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運命の舵輪編
セイレーン編22
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「ヴェルキナが、やられた?」
「ええ」
ガリア帝国の誇る帝都ルテティア、その旧市街地東地区にある“サン・ミッシェレラント教会”、通称“古の教会跡地”。
その遥か地下にある秘密のアジトの暗がりに包まれながら、事の顛末を聞いたクロードは意外そうな、それでいて驚愕の声を挙げていた。
まさかあの“ヒュドラのヴェルキナ”が打ち倒されるとは思ってもみなかった、彼女達“ウィッチ”ならば確実にUSBメモリーを奪い、“奴ら”の正体を白日の下にさらしてあわよくば抹殺すらもしてくれるだろうと踏んでいたにも関わらず、だ。
「信じられねぇ、あのヴェルキナが・・・。イザベラやウィロー達なら確実に、任務を遂行できると思っていたんだがな」
「辛うじて、一命は取り留めていたみたいだけど・・・。みんな方々の体で逃げ帰って来たみたいだよ?全員、ボロボロになってるって・・・」
「・・・・・」
ルキナからの報告に、クロードは改めて歯軋りをした、こんな筈では無かった、本当ならば今頃はヴェルキナ達から“作戦成功”の報告が入っている筈であり、そしてそれをもって二人はガリアを離れ、ドーバー海峡を隔てた隣国“エイジャックス連合王国”の王宮警護を生業とする直属護衛魔導騎士団“レウルーラ”の本拠地へと向かって夜汽車に乗っている所だったのだが。
「・・・どこかで大番狂わせが起こった、と言う事か?しかし一体、何が原因で」
「詳細は、解らないけれど・・・。直前までヴェルキナ達は、“あの坊や”達と交戦していたみたいよ?」
「ちいぃっ、またあのクソガキか!!」
クロードが忌々しげに地団駄を踏んだ、本来であれば手も振り回して暴れ回りたい所であるが、前回の戦闘で受けた傷がまだ完治しきっておらずに、それは出来ない状況である。
「くそぅ。絶対に失敗してはいけない作戦だったんだ、だからこっちは“ウィッチ”達にまで声を掛けて準備を整えたって言うのに、あの小僧・・・っ!!」
「あいつら、確か前にも一度“ヴェルキナ”を撃退していたわよね?」
「ああ・・・」
ルキナからの問いに、クロードが頷いた。
「合体魔法を使われて、確かあの時もヴェルキナは命辛々逃げ帰って来た筈だ、役立たずが!!」
「・・・ねぇクロード」
「あん?」
イラついている彼氏に対して、ルキナはあくまでも冷静に話し掛けた、“もうあの坊や達に関わるのは止めない?”と。
「これ以上関わっても、こっちの傷口が大きくなるだけよ・・・」
「・・・何言ってんだよ、メイル!!」
と、そこまで話し終わった時に、クロードは人間の姿を捨ててダークエルフの本性を現した。
「あいつに、あの小僧どもにっ。今まで俺達が何をやられてきたのか。忘れたわけじゃああんめぇ!?」
「そりゃそうだけっどもがさあぁ・・・」
「ならんなこと言うんじゃねぇべさ、負ける訳にゃあ、いがねぇっ!!」
「うん、そうだよね・・・」
と最終的にはクロードに同調したルキナであったが彼女の心境は複雑だった、どうしても引っ掛かる事があったからだ。
(・・・あの二人。確か蒼太とメリアリアと言ったか?正直どっちも厄介だけど)
特に、とルキナは思った、あの坊やは面倒臭いな、と。
(私も上手くは言えないんだけれども。あの子にはなんというか、不思議な能力が備わっている。人を真実の愛に目覚めさせる力、とでも言えば良いのかしら、とにかくその人の持っている本当の強さを、持って生まれた魂の輝きを十全に発揮させる“何か”ががある!!)
とルキナは思うが現に彼女とクロードはそれに一度ならず苦渋を飲まされた経験があった上に、挙げ句の果てには敗北すらも喫してしまっていたのであり、それに加えて相方兼恋人のクロードは現在もその時に受けた腕の戦傷が回復し切っておらず、未だに絶賛治療中と言う有様であったのだ。
現に、とルキナは思うがあの時の蒼太の攻撃は熾烈と言うよりももはやいっそ、“凄絶を極めた”と形容した方がより正確な意見であり、そしてそれは明らかに“常軌を逸していた”と言って良かった、要するにそれだけ比類無き力と鋭さと、そして何より恐ろしい程の殺気とに満ち溢れていたモノだったのであり、もし万が一にもルキナが呪(まじな)いの力を用いずに最初からクロードを独りで行かせていたとしたならば、勝負はあそこまで長引かなかっただろう事は容易に想像が付く事実であった、そして。
その場合は間違いなく、あの日あの時あの場所において、クロードはその暴力と悪逆とに塗れた血生臭い人生の、ダークエルフ族の存在としては些か短い今生の旅路に幕を下ろす事となっていた筈でありそしてもし、現実問題としてそうなってしまっていたのならば、その後のルキナの歩む道程も随分と違ったモノとなっていた事だろうが、しかし。
(確かに、その気になって覚醒した、あの坊やの戦闘能力自体は、充分に驚愕すべきモノがあるけれども・・・。それでも私の掛けた呪いを、打ち破れる程のモノでは無かった。それをやってしまったのが、あの娘・・・)
そこまで思い至った時にルキナは再びの、己の創り出してしまった思想の海の底深くへと埋没して行ってしまうモノの確かに、あの時メリアリアは力を消耗し尽くしていた筈でありとてもの事、彼女の魔力を打ち破る事の出来る余力などは、微塵も持ち合わせてはいなかった筈なのだ、それなのに。
(呪いや魔法の、類いではない。だとすると、あの光の正体は、一体・・・?)
がなっている彼氏を脇に置いたままで、尚も考察を続けるルキナであったが元々、自身が優れた呪術師であり、またそもそもが女性であることも手伝って下手な男性などよりも遥かに、そう言った方面にも勘が働いた彼女はだから、まだまだ手探り状態ではあるモノのそれでも、少しずつその正体にも気が付き始めていた次第であり、そしてそれはハッキリと断定する事は出来ないまでもそれでも、例えるのならば“愛の奇蹟”、“絆の力”とでも呼び表す事が出来る何かである、と言うことは理解しているつもりである。
(“光輝玉のいばら姫”だったっけ?あの歳で“女王位”にまで抜擢される程なのだから、何かあるとは思っていたのだけれども。・・・それにしても、まさかあそこまでとは)
とルキナはあの時の事を思い返して内心、“流石に敵ながら天晴れだったな”と、感嘆の声すら漏らすモノのなるほど確かに、あのメリアリアと言う名の可憐な少女には元からの、法力使いとしての優れた資質があった事と、その魂の中枢部分に何者にも汚される事の無い程にまで純化された霊性の誇る、極めて強い浄化の光が備わっていた事は否めないがしかし、それよりもなによりも大切な事はそれらを遺憾なく発揮せしめて見せた少女の抱く少年への思い、まさにその一言に尽きるのであって、現に刹那のタイミングが全てを決するあの局面において、己の生への執着や身の安全と言った、自身に関する何もかもをも全て軒並み置き去りにしたままの状態からそれでも、尚も“今”、“この瞬間へと向けて”感覚と精神とを一つ残らず集中させ尽くすと同時にその身を、心を、魂までをも恋人へと捧げて寄り添い支えた挙げ句にその上。
“何としてでも彼の事を守ってあげたい”、“助けたい!!”と言う、蒼太と言う少年に対する強靱なまでの献身の意思と願いとを、いっそ“祈り”とも言えるレベルにまで昇華させる事を可能にさせた、どこまでも一途でいじらしい、恋人に対するメリアリアの真摯なる愛情。
間違いなく彼女はそれを持っていた筈であり、そしてそれは恐らくは、本人が思うよりも遥かに深くて絶対的な領域にまで行き至る程に崇高で、唯一無二のモノであったのだろうけれどもしかし同時に、“それだけではない”とルキナはどこかで感じ取っていた、確かに彼氏に対する愛慕の熱意を、比類無き激情の奔流とでも言うべきモノをあの少女は持っていたのだろうけれどもしかし、どうもそれだけでは無いような気がするのであり、つまりはそれこそがルキナの言う“蒼太の力”そのものであって、そしてそれが働いた事によって僅か13歳かそこらの少女をして、しかもあの土壇場において、なんの躊躇いも逡巡もなく“この人の為ならば死んでもいい”と思わせるほどの覚悟と気迫とを持たせる要因となったのである。
そしてそれはつまり、あの少女(メリアリア)をしてそうさせる事の出来る何かがあの少年にはあった、と言う事になるのであり更に言ってしまえばそれこそが彼女の持っていた、魂の本来の輝きを十全に発揮させると同時に蒼太と言う少年自身にも作用しては、その秘めたる力を存分に発揮させる結果となった訳であって、そしてその事こそが即ち、クロードとルキナの用意してきたトラップと呪いの数々を、張り巡らせた策謀の全てを完膚無きまでに打ち破っては遂には本人達そのものまでをも敗退させるにまで追いやっていったのであるがしかし、では果たして一体、それがなんであったのか、と言う事に関してまでは、このダークエルフ族の中でも優れた呪術師であるルキナをもってしても読み解く事が出来なかった、彼女にはどうしてもそれを理解して、掴み取る事が出来なかったのであるが、それは。
その正体は幾重にも折り重なって結び付きあっている、二人の愛の軌跡の光そのものに他ならなかった、しかもそれは一方通行的なモノでもなければその強さに優劣の付いているような、どちらか一方がどちらかを引き摺って行くような、アンバランスで歪な関係等とも全く次元が異なっていたのだ。
特に蒼太の彼女に対するそれは決して、不純な動機や歪んだ性癖、はたまた横恋慕等の鬱屈した意志の発露でも無ければ甘えや哀れみ、憐憫(れんぴん)の情等から来る痴情や同情、欲情絡みのまがい物の思念等では断じて無かった。
無論あらゆる保身や打算、駆け引きなどと言った心理戦、頭脳戦等の類いは論外であり、むしろそれらとはハッキリとした一線を画する程に本質的で超然とした、根源たる己自身、即ち“魂”の奥底に眠っている“神性”の部分から迸る“確かなる暖かさ”そのものであって、そしてそんな彼から向けられ続ける、“純正なる無限のエネルギー”とでも言うべき“それ”に触れた瞬間、メリアリアは蒼太の妻としても女としても、そしてなによりかによりその大元たる悠久の放つ、もはや無限とも言える輝きの中に完全に一体化して繋がってしまっている彼の、その永遠の伴侶としても一気に覚醒して行ってしまったのであり、その結果として自分でもどうにも手が付けられなくなるほどに、少年の事を求め続けては止まらなくなってしまっていったのである。
もちろんそこには遙かなる前世から続く、最愛の思い人である少年と再び、今世においても巡り会う事が出来たと言う、運命的な出会いを果たせたと言う喜びや安心感もあるにはあったがそれよりもなによりも、一番の要因としてあげられるべき本当の理由はやはり、彼女の場合もまた同様に己の精神の奥底に宿り在りたる“真なる存在”としての自己の、そのまた更に内側深くにあったのであって確かにちょっと不器用な部分もあるにはあったがしかしそれでも、元がどこまでも純朴な乙女であると同時に優しくて真面目な性分だった彼女はそこに、いじらしい程に一途で激しく、それでいて決して尽きることの無い真愛なる極光の、大いなる不滅の煌めきを内包していたのであり、そしてそれらが蒼太から自身へと向けて放たれ続ける混じりっ気の無い優しさの、果てしなくも暖かな天性の輝きに照らし出される事により二度と戻ることが出来ない領域にまで、一気に燃え上がっていってしまっていたのだ。
その無限とも言える相乗効果によって二人の愛は、絆の力は今や想像を絶するほどに強くて凄まじいモノへと進化、増大してしまっており、そこへ“愛しくて堪らない”、“絶対に彼を守り抜くんだ”、“何としてでも助けてあげたい”と言うなんの見返りも下心も無い、ただただただただ直向きで真っ直ぐな彼女の意識が加えられた時。
自身の中に眠る“真我”と呼ばれる神の部分が反応して、彼女を通して“奇蹟”と言われる現象を発動させたのであるモノの、ルキナが感じ取ったのはまさに、そんな彼等の絆の軌跡が見せた超絶的で超越的な力の迸り、あるいは素晴らしさの顕現そのものなのであって、ただし彼女はそれをまだ、上手く言葉に直して言い表す事が出来ないでいたのだった。
(あの二人の間にある、絆の強さは本物だわ。魂の結び付き、真我同士の共鳴とでも言えば良いのかしら。とにかく物凄く深くて、それでいてしっかりとした、確かなモノであの二人は結ばれている。そしてもし、それに逆らった時に)
私達は破滅する、とルキナは考えていたモノの彼女はそれをまだ、クロードには一切合切伝えられてはいなかった、クロードが頭に血を昇らせている状況下にあった上に、少年と少女が見せた愛の力を、その力の源をルキナ自身がまだ、理解し切れていなかったからである。
(・・・もし。これがあの二人の“絆の力”なのだとしたら。本当に愛を体現し合った者同士のなせる、魂の輝きの迸りなのだとしたのなら。私達では、とてものこと・・・)
「くそぅ、これじゃあ無理をして“マーガレット”達に連絡を取った意味がねぇぞ!!」
「・・・・・」
「“レウルーラ”は動かないのか?」
「マーガレット達は、今はまだ静観を決め込むみたいね・・・」
「・・・ちいぃっ!!」
一方でそんなパートナーの思案も胸中も、全く理解する事ができなかったクロードは、その言葉に吐き捨てるように舌打ちをすると、忌々しげに声を絞り出した。
「増援も何も出さないつもりなのかよ、マーガレットの奴は!!ルクレールもメイジーもいるだろうが!!」
「・・・・・」
「これじゃあなんのために今まで苦労してセイレーンに潜入してたか、解らねえじゃねえか。なんのためにコッチが苦労して、内部の情報を渡して来たと思ってるんだ!!」
「・・・ねぇクロード」
「あん?」
「そろそろここも、潮時なんじゃないかなぁ」
「・・・・・」
「今ならまだ、私達を受け入れてくれる所はあると思う。いっそのことエイジャックス連合王国に、亡命しちゃおうよ!!」
「・・・・・」
「私達がここにいる理由、もう何にも無いでしょう?元々が人間界で生きていくための人脈、金脈、ネットワークを構築するための場所だったんだから・・・。まあ、もっと言わせてもらうのならば、そもそもそう言った事を含めてここ、“人間界”での生きる術や経験を身に付ける為の、試験的な仮宿でしか無かった訳だけれども」
「・・・・・」
「ねぇクロード」
「・・・・・」
「いこ?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・わかった」
「・・・・・っ!!」
ルキナからの提案に、クロードはようやくにして頷いた、正直に言って彼としてみても今回のことは、自分の身の上や進退を賭けた大博打であった訳であり、それに敗れてしまった以上は確かに、いつまでもいつまでもこの場所へと、止まり続ける訳にはいかなかったのだ。
特に今回のことで、セイレーン上層部は確実に内部にいるであろう、“裏切り者”の存在に目を向け始めている事だろうしもし仮に、本格的な捜査が始まってしまっているとするのならば、自分達の身の上がバレて拘束されるのも、時間の問題と言うわけだ。
そしてこれは、なにもセイレーンに限った話では無いモノの、基本的には何処の組織も連盟の類いも、下手な敵以上に裏切り者や造反者に対しては特に厳しい処置を取るものでありそれ故に、恐らくは掴まった後の自分達の身の上がどうなるのかは推して知るべしと言わざるを得なかった。
「だがもう少しだけ、待ってくれ。まだここでやることもあるし、何よりかによりマーガレット達の出方が読めねぇ」
仮にもし、とクロードは続けた、“この状況で向こうに行っても、マーガレット達が受け入れてくれるという保証がない”と。
「それに逃亡するにしても、追っ手が来られないようにしなきゃならない、その為にはこっちのネットワークを活用してセイレーン内部を引っ掻き回し、ズタボロにしておく必要がある」
「・・・・・」
「その準備と確認の為にはどうしてももう少しの時間が必要なんだよ、それまで待ってくれるか?ルキナ・・・」
「別に私は、構わないわ・・・」
あなたの言葉も一理あるしね、とルキナは告げるとそれでも取り敢えずは、自分の意見を採り上げてくれた恋人への感謝と、“今ならまだ、何とかなるかも”と言う淡い期待を胸に抱いて今後の行動や予定に付いてクロードと遅くまで語り合い始めた。
「ええ」
ガリア帝国の誇る帝都ルテティア、その旧市街地東地区にある“サン・ミッシェレラント教会”、通称“古の教会跡地”。
その遥か地下にある秘密のアジトの暗がりに包まれながら、事の顛末を聞いたクロードは意外そうな、それでいて驚愕の声を挙げていた。
まさかあの“ヒュドラのヴェルキナ”が打ち倒されるとは思ってもみなかった、彼女達“ウィッチ”ならば確実にUSBメモリーを奪い、“奴ら”の正体を白日の下にさらしてあわよくば抹殺すらもしてくれるだろうと踏んでいたにも関わらず、だ。
「信じられねぇ、あのヴェルキナが・・・。イザベラやウィロー達なら確実に、任務を遂行できると思っていたんだがな」
「辛うじて、一命は取り留めていたみたいだけど・・・。みんな方々の体で逃げ帰って来たみたいだよ?全員、ボロボロになってるって・・・」
「・・・・・」
ルキナからの報告に、クロードは改めて歯軋りをした、こんな筈では無かった、本当ならば今頃はヴェルキナ達から“作戦成功”の報告が入っている筈であり、そしてそれをもって二人はガリアを離れ、ドーバー海峡を隔てた隣国“エイジャックス連合王国”の王宮警護を生業とする直属護衛魔導騎士団“レウルーラ”の本拠地へと向かって夜汽車に乗っている所だったのだが。
「・・・どこかで大番狂わせが起こった、と言う事か?しかし一体、何が原因で」
「詳細は、解らないけれど・・・。直前までヴェルキナ達は、“あの坊や”達と交戦していたみたいよ?」
「ちいぃっ、またあのクソガキか!!」
クロードが忌々しげに地団駄を踏んだ、本来であれば手も振り回して暴れ回りたい所であるが、前回の戦闘で受けた傷がまだ完治しきっておらずに、それは出来ない状況である。
「くそぅ。絶対に失敗してはいけない作戦だったんだ、だからこっちは“ウィッチ”達にまで声を掛けて準備を整えたって言うのに、あの小僧・・・っ!!」
「あいつら、確か前にも一度“ヴェルキナ”を撃退していたわよね?」
「ああ・・・」
ルキナからの問いに、クロードが頷いた。
「合体魔法を使われて、確かあの時もヴェルキナは命辛々逃げ帰って来た筈だ、役立たずが!!」
「・・・ねぇクロード」
「あん?」
イラついている彼氏に対して、ルキナはあくまでも冷静に話し掛けた、“もうあの坊や達に関わるのは止めない?”と。
「これ以上関わっても、こっちの傷口が大きくなるだけよ・・・」
「・・・何言ってんだよ、メイル!!」
と、そこまで話し終わった時に、クロードは人間の姿を捨ててダークエルフの本性を現した。
「あいつに、あの小僧どもにっ。今まで俺達が何をやられてきたのか。忘れたわけじゃああんめぇ!?」
「そりゃそうだけっどもがさあぁ・・・」
「ならんなこと言うんじゃねぇべさ、負ける訳にゃあ、いがねぇっ!!」
「うん、そうだよね・・・」
と最終的にはクロードに同調したルキナであったが彼女の心境は複雑だった、どうしても引っ掛かる事があったからだ。
(・・・あの二人。確か蒼太とメリアリアと言ったか?正直どっちも厄介だけど)
特に、とルキナは思った、あの坊やは面倒臭いな、と。
(私も上手くは言えないんだけれども。あの子にはなんというか、不思議な能力が備わっている。人を真実の愛に目覚めさせる力、とでも言えば良いのかしら、とにかくその人の持っている本当の強さを、持って生まれた魂の輝きを十全に発揮させる“何か”ががある!!)
とルキナは思うが現に彼女とクロードはそれに一度ならず苦渋を飲まされた経験があった上に、挙げ句の果てには敗北すらも喫してしまっていたのであり、それに加えて相方兼恋人のクロードは現在もその時に受けた腕の戦傷が回復し切っておらず、未だに絶賛治療中と言う有様であったのだ。
現に、とルキナは思うがあの時の蒼太の攻撃は熾烈と言うよりももはやいっそ、“凄絶を極めた”と形容した方がより正確な意見であり、そしてそれは明らかに“常軌を逸していた”と言って良かった、要するにそれだけ比類無き力と鋭さと、そして何より恐ろしい程の殺気とに満ち溢れていたモノだったのであり、もし万が一にもルキナが呪(まじな)いの力を用いずに最初からクロードを独りで行かせていたとしたならば、勝負はあそこまで長引かなかっただろう事は容易に想像が付く事実であった、そして。
その場合は間違いなく、あの日あの時あの場所において、クロードはその暴力と悪逆とに塗れた血生臭い人生の、ダークエルフ族の存在としては些か短い今生の旅路に幕を下ろす事となっていた筈でありそしてもし、現実問題としてそうなってしまっていたのならば、その後のルキナの歩む道程も随分と違ったモノとなっていた事だろうが、しかし。
(確かに、その気になって覚醒した、あの坊やの戦闘能力自体は、充分に驚愕すべきモノがあるけれども・・・。それでも私の掛けた呪いを、打ち破れる程のモノでは無かった。それをやってしまったのが、あの娘・・・)
そこまで思い至った時にルキナは再びの、己の創り出してしまった思想の海の底深くへと埋没して行ってしまうモノの確かに、あの時メリアリアは力を消耗し尽くしていた筈でありとてもの事、彼女の魔力を打ち破る事の出来る余力などは、微塵も持ち合わせてはいなかった筈なのだ、それなのに。
(呪いや魔法の、類いではない。だとすると、あの光の正体は、一体・・・?)
がなっている彼氏を脇に置いたままで、尚も考察を続けるルキナであったが元々、自身が優れた呪術師であり、またそもそもが女性であることも手伝って下手な男性などよりも遥かに、そう言った方面にも勘が働いた彼女はだから、まだまだ手探り状態ではあるモノのそれでも、少しずつその正体にも気が付き始めていた次第であり、そしてそれはハッキリと断定する事は出来ないまでもそれでも、例えるのならば“愛の奇蹟”、“絆の力”とでも呼び表す事が出来る何かである、と言うことは理解しているつもりである。
(“光輝玉のいばら姫”だったっけ?あの歳で“女王位”にまで抜擢される程なのだから、何かあるとは思っていたのだけれども。・・・それにしても、まさかあそこまでとは)
とルキナはあの時の事を思い返して内心、“流石に敵ながら天晴れだったな”と、感嘆の声すら漏らすモノのなるほど確かに、あのメリアリアと言う名の可憐な少女には元からの、法力使いとしての優れた資質があった事と、その魂の中枢部分に何者にも汚される事の無い程にまで純化された霊性の誇る、極めて強い浄化の光が備わっていた事は否めないがしかし、それよりもなによりも大切な事はそれらを遺憾なく発揮せしめて見せた少女の抱く少年への思い、まさにその一言に尽きるのであって、現に刹那のタイミングが全てを決するあの局面において、己の生への執着や身の安全と言った、自身に関する何もかもをも全て軒並み置き去りにしたままの状態からそれでも、尚も“今”、“この瞬間へと向けて”感覚と精神とを一つ残らず集中させ尽くすと同時にその身を、心を、魂までをも恋人へと捧げて寄り添い支えた挙げ句にその上。
“何としてでも彼の事を守ってあげたい”、“助けたい!!”と言う、蒼太と言う少年に対する強靱なまでの献身の意思と願いとを、いっそ“祈り”とも言えるレベルにまで昇華させる事を可能にさせた、どこまでも一途でいじらしい、恋人に対するメリアリアの真摯なる愛情。
間違いなく彼女はそれを持っていた筈であり、そしてそれは恐らくは、本人が思うよりも遥かに深くて絶対的な領域にまで行き至る程に崇高で、唯一無二のモノであったのだろうけれどもしかし同時に、“それだけではない”とルキナはどこかで感じ取っていた、確かに彼氏に対する愛慕の熱意を、比類無き激情の奔流とでも言うべきモノをあの少女は持っていたのだろうけれどもしかし、どうもそれだけでは無いような気がするのであり、つまりはそれこそがルキナの言う“蒼太の力”そのものであって、そしてそれが働いた事によって僅か13歳かそこらの少女をして、しかもあの土壇場において、なんの躊躇いも逡巡もなく“この人の為ならば死んでもいい”と思わせるほどの覚悟と気迫とを持たせる要因となったのである。
そしてそれはつまり、あの少女(メリアリア)をしてそうさせる事の出来る何かがあの少年にはあった、と言う事になるのであり更に言ってしまえばそれこそが彼女の持っていた、魂の本来の輝きを十全に発揮させると同時に蒼太と言う少年自身にも作用しては、その秘めたる力を存分に発揮させる結果となった訳であって、そしてその事こそが即ち、クロードとルキナの用意してきたトラップと呪いの数々を、張り巡らせた策謀の全てを完膚無きまでに打ち破っては遂には本人達そのものまでをも敗退させるにまで追いやっていったのであるがしかし、では果たして一体、それがなんであったのか、と言う事に関してまでは、このダークエルフ族の中でも優れた呪術師であるルキナをもってしても読み解く事が出来なかった、彼女にはどうしてもそれを理解して、掴み取る事が出来なかったのであるが、それは。
その正体は幾重にも折り重なって結び付きあっている、二人の愛の軌跡の光そのものに他ならなかった、しかもそれは一方通行的なモノでもなければその強さに優劣の付いているような、どちらか一方がどちらかを引き摺って行くような、アンバランスで歪な関係等とも全く次元が異なっていたのだ。
特に蒼太の彼女に対するそれは決して、不純な動機や歪んだ性癖、はたまた横恋慕等の鬱屈した意志の発露でも無ければ甘えや哀れみ、憐憫(れんぴん)の情等から来る痴情や同情、欲情絡みのまがい物の思念等では断じて無かった。
無論あらゆる保身や打算、駆け引きなどと言った心理戦、頭脳戦等の類いは論外であり、むしろそれらとはハッキリとした一線を画する程に本質的で超然とした、根源たる己自身、即ち“魂”の奥底に眠っている“神性”の部分から迸る“確かなる暖かさ”そのものであって、そしてそんな彼から向けられ続ける、“純正なる無限のエネルギー”とでも言うべき“それ”に触れた瞬間、メリアリアは蒼太の妻としても女としても、そしてなによりかによりその大元たる悠久の放つ、もはや無限とも言える輝きの中に完全に一体化して繋がってしまっている彼の、その永遠の伴侶としても一気に覚醒して行ってしまったのであり、その結果として自分でもどうにも手が付けられなくなるほどに、少年の事を求め続けては止まらなくなってしまっていったのである。
もちろんそこには遙かなる前世から続く、最愛の思い人である少年と再び、今世においても巡り会う事が出来たと言う、運命的な出会いを果たせたと言う喜びや安心感もあるにはあったがそれよりもなによりも、一番の要因としてあげられるべき本当の理由はやはり、彼女の場合もまた同様に己の精神の奥底に宿り在りたる“真なる存在”としての自己の、そのまた更に内側深くにあったのであって確かにちょっと不器用な部分もあるにはあったがしかしそれでも、元がどこまでも純朴な乙女であると同時に優しくて真面目な性分だった彼女はそこに、いじらしい程に一途で激しく、それでいて決して尽きることの無い真愛なる極光の、大いなる不滅の煌めきを内包していたのであり、そしてそれらが蒼太から自身へと向けて放たれ続ける混じりっ気の無い優しさの、果てしなくも暖かな天性の輝きに照らし出される事により二度と戻ることが出来ない領域にまで、一気に燃え上がっていってしまっていたのだ。
その無限とも言える相乗効果によって二人の愛は、絆の力は今や想像を絶するほどに強くて凄まじいモノへと進化、増大してしまっており、そこへ“愛しくて堪らない”、“絶対に彼を守り抜くんだ”、“何としてでも助けてあげたい”と言うなんの見返りも下心も無い、ただただただただ直向きで真っ直ぐな彼女の意識が加えられた時。
自身の中に眠る“真我”と呼ばれる神の部分が反応して、彼女を通して“奇蹟”と言われる現象を発動させたのであるモノの、ルキナが感じ取ったのはまさに、そんな彼等の絆の軌跡が見せた超絶的で超越的な力の迸り、あるいは素晴らしさの顕現そのものなのであって、ただし彼女はそれをまだ、上手く言葉に直して言い表す事が出来ないでいたのだった。
(あの二人の間にある、絆の強さは本物だわ。魂の結び付き、真我同士の共鳴とでも言えば良いのかしら。とにかく物凄く深くて、それでいてしっかりとした、確かなモノであの二人は結ばれている。そしてもし、それに逆らった時に)
私達は破滅する、とルキナは考えていたモノの彼女はそれをまだ、クロードには一切合切伝えられてはいなかった、クロードが頭に血を昇らせている状況下にあった上に、少年と少女が見せた愛の力を、その力の源をルキナ自身がまだ、理解し切れていなかったからである。
(・・・もし。これがあの二人の“絆の力”なのだとしたら。本当に愛を体現し合った者同士のなせる、魂の輝きの迸りなのだとしたのなら。私達では、とてものこと・・・)
「くそぅ、これじゃあ無理をして“マーガレット”達に連絡を取った意味がねぇぞ!!」
「・・・・・」
「“レウルーラ”は動かないのか?」
「マーガレット達は、今はまだ静観を決め込むみたいね・・・」
「・・・ちいぃっ!!」
一方でそんなパートナーの思案も胸中も、全く理解する事ができなかったクロードは、その言葉に吐き捨てるように舌打ちをすると、忌々しげに声を絞り出した。
「増援も何も出さないつもりなのかよ、マーガレットの奴は!!ルクレールもメイジーもいるだろうが!!」
「・・・・・」
「これじゃあなんのために今まで苦労してセイレーンに潜入してたか、解らねえじゃねえか。なんのためにコッチが苦労して、内部の情報を渡して来たと思ってるんだ!!」
「・・・ねぇクロード」
「あん?」
「そろそろここも、潮時なんじゃないかなぁ」
「・・・・・」
「今ならまだ、私達を受け入れてくれる所はあると思う。いっそのことエイジャックス連合王国に、亡命しちゃおうよ!!」
「・・・・・」
「私達がここにいる理由、もう何にも無いでしょう?元々が人間界で生きていくための人脈、金脈、ネットワークを構築するための場所だったんだから・・・。まあ、もっと言わせてもらうのならば、そもそもそう言った事を含めてここ、“人間界”での生きる術や経験を身に付ける為の、試験的な仮宿でしか無かった訳だけれども」
「・・・・・」
「ねぇクロード」
「・・・・・」
「いこ?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・わかった」
「・・・・・っ!!」
ルキナからの提案に、クロードはようやくにして頷いた、正直に言って彼としてみても今回のことは、自分の身の上や進退を賭けた大博打であった訳であり、それに敗れてしまった以上は確かに、いつまでもいつまでもこの場所へと、止まり続ける訳にはいかなかったのだ。
特に今回のことで、セイレーン上層部は確実に内部にいるであろう、“裏切り者”の存在に目を向け始めている事だろうしもし仮に、本格的な捜査が始まってしまっているとするのならば、自分達の身の上がバレて拘束されるのも、時間の問題と言うわけだ。
そしてこれは、なにもセイレーンに限った話では無いモノの、基本的には何処の組織も連盟の類いも、下手な敵以上に裏切り者や造反者に対しては特に厳しい処置を取るものでありそれ故に、恐らくは掴まった後の自分達の身の上がどうなるのかは推して知るべしと言わざるを得なかった。
「だがもう少しだけ、待ってくれ。まだここでやることもあるし、何よりかによりマーガレット達の出方が読めねぇ」
仮にもし、とクロードは続けた、“この状況で向こうに行っても、マーガレット達が受け入れてくれるという保証がない”と。
「それに逃亡するにしても、追っ手が来られないようにしなきゃならない、その為にはこっちのネットワークを活用してセイレーン内部を引っ掻き回し、ズタボロにしておく必要がある」
「・・・・・」
「その準備と確認の為にはどうしてももう少しの時間が必要なんだよ、それまで待ってくれるか?ルキナ・・・」
「別に私は、構わないわ・・・」
あなたの言葉も一理あるしね、とルキナは告げるとそれでも取り敢えずは、自分の意見を採り上げてくれた恋人への感謝と、“今ならまだ、何とかなるかも”と言う淡い期待を胸に抱いて今後の行動や予定に付いてクロードと遅くまで語り合い始めた。
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