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運命の舵輪編

蒼太とメリーの日常 その2

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 日本皇国は先進国の中でも清潔で文化と民度のそれなりに高い、基本的には安定していて尚かつ平和な国である。

 周辺諸国との間に摩擦が全くない訳では無いが、それでも“安全と綺麗な水とがただでもらえる国”として海外からの人気も高く、近年では食文化やポップカルチャー等の隆盛もあって訪日外国人の数は年々、増える一方だった。

 紀元前六百年に開闢したこの国は、実は今現在においては世界で最古の同一王朝が君臨し続けていると言う、中々に歴史のある島国であったがしかし、それと同時にアジア諸国の中では一番最初に近代化に成功した国であり、不平等条約等の改正や政府機構の一新、殖産興業における大規模な経済とインフラの整備に最新鋭の軍備の増強等を経て極東方面における一大強国にのし上がる事が出来たのだ。

 それだけではない、日本はある意味ではアジア諸国の希望となり、先駆けともなった、と言うのは日本が近代化の第一歩を踏み出した際における、当時の極東情勢と言うのは非常に切迫したモノがあってその時点で既に、大半の黄色人種の国々が欧米列強に侵略されつつあったのである。

 ちなみに、その時のアジアの中心であり、実質的な盟主であったのは日本ではなくて、大陸に古くから勃興していた“明秦帝国”と呼ばれる大国であったがそこさえも、エイジャックスやステイツを始めとする、白人国家群の前に膝を付こうとしていたのだが、そんな時に。

 辛うじて近代化に成功した日本がやって来たモノの、この国は先ずは長い間、明秦帝国の属国であった“李”と言う名の高麗諸国を開国させて独立させ、それに激怒して進軍して来た明秦帝国軍を返り討ちにして撃破、次いで高麗諸国を自分のモノにしようと圧力を掛けて来ていた“イワン雷帝国”との間に戦端を開くと夥しい数の犠牲者を出しながらもそれでも、アジアの国としては初めてとなる、白人国家への(それも当時“最強”との呼び声高かったイワン雷帝国に対して事実上の)勝利を収める事に成功したのであった。

 この事は欧米列強に踏み躙られて打ちのめされていたアジア諸国の人々の間に、ある認識を広めさせた、“日本のように近代化して力を付けなければ再び、自分達が独立を回復させることは出来ないであろうこと”、そしてなによりー。

 “自分達だって白人達に打ち勝つ事が出来るんだ!!”と言う希望を彼等にハッキリともたらしたのであり、そしてその結果として日本には留学生が殺到する事態となっていたのだ。

 それと同時にー。

 西欧列強諸国は一斉に、日本へと注目し始めた、勿論中には悪意を持って見つめる輩もいたし、またそれとは正反対に良い意味でエールを送ったり、興味をも持ったりしてくれたりもあったのであるが、そんな中において。

 日本は着実に、その存在感を増して行った訳であり、そしてそれは100年ほど経った現在においても同様であった、むしろ今日における日本の国際的地位及び役割というモノはますます、その重要性を増して来ていたのであり、特に最近ではその軍事力よりも文化や風観、そして日本人の持つ道徳観や人柄と言った、所謂(いわゆる)“霊性”の部分がピックアップされて来るに至っていたのであるモノの、そんな日本に。

 心引かれてやって来たのが彼女、即ち“ミネオラ・ノエル・キサラギ”の父である“ゲオルグ・フォン・ナッサウ”であった。

 当時、ゲオルグは自身の実家との間に相当な軋轢を抱えており、それに堪らない程の嫌気が差して、遂には半ば家出同然に出国して来たのであるが、そんな彼にとってここ、日本の自然や風観はあまりにも優しかった。

 派手さは無いがそれでも、純朴で暖かな人々の持て成しにも助けられ、なんだかんだと言いながらもそのまま、実に三年近くもこの地で生活をしてきたのであるが、そんな中でゲオルグは、ある女性と恋をする。

 それこそがノエルの母、“如月 沙織”で彼女は当時、ゲオルグが嵌まっていた“eスポーツ”の“プロゲーマー”として活躍しており、それで生活が出来るほどの実力と地位とを兼ね備えていたのであるが、そんな彼等の初めての出会いはあるeスポーツの大会の後で、日本で出来たゲオルグの友人が彼を誘って沙織達の控え室を訪ねた事が切っ掛けであった。

 と言うのは彼と沙織のチームメイトの一人が幼馴染みにして恋人の関係であったからだったのだが、そんな彼等の紹介で二人がお互いを見た瞬間、ゲオルグの方はビビッと雷に打たれたかのようになったと言うか、全身が痺れたようになってしまい、目を逸らす事が出来なくなってしまったのである。

 一方で沙織の方はと言うと、“意外とイケメンな人なんだねぇ~”と笑いながら応じて(この辺はまさに親子であるが)それきり見向きもしなかったのであるがこの日以降、ゲオルグは猛烈なアタックを開始しては、兎に角、沙織との間にコミュニケーションを取る事に努め続けた。

 同じ話題を共有する為に、自分もeスポーツを始めてみたり(一ヶ月も経つ頃には監督役の人から“才能が無いから止めた方が良い”とハッキリと言われて挫折してしまった)彼女が好きそうなスイーツを渋谷、原宿、代官山等彼方此方歩いて食べ回ったり、目を酷使する彼女の為にいつも目薬を送り届けたりと、涙ぐましい程の努力を、必死になって重ね続けてその結果。

 一年半の後にようやく、沙織に告白した所、“あははっ。物好きなんだねぇ~”と言われて微笑まれて、それから。

 “よろしくお願いします”と返されたのであり、そしてその日を持って二人は本格的な交際を、スタートさせた訳である。

 そしてそれから一年後に、ノエルが生まれた次第であるが正直、ゲオルグが愛する我が子と一緒にいることが出来たのは、僅か3ヶ月にも満たなかった、ある日突然、三人が暮らすマンションに実家から追っ手がやって来ては彼を拉致同然に連れて行ってしまいそれ以降、実に5年間もの長きに渡って沙織とノエルに会うことが出来なくなってしまったからだったのだが、もっとも。

 この日が来ることを、全く予期していなかった訳では無かったゲオルグは、万が一の時の為にと沙織には自分の出自やこれまでの人生、そしてなんで日本に来たのかを伝えておいたしそれに加えて。

 “いざとなったら使ってくれ”と言っては自身の持ち合わせている財産の内から、その七割ほど(日本円に換算して約十七億四千万円ほど)を彼女達に譲渡しておこうとしたのである。

 しかし。

「あははっ、いいんだよ~。そんな事しなくったって~」

「サオリ?でも・・・」

「私はねぇ~、貴方の事が好きになったんだよ~?ゲオルグって言う人の事が好きになったの~。だからいいの~」

「サオリ・・・」

 “正直に話してくれたんだから、それで”と沙織は頑なに、彼から金品を受け取る事を拒んだ、それどころか、こうまで言ったのである、“この子は私が育てるから~”と。

「あははっ、大丈夫だよ~。そんなに心配しなくても。私にだって、ちゃんと稼ぎはあるんだから~」

「・・・・・」

 それに、と沙織は続けた、“異国でそんなにお金を使っちゃったりしていたなら、故郷に帰った時に貴方が皆に怒られるでしょ~”と。

「だから平気なの。貴方が私達を愛してくれているだけで、それだけで私達は嬉しいんだから~」

「サオリ・・・」

 それを聞いたゲオルグは正直に言って、自分が情けなくなってしまっていた、自分の妻はこんなにも、自分の事を思い、娘の事を思い、愛してくれていると言うのに、考えてくれていると言うのに、そして何よりも、自分自身で生きる場所を見付け、戦う場所を見付け、日々そこで努力と研鑽とを繰り返していたと言うのに。

 それに引き換え、自分は一体、何だったのであろうか、この数年間の間に自分がやったことと言えば、常に実家に対する不満をぶちまけては逃避行を繰り返して、挙げ句の果てに。

 やっとの思いで辿り着いた遠い異国の地で、運命の出会いを果たしたまでは良かったモノの結局は実家の影に怯えながら暮らす事しか出来ずに、現に今もこうして悶々としてしまっている。

「ならせめて、三億程度は持っていてくれないか?これくらいならば良いだろう?」

「んん~?私ってそんなに信用できないかなぁ~・・・」

「いや、いや。そう言うわけじゃなくてだな・・・」

 とゲオルグは切り出すが要するに、“もし使わないなら後で返してくれてもいいし、満額使い切ってしまっても構わない”、“本当はもっと色々な事をしてやりたいのだがせめて、金銭的な事くらいは面倒を見せて欲しい”、とー。

「僕だって君の夫なんだし。・・・それにこの子の父親でもある、出来る限りの事はしてやりたいんだ!!」

「んん~っ、そっかぁ。そうだよねぇ~・・・」

 そういって暫く考えていた沙織はそれでも最後には“解った”と言って頷いてくれた、“そう言うことなら有り難くもらっておくことにするわ”と、そう言って。

「でも良いの~?貴方の立場が悪くなったりしないかしら~?」

「そんなこと、気にしなくても良いんだってば!!」

 “僕はこれでも男だからね!!”とゲオルグは続けるモノの正直、それでも“その日”が、こんなにも早くに訪れる事になろうとは、全く思っていなかった、実家に連れ戻されたゲオルグは両親や親族等からの度重なる叱責の後に謹慎状態に置かれてしまい、その後実に5年間に渡って国外へと出ることが出来なくなってしまったのだ。

 その間、彼は実家と縁の深い王族や貴族、或いは大富豪の令嬢等、様々な血筋からのお見合いの話を持ち掛けられたが結局は、一度たりともそれらに応じる事は無かった、どうしても日本に置いて来てしまった沙織とノエルの事が、忘れられなかった為である。

 だから。

「沙織、ノエルッ!!」

「・・・・・っ!!!」

「・・・・・?」

 5年間の謹慎が解けた際には真っ先に飛行機のチケットを予約して(当然“ファーストクラス”である)、そのまま日本へと飛んで行ったそこで。

 かつての友人達にも協力してもらい、1週間掛けて沙織達の住んでいた世田谷のマンションを見付けると、そこを訪ねてようやくにして夫婦、親子揃っての水入らずの一時を過ごす事が出来たのだ。

 ところが。

 そうやって最初の内は、一年の内で何度か、纏まった休暇を見付けては日本とルクセンブルクの間を行ったり来たりしていたゲオルグであったがその内に、彼の実家においてもこの事が問題視されるようになっていった、最初の内は“どうせ一時の気の迷いだったのだろう”、“日本にいる女の事などすぐに忘れて行くだろうさ”等と軽く考えていた彼の両親や親族達もそれでも、沙織やノエルに対する思いや愛情といったモノを、いつまでもいつまでも捨てる事無く保ち続けるゲオルグの姿勢に徐々に危機感を募らせて行った。

「お前はこの、“ルクセンブルク大公家”を潰すつもりかっ!?」

「我が国の公子の一人が、一般人と?それもよりによってアジア人と結婚して子供まで産まれていた、等と知れたならば、スキャンダルも良いところだ!!」

 囂々(ごうごう)たる非難を浴びせ掛けられながらも、それでもゲオルグはめげなかった、度重なる家族の反対や反目に晒されつつも、しかしそれらを押し退けてはその後も度々、妻や娘に会うためにとわざわざ日本は東京にある、世田谷のマンションにまで足を運んでいたのであるが、そんなある日。

 いつものように沙織達の元での休暇を終えて、ルクセンブルクに帰郷して来た彼はそこで、両親からある“提案”を為される事となった、曰く、“お前達の関係を認めてやっても良い”と。

「ただし“非公式に”ではあるがな」

「正直に言って事が事なのです、これでも親族達を説き伏せるのには骨が折れたのですよ?」

「・・・・・っ!!!」

 両親の言ったその言葉に、ゲオルグは一瞬、我が耳を疑った、家柄と血統を重視して守り続けて来た二人から、そんな言葉を掛けてもらえるとはよもや思わなかったのだ。

「と、父さん、母さん。それでは・・・っ!!」

「ただし条件がある」

 一瞬、喜びの表情を浮かべたゲオルグに対して両親達は淡々と告げ続けた、“お見合いをしろ”と。

「勿論、結婚前提でな。そしてそれを断ってはならない」

「相手は既に、此方で選定してあります。遠縁に当たる“ホーエンツォレルン家”の御息女“アンネリーゼ”嬢ですよ?お前も小さな頃は良く遊んでもらったでしょう・・・」

「アンネリーゼ・・・」

 その名前に、覚えが無いわけでは無かった、アンネリーゼと言うのは“プロイセン帝国”の王族の家柄である“ホーエンツォレルン家”の五女であり、ゲオルグと同い年の女の子だったのだ。

 性格は内気で大人しいモノの、しっかりとした芯の強さを持っている人であり、その清楚で優しい佇まいと気品のある美しさが魅力的な、麗しの令嬢だった。

「向こうもな、この話には非常に乗り気になっていてな。お前とならば“是非ともお受けしたい”とアンネリーゼ嬢たってのお言葉もいただいてある」

「お前はこのアンネリーゼ嬢と結ばれるのです、異論は一切認めません」

 その代わり、と両親は続けた、“お前の日本での家族をこの国に呼び寄せる事を認めてやる”と。

「さっきも言ったと思うがこれはあくまでも非公式な招待だ、ギリギリの選択なのだ。勿論、ここに呼び寄せたとしても表立って会うことを、許す訳にはいかん。お前達の関係が、国民や周辺の王族貴族に知れ渡ることは何としても防がなければならんからな。その代わり・・・」

「多少の事ならば、こちらも目を瞑りましょう。アンネリーゼ嬢との結婚生活を破綻させない、と言う条件付きですが、お前が日本の家族と会うことを認めてあげます。必要とあれば私達も、あらゆる援助を惜しまないでしょう。・・・勿論、“出来る限り”と言う範疇においての事ですけどね」

「これが私達がお前の為にしてやれる、最大の譲歩だ」

 そう告げると父親は更に続けて“もしこの条件を飲むことが出来ないのならば、私達は今後絶対にお前と日本の家族とを認めることは無いだろう”と。

「それどころか二度とお前達が会えないようにする。当然であろう?何かあった場合はもはや、お前一人の問題で済ませられる事では無い。このルクセンブルク大公家と関係各所、何より我が国の国民全体にまで及ぶ、とんでもない懸念事項なのだからな」

「“エウロペ連邦”の国々が対アジア政策において、足並みを揃えなければならないこの時期に、事もあろうに我が公国の第3公子がそのアジア人の女との間に子供まで作っていた、等と知れたならば、この国は各国から、確実に顰蹙(ひんしゅく)を買うでしょうからね」

「我々も、国民達も今後、相当に肩身の狭い思いをして生きてゆかなければならなくなるだろうな。下手をすれば我が大公家は、社交界から放逐されてしまうかもしれん」

「・・・・・」

「断っておくがな。では“自分が家を出れば良い”と言うのは非常に浅はかな考えだと言っておこう。お前は腐ってもここ、ルクセンブルク大公国の第3公子なのだ、その肩書きは今後一生、付いて回るだろうし何かあれば大々的に報道もされるぞ?そうなれば我々や我が国の名誉、信頼は地に落ちる、各国王家からの誹謗と嘲笑の対象にされるだろう、そうすれば国としての地位も相対的に低下する。その皺寄せは何処に行くか?何の罪も関係も無い筈の、この国で暮らす国民達にだ」

「そもそも論として。もはや事態は引き返せない所まで来ているのですよ?私達がホーエンツォレルン家へと婚約の打診を行って、向こうがそれを了承した時からね。この縁談を破談にする事の意味は、お前とは言えども解っていますよね?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 両者暫しの沈黙の後、ゲオルグが先に口を開いた、“サオリと話をさせて欲しい”と。

「彼女の意見を、聞いてみたい・・・」

「・・・・・」

 “よかろう”と、一瞬の沈黙の後で父は頷くモノの一方で、難しい顔をしつつも務めて冷静に話をしようと電話を掛けた彼に対する沙織の答えは実にあっけらかんとしたモノだった。

「いいよ~、別に~。私達の事は気にしなくても大丈夫だってば~」

「い、いや、いや。そう言う問題では無くてだな・・・!!」

「私なら平気だよ~、ノエルと二人で生きて行くから~」

「ち、ちょっと待ってくれ!!」

 “僕はどうするんだ!?”とゲオルグはもう、泣き出す寸前の子供みたいな顔と声になってスマートフォンを耳に押し当て必死になって訴え続けた、曰く“君達の事を愛しているんだ”、“君達無しじゃ生きて行けない”、“君達は僕にとって生き甲斐なんだ”と。

「頼むよ、サオリッ!!こっちにやって来て一緒に暮らそうっ。それとも!!」

 “君はまさか、僕と一緒にいるのが嫌なのか!?”と告げると流石の沙織も暫くの間、“う~ん・・・”と電話の向こうで逡巡した、彼女としても正直に言えば、ゲオルグと一緒に暮らしたかった、彼の事は大好きだったしそれにやはり、彼女と言えども女である、愛する夫と共にいられるのは、何よりも幸せな事だったからだ。

「でも良いの~?私達がそっちへ行ったら余計に貴方に迷惑が掛かるんじゃ無いかしら~・・・」

「そんな事は無いっ!!」

 ゲオルグはキッパリと言い放ったが彼としてはそこまでしても、沙織達に来て欲しかった、ずっと自分の側にいて、笑っていて欲しかったのである、だから。

「君達の事は、必ず、必ず僕が全力で守るからっ。だからお願いだ、沙織っ。ノエルと一緒に来て欲しいんだ、僕の側にいて欲しいんだよ。頼むっ!!」

「うう~ん・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・う~ん、まあ良いかな?」

「・・・・・っ!!!」

「ノエル~、ちょっとおいで~」

 一瞬、喜びの表情を浮かばせ掛けたゲオルグの耳に、沙織の無邪気な声が響き渡って来るモノの、彼女は電話の向こうで7歳になったばかりの娘に問い質していた、“お父さんの所に行きたい~?”と。

「“ルクセンブルク”って言う、エウロペ連邦にある国なんだけど~・・・。貴女はどうしたいの~?」

「う~ん、うんとね~。ちょっと行ってみたいかも~・・・」

「・・・・・っ!!!!!」

 “ハ、ハハハッ!!!”と、今度こそゲオルグから笑みが溢れた、そしてその直後。

 “すぐに荷物を纏めて!!”と彼は希望に燃える眼差しと表情とでそう叫ぶモノの彼としてみればここで考える時間を与えてその挙げ句に“やっぱりや~めた”と言われることが、何よりもショックで恐ろしい出来事だったからだ。

「すぐに、迎えに行くから!!」

「待ちなさい!!」

 それを見ていた母親がすぐに、呆れた顔で静止に入るが彼には先ずは、ホーエンツォレルン家のご令嬢とのお見合いをしてもらわなければならなかった、話はそれが済んでから後の事なのであり、今すぐにどうこうと言う事では無い。

「言ってる事が違うっ!!」

「落ち着きなさいっ!!」

「話を聞け、ゲオルグ!!」

 ちょっとしたパニックになって喚き散らす我が子の姿に、溜息を付きながらも母親に次いで父親までもが言葉を掛けるが曰く、“サオリ達が来た時に暮らしてもらう部屋の確保”、“マスコミ及び各国諜報機関への対応”、“ゲオルグと彼女達とが実際に合う場合の段取りやその頻度”等、予めやったり決めたりしておかなければならないことが山のようにあったのだ。

「それらを先ずは、クリアーしなければ。とてものこと、お前の家族をここに呼ぶことは出来ないぞ?」

「“エグモント”と“ベルンハルト”が貴方に協力してくれるでしょう、三人で話し合って段取りを付けなさい」

 そう言って我が子を落ち着かせるモノの、彼等の内で“エグモント”と“ベルンハルト”と言うのはゲオルグの兄であり親族達の中では唯一、当初から弟の恋路を応援してくれていた、数少ない味方であった。

「彼等はそう言った方面に詳しいから、きっとお前の力になってくれるだろう、とにかく話は此方の受け入れ体勢が済んでからの事だぞ?」

「お前にはその間、約束通り見合いをして、婚約もしてもらいます。婚約に当たってはパーティーの場で公表する事にするとして、その前に各国の王族や貴族の家々に、招待状をお送りしなければね・・・」

 それだけ告げると両親達は改めて、“これで話は着いたな?”と確認して退席して行った、正直に言えば、彼等としてみればもう勘弁して欲しかった、今回のようなスキャンダルを万が一、マスコミにでもすっぱねかれていたとしたら、それこそ目も当てられない事態に陥っていた事だっただろう。

 とにもかくにも、こうして沙織とノエルの親子は目出度く(と言うべきか何と言うべきか)ルクセンブルク大公国に招待される事となり、その時点を持って沙織はプロゲーマーとしては完全に引退、以降はあちらでeスポーツのナレーションや解説者として生活費を稼ぐ事となった(一応、毎月のように日本円にして百万円ほどが生活費として“極秘裏に”ゲオルグから支給されてはいたのだが)。

 そんな両親の元で育ったノエルはだから、自然に国際色豊かな優しくて良識もある、立派なレディとして小中高校と過ごして来たのであり、特に語学やパソコン関係に強い力を持っていた。

 それに加えて。

 感性の鋭い日本人と王侯貴族の血を受け継いでいた彼女は多少の霊感のようなモノも兼ね備えていてそれ故だろう、スピリチュアルな事にも興味を持っており数年間程、欧州でも高名な霊能力者の弟子となってその薫陶を受けていたのだがその為、ちょっとしたお祓いやパワーストーンの精製、選別等も熟すことが出来、そう言った事もあって学校では知る人ぞ知る、一種の有名人と化していたのである、しかし。

 根本的な部分では確かに、物事の道理を弁えていたし、人に対する思いやりのある、明るくて聡明な彼女であったが如何せん、普段の時には些かマイペースと言うか暴走してしまう事があって、それが友人達をして、頭を抱えさせる一因になっていた。

 一応、彼女自身も“上限としては”物事の一線を引く事が出来ていたし、またどうしてもの場合はキチンと話せば(その時だけは)解ってはくれるために、それほど大事にならずに済んでいたのであるがそれでも、関係者達からは多少は引かれてしまう一面を持っている(でも本人はあんまり気にしていない)、ちょっとした“爆弾娘”と言うか一種の“ポンコツアイドル”としての地位を確立するに至っていたのだ。

 その上。

 そんな彼女にはもう一つ、“重度のオタク”としての顔があったが母親の影響からか、早くからそう言った“サブカルチャー”に浸っていたノエルは地元のハイスクールに通う頃にはもう既に押しも押されぬ“‘二次元コレクター”と化しており、アニメや漫画、果ては一部のパソコンゲームにすらも精通しているその道のプロ、いっそ“専門家”と言っても良い存在と化していたのである。

 そんなノエルは、だからー。

「私はねぇ~、将来はルクセンブルクでアニメショップを開くのが夢なんだ~っ(≧∇≦)b(≧∇≦)b(≧∇≦)b」

「へ、へえぇぇ~っ。そうなんだ・・・」

 とメリアリアと話しているときも笑顔でそう告げるモノの目下の所、そんな彼女の目標は先ずはお金を貯める事であり、その最低ラインとして一億円を挙げていた。

「それだけあれば、お店を軌道に乗せる事が出来ると思うの~。私はねぇ~、ルクセンブルクをそう言った、ヨーロッパにおけるジャパニメーションとかサブカルチャーの発信、創造の場にしていきたいんだ~」

「・・・・・」

 と何処か遠い目をしながら、それでも嬉しそうに語るノエルに対してメリアリアは些か複雑な気持ちを抱いていた、正直言って友人としては、応援してやりたい気持ちもない訳では無い、ただし。

 最近はようやく、盛り上がりを見せ始めているヨーロッパにおけるジャパニメーションやパソコンゲームの認知度はそれでもまだ、そんなに高い方では無くて、仮に商売を始めた場合もそれ一本で食べて行けるか疑問である、と言うのはここの所、ヨーロッパにおいてもそう言った“マニアックな店”と言うのは増えてきているし、それに何より、アニメを見たいのであるならば、そう言った専門のサイトにアクセスすれば誰もが自由に見ることが出来るのであって、わざわざショップにまで足を運ぶ必要が無いからだ。

「厳しいと思うわよ?ただでさえオタクの人って世間からの風当たりも強いし・・・」

「あははっ、私ちゃんと考えてるんだ。単にアニメやゲームのネット配信だけじゃ無くて、それに対する考察本だとか、色んな意見を言い合える場が欲しいし。それに」

 “なによりかによりの話として”と彼女は続けた、“要するに最終的には、自分自身のアニメスタジオを持ちたいんだ~”と。

「勿論、お客様に対するサービスは、可能な限り万全に行うつもり。取り敢えずはわざわざショップにまで来てもらわなくても配送業者と組んで、買ってもらったアイテムをその人の自宅に送れるようにしたいの~」

「“オンライン・ショッピング”ね?」

「そうそれ!!」

 メリアリアの言葉にノエルが大きく頷くモノの実際問題としてこの時、彼女が考えていた事業展開計画と言うモノはそれよりも更にもう一歩、踏み込んだ内容モノだったのであるが確かに、そう言った一般的なアニメやゲームの取り扱いも行うモノの、その真の狙いは現状、ヨーロッパにおいては規制対象となっている18禁アニメや美少女ゲームと言った、所謂(いわゆる)“アダルトコンテンツ”の充実なのであって、そう言った“大きな友人達”向けのアイテムを充実させる事及び、そう言った物品の数々の“一括的な売買”を実施する事こそが本当の目的だったのである。

 と言うのは現状、そう言ったモノが欲しい場合は日本に直接買い付けに行くか、もしくは“違法サイト”にアクセスしてダウンロードするしか方法は無く、しかもそれらはとても値が張る上に画質や画像が不鮮明であったり、翻訳がキチンと為されていないと言った場面が多々見受けられる等、およそプレイヤー達が安心して遊ぶ事が出来るようなクオリティが維持されているとは言い難い仕上がり具合となっていたのだ。

 実際にノエルも何度かそう言った“粗悪品”を掴まされた事があって、そしてそれ故にだからこそ、ここ欧州においても日本と同じクオリティ、楽しさを皆に届ける事の大切さ、重要さを痛感していたのであり、また理解する事が出来ていたのであるモノの、それに加えて。

 彼女はちゃんとしたリサーチ会社を使っての、事前調査も行っていたのであり、そう言った諸々の体験や情報等も相俟って彼女は確信していたのである、“これを事業化する事が出来た暁には自分は必ず大成する事が出来るだろう”とー。

 特に日本のアニメーションやPCゲームと言ったサブカルチャーは、欧米の出来の悪いカートゥーンに比べて格段に洗練されている完成度とクオリティを誇っており、それも単に“絵が上手い”とか“イラストが美麗である”とかそう言った次元の話しでは決して無かった、物語の根幹部分を成しているストーリーや話の構成、登場人物達の描き方等が“エウロペ連邦”や“ステイツ”のそれらに比べて遥かにダイナミックで繊細で、それでいて魅力的で実に活き活きとしていたのである。

 もっとハッキリと言ってしまえばそれは、単に目で見るそれよりも“感覚に直接訴え掛けて来る”情報の方が圧倒的なまでに多いのであって、それが人々を虜にして離さない、要因の一つでもあったのだが、そんなオタク達垂涎の的を今の内から包括的に扱う事で今後暫くの間はそう言った、彼等からもたらされる売り上げの全てを実質的に独占する事が可能な訳であり、そしてそれらは=で欧州においては間違いなくここ、ルクセンブルクこそをオタク達の聖地として広め、その地位を確立させることが出来る、と言う算段であったのだ。

「勿論、アニメの台詞やゲームのテキストなんかはちゃんとそれぞれの国の言葉に翻訳し直して売りに出す必要があるけどね~。でもそれならば、あっちでそれ専用の人や役者さんを雇えばいいし、なんだったら翻訳は、私がやっちゃっても良いし・・・」

「ノエルは語学が得意だもんね?」

「えへへ~、そうなんだー。わたし、言葉にはちょっとした自身があるの~っ(´▽`)ノ(´▽`)ノ(´▽`)ノ」

 メリアリアの言葉にノエルが応えるモノのそもそもが日本出身であり、母親も日本人である彼女は日本語はペラペラだったし、それに加えて英語、ラテン語、フランス語等、数カ国語を自由に操る事が出来た。

 後は実際の商売だけなのであるがやはり、こればかりはやってみないと解らないモノのそれでも、もしもこの事業が成功した暁には欧州にいるオタク達はわざわざ日本に行かなくとも簡単に、自身の欲しいアニメやゲームをゲット出来るようになる上に、業績が上向いてカンパニーが大きく発展する事が出来たのであれば、行く行くはエウロペ連邦におけるサブカルチャーの発信基地としての役割等も併せ持たせる事が出来るようになるわけであり、なによりかによりの話しとしては、彼女自身も自分の趣味嗜好や持ち合わせている能力をそのまま生業にする事が出来る等、何処をとってもお得な事しか無い、まさに“ウィンウィンウィン”な関係そのものであったのである。

「現地のオタク達に対しても、今までに無い位の勢いで“セールス・アタック”を仕掛ける事が出来るしさぁ~。それに私も“同好の志”と一緒に盛り上がる事が出来る訳だしぃ~。それになによりかによりの話しとして、日本の文化をますます盛り上げる事にも繋がる訳だから、一石二鳥って言うか三鳥な訳なのよ!!」

「ふ~ん・・・」

 と些か瞳をキラキラと輝かせつつも自身の夢を語り続けるノエルに対してメリアリアは頬杖を付いたままで、何処か疑わしいと言うよりも、胡散臭いモノを見るような眼差しを彼女に向けるが正直、メリアリアとしてみればオタクの気質が理解できない上に、唐突に彼女の夢を語り始められてもついて行けない部分もあって、その結果として、当たり障りの無い返答に終始せざるを得なかった。

「私はアニメや漫画の事なんかは、よく解らないけれど・・・。それでもノエルがやってみたいと思うのならば、そうした方が良いと思うわ。友達の夢は応援してあげたいと思うし、叶って欲しいと思うもの!!」

「有り難う、メリアリアちゃん!!」

 そう告げる友人に対して、ノエルは心の底から感謝の意を表すモノのこう言う所なのだ、彼女がメリアリアを信用している部分は。

 これは蒼太も同じなのであるが、この二人は友達の言葉は基本、例えどんなに“下らない”と思ってはいてもその実、キチンと最後まで耳を傾けてくれるのであり、しかもちゃんと本人なりのコメントを返してくれるのである。

 そう言った彼等の真面目さと言うか誠実さこそをノエルは嬉しく思っていたのであり、二人に出会えた事を心底、神に感謝していたのである。
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