太は言った、“落着してくる月の中心核を、最適な角度で最適なタイミングで破砕するしか方法は無い”、と。
「アウロラ!!!」
「・・・・・っ。は、はいっ!!!」
「僕が、導く。僕の言う通りに炸裂させるんだ、良いね?」
「・・・・・っ!!!!!は、はいっ。蒼太さんっ!!!」
蒼太からの言葉に、アウロラはそう頷くと幾分、ホッとした顔を見せるがやはり相当なプレッシャーが彼女には掛かっていた模様であり、それを一部だけとは言えども肩代わりする事が出来た事に、蒼太は少しだけ、誇らしい気持ちになった。
「落着まで、推定6分。亜空間フィールド展開開始、、反重力粒子曲線スタンバイッ。重ね合わせろ!!!」
「はいっ。オーラフィールドを生成します、展開開始、同調まで約3分、展開完了まで約4分です!!」
「マクシム!!!」
「・・・・・っ。お、おうっ。どうした?」
「落着まであと6分なんだ、カウントダウンをしていて!!何か以上があったら直ぐに言って!!」
「お、おう、解った。落着まで後360秒、359秒、358秒、357秒、356秒、355、354、353、352、351・・・っ!!!」
蒼太からの指示を受けてアウロラはオーラフィールドを、そしてマクシムはカウントダウンの開始に掛かった、一方の蒼太は、と言うと。
「・・・・・っ!!!!!」
(何時だ!?何時、どこで炸裂させれば良いんだ?最適なポイントとタイミングは・・・っ!!!)
アウロラが全力で生成してくれた“星震魔法”の威力を最大で発動させる為の最適解を探し求めていたモノの、それが見付かるまでちょうど3分間掛かってしまった、ようやく曲がり形にもあの月全体の精査を終えた蒼太はそのクレーターの部分の隅に巨大なクレバスが口を開けている事を発見してそこに超極小サイズのマグネターを押し込むようにして星震を発動させる事にしたのだ。
「オーラフィールド展開完了。頭上の防御は万全です!!!」
「・・・“星震(スター・クエイク)”発生用意。敵方位4ー0ー3、距離290000!!!」
「・・・・・っ。は、はいっ。方位と位置を固定しました!!!」
「・・・・・っ!!?」
(す、凄いっ。これがアウロラの・・・っ!!!)
“真の力かっ!!”と蒼太は思うがその時のアウロラは周囲を地球の大気を凝縮したかのような、真っ青に光り輝くオーラが覆って煌々と照らし出されていた、その法力の強さは隔絶されたモノであり、例え何人たりとも触れることは許されざるかのような、神秘と清廉なる極めて高い聖なる波動を放ち続けていたのである。
「よし・・・っ。あと凡そ10秒だ!!」
一瞬、思わず驚愕してしまった蒼太であったが気を取り直してそう言うと、マクシムのそれとは別に独自のカウントダウンを開始して爆砕の際のタイミングの極限までの精妙化に努めた、そしてー。
「全員目を瞑って。今だ、撃てっ。アウロラッ!!!」
「“ステッラ・アラビア・シンティラーレ”!!」
蒼太の号令一下、アウロラは最後の最後で呪文に名前を与えて命を吹き込み、この世に顕現させると同時に一気に炸裂させた、その刹那に満たない、閃刻の極瞬に。
空が辺り一面、昼間のように明るく輝いたかと思うと遠くの方から轟音が響き渡って来ては三人の耳を直撃する。
それでも鼓膜が破れなかったのは爆砕ポイントが30キロ近い超高高度であった為と、やはり“オーラフィールド”を生成、展開させていた事が非常なまでに大きかった、もしこれが無かったとしたならば、例え30キロは離れていたとしても、自分達は叩き付けるように襲い掛かってくる衝撃波とエネルギー波と、何より拡散して降り注いで来たであろう、“紛い物の月”の破片に全身を射貫かれて即死していた筈である、それはまさしく、そのまま発動されれば自身はおろか、味方まで巻き込みかねない程の破壊力を秘めている、恐るべき爆裂魔法だったのだ。
やがてー。
爆発の高エネルギー波動流が全て発散され尽くし、その奔流が収まった時に、それまで“紅い月”が出ていた宙空に座しているモノは何も無かった、そこはまさしく虚無と静寂が支配しており、存在するモノは何一つとしてありはしなかったのである。
「はあっ、はあ・・・っ!!」
「・・・・・っ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!?」
(な、何て凄い威力なんだ。人工物で紛い物とは言えども、仮にも“天体”を破壊するなんて・・・!!)
(う、うそだろ?おい・・・っ。これが本当に俺の妹のやった事だってのかよ・・・!!)
紅い月が無くなって、変わりに顔を覗かせていた満天の星空の下で、その星々の光に照らし出されつつも荒い息を付くアウロラの直ぐ横で、蒼太とマクシムは二人揃って驚愕していた、今し方の凄まじい爆発の波動もさることながら、その結末としての“天体破壊”もまた、既存のあらゆる攻撃魔法の効果範囲もその概念も、塗り替えてしまうレベルの衝撃だったからである。
「はあっ、はあ・・・っ!!」
「・・・・・っ。ア、アウロラ、大丈夫?痛い所とか、無い?」
「はあっ、はあっ。はあぁぁ・・・っ!!!は、はい、蒼太さんっ。私は大丈夫です・・・!!!」
「ほ、本当に平気なのかよ?あんなすっげぇ魔法をぶっ放しておいて・・・!!」
蒼太に続いて我に返ったマクシムもまた、妹の元へと駆け寄るモノの、流石の彼も少し心配になっていたのであり、あれだけの威力のあるモノを発動させたアウロラの身を心配していた。
「はい。お兄様も、有り難う御座います。私は大丈夫です、お二人は御怪我などは御座いませんでしたでしょうか?」
「ああ、アウロラのお陰でね!!この通り、五体満足でいられたよ!!」
「いや、でも本当に助かったよ。ごめんな、無理をさせちまって。今回は俺が一番、役に立たなかったな」
「そんなこと、ないよ!!」
「そんなこと、無いです!!」
と、二人が揃ってフォローを入れるがもしあの時、マクシムがここにいて蒼太を静止してくれていなかったのならば、彼は今日、この場で仮に生まれて初めての“天体破壊”に成功していたとしても、そしてその結果としてアウロラとマクシムと、そして何よりメリアリアの命を守ったのだとしてもほぼ間違いなく、その生命を終える事になっていた筈であり、よしんばそこまで行かなかったとしてもやはり、再起不能の大ダメージを負っていたのは確実だった筈であり、マクシムはそれを防いでくれたのであった。
そして何より、アウロラであるが彼女は見事にトワールの企みを打ち破ったのであって、この地球上の、と言うのは些かオーバーだったとしてもやはり、この地域の人々の平和と生命を守った訳であり、本来であれば賞賛されて然るべき、立派な行いをした訳であるモノの、しかし。
「・・・・・っ。そうか、そうだよなあぁぁっ!!!」
「・・・・・?」
「!?!?!?」
「いや、俺さ。良く良く考えてみたならかなりヤバい立場にいるじゃん?これから帰るのは良いとしても、親父殿になんて言えば良いのやら・・・!!」
「起こった事を、正直に話せば良いじゃ無いか!!」
俯き加減で途方にくれるマクシムを見かねて蒼太が告げた、“もしなんなら僕達からも説明してあげるよ!!”とそう言って。
「エリオットさんも事情を知れば、そんなには怒らないんじゃ無いかな?多分・・・」
「・・・蒼太は、甘いんだよ」
マクシムはポツリと呟くモノの、仮にも長男である所の自分は普段から行動を厳しく指南されている。
今回はそれを幾つも破っている上に、聞けば父は内々に自分の捜索を然るべき組織に依頼もしていた、と言うのである、今回は助かったモノの当然、帰ったらただでは済まないだろう。
「だけどそれでも帰らなきゃな。彼処しか俺の家は無いんだし、それに・・・」
とマクシムは蒼太と共に、妹の事を代わる代わる見据えて言った、“お前達の活躍の事も、皆にちゃんと伝えなきゃだし”と。
「それに何より、腹も減ったしな、彼処じゃろくなもんも食えなかったし、食っても不味くてしょうがなかったよ、砂利を口に入れているような感じだったんだ!!」
「・・・・・」
「それは」
“災難だったね”と蒼太が告げるが彼はこの時、“急いでこの世界から脱出しなくてはならない”ような、何やら一種の胸騒ぎがし始めていた、グズグズしていると帰れなくなってしまうかのような、そんな感覚を覚えていたのである。
「急いで帰ろう!!」
蒼太が言った、“とにかくまずは、元の世界に帰る事だよ!!”とそう告げて。
「そうだな、こんな世界とは早くおさらばしようや。ところでどうやって帰れば良いんだ?」
「こんな事もあろうかと思って、帰り道はちゃんと作って来てあるよ、こっちに早く!!」
「お、おうっ!!」
「ほら、アウロラも早く行こう!!」
「は、はいっ。蒼太さんっ!!」
「アウロラ・・・ッ!!」
「・・・・・?」
「・・・有り難う!!」
「・・・・・っ!!!!!い、いいえっ。そんな事は!!」
「とにかく、詳しい御礼はあっちに着いてからっ。さ、早く行こうっ!!」
「はいっ!!」
そう言って蒼太に促されるままに、彼と手を繋いではアウロラは、元来た道を辿り下って例の方陣の書かれている、紙の場所へとやって来た、すると。
蒼太はそれに向かって素早く印を結んで真言を唱え、三人の名前を告げた瞬間、蒼太達の周囲の世界だけが反転して行き、気が付くと。
彼等は元の“フォンテーヌブロー宮殿の森”にある、泉の畔(ほとり)に立っていたのだ。
そこは、先程までと打って変わって生命と安らぎと、そして夜の幻想とに満ち溢れたる穏やかな世界となっていたのだ。
「・・・・・っ!!」
「・・・・・っ!!!」
「か、帰れた・・・っ!!!」
思わず宙を仰ぐ蒼太達二人に対してマクシムはヘナヘナと、その場にへたり込んでしまっていた、正直に言ってもう何度も“ダメかも知れない”等と考えていた彼からすれば、この世界に再び戻って来られたのは“奇跡”と言う他に方法は無く、それ以外に本気で今の自分に起きた事を、表現する術を持たなかったのである。
「ああ~っ、懐かしいっ!!この畔、この潺(せせらぎ)、この安らぎっ。何もかもみな懐かしいっ!!!」
そう言っては感涙の泪を溢れさせるマクシムを、クスりと微笑みながら眺める蒼太を、アウロラはジッと見詰めていた。
彼女は幸せでいっぱいだった、こんな立派な少年と出会えて、好きになれて、恋が出来た事に。
そしてたった一夜だけとは言えども、彼と一緒に大冒険が出来た事に。
この大切な思い出を胸に、何時までも何時までも忘れまいと、固く心に誓いながらー。
彼女は本物の月明かりに照らされた道を、蒼太に手を引かれながら自らの邸宅への帰路へと着いたのであった。
“彼等”は対峙し続けていた、片や凶暴かつ横暴なる異形の魔物であり、もう片方は純粋にして純朴なる子供達である(約一名は大人であったが)。
この内で、数的優勢を誇っていたのは“魔物共”の方だったが、1羽一際デカい“それ”の周囲には使役されたるフクロウの群れが集っており、その数およそ30羽、皆獰猛で最も攻撃特性の強い“ワシミミズク”と言う品種であり、その力、滑空能力共に高くて、その鉤爪も嘴(くちばし)も鋭く冷たく尖っていた。
「・・・・・」
(ワシミミズクか、あれに集団で襲われたら、全身がズダズダに切り刻まれてしまう。10羽程度ならば、まだ何とかなるけれども、流石にあれだけの数が相手じゃどうにもならないぞ?)
エルフ王から授かりし秘剣“ナレク・アレスフィア”を翳(かざ)しつつも蒼太は思うがしかし、彼には多少、思う所があった、傍らにいる青髪の少女、アウロラ・フォンティーヌその人である。
彼女は言った、“任せて下さい”と。
こんな時、下手な気休めや思い違いをするような彼女などでは断じて無いため蒼太はそれに賭けようとしていたのである。
「大地を巡りし大いなる地脈よ、我に集いて“奇跡”をなせ・・・!!」
見るとアウロラが再びその青空色の双眸を閉じては額に両手を重ねて当てて、そこに燃え上がらせた法力を集約させ始めていた、蒼太には、それが少し不思議な力に感じていた、自らの使う“波動真空呪文”と何処か似ており、しかしやはり少し違う力だったからである。
「・・・・・」
(な、なんだろう?この波長の轟は・・・。感じた事があるような、無いような・・・?)
アウロラの発動させようとしている魔法に対して蒼太は空中を浮遊している魔物の群れに向かって剣を構えたままでチラチラと横目を送るが彼とて多少は興味があった、この場を何とかする事の出来る、自分がまだ見たことも無い種類の魔法に。
すると。
そう思っていると、俄(にわか)にフクロウの大群が一斉に苦しそうにけたたましく鳴き始めて飛び方が無作為になり、彼方此方で衝突が起き始める。
方向感覚や平衡感覚を失ってしまっているのか、飛翔の軌跡が滅茶苦茶になり、辺りを滑空すること自体が不可能になっていった。
「キイイイィィィィィッ!!!!?こ、小娘ええぇぇぇっ、お前一体、何をしたあああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
見るとトワール自身も苦しそうに呻いており、翼と化していた両手で頭を抱えるようにするが、そうこうしている内にいよいよアウロラは呪文を発動させるべく、最終段階に入った。
「“ジェノマギネティック”!!」
名前を与えて命を吹き込み、魔法をこの世へと顕現させるが、それと殆ど同じタイミングでー。
フクロウ達がバタバタと落ち始めて行き、もしくは地面に滑空して来てはそのまま倒れ伏してしまい、動かなくなってしまった、アウロラがその持てる秘術の一つである、“地磁気魔法”を発動させた為であり、その強烈な磁気のせいで鳥達の敏感に過ぎる感覚器官は機能不全に陥ってしまったのである。
「キイイイィィィィィッ!!!!?き、気持ちが悪いぃ、目眩がするうぅぅぅっ。お、お前達いいいぃぃぃぃぃっっ!!!!!」
トワールが尚ももがきながらも落ちていったフクロウ達を気遣うモノの、彼等はもはや事実上、無力化してしまっており戦力としては到底、期待できる状況では無かった。
「うううっ!?うぐぐぐ・・・!!!ちっくしょうがあああぁぁぁぁぁ・・・っ!!!!!」
遂にはそれまで上空で粘っていたトワール自身まですらもが、地面に降りたって来てしまうモノの、その足はふらついており、もはや滞空飛翔はおろか、歩行すらも満足には行えない模様である、これならば楽勝に行ける、と蒼太が思わずそう判断した、その時だ。
「小娘えええぇぇぇぇぇっ!!!!!これでもくらいなあああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「危ないっ!!!」
「きゃあっ!!!」
なんとトワール自身の身体から幾筋もの影がまるで槍のように伸びて行き、それは途中で実体化すると地面から空中へと飛び跳ねて行き、そのまま魔法を発動させていたアウロラを狙うが蒼太が咄嗟に彼女を庇って抱き抱え、右側やや後方へと跳躍する。
一方、影の弾丸はそのまま直進を続けては側にあった巨岩に当たるとそれを貫通して向こう側へと消えて行くモノの、それを見た蒼太は思った、“恐ろしい魔法だ”と。
(影を実体化させる魔法。聞いた事がないけれども多分、“黒魔術”の一種だろう。つまりは“魔女”だけが使える魔法か!!)
数多の冒険と戦闘と、そして鍛錬の賜物だろう、まだ幼いながらも蒼太は今の攻撃を咄嗟にそう分析していた。
(あれを喰らったら致命傷を負うだろう、それに厄介な事に、今のでアウロラのあの魔法が解けてしまった!!)
蒼太の思った通りで今の攻撃によるショックでアウロラは呪文の生成を中断させてしまっており、このまま行けば鳥達が復活してしまう。
しかしそうなるためにはまだ暫くの時間があった、それまで顕現して来た魔法の効果が直ちに消えてしまう訳では無いからだ。
「まだまだだあああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
それを知っているのだろう、トワールは再び己の影を数本伸ばすと、それを蒼太とアウロラ目掛けて飛翔させて行ったが蒼太は今度はそれを難無く躱してみせた、不意を突かれでもしない限りかは、この程度の攻撃を避ける事は造作もないが、問題は軌道が読みにくい事だった、実体化してしまえば後は弾丸のように直進して対象を貫通する仕様なのであろうが、影の状態の時はウネウネとうねって曲がり、何処までも追跡して来るために、“先読み”するのが容易では無かった。
「ぐ、ぐぐ・・・っ!!いい加減に・・・っ!!!」
“しろおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!”とトワールが叫ぶと同時に今度は一気に10本近い影がウネウネと曲がりくねりながら伸びて来る、これを躱しきる事は難しいと判断した蒼太はアウロラを抱き抱えたまま一気に後方まで跳躍して様子を見ながら、一つずつ躱す事にする。
しかし。
「キ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!!!無駄さ無駄さ!!!今度はそう簡単には“実体化”しないよおおぉぉぉっ!!!」
まるで蒼太の考えを見越したかのようにトワールはそう叫ぶと、尚も影を増やして伸ばし、二人を追い詰めようと試みるが、しかし。
「・・・・・っ!!」
(そうか、あれは“呪文”なんだっ。それならば!!)
「マクシムッ!!」
蒼太は更に後方に退避していた、アウロラの兄に向かって鋭く叫んだ。
「もっと後方まで下がって、岩陰に身を潜めててっ!!」
「解った!!」
そう頷いて走り去って行く10歳は年上の友人の後ろ姿を確認すると、蒼太は直ちに己の呪文の生成に入った、“相手が呪文で来るのならば、こちらも同じ呪文で相殺出来るかも知れない!!”と、殆ど直感的にそう感じた蒼太は回避行動を取るのを止めて自らも波動を最大にまで高めて練り上げ、法力を限界まで燃焼させるとそれをー。
天に向かって翳(かざ)した掌目掛けて極集約させて球体状にし、それを一挙に弾けさせた、その瞬間。
「“インフィニテッツァ・ブリージア”!!」
蒼太のそこからは周囲の四方八方に向かって眩いばかりの光のエネルギー衝撃波が疾走して行き、それはやがてプラズマ波動を纏った強大なる真空の刃となって、猛烈なまでの力と勢いとで付近一帯を薙ぎ払って行く。
大地を穿って虚空を切り裂き、その輝きと爆力光波とでトワールの生み出した“影の弾丸”を跡形も無く消し飛ばして行ったのだ。
「バ、バカなっ!?」
それを見たトワールは改めて驚愕した、自分の感覚に間違いが無ければ今のは強力な真空呪文にプラズマ波動を纏わり付かせたモノでは無いか、それもただのエネルギー等では無い、光の波動法力をである。
(ひ、光の波動真空呪文っ!!!!!こいつは、一体・・・っ!!!)
「お、お前っ!!まさか“オメガニック・バースト”が使えるのか!!?」
「・・・・・?」
「・・・・・!?」
「な、なんだって・・・?」
その言葉を聞いた蒼太は何のことか解らずに怪訝そうな顔を見せ、一方のアウロラとマクシムは揃って“まさかっ!?”と言う表情を露わにした、“オメガニック・バースト”、それは“無限大質量放出”の事であり限られた者しか使えない、とされる秘儀中の秘儀であったからである。
「そ、そんなバカな、“あのお方”でさえも。“反逆皇王ゾルデニール”様でさえも、まだ完全には熟(こな)せない、と言うのにっ。こんな坊やがっ!!?」
“有り得ない!!”と言いつつも、トワールはワナワナと震え出した、あの幻の聖剣といい、一体何者なのであろうか、この少年は。
「・・・良いだろう」
するとトワールの纏う雰囲気と言うか空気が一変し、辺りに異様な妖気が立ち込め始めた。
「もう、遊びはお終いだよ、坊や達。お前達を生かしておくわけにはいかないのさ!!」
そう言うとー。
トワールは己の妖力を極限まで高めると同時に周囲に影と氷の魔法を出現させて、それをより巨大かつ強大なるモノへと進化させて行くモノの、最初は礫に過ぎなかった氷の魔法は徐々に一本の氷柱となり、それは更に発展していって大きな大きなクリスタルのような形を為して行ったのだが、その反面で。
影の魔法は深い漆黒の色を為し、しかもその覆う範囲を広げて行った、最初はトワールの影でしか無かったそれは今や巨人のそれかと見紛うばかりのモノとなって、そしてー。
次の瞬間、信じられない事が起こった、なんとトワールは生成させた氷の巨大なクリスタルの柱を自分目掛けて疾走させては、それを身体の中央部分へと打ち込んだのだ。
「・・・・・っ!?」
「ええ・・・っ!?」
「じ、自殺か・・・っ?」
何事かと思い、ギョッとする蒼太達の目の前で更なる衝撃的な光景が展開して行った、今度はそれを、即ち氷柱が突き刺さったままのトワールの身体を影の巨人が飲み込み始めて遂には完全に、腹の中にまで収め尽くしてしまった。
「・・・・・?」
「な、なに・・・?」
「どういう、事だ・・・?」
困惑する三人の目の前でしかし、次に顕現して来た事は想像を絶していたが、なんと影からいかつい氷の巨人が姿を現して来ては彼等に襲い掛かって来たのである。
「うわわっ!!?」
「きゃあああああっ!!!」
「な、なんだよ、ありゃあ・・・!!」
「キ~ッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!!!残念だったねぇっ、坊や達。お前達はもう、ここで終わりさ!!」
警戒感を露わにする三人に向かって巨人が語り掛けて来た、その姿形は変わっても、雰囲気や声色、口調などは間違いなくトワールのそれだったのだ。
トワールは最後の手段として、自らの持ち合わせたる影と氷の魔法と一体化しては巨人となって襲い掛かってきたのであった。
「クワアアアァァァァァーッッッ!!!!!」
「うわああああああっ!!!!?」
「きゃあああああああああーーーっっっ!!!!!」
ヒュゴオオオォォォォォッッッ!!!!!と言う轟音と共に、影と氷の巨人はその大きな口から、超低温の吹雪を吐いた、あまりの冷たさに空気中の水分が氷結し、しかもそれが途中でした砕け散ってはキラキラと宙をまっている。
俗に言う“ダイヤモンドダスト”と呼ばれている現象であるモノの、この吹雪はそれが巻き起こるほどに寒くて凍えるモノだったのだ。
それも。
「・・・・・っ。く、くそ。アウロラ!!」
「・・・・・っ。は、はいっ!!」
ただの吹雪などでは決して無い、力を奪う呪(まじな)いの込められている、“黒魔術の吹雪”である、それに加えて風圧もまた凄まじいモノがあったのであり、このままでは身体が凍て付き、何もしない内から消耗させられた挙げ句に身動きが取れなくなってしまう。
「火炎魔法を、生成してくれっ。フルパワー・フォースで頼むっ、それを僕の剣に纏い付かせてヤツをそのまま叩っ切る!!」
「わ、解りました!!」
蒼太の言葉にアウロラもまた頷くモノの、彼女も彼女でこのままでは立ち行かなくなる事を理解しており、何とかして状況を、打開したい所である。
その為。
「“ロッソ・デ・フィアーマ”!!(紅蓮の炎火)」
「・・・・・っ!!」
アウロラが顕現せしめた灼熱の火炎を“ナレク・アレスフィア”に纏わせると蒼太は吹雪を払い除けながらも一歩、また一歩とトワールに向かって近付いて行く。
一気に距離を詰めなかったのはトワールの吹雪があまりにも激しすぎたのと、その魔法力が豊富な為に、迂闊に近付くと何をされるか解らなかったからだ、しかもそれは本人からのみならず、その影からも感じ取る事が出来ていたために尚更油断が出来なかった。
その間にも。
アウロラは蒼太の体力をこれ以上、減らさせない為にとトワールに対する牽制を兼ねて攻撃用の火炎魔法を生成しては、彼女に向かって撃ち放つモノの、その全ては吹雪の風によって吹き返されて来た、お陰で一瞬とは言え暖を取ることが出来たモノの、周囲に落着した火炎はそれでも、あまり間をおかずに吹き消されていってしまい、吹雪の寒さを凌ぐ壁には成り得なかった、そんな中で。
「てやあああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
漸(ようや)くにして、蒼太がトワールを、その射程圏内に収めて距離を詰め、一気呵成に吶喊を開始した、その足取りは確かな力と自信に満ち溢れており、気持ちは少しも萎えていない。
しかし。
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!無駄さ無駄さ!!!」
「・・・・・」
(な、なんだ?これは・・・!!?)
“攻撃が、透ける!?”と蒼太は思った、確かに蒼太は燃え盛る秘剣“ナレク・アレスフィア”で巨人の左腕を斬り付けたのだがしかし、何の手応えも無い所か攻撃した箇所に傷一つ着いてはいなかったのだ。
(な、なんだこれは・・・?まるで虚空を切っているような・・・!!)
“どう言う事だ!?”と蒼太が考え倦(あぐ)ねていると。
「クワアアアァァァァァッッッ!!!!!」
「くうううぅぅぅぅぅ・・・っ!!!」
氷の巨人が再び雄叫びのような奇声を発すると同時に今度は右腕を振り上げては、蒼太を殴り付けて来たのだ、それを。
蒼太は後方に飛んで何とか躱すと直後にズドオオオォォォォォンッ!!!!!と言う衝撃音と共に、振動が地面に伝わってきて、巨人の拳がその場にクッキリと痕を付けるが、それを見た蒼太はやはり、“巨人が本体なのだ”と考えて再び剣を構え直し、素早く動いて攻撃して来た巨人の右腕を切断しようと試みるモノの、しかし。
「・・・・・!!!」
(まただ・・・っ!!!)
蒼太の剣閃は確かに、巨人の腕を切り飛ばした筈であったがしかし、そこにはなんの手応えも無く、またもや攻撃はそのまま擦り抜けてしまい、空しく宙を切るだけだった。
「・・・・・っ!!!!?」
(ど、どうなっているんだ?一体・・・!!!)
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!無駄だよ小僧、諦めなっ!!!」
するとまた、蒼太の耳に老婆の声が響き渡って来るモノのその時、蒼太はハッキリとした違和感を覚えた、最初蒼太は“氷の巨人”それ自体が喋っているのだと思い込み、それそのものに狙いを定めて攻撃を繰り出していたのであるが、今聞こえて来た声は巨人本体からでは無くて、明らかに別の場所から響いて来たように感じたのだ。
「・・・・・」
(ど、どう言う事なんだろう、巨人が本体では無いのか?だとしたなら本体はどこに・・・)
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!諦めな、坊や。お前達はここで死ぬ定めなんだよ、潔く朽ち果てな!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
再びトワールの声が響いて来たモノの、蒼太は今度はハッキリとそれを聞いた、間違いなく声は巨人からでは無くて、その背後、むしろ地面そのものから響いて来ているように感じられたのである。
「・・・・・っ!!!!!」
(見えるモノに惑わされるな!!!敵の本体を、正確に探るんだ。何処だ、何処にいる・・・っ!!!)
蒼太は剣を構えたままで一度ワザと瞳を閉じて精神を集中させては相手の気配そのものを探るために波動を精査し始めるがその結果。
目の前にいるはずの巨人からは、何の存在感も圧迫感も感じられずに、それはむしろその足下である、地面の中に息づいていたのだ。
「・・・・・っ!!!!!」
(解った!!)
その瞬間、蒼太は閃くと素早い動作で巨人を左右に翻弄しつつも、その足下にへばり付いている、影の真上へと辿り着くなやいなや、その胸にある心臓の部分目掛けて思いっ切り、燃え盛る“ナレク・アレスフィア”を突き立てた、その瞬間。
「ギャアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!」
ジュアアアァァァァァッッッッ!!!!!
ザッシュウウウゥゥゥゥゥッッッ!!!!!
と切り口からは猛烈な音と同時に大量の蒸気が吹き上がり、そして“真っ黒な何か”が飛び散って行った、高温に熱せられた聖剣が、その煌めきの軌跡のままに“氷の巨人の影”と一体化していたトワールの急所を、正確に刺し貫いたのだ。
「やっぱり!!!」
蒼太が叫んだ、“お前がトワールだったんだな!!?”と
「ギャアアアアアァァァァァァァッッッ!!!!!」
蒼太が更に深く“巨人の影”の心臓部分へと“ナレク・アレスフィア”を突き立てると同時にそこから再び断末魔の声が挙がって吹雪がピタリと止み収まった、動きを止めた氷の巨人はそのままそこで石像のように動かなくなり、そしてー。
バラバラ、ガラガラと全体から粉々に砕け散ったガラス細工のように氷が剥がれて崩れ落ちて行った、そこからは影がゆらゆらと立ち上って行き、それはやがて空中で光の粒子になると宇宙(おおぞら)へと消えて行った、一方でー。
蒼太が剣を突き刺した場所からは、真っ黒な、それでいて夥しい量の血が噴出して来ており、それは枯れ果てた大地へとドクドクと流れ出して行った、そしてそれが全て、流れ終えたその瞬間にー。
巨人の影は徐々に縮小し始めて行き、やがてその姿は丸々と太った老婆のそれとなった、そしてその時にはもう既にトワールは絶命していた、黒魔道に堕ちたモノの末路だろう、遺体は一瞬で灰となり、風に吹かれて散り散りに空へと舞い上がって行ってしまったのである。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“お、終わったのか?”とマクシムが辺りを見渡すモノの、そこには妹とそのボーイフレンドの他には誰も、何もいなかった、フクロウ達さえも、気が付くと何処こかへと去って行ってしまっており、地上にその姿を見付ける事は出来なかった。
「・・・・・っ!!!」
「蒼太さんっ!!!」
アウロラは堪らなくなって思い人の蕎麦へと駆け寄った、蒼太は“残心”を取っていた、相手が倒れても暫くの間は警戒を解かずに身体と心を引き締めて続けておく極意であるモノの、やがてトワールの気配が本格的に消え去った事を確認すると漸くにして緊張を解いた。
「蒼太、さん・・・?」
「・・・うん、大丈夫。もう終わったよ」
心配そうな面持ちでそう尋ねて来るアウロラに対して蒼太は力強くそう頷くと、持ってきていたティッシュを使い、トワールの血が付いていた剣の刃身を拭おうとするモノの、すると“ナレク・アレスフィア”が不思議な輝きを発すると同時に血の付いた部分が発火して燃え上がり、その燃えカスが、チリとなってその場に四散して行った。
「トワールは、倒れた。もう大丈夫だよ、気配は無い。僕達は、勝ったんだ!!」
「・・・・・」
“君のお陰だよ、アウロラ”と蒼太は彼女に謝辞を述べた、アウロラの法力が無ければどうなっていたのか解らない。
「マクシムを助けた時と言い、ワシミミズクを行動不能にさせてくれた事と言い。本当に凄いよ、君は!!」
“それに”と蒼太は思わず言い掛けるが、彼は今回の事で良く良く思い知らされた、秘剣の有り難さと法力の大切さ、及びその使い勝手の良さであるモノの例えば今回、“魔力の鉄格子”を打ち壊す際にも、玩具の兵隊と戦う際にも、そして大ボスである“影と氷の巨人トワール”を倒す際にも“ナレク・アレスフィア”はその持てる霊力を遺憾なく発揮してみせてくれたのであり、それと並んで“アウロラの法力”もまた、常に彼を援助してくれており、頼もしいことこの上ない程の力を授けてくれていた。
そしてそれは戦闘だけでは決して無かった、勿論、自分だって最善を尽くした訳であるが今回、“トワールの魔力”を打ち破れたのはやはり、この両者の力があってこそのものだったのである。
「あうぅぅ・・・っ。わ、私は、何もっ。してない、です・・・っ!!!」
蒼太がそんな事を考えていると、アウロラがモジモジとしつつもそう応えて来た、しかしその顔は照れたように赤らんでおり、しかも俯き加減となりながらも嬉しそうな笑みを浮かべて視線を明後日の方角へと泳がせて回っている。
蒼太は素直に“喜ばしいのだろうな”と理解した、自分だってエルフの王国を救ったと理解できた際は滅茶苦茶嬉しくて幸せな気分だったし、皆の役に立てた事がとても誇らしく思えたモノだ、アウロラだとてそうなのだろうと彼は感じていたのであるが、本当はそれに加えてもう一つ、アウロラが何より幸せだったのは自分が、大好きな人の役に立てたと理解する事が出来たからである、彼から“よくやった”と褒めてもらえる事をしたのだと、実感する事が出来たからである。
だからとっても誇らしくて、満ち足りた気分になれていたのであるモノの、蒼太は彼女の心の内をそこまではまだ、見て取る事が出来ないでいたのだった。
「そ、蒼太さんがいてくれたからこそ・・・、です。だから私は・・・、その。ごにょごにょ・・・っ!!」
「・・・・・?」
「あ、あうううううっ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
(ア、アウロラ。お前やっぱり蒼太の事が!!)
そんな二人の様子を見ていたマクシムは妹の恋心に気付いて愕然としてしまった、いや、蒼太を好きになるのはそれでいい、問題は蒼太がそれに気付いているのかどうか、そして気付いていたとしてそれにどう答えるのか、と言うことであった、勿論、蒼太にだって蒼太の思いがあるのだろうし、他に好きな人だっているかも知れないのである、予断は全く許さなかった。
(くそうぅぅっ。余人が勝手に出しゃばるのは、絶対にルール違反だと知ってはいても。蒼太のヤツ、もし妹を泣かせるような事があったら殺してやるぞ!!)
と、マクシムが人知れずアウロラを(勝手に)不憫に思い、蒼太に対する怒りを(これまた勝手に)募らせていた、その時だった。
「キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!やってくれたじゃないか!!!」
周囲に突如として、トワールの声が響き渡り、世界が紅から青く変わる。
「ばかな・・・・っ!?」
「・・・・・っ!!!!!」
「ア、アイツの声だ!!」
「これは私の残留思念さ、だからもう、私は何処にもいやしないよ。だけどよくもやってくれたねぇ?おチビちゃん達。仕返しをさせてもらうよ!!」
“あれを見な!!”とトワールの残留思念が言った、尤も最初はその“あれ”が何なのかがよく解らないでいたモノの、やがて蒼太達は気が付いた、出ている月が紅から青く変色しているのを。
「あれは常世の月じゃ無い、私の魔力によってこの世界に作り上げて、浮かべていたモノさ。その私が死んだもんだから今、あれは制御を失い、この世界に落着する!!」
「何だと!?」
「・・・・・っっっ!!!!!」
「う、嘘だろ?おいっ!!!」
「大きさは、実際の月の一千分の一程度だが。私と“ゾルデニール様”の魔力をふんだんに吸っているんだ、それなりの破壊力にはなるだろうねええぇぇぇっ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・?」
(ゾルデニール・・・?)
「言っておくが!!」
その名称に怪訝そうな顔を見せる三人に対して魔女は殊更強く告げた、“この世界からトンズラすれば片は付く、等と思っていたなら大きな間違いだ!!”と。
「この世界はお前達の世界に重なるようにして存在している“平行世界”の一つなのさ、それが崩壊するのだから、お前達の世界にもそれなりのダメージは行くだろうねええぇぇぇっ!!!」
「・・・・・っ!!?」
「・・・・・っっっ!!!!?」
「なんだと・・・っ!!!」
「良くてマグニチュード9クラスの大地震、悪けりゃ地殻変動くらいは起きるんじゃ無いかね?キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!」
トワールの声は勝ち誇ったように周囲に響いた、それはもう、絶対にこの大災害が避けられ得ぬモノだと、他の誰よりも本人自身が確信している事の現れであろう事が見て取れた。
「さよならだよ坊や達。あたしも消えるが、お前達もジ・エンドだ。あれが落ち始めるまであと15分かそこら、距離にして凡そ70キロだよ?防げるモノなら防ぎきって見せろっ、キ~ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ・・・ッ!!!ギ、ギギ・・・ッ!!」
それだけ言うと。
最後に苦しそうに呻きつつもトワールはこの世界から消えて行ったが、後に残された者にとっては堪ったモノではホトホト無かった、早いこと何とかしなければ、現実世界が致命的大災害に見舞われる羽目となる。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“どうするか”蒼太が言った、ここにいる、全員の魔法力をプラスして“波動真空呪文”に変換し、しかもそれを極一点にまで集約したモノを“あれ”に向かって打ち出せば、あの程度の大きさのモノならば、打ち崩す事も可能かも知れなかった、ただし。
(・・・元々。“波動真空呪文”自体が、結構な高威力なんだ、それを極集約して射出なんかしたのなら、今の僕なら、反動と輻射熱で粉々になってしまうかも知れない!!!)
蒼太は思うがせめて自分がもう少し大人であったなら、身体も心も頑健で、もっとしっかりとしたモノになっていたのならば、そんな事をしたとしても多少、怪我を負うだけで済んだのかも知れなかったがしかし、それを今、この場で言っても全く詮無き事と言えた。
とにかく、今は出来る事をやらなくてはならなかった、それも自分に出来る、最大の事をだ、それこそが今、アウロラを守り、マクシムを守り、この世界を守り。
そして何より今、この瞬間何も知らずに寝ているであろうメリアリアを守る事に繋がるのだから。
(そうだ、メリーを守る為なんだ。ここはもう・・・っ!!)
「待って下さい!!」
「アウロラ・・・?」
「・・・・・?」
“やるしかない!!”と覚悟を決めて、蒼太が前に進み出ようとした、その時だ。
傍らで俯いていた青髪の少女が、まるで何かの意を決したかのように立ち上がると、自分達の前に歩み出て来た。
「・・・・・」
「・・・どうしたのさ、アウロラ。そんな恐い顔しちゃって!?」
「・・・・・」
蒼太が戸惑い、マクシムが驚いてそう声を掛けるがこの時、アウロラは彼女の中である決意をしていたのである、それは。
「私があれを、食い止める!!!」
「・・・・・っ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!?」
二人は一瞬、絶句してしまっていた、蒼太でさえもアウロラが、何を言っているのかが理解できずにいたのであるが、しかし。
「私に、やらせて下さい、きっと何とかして見せますから!!!」
「アウロラ、お前ね・・・!!!」
「まって、マクシムッ!!!」
“どう言う事?”と蒼太は聞いた、まだ短い付き合いだ、とは言っても蒼太はアウロラがこう言う局面でよく解らない事を言うような子では無い事だけはハッキリと理解できていたから、何か言いたいことがあるのだろう、と思って尋ねて見たのである。
「私には、“地磁気を操る魔法”があります。あれを思いっ切り集中させて、高速で回転させるとどうなるか、知っていますか?」
「・・・・・」
「・・・・・?」
(地磁気を圧縮?高速回転・・・っ。そう言えば!!)
と蒼太はある授業で習った内容を思い返していたのであるモノの、それというのが“宇宙基礎物理学”の“天体”の項目における爆発現象の一つである、“星震”と呼ばれていたモノであった。
これは本来、超新星爆発の残骸として形成される“中性子星(パルサー)”の中でも極めて強力な磁力を持つ星“マグネター”が引き起こすとされる、宇宙規模での大爆発の事であり、その一瞬の内に放出されるエネルギー量は太陽が10万年~25万年掛けて放出するそれらとほぼ同等である、と言われている程の、想像を絶する現象であった。
マグネターは恐ろしい程の磁場を持って絶えず対流、減衰運動を繰り返しており、これが何らかの理由によって変動、極限に達する際にその周辺部に蓄積されている超高密度にまで圧縮されているプラズマ、ガンマ線、そして鉄などの重元素等が衝突を繰り返しては互いに集約されて行き、それが一遍に解放される事により凄まじいまでの大爆発を引き起こす、とされているのであるモノの、その詳細は未だに不明であり謎の多い現象であった。
「アウロラッ。き、君はまさかっ。“星震”を引き起こすつもりなのか?この地球上で!!!」
「・・・・・」
「“星震”だとっ!?」
そのワードが、蒼太の口から出た事でようやくマクシムも妹がやろうとしている事が見えて来たのであるモノの、もしここで“星震”等を本格的に誘発したりしたならば、確実に大気圏のオゾン層が破壊されてしまい、場合によっては大量絶滅が起きてしまうだろう程の、尋常では無い位の懸念が彼等の頭を駆け巡るが、しかし。
「・・・多分、大丈夫だと思います。見た限りはこの世界には生物の足跡は、殆ど感じられませんし、それにここは“異世界”です、少なくとも現実世界で炸裂させるよりも、被害は少ないと思います!!!」
「いや、まあ・・・。それはそうだとしてもね、お前ね!!!」
「・・・・・」
「少なくとも私なら、あれを確実に壊す事が出来ると思いますし、そうで無くても激突のエネルギーを、弱められるでしょう。そうすれば地上への被害も、もっと少なくて済むと思います!!!」
「ちょっと待って、アウロラ・・・」
「・・・・・?」
「それで一つ聞きたいことがあるんだけど・・・。その魔法を使って、君はどうなるんだ?」
「・・・・・?」
「何某かの、副作用があるんじゃないのか?身体に支障を来たしてしまう、とかなんとか・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“特には無いと思いますけど”とアウロラは少し考えながら、キョトンとした顔でそう応えて来た、蒼太からしたら信じられない話である、それほどの極大魔法をぶっ放しておきながら、本人が何のリスクも負わないなんて、最強に過ぎるでは無いか。
「いや、あのね?だってそんなのおかしいだろ?どうしてそんな凄い事が・・・!!」
「ええ?でも、だって・・・」
「いや、しかしね?アウロラ・・・」
「蒼太、待て・・・」
するとそれまで黙って聞いていた、マクシムが口を出して来た。
「アウロラの言うことを、聞いてみよう。蒼太・・・!!」
「マクシム!?でも・・・!!」
「君がアウロラを、危険に晒したくない、と思ってくれているのは良く解った、本人にリスクを背負わせたくは無い、と思っている事もね。だけどね」
マクシムが言った、“これはアウロラの役目なんだよ”と。
「この子に、なんでこんな物凄い魔法の力があるのかは、俺にだって解らない、いや親父殿にだって解らないだろう。だけどさ、だからこそ、こう言う時の為のモノ何じゃ無いのかな・・・」
「・・・・・」
「第一、蒼太。じゃあ君は他に、アウロラに頼む以外にどうするつもりだったんだ?」
「それは・・・」
「アウロラに頼む以上に確実に、かつノー・リスクで破砕する方法を、君は何か持っているか?持っているのならば聞こうじゃないか!!」
「い、いや。そんな事は・・・」
「大方、君のことだ、自分を犠牲にするような方法でも、考えていたんだろう。そんな事は絶対に認められん、年長者としてな。アウロラだってそうだろ?」
「はいっ、そんなの絶対に嫌です!!」
「いや、だけど。でも女の子を危険に晒すわけには・・・!!」
「じゃあ、仮に聞きたいけれど。君のその方法は確実なんだろうな?仮に君の身が犠牲になったとして、その代償として確実にあの紛い物の月を破壊できるのか?保証はあるのか?」
「・・・・・」
そう言われてしまって蒼太は黙りざるを得なかった、そもそも彼が考えた方法では“無事に撃てたとしても”、“恐らくはなんとかなんであろう”と言うレベルの話でしか無かったし、それに何よりかによりの話としてそれも“撃てれば”の話なのだ、それ以前に発射時のエネルギー輻射と反動の衝撃とで自分の身の方が木っ端微塵に砕け散り、その結果として溜まり溜まった波動法力はその場で暴走、大爆発を起こして四散してしまうかもしれないのである、到底“確実になんとか出来るんだろうな?”と言われて“出来ます”とは言い返せないモノだったのである。
「ほら見たことか、全然ダメじゃないか。そんな事ではとてもの事、ゴー・サインは出せないな!!」
「・・・・・」
「アウロラに、任せてみよう?蒼太」
マクシムが再び口を開いた、“今はこの場をなんとか出来る最適解はこの子しかいないんだ”とそう告げて。
「この子だけなんだよ。なんのリスクも背負わずに、あの紛い物の月を確実に止められるのは、アウロラしかいないんだ、であるならば、この子を信じるしか無いだろう?」
「・・・・・」
「それとも君は、アウロラを信じられないのか?」
「そんな事は無いよ、そんなこと・・・!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“決まりだな”とその後も尚も逡巡しつつも、それでも結局は黙ってしまった蒼太を見ながらマクシムは告げるとアウロラに目で合図を送るが、それを受けたアウロラは頷くと自分の中にある法力をありったけ放出し始めた。
「はあああぁぁぁぁぁ・・・っっっ!!!!!」
「・・・・・っっっ!!!!!」
「・・・・・っっっ!!!!?」
(なんて法力量なんだっ!!!)
(信じられん、この子がこんなにも・・・っ!!!)
その半端では無い力の埋蔵を目の当たりにして、改めて驚愕の色を隠せないでいる二人を尻目にアウロラはその法力の全てを地磁気へと変えて一点目指して極限まで圧縮させてはそれを高速で回転させ始めて行った。
更にはその地磁気の球体力場を空中へと押し上げて行き、しかもそれがどんどんどんどん上昇して行った、10キロ、20キロ、そして30キロを過ぎた時点で停止して、そこからはもう、アウロラの流し込む以上の磁場を自分自身で取り込み始める、強力な磁力球体の装いを呈し始めて行ったのだ。
それはやがて、超高密度にまで極集約されて行き、地磁気による対流、減衰運動を行う超極小サイズの“マグネター”としてこの世にハッキリと顕現して行くモノの、一方で。
それを感じ取ったアウロラは、次の段階に移っていた、それというのは“亜空間フィールド”と“反重力粒子曲線”の膜をそのマグネターの周囲に張り巡らせて、威力を極限化させるのであるモノの通常、宇宙規模での大爆発である“星震”を地球上で引き起こさせた場合は、如何に威力を抑えようともオゾン層の破壊等その影響力は極めて甚大なモノがあり、それが故にまずはその周囲の空間を特殊なオーラフィールドで覆い隠してその爆発の衝撃エネルギーを吸収、対消滅させて無力化させる必要があるのであるが、今回の場合は対象が3キロの大きさを誇っている事と
3キロの大きさを誇っている事と地上から30キロメートルの超高高度で炸裂させる為に(ついでに生命の殆どいない“死の世界”である事も手伝って)対象の周囲を覆うのでは無くて、自分達の上空を覆うようにするのだ。
類い稀なる法力と演算能力等の所謂(いわゆる)“魔法の才”を誇るアウロラはこれを誰に言われるでもなく、殆ど一人で生成、構築をしていったのであった、ただしー。
「・・・・・ッ!!!」
「お、おいアウロラッ。まだなのか!!?」
如何に天才少女とは言えども、彼女はこの時点で8歳にも満たない女の子なのであり、その為予想通りの威力のマグネターを生成するのにも、またそれを防ぐオーラフィールドを展開するのにも些か時間が掛かっていた。
「落着開始まで、あと三十秒!!!」
「まだなのかっ!?アウロラッ!!!」
「・・・・・っっっ!!!!!出来たっ!!!」
マクシムはからの必死の問い掛けに、ようやくアウロラが笑顔で応えた。
「出来ました蒼太さんっ、お兄様っ!!!」
「やったかっ!!!!?」
「よしっ、やれっ。早くやれアウロラッ!!!」
「待って、アウロラ!!!」
すると発動を急かさすマクシムの言葉を、蒼太がまるで遮るように待ったを掛けてアウロラを静止させる。
「目標を正確に測定するんだ、あの月の中心核を狙え!!」
「ち、中心核・・・っ。は、はいっ!!!」
「マクシム、確か大学生だよね?」
「・・・・・っ。あ、ああっ。勿論だが今はそんな事関係がな」
「直径3キロの天体が70キロを自然落着してくるのって、どれ位掛かるの?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
“質量が必要になるな!!”とマクシムが告げた、“あの月の組成が何なのか、重さが何tあるのか解らなければ結論が出せない!!”とそう言って。
「それが解っても、出すためには落下角度や重力等、様々な判断材料を打ち込んで計算する必要がある、“スーパーコンピュータ”でも無ければ計測不可能だ!!」
「なら“感覚”を使うしか無い!!」
蒼太は言った、“落着してくる月の中心核を、最適な角度で最適なタイミングで破砕するしか方法は無い”、と。
「アウロラ!!!」
「・・・・・っ。は、はいっ!!!」
「僕が、導く。僕の言う通りに炸裂させるんだ、良いね?」
「・・・・・っ!!!!!は、はいっ。蒼太さんっ!!!」
蒼太からの言葉に、アウロラはそう頷くと幾分、ホッとした顔を見せるがやはり相当なプレッシャーが彼女には掛かっていた模様であり、それを一部だけとは言えども肩代わりする事が出来た事に、蒼太は少しだけ、誇らしい気持ちになった。
「落着まで、推定6分。亜空間フィールド展開開始、、反重力粒子曲線スタンバイッ。重ね合わせろ!!!」
「はいっ。オーラフィールドを生成します、展開開始、同調まで約3分、展開完了まで約4分です!!」
「マクシム!!!」
「・・・・・っ。お、おうっ。どうした?」
「落着まであと6分なんだ、カウントダウンをしていて!!何か以上があったら直ぐに言って!!」
「お、おう、解った。落着まで後360秒、359秒、358秒、357秒、356秒、355、354、353、352、351・・・っ!!!」
蒼太からの指示を受けてアウロラはオーラフィールドを、そしてマクシムはカウントダウンの開始に掛かった、一方の蒼太は、と言うと。
「・・・・・っ!!!!!」
(何時だ!?何時、どこで炸裂させれば良いんだ?最適なポイントとタイミングは・・・っ!!!)
アウロラが全力で生成してくれた“星震魔法”の威力を最大で発動させる為の最適解を探し求めていたモノの、それが見付かるまでちょうど3分間掛かってしまった、ようやく曲がり形にもあの月全体の精査を終えた蒼太はそのクレーターの部分の隅に巨大なクレバスが口を開けている事を発見してそこに超極小サイズのマグネターを押し込むようにして星震を発動させる事にしたのだ。
「オーラフィールド展開完了。頭上の防御は万全です!!!」
「・・・“星震(スター・クエイク)”発生用意。敵方位4ー0ー3、距離290000!!!」
「・・・・・っ。は、はいっ。方位と位置を固定しました!!!」
「・・・・・っ!!?」
(す、凄いっ。これがアウロラの・・・っ!!!)
“真の力かっ!!”と蒼太は思うがその時のアウロラは周囲を地球の大気を凝縮したかのような、真っ青に光り輝くオーラが覆って煌々と照らし出されていた、その法力の強さは隔絶されたモノであり、例え何人たりとも触れることは許されざるかのような、神秘と清廉なる極めて高い聖なる波動を放ち続けていたのである。
「よし・・・っ。あと凡そ10秒だ!!」
一瞬、思わず驚愕してしまった蒼太であったが気を取り直してそう言うと、マクシムのそれとは別に独自のカウントダウンを開始して爆砕の際のタイミングの極限までの精妙化に努めた、そしてー。
「全員目を瞑って。今だ、撃てっ。アウロラッ!!!」
「“ステッラ・アラビア・シンティラーレ”!!」
蒼太の号令一下、アウロラは最後の最後で呪文に名前を与えて命を吹き込み、この世に顕現させると同時に一気に炸裂させた、その刹那に満たない、閃刻の極瞬に。
空が辺り一面、昼間のように明るく輝いたかと思うと遠くの方から轟音が響き渡って来ては三人の耳を直撃する。
それでも鼓膜が破れなかったのは爆砕ポイントが30キロ近い超高高度であった為と、やはり“オーラフィールド”を生成、展開させていた事が非常なまでに大きかった、もしこれが無かったとしたならば、例え30キロは離れていたとしても、自分達は叩き付けるように襲い掛かってくる衝撃波とエネルギー波と、何より拡散して降り注いで来たであろう、“紛い物の月”の破片に全身を射貫かれて即死していた筈である、それはまさしく、そのまま発動されれば自身はおろか、味方まで巻き込みかねない程の破壊力を秘めている、恐るべき爆裂魔法だったのだ。
やがてー。
爆発の高エネルギー波動流が全て発散され尽くし、その奔流が収まった時に、それまで“紅い月”が出ていた宙空に座しているモノは何も無かった、そこはまさしく虚無と静寂が支配しており、存在するモノは何一つとしてありはしなかったのである。
「はあっ、はあ・・・っ!!」
「・・・・・っ!!!!!」
「・・・・・っ!!!!?」
(な、何て凄い威力なんだ。人工物で紛い物とは言えども、仮にも“天体”を破壊するなんて・・・!!)
(う、うそだろ?おい・・・っ。これが本当に俺の妹のやった事だってのかよ・・・!!)
紅い月が無くなって、変わりに顔を覗かせていた満天の星空の下で、その星々の光に照らし出されつつも荒い息を付くアウロラの直ぐ横で、蒼太とマクシムは二人揃って驚愕していた、今し方の凄まじい爆発の波動もさることながら、その結末としての“天体破壊”もまた、既存のあらゆる攻撃魔法の効果範囲もその概念も、塗り替えてしまうレベルの衝撃だったからである。
「はあっ、はあ・・・っ!!」
「・・・・・っ。ア、アウロラ、大丈夫?痛い所とか、無い?」
「はあっ、はあっ。はあぁぁ・・・っ!!!は、はい、蒼太さんっ。私は大丈夫です・・・!!!」
「ほ、本当に平気なのかよ?あんなすっげぇ魔法をぶっ放しておいて・・・!!」
蒼太に続いて我に返ったマクシムもまた、妹の元へと駆け寄るモノの、流石の彼も少し心配になっていたのであり、あれだけの威力のあるモノを発動させたアウロラの身を心配していた。
「はい。お兄様も、有り難う御座います。私は大丈夫です、お二人は御怪我などは御座いませんでしたでしょうか?」
「ああ、アウロラのお陰でね!!この通り、五体満足でいられたよ!!」
「いや、でも本当に助かったよ。ごめんな、無理をさせちまって。今回は俺が一番、役に立たなかったな」
「そんなこと、ないよ!!」
「そんなこと、無いです!!」
と、二人が揃ってフォローを入れるがもしあの時、マクシムがここにいて蒼太を静止してくれていなかったのならば、彼は今日、この場で仮に生まれて初めての“天体破壊”に成功していたとしても、そしてその結果としてアウロラとマクシムと、そして何よりメリアリアの命を守ったのだとしてもほぼ間違いなく、その生命を終える事になっていた筈であり、よしんばそこまで行かなかったとしてもやはり、再起不能の大ダメージを負っていたのは確実だった筈であり、マクシムはそれを防いでくれたのであった。
そして何より、アウロラであるが彼女は見事にトワールの企みを打ち破ったのであって、この地球上の、と言うのは些かオーバーだったとしてもやはり、この地域の人々の平和と生命を守った訳であり、本来であれば賞賛されて然るべき、立派な行いをした訳であるモノの、しかし。
「・・・・・っ。そうか、そうだよなあぁぁっ!!!」
「・・・・・?」
「!?!?!?」
「いや、俺さ。良く良く考えてみたならかなりヤバい立場にいるじゃん?これから帰るのは良いとしても、親父殿になんて言えば良いのやら・・・!!」
「起こった事を、正直に話せば良いじゃ無いか!!」
俯き加減で途方にくれるマクシムを見かねて蒼太が告げた、“もしなんなら僕達からも説明してあげるよ!!”とそう言って。
「エリオットさんも事情を知れば、そんなには怒らないんじゃ無いかな?多分・・・」
「・・・蒼太は、甘いんだよ」
マクシムはポツリと呟くモノの、仮にも長男である所の自分は普段から行動を厳しく指南されている。
今回はそれを幾つも破っている上に、聞けば父は内々に自分の捜索を然るべき組織に依頼もしていた、と言うのである、今回は助かったモノの当然、帰ったらただでは済まないだろう。
「だけどそれでも帰らなきゃな。彼処しか俺の家は無いんだし、それに・・・」
とマクシムは蒼太と共に、妹の事を代わる代わる見据えて言った、“お前達の活躍の事も、皆にちゃんと伝えなきゃだし”と。
「それに何より、腹も減ったしな、彼処じゃろくなもんも食えなかったし、食っても不味くてしょうがなかったよ、砂利を口に入れているような感じだったんだ!!」
「・・・・・」
「それは」
“災難だったね”と蒼太が告げるが彼はこの時、“急いでこの世界から脱出しなくてはならない”ような、何やら一種の胸騒ぎがし始めていた、グズグズしていると帰れなくなってしまうかのような、そんな感覚を覚えていたのである。
「急いで帰ろう!!」
蒼太が言った、“とにかくまずは、元の世界に帰る事だよ!!”とそう告げて。
「そうだな、こんな世界とは早くおさらばしようや。ところでどうやって帰れば良いんだ?」
「こんな事もあろうかと思って、帰り道はちゃんと作って来てあるよ、こっちに早く!!」
「お、おうっ!!」
「ほら、アウロラも早く行こう!!」
「は、はいっ。蒼太さんっ!!」
「アウロラ・・・ッ!!」
「・・・・・?」
「・・・有り難う!!」
「・・・・・っ!!!!!い、いいえっ。そんな事は!!」
「とにかく、詳しい御礼はあっちに着いてからっ。さ、早く行こうっ!!」
「はいっ!!」
そう言って蒼太に促されるままに、彼と手を繋いではアウロラは、元来た道を辿り下って例の方陣の書かれている、紙の場所へとやって来た、すると。
蒼太はそれに向かって素早く印を結んで真言を唱え、三人の名前を告げた瞬間、蒼太達の周囲の世界だけが反転して行き、気が付くと。
彼等は元の“フォンテーヌブロー宮殿の森”にある、泉の畔(ほとり)に立っていたのだ。
そこは、先程までと打って変わって生命と安らぎと、そして夜の幻想とに満ち溢れたる穏やかな世界となっていたのだ。
「・・・・・っ!!」
「・・・・・っ!!!」
「か、帰れた・・・っ!!!」
思わず宙を仰ぐ蒼太達二人に対してマクシムはヘナヘナと、その場にへたり込んでしまっていた、正直に言ってもう何度も“ダメかも知れない”等と考えていた彼からすれば、この世界に再び戻って来られたのは“奇跡”と言う他に方法は無く、それ以外に本気で今の自分に起きた事を、表現する術を持たなかったのである。
「ああ~っ、懐かしいっ!!この畔、この潺(せせらぎ)、この安らぎっ。何もかもみな懐かしいっ!!!」
そう言っては感涙の泪を溢れさせるマクシムを、クスりと微笑みながら眺める蒼太を、アウロラはジッと見詰めていた。
彼女は幸せでいっぱいだった、こんな立派な少年と出会えて、好きになれて、恋が出来た事に。
そしてたった一夜だけとは言えども、彼と一緒に大冒険が出来た事に。
この大切な思い出を胸に、何時までも何時までも忘れまいと、固く心に誓いながらー。
彼女は本物の月明かりに照らされた道を、蒼太に手を引かれながら自らの邸宅への帰路へと着いたのであった。
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